軸となるのは「体の自己決定権」

SRHRとは、“Sexual and Reproductive Health and Rights(セクシュアル & リプロダクティブ ヘルス & ライツ)”の略で、「性と生殖に関する健康と権利」を指します。なんだか難しく聞こえて、「性的なことに興味ない」「子どもを持つつもりない」と、早くも「この話は自分には関係ない」と思われた方もいるかもしれません。

しかし実は、SRHRは私たちの日々の生活やニュースとも密接にかかわっています。単に妊娠・出産にまつわる医療的な話や、女性にだけ関係のある話ではありません。

「SRHR」というのは、すべての人が自分の体や性について自由に考え、選択し、尊重され、体の自己決定権を持つこと。また少々小難しい説明になってしまったので、なぜ誰にとっても重要なのかを具体的にお話ししていきたいと思います。

まだまだ知名度の低い「SRHR」ですが、本当に大事な概念なので、私は「SDGs」くらい浸透させていきたいと本気で思っております。

SRHRはすべての人が持つ「権利」

SRHRは、誰もが生まれながらに持つ基本的人権の1つです。

その原点は1970年代の「女性の権利運動(Women's Rights Movement)」にあります。この時期、世界中で女性たちが声を上げ、自らの身体に関する決定権――とくに避妊・中絶・出産に関する選択の自由を求め始めました。当時の多くの社会では、女性の性や生殖に関する自己決定権が制限されており、医療や法制度もそれを支えるものではありませんでした。

SRHRが正式に国際的な議題として認識されたのは、1994年にカイロで開かれた国際人口開発会議(ICPD)です。この会議では、以下の合意形成がなされました。

「性と生殖に関する健康(Reproductive Health)は基本的人権の一部で、女性だけでなく、すべての人が対象である。出産や避妊だけでなく、性に関する教育・サービス・暴力防止なども含まれる」

これにより、国連加盟国の多くがSRHRの理念に基づく政策づくりを進めていくようになりました。

そして2015年の国際連合で採択された、今や誰もが知る「SDGs」の17目標のうちの3と5に、「SRHRへの普遍的アクセスの実現」が目標として明記されています。

稲葉可奈子(いなば・かなこ)
産婦人科専門医・医学博士・Inaba Clinic 院長
京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得、双子含む四児の母。産婦人科診療の傍ら、子宮頸がん予防や性教育、女性のヘルスケアなど生きていく上で必要な知識や正確な医療情報を、メディア、企業研修、書籍、SNSなどを通して発信している。婦人科受診のハードルを下げるため2024年渋谷に小中学生から通えるレディースクリニック Inaba Clinic を開院。みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト 代表 / メディカルフェムテックコンソーシアム 副代表 / フジニュースα・Yahoo!・NewsPicks公式コメンテーター
(写真:本人提供)

大事なポイントは、「健康」であることだけでなく「権利」もある、ということ。

Sexual Health and Rightsには、性的なことだけでなく、性別にまつわる健康課題も含まれます。例えば、生理痛やPMS(月経前症候群)の症状は治療により改善することができますが、治療をするかどうか、について自分で決める権利があります。

Reproductive Health and Rightsは、子どもを望むか、望まないか、いつ、何人の子を望むか、について自分で決める権利があるということ。

子どもを望む権利だけでなく、「望まない妊娠をしない権利」もあります。望まない妊娠をしないためには「避妊」が必要です。ですが、日本では、避妊についての性教育が十分ではなく、避妊は保険診療の対象外のため自費です。

また、女性がピルなどで避妊をすることが「ふしだら」ととらえる風潮がいまだに垣間見られます。これは理不尽な話です。ちゃんと避妊をしない男性がいるし、コンドームでは避妊効果が不十分だから、女性は望まない妊娠をしないために、自分の身を自分で守る必要があるのです。

それにもかかわらず、「ふしだら」と揶揄するのは理にかなっていません。女性は避妊することを1ミリも恥ずかしがる必要はありません。避妊は体の自己決定権の1つなのです。

残念ながら今は、避妊の話をしづらい雰囲気があります。結果として、望まない妊娠をしてしまい、女性が1人で出産して子を遺棄してしまい女性が逮捕される、という悲しい事件があとを絶ちません。

なぜ日本ではSRHRが浸透しにくいのか?

SRHRが日本で浸透していない背景には、いくつかの要因が考えられます。1つは、性教育に対する根強い誤解とタブー視です。性について話すことが「恥ずかしい」「早すぎる」「性的な行動を助長する」と誤解している保守的な考えにより、適切な性教育が阻まれています。

学習指導要領に「妊娠する過程については教えないこと」といういわゆる「はどめ規定」があり、それにより全国の先生方が教えづらい状況となっています。教えてはいけないわけではないのですが、はどめ規定がクレームの後ろ盾となってしまいかねず、安心して教えることができません。

また、教育現場では教員側にも十分な研修機会がなく、「どこまで、どのように、教えてよいのかわからない」といった不安の声があります。結果として、性教育が避けられ、科学的・権利的に重要な内容が生徒に届かないという悪循環が生まれています。

一方で、国際的にはSRHRが教育・保健政策の中心に据えられている国も多くあります。例えばスウェーデンやオランダでは、小学校の段階から性と身体、関係性についての教育が行われており、自分の気持ちや他者との距離の取り方なども含めて学ぶ機会があります。また、教師が研修を受ける機会も設けられています。

こうした国々では、SRHRを含めた性教育は性的な行動を助長するものではなく、むしろ子どもたちの安全を守る、と認識されています。

思春期から男女ともに知っておきたいSRHR

思春期は、心も体も大きく変化する時期です。この時期にこそ、

月経や射精など、自分の体に起きる変化を正しく理解する
妊娠や性感染症について、科学的な知識を持つ
性的な情報に対するリテラシー(見極める力)を身に付ける
自分や他人の身体、性、考え方を尊重する態度を育む
「嫌だ」と言っていい権利、「同意」の大切さを学ぶ

といったSRHRの基本を知っておくことが大切です。これらのことを思春期のうちに知っておくことで、望まない妊娠や性感染症にかかることを防ぐ。あるいは、性暴力の被害者にも加害者にもならない、そして将来、子どもを望んだときに適切なタイミングで妊活を始められる、といったことにつながります。

「え、いちいち教えなくても当たり前のことでは?」と思うかもしれません。しかし、中高生の頃からその認識を持っていたでしょうか。

「いやいや、中高生でそういうことをしなければよいのでは?」という考えもあるでしょう。しかし日本財団の「18歳意識調査 第39回(2021年)」によると、23.6%が性交渉を経験しています(回答者は全国の17〜19歳の男女920人)。

実際、日本の「性交同意年齢」は16歳です。なんと2023年まで13歳でした。これは本当に“ありえない”話で、教えてもいないのに法的には13歳で「自分で考えて同意できる」とみなされていたわけです。

2023年7月に16歳に引き上げられましたが、13歳以上16歳未満は、5歳以上離れていなければ「不同意性交等罪」は対象となりません。ということは、13歳までに、遅くとも16歳までに、SRHRや包括的性教育が完了している必要がある、ということです。

いつそういう機会が訪れるか、誰にもわからないですし、事前に大人に話したりしないもの。性的なことに興味があるかどうか、初交年齢が早いか遅いかにかかわらず、だれしもが知っておくことが大事なのです。

「興味がないのに教えたら、逆に興味を持ってしまうのでは?」という心配は無用。実際は逆で、性教育を行うことにより初交年齢はむしろ上がり、性的な行動に慎重になる、ということが海外のデータから示されています。知識を持つことは、行動を促すこととは違います。

妊娠についても「若いうちは妊娠してはいけない」「将来は子どもを産まなければいけない」という圧ではなく、「産むかどうか、いつ望むかどうか、を自分で選べる」という選択肢とその方法を知っていることこそが、SRHRの本質です。

※引用元:日本財団公式ウェブサイト

学校でSRHRを扱う際に気をつけておきたいこと

最近、秋田県の高校で配布された「プレコンセプションケア(性や妊娠に関する知識を身に付け、健康管理を行うこと)」の冊子が炎上しました。高齢出産を揶揄し、妊娠出産を必要以上に促すような内容だったためです。

たしかに、この冊子は将来妊娠を望んでいる方が、のちのち後悔しないように知っておいたほうがよい内容でした。しかし、妊娠を望むかどうかまだわからない高校生たちに、その選択肢としてのSRHRを教えることなく「プレコンセプションケア」を伝えたために、妊娠・出産への圧ともとらえられるものとなってしまいました。

「知っておいたほうがよい内容」であっても、いつ、だれに、どのように伝えるかはとても重要です。それを間違えると、今回のように炎上しやすい話題でもあります。そうなると、「触れないのが無難」と思われかねませんが、そんな中でも、教えようとしてくださっている多くの先生方には心より感謝申し上げます。

学校でSRHRを扱う際に気を付けておきたいポイントは、

価値観を押しつけない:「産むこと=正しい選択」とならないよう配慮する
多様な生き方を前提にする:結婚・出産しない人生も含めて紹介する
生徒の背景に目を向ける:家庭状況や性暴力の被害など、個々の事情に配慮する
正確な知識をもとに説明する:感情的・道徳的な表現ではなく、科学的根拠に基づいて説明する

教育とは、「こうしなさい」と枠にはめることではなく、「正確な知識をもとに、自分で考え、自分で選ぶ力」を育てることですよね。SRHRの教育も同様なのです。

SRHRへの理解や包括的性教育は「防災」

私たち大人は、思春期の子どもたちに対して「守る」ことに意識を向けがちです。大切にしたから「教えない」「見せない」と考えてしまうかもしれません。しかし、子どもたちに正しい知識を教えないでいるのは、同時に危険にさらしていることを意味します。

子どもたちは、大人の知らないところで、日々どんどん新しい情報に触れますが、その情報は玉石混淆。そんなとき、SRHRについての知識があれば、あるいは包括的性教育(ジェンダー平等や性の多様性を含む人権尊重を基盤とした性教育)を受けていれば、防げるリスクはたくさんあります。いわば「防災」です。将来、大切な人とよりよい関係を育むためにも、SRHRの概念を理解することは大事です。

そして、性に関する話題を避けるのではなく、「相談することは恥ずかしいことではないんだよ」「困ったときにはなんでも相談していいんだよ」という姿勢を、日常から伝えていくことが何より大切です。

とはいえ、親子関係や生徒との関係は一筋縄ではいかないもの。オープンに話せる雰囲気の家庭・学校ばかりではないと思います。

「話すのが難しくても、何か困ったら、親や学校の先生なり、とにかく誰か大人に相談していいんだよ」とちゃんと言語化して伝えて、心理的安全性を担保してあげてください。

ちなみにSRHRは子どもたちのためだけでなく、大人自身の人生や健康にも関わる、すべての人の権利です。体のことで何か困っていることがあれば、我慢せずに専門医にご相談ください。

(注記のない写真:mapo / Getty Images)