2040年の大学進学者数は、約51万人になる——。文科省が「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」で出したこの数字は、現在より約12万人も少ない数字だ。人口減少により大学志願者が定員を下回る「大学全入時代」が到来するとされ、すでに学生の募集を停止する学部、大学も出てくるなど「大学淘汰」の現実味も増してきている。

今後大学は、それぞれに合った適切な志願者を確保するためにも、各大学の教育目標・理念を明確に設定し、特徴や強みを打ち出すことがいっそう求められる。また少子化による大学経営の負担を取り除くという観点では、共同の研究機関や拠点を設けるなど、大学間ネットワークの構築も急務だ。

とくに、学生との最初の接点となる「入試」は、小学校・中学校・高等学校での学びとシームレスにつながり、子どもの学習のモチベーションを高められるようなよりよい形を、個々の大学にとどまらずに模索する必要がある。

そんな中、立命館大学は総合型選抜入試の出願条件にAI学習を課す「UNITE Program」をスタートさせた。具体的には、志望する学部で求められる数学の指定単元を、個別最適化されたAI教材「atama+」で学習した後、各単元の修得認定試験に合格し、プログラムを修了すると、出願資格が得られるという仕組みだ。

このプログラムの企画・実行を現場で担った、立命館大学入学センター事務部長の熊谷 秀之氏とatama plusのプロジェクト責任者である井上 拓也氏に取材。昨今の大学入試の課題から、学生の成長につながる入試のあり方、今後の入試に関する大学間連携などの展望を聞いた。

評定だけで足切りする入試への疑問

あの時もっと勉強しておけばよかった——。早くからやりたいことを決めていたら——。大人になってから、一度はそのように考えたことがある人も多いだろう。実際、大学の学部選びが将来の職業に与える影響は大きいが、「やりたいこと」よりも、目の前の「得意な教科を中心に」あるいは「苦手な教科を避ける」などして文系理系、またその先の進路を決める高校生は多い。


熊谷秀之(くまがい・ひでゆき)
立命館大学 入学センター事務部長

熊谷:社会に出てやりたいことや大学で深めたいことを、高校1年生の4月から決められている子はかなり少ないと思うんですよね。例えば、それまでは部活動に一生懸命で勉強はおろそかになっていたけれど、高校2年生の冬に何かきっかけとなる経験をして「この分野でこういうことをやり遂げたい」と思う子もいるのではないかと。そうしたときに、評定が問われるこれまでの学校推薦型選抜や総合型選抜だと、成績の挽回が難しいから諦めなければいけません。

一般入試だけでなく、特別入試でもちゃんと挽回のチャンスがあるような、未来志向の入試の設計があってよいのではと以前から考えていました。これまでは特別入試では高校での科目の履修や学習成績の状況を参考にしていましたが、「履修した」という過去ではなくて「修得している」という現在の実績ベースで評価する、そんな入試を実現させたかった。それが今回のAI学習プログラムにつながっています。

井上拓也(いのうえ・たくや)
atama plus プロジェクト責任者
(写真:atama plus提供)

井上:「atama+」は、AIが生徒の学習状況を分析し、一人ひとりに合わせた「自分専用レッスン」を自動作成します。パーソナライズされることで苦手分野を単元ごとにどんどん潰していけるので、例えば「人の消費活動」には興味があるけど、数学の成績はあまり芳しくないから文学部にしようと考えていた子に、学習して得意になる機会、経済学部を目指す機会を提供できる。立命館さんとの連携の中で、そうした関わりができたのはよかったと思っています。

——高校1年生の4月から将来の夢を持って努力してきた子がより評価されるべきという声も聞こえてきそうですが、いかがでしょうか?

熊谷:そのような、やりたいことへの熱量を持った人にこそ、ぜひチャレンジしてほしいプログラムです。ただ、調査書は、あくまでも過去の履修状況や成績を評価したもの。実際に「今現在修得されているかどうか」までは測れていないという課題感がありました。そこで、「atama+」を活用して、努力をしてきた子が確実に修得していることをデータで裏付けする、または修得できていない子には努力のプロセスをしっかりと踏んでもらうようにしたということです。

またこのプログラムは、修了したら合格ということではなく入試の出願要件にしかなりません。プログラムのみで合否を出さずに、その後の面接などで、やりたいことやビジョンをしっかり説明してもらうようにしています。ですから、早くから将来の夢ややりたいことを持っていた子が不利になるようなことはまったくなく、むしろ有利であるといえるでしょう。

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大事なのは、多様な子どもたちの可能性を最大化させる、多様な入試形態を用意するということ。過去の成績を問うこれまでの学校推薦型選抜や総合型選抜、「一発勝負」的な一般入試に加えて、未来志向の入試の第一歩としてこのプログラムを位置づけています。

多様な受験生に平等な入試機会を提供する

——調査書については、各高校によって評定を取る難易度はそれぞれ異なるにもかかわらず、大学で見られる評定はすべて同じ尺度という実態もありますね。

熊谷:もちろんあると思います。さらに、昨今は多様な学習歴を持っている子が増えてきています。海外の学校や国際バカロレア(IB)などは、そもそも日本の教育現場と一律で比較できるような成績評価がなかったり、商業高校は「数学Ⅱ」や「数Ⅲ」が必修ではなく学習機会がなかったりするケースもあります。

「数学を学ぶ機会がなかったので(成績評価がないので)受験できません」といったように、15歳の時の高校選択でその後の受験機会が奪われるというようなことは、できる限りなくしていきたい。

プログラムはまだ第1期が終わったところですが、商業高校や工業高校などからの出願もありましたし、IB校や海外から直接の申し込みもありました。合格者の顔ぶれを見ても、多様な子たちに挑戦してもらえたと感じています。

井上:「atama+」はオンラインで提供されるプログラムのため、PCやスマホ、タブレットでいつでもどこからでも学習してもらえるのですが、国内ではいちばん北が釧路、南が沖縄と、全国から学生さんに挑戦いただいたと聞いています。

熊谷:もともと立命館では、全国から多様な学生に関西に集まってもらい、ダイバーシティーに富んだ環境をつくりたいということもあり、日本各地から学生を集める全国制を重視してきました。そうした地域の多様性も、今回のプログラムでよりいっそう担保できたと思います。

受験のためじゃない、自分の将来のために学ぼう

文科省では、将来を担う生徒・学生が、これからの時代に求められる力を確実に身に付け、それぞれの持つ可能性を最大限に伸ばすために、高等学校教育の質の保証、大学入学者選抜の改善、大学教育の質的転換を一体的に進める「高大接続改革」の取り組みが進められている。

また高校では2022年度から新学習指導要領が実施され、改訂のポイントとして、すべての教科において育成すべき資質・能力を、「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の3つの柱で再整理。これまで大切にされてきた「生きる力」を育むという目標はそのまま、社会の変化を見据えた新たな学びへの進化が目指されている。

「UNITE Program」では、「atama+」を利用して基礎学力を客観的に評価・担保しつつ、「生きる力」を総合的に高めることを意図してきたようだ。


熊谷:「生きる力」を身に付けるために基礎学力は必要不可欠で、そのうえに学びに向かう力がある。ここのモチベーションを上げる入試にするためにはどうしたらいいかを考え続けてきました。

——学びに向かうモチベーションを上げるには、何が必要とお考えでしょうか。

熊谷:自分のやりたいことや夢に確実に向かっているという感覚です。入試に必要だから頑張れというのと、将来やりたいことに必要だから頑張れというのでは、モチベーションが全然違いますよね。ただ「数学が大事だよ」ではなくて、要するにそれを学んでおかないと入試のもっと先、自分が将来やりたいことを実現させられないということがわかれば子どもたちも動くと思うんです。将来の夢に必要な教科・単元は何かを学生は知るべきだし、大学側は入試を通じて提示する必要があると思っていました。

経済学では、政策を考える際に、実際に経済を動かす代わりに数式を使って人がどのような行動を取るかを予測・シミュレーションしますが、その際に「微分」の知識が必要になります。知り合いの高校教諭の方に、「『経済学部は数学の勉強しなくていいんでしょ』と生徒に言われたとき、こういう入試があると、なぜ数学が必要なのか、将来にどう生きてくるのかを伝えやすい」と言っていただきました。

「受験のため」という近視眼的な思考にとらわれては、生徒の大事な人生のためにならない。高大接続の議論は、まさにこうした課題を解決するためのものでしょう。

大学側としても、今回は各学部に本当に必要な教科、科目はもちろん、その中でもどの単元が生徒の将来に生きてくるのかということを真剣に考えてもらうことで、改めてアドミッションポリシーや、高校生へのメッセージを明確化させることができたのではないかと思っています。

新AO入試合格者へのアンケート結果
質問:受験後、数学が指定された単元に対する意識や実力に変化はあったか
データの分析の単元で分からなかった概念の部分が新しく学べた
学校ではあまり触れなかった単元もあったため、新たな知識が増えた
・指定単元の範囲の模試やテストの成績が良くなった
・今まで数学を何に使うか理解できなかったが、経済学に繋がっていると考えると数学に対する意識が変わり、意欲的に学ぶようになった
・数学を解くのが楽しくなった、強みになったと感じた
⇒学部ごとに重要な単元を指定して習得してもらうことで、高大接続の観点からも最適な学力素養や意欲の醸成につながった

出所:立命館大学の資料を基に東洋経済作成

——現在対象となっている学部は、経済学部・スポーツ健康科学部・食マネジメント学部ですが、ほかの学部や立命館アジア太平洋大学(APU)の入試にも、プログラムを広げていく予定と伺いました。

熊谷:2024年度からは薬学部で、化学の単元において実施することが決まっています。多くの学部生が目指す薬剤師の養成課程において、とくに大事な単元は何かというのを学部で議論してもらいました。

そのほかの学部にも、今後広げていく予定です。例えば理工学部の電気電子工学科なら電磁気の知識が重要ですし、機械工学科なら力学、環境問題に関連した研究をするなら、物理だけでなくて化学も必要など、より深掘りすべき単元であったり、見落としがちだけど必要な単元を議論したうえで、高校生に伝えていきたいと思っています。

受験生の努力のプロセスを可視化する

——今回のプログラムで、AI学習だからこそ見えた成果はありましたか?

井上:今回「atama+」を利用いただいたことで、受験生の学習行動、努力のプロセスが可視化されたことは大きなメリットではないでしょうか。

出願資格を取れた生徒は顕著に、コツコツと長時間にわたって一生懸命に勉強していたことが、データでわかりました。現時点では、出願資格を出すに当たってデータを使っていただいているわけではありませんが、大学入試で、体調も含めて一発で決まる世界から、実際に学習してきた履歴をそのまま生徒が生かせて、大学もそれを活用した選抜ができる世界が近づいていると思います。

熊谷:修得するまで何度でもチャレンジできる点をコンセプトとしていましたが、出願資格にしかならないという点でインセンティブの低いこのプログラムに対して、ここまで頑張る学生が多いとは正直思っていませんでした。子どもたちの知的好奇心や学習行動というのは、こちらが想像しているよりも大きな可能性を秘めているのだと思います。

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またAI学習のよいところは、単元レベルの基礎学力が客観的に担保できることに加えて、よりよい学習行動を促せるという点だと思います。一発勝負で点を取るためのテクニカルな対策などでなく、単元を修得するために忍耐強く学ぶことが必要とされます。

これから世の中の情勢がどうなるかわからない時代の中で、「先行きが見えないから」「不安だから」と何もしないのではなくて、不安と対峙しながらもコツコツ努力できる能力というのが、これからの子どもたちにとっては大事なファクターになるでしょう。そうした子どもたちを育てていくための、高大接続の中の一つの入試形態のあり方を提示できたのではないかと思っています。

真に学生の成長に寄与する入試ってなんだろう?

——atama plusと協働で「新しい⾼⼤接続と⼊試の在り⽅を考える共同研究会」も設⽴されています。

熊谷:⽣徒が持つ可能性を広げ、やりたいことや得意分野に基づいて進学先の⼤学・学部を選択し、学習するという未来をつくりたいという思いが⼀致し、本共同研究会を⽴ち上げるに⾄りました。AI や学習データなどのテクノロジーを活⽤することで、新しい⾼⼤接続および⼊試の形を追求したいと考えています。子どもの意欲やモチベーションを引き出すために、ほかの大学さんとも協働して、将来に必要な学びを提示していきたいです。

——今後、入試改革をどう進めていきますか。

熊谷:教育の連続性を意識して担保していきたいです。今回文科省の学習指導要領を見て思ったのは、小中高の総則が同じであること。これまでは異なっていましたが、少子化もあって、一人ひとりを丁寧に見ていこう、育てていこうという動きなのでしょう。

高大接続だけでなくて、小中も含め、社会に送り出すまでの一本の線としてどうするか。その中で、あくまでも入試は線の中の点でしかありませんが、タッチポイントとなる点を増やしていきたいです。UNITE Programは正確には入試前プログラムなので、線へのタッチポイントを少しでも増やした形になります。

私立大学として競争を勝ち抜くためにも、正しく子どもや保護者に選ばれるような施策を愚直にやっていきたいですね。

UNITE Programの詳細はこちら

(企画・文:吉田明日香、注記のない写真:立命館大学提供)