なぜ「定期考査」と「朝課外」を廃止したのか?

2022年度から、高等学校でもスタートした新学習指導要領。指導要録の参考様式に各教科・科目の観点別学習状況の記載欄が設けられるなど、「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」という3観点による評価が徹底されることになった。

鹿児島県立与論高等学校校長の甲斐修氏は、20年度の着任当時、この観点別評価を具現化することが「最重要課題」だと考えたという。

甲斐 修(かい・おさむ)
鹿児島県立与論高等学校 校長
1963年鹿児島県生まれ。鹿児島大学理学部数学科卒業。日本大学大学院総合社会情報研究科人間科学専攻修士課程修了。89年から鹿児島県公立高等学校教諭。県立高校4校に勤務した後、鹿児島県教育庁高校教育課、鹿児島県総合教育センターを経て、2020年から現職。22年『与論高校はなぜ定期考査と朝課外をやめたのか』(学事出版)で第19回学事出版教育文化賞優秀賞受賞

「多くの高校が定期考査を軸とした学習指導や学習評価にとらわれがちで、観点別評価にあまり取り組んできませんでしたが、『生徒の主体的な学び』という学習指導要領の理念を実現するにはここが最も重要になると思いました。そこで、21年度から前倒しで観点別評価を試行実施するため、まずは定期考査の廃止を決断したのです。そもそも定期考査は法に定められたものではなく、学校の慣例にすぎません。単元ごとの節目は教科ごとに異なるのに、時期をそろえてテストをすることにあまり意味はないと考えました」

さらに甲斐氏は、観点別評価に移行するには、教員の働き方改革も同時に行わなければ実現は難しいと考えた。そこで、教員の業務内容を改めて確認すると、毎朝授業前に40分間行われる「朝課外」の教材準備と指導に多くの時間を費やしていることが判明。朝課外は九州の多くの高校で伝統的に行われているが、「正規の教育課程である授業の準備と指導に最も力を注ぐことができるよう、廃止を決定した」と甲斐氏は説明する。

そして新たに取り組んだのが、単元シラバスの作成だ。

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1年生の「英語コミュニケーションⅠ」の単元シラバス

観点別評価は、単元や題材のまとまりなどの「短いスパンでの学習評価」を行うので、生徒がその評価を学習改善につなげやすいというメリットがある。その中で主体的な学びを促すには、各単元や題材のまとまりごとに何を身に付けさせたいのかをあらかじめ生徒と共有しておくことが必要だと甲斐氏は考えた。

「何を学ぶのか、どのような観点で評価するのか、どのような提出課題があるのかなどを生徒と共有するための単元シラバスを、試行錯誤しながら急ピッチで作成しました」

生徒にすぐ評価をフィードバックできるよう、単元を扱う時間は最大でも15時間程度と設定し、単元が終わるごとに評価を生徒個票に印字して本人に配布するようにした。

1年生の「英語コミュニケーションⅠ」第5回までの生徒個票のイメージ

また、テストの日に欠席した場合は別の日にテストを受け、一定の水準に達していない場合は追指導というルールにした。

「当初は全員が同じ日にテストをしなければほかのクラスに情報がもれてしまって不公平だという声も上がりましたが、この運営で何も問題はありませんでした。単元テストは自分の理解度を測るためのものだと説明すれば、生徒は理解するのです」

「適切な指導」と「見通し」で、高校生は確実に学びに向かう

「定期考査や朝課外を廃止したら勉強しなくなるのではないか」という声は学校関係者評価委員などから上がったが、その不安は杞憂だったという。

「競争意識がなくなるのではないかという声もありましたが、本来テストは競争のためではなく、学習内容の定着確認のために行うもの。それを単元別に行うので、むしろPDCAサイクルを回すことが素早く丁寧にできるようになることを生徒や保護者、地域に向けて説明し、理解を得るようにしました。実際、単元ごとの目標などを予告したうえで授業を進めるので生徒はしっかり準備をしてきます」

結果として、学校評価では生徒から「予習がしやすくなった」「慣れたら学力は定着しやすいと思う」といった声が集まり、保護者も「毎日夜半まで勉強している」など、肯定的だ。

「これまでの定期考査は、『テストの1週間前にまとめて勉強するスタイル』を助長していたのだと感じます。自身の成長のために自己管理の力が求められているということは生徒たちにも伝えていますが、適切な指導が行われ、見通しが持てると高校生は確実に学びに向かうことを実感しています」

教員も1年間試行した段階で、「これが本来の授業のあるべき姿だと感じた」など手応えがあったようだ。さらに定期考査の廃止による効果として大きかったのが、探究活動に多く時間を割けるようになったことだという。

「定期考査を実施していた頃は、テスト前を含めて約2週間、行事などを入れないようにする期間が年5回ありました。この制約がなくなり外部と連携する教育活動を入れやすくなったのは大きいですね。本校は現在、東京大学大気海洋研究所の協力を得て、自然科学分野についての課題研究にも取り組んでいます」

東京大学大気海洋研究所が主催した2022年7月のサイエンスキャンプには、与論高校2年生6人が参加。「身近な水を科学する!」をテーマに、与論島内で採水

また、朝課外を廃止したことで教員に時間の余裕ができ、授業でのICT活用も進んだ。生徒のレポートをオンライン提出にした結果、印刷・配布・回収の負担もなくなったなどの好循環も生まれている。

研究紀要の廃止や生徒指導など「約30もの見直し」を実施

実は甲斐氏は、定期考査と朝課外の廃止だけでなく、この2年間で学校のビジョンに基づき約30もの見直しを実施してきた。例えば、研究紀要の廃止だ。

「研究紀要を作るための研究では意味がありません。それよりも、単元シラバスの充実こそ研究に匹敵すると考えたわけです。実際、本校の教員の取り組みはかなり進化しており、さまざまな研究大会で発表できるレベルになってきています」

学習指導に関するところでは、学年内で共通理解が図れるよう、進路指導室や教科ごとに分かれていた教員の座席配置を学年単位に変更するなどの工夫も。学年内の情報や課題の共有が日常的に行われ、指導の目線合わせが容易になったという。

座席配置の変更は「関係性の質の向上につながった」と甲斐氏は話す

そのほか授業前後のチャイムや当番日誌の廃止、女子の制服へのスラックス導入、単車通学や携帯電話の持ち込みを許可するなど、これまで課題のあった生徒指導も変えた。

ここまで一気に見直しを実現できたのは、甲斐氏の校長としてのマネジメント手腕が大きいだろう。保守的になりがちな教育現場で変革を起こすことができた理由は、愚直なまでの「WHY?」だったという。

「著名なコンサルタントのサイモン・シネックが言うように、『WHY?から始める』ことが大切です。なぜ変える必要があるのかを明確に伝えれば、HOWやWHATは教員自身が考えることができます。改革に当たっては関係者からの異論や反論は当然ありますが、それを大変だと感じていては筋の通った教育はできません。反対意見を封じ込めるのではなく、乗り越えなければならない意見と受け止め、納得してもらえるようにきちんと『WHY?』を説明し目指す方向を共有していけば、理解を得て進むことができます」

また、校長としてのリーダーシップには「トップダウン型」と「支援型」の2種類あり、状況に応じて使い分ける必要もあると語る。

「平常時であれば支援型でよいのですが、非常時にはトップダウン型が必要です。教育改革の真っただ中である今は、まさに非常時。支援型だけでは回りません。例えば私の場合、学校の重点目標などはまず私がたたき台を作成して示し、教員たちに意見をもらって共通理解を図りながら改革を進めていきました」

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学習指導要領に定められた資質・能力の3つの柱と校訓の関係性を示した与論高校の重点目標

23年度は、「与論高校モデル」に移行して3年目であり、最初の卒業生を出す年となる。進路実績など成果に対する注目も大きいが、甲斐氏は次のように考えている。

「毎年生徒の母集団は異なり、経年での合格実績の比較は意味がないと思っています。生徒の可能性をどう伸ばしたか、そのためにどうアプローチをしたのかが重要であり、23年度はそれを示せるようにしたいと思っています。現状、探究活動が深まるとともに多くの外部の人と接点を持つことで、生徒たちの視野が広がっているという感触があります。それが広い意味でのキャリア教育にもつながっていくのではないかと思っています」

甲斐氏の校長としての在任期間は残り1年だ。「自らの力で発展する組織」をつくることが真のマネジメントだと考えている甲斐氏は、自身の異動後に与論高校モデルが形骸化しないためにも、「対話と議論を重ねて工夫し続けていくという空気や仕組みを引き継ぐことが課題」だと語る。

与論高校モデルは県内外のほかの学校も注目している。すでに問い合わせや相談も寄せられており、23年度から定期考査を廃止して単元ごとの評価に移行することを決めた高校も複数あるという。

「人口5000人ほどの離島の小規模校だから改革ができたのではという見方をされる方もいらっしゃるかもしれませんが、組織の大小に関係なく、改革の際に出てくる反対意見の割合は同じ。大きい組織なら、それだけ賛同して動いてくれる人の数も多いはずです。本校での取り組みはどんな高校でもできます。校長は日々学び、目指す方向を明確にして周囲に伝えていくことが大切だと思います」

(文:中原絵里子、写真と資料:鹿児島県立与論高等学校提供)