「問題が起こる学校は、残念ながら校長の対応力が弱い」

危機管理というと「企業に求められるもの」というイメージがあるかもしれないが、昨今は学校においても危機管理が喫緊の課題となっている。2005年から教育委員会や学校が主催する危機管理研修の講師を務めるほか、危機発生後の現場対応なども請け負ってきた石川慶子氏は、次のように語る。

石川慶子(いしかわ・けいこ)
日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長
参議院事務局勤務後、映像制作会社、広報PR会社を経て2001年独立。妊娠中の問題処理でリスクマネジメントの必要性を実感して学び直し、03年から危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。現在は、企業・団体・学校に対し、危機管理関連の研修・訓練・緊急対応を提供。日本広報学会理事、公共コミュニケーション学会理事。地域では、調布市学童連絡協議会会長、調布市公立学校PTA連合会会長を経て、調布市教育委員も歴任(12年~16年)。著書に『なぜあの学校は危機対応を間違えたのか』(教育開発研究所)など
(写真:石川氏提供)

「学校には以前からいじめをはじめさまざまな問題がありましたが、それを外部に公表することはほとんどありませんでした。しかし、最近では学校や警察が発表しないと、不信に思って保護者や地域の方々がメディアにリークするようになったので、学校の危機対応への意識は以前より高まっていると感じます。とくに公立校の先生方は異動が多くつねに緊張感を持っていらっしゃるからか、比較的安定した教育活動が行える私立校に比べて危機対応の感度は高いように思います」

しかし学校は現状、十分な危機対応が困難な状況にあると石川氏は感じている。

「学校には人手が足りません。勤務時間の管理が徹底されておらず、残業時間が明確ではない学校は多いですよね。部活もやっと地域に移行することになりましたが、うまく進んでいません。つまり、先生たちが教育に専念できない仕組みになっていて、つねに多忙感がある。そのため問題が発生しても対処に追われ、重要な原因分析がやりきれないのだと思います。原因分析の甘さは企業も学校も大差はないのですが、学校は余裕がないこともあり、問題発生の背景を思考する習慣が足りないと感じます」

問題が起こってしまうと対症療法にならざるをえないのが現状のようだが、実は大きな事件や事故を起こしやすい学校とそうでない学校には、明確な差があるという。それは、「管理職」の力量だ。「結局、校長のあり方が大きな差を生んでいると言えるでしょう。問題が起きる学校は、残念ながら校長の対応力が弱いです」と、石川氏は明かす。

では、校長や教員が、危機管理として何か日頃からできる対策や注意すべきポイントなどはあるのだろうか。

石川氏は、まずは「誰かにすぐ相談できる体制」が必要だと助言する。教員は1人で問題を抱えてしまいがちだが、それではどうしても判断が鈍ってしまうからだ。

「教員が相談しやすいよう、つねに校長室を開けている学校がありますが、そんなふうに管理職と教員の物理的な距離を近づける工夫は効果があると思います。また、生活指導の先生が頼りになる人で、相談しやすい体制ができている学校も問題が起こりにくいです。あるいは、学校には“要の先生”が必ずいるので、そういう先生に情報共有できれば、問題が起きたとしても解決に至りやすい。過去の事例を見ていると、うまく危機に対応できる学校には、先生が1人で抱え込まないで済む仕組みがあると感じます」

優先すべきは「自分との信頼関係」ではなく「子どもの命」

石川氏が全国各地で実施している危機管理研修でリスクを数値化する演習をすると、発生頻度が高くダメージが大きい問題として最近多く挙がるのが保護者対応だという。とくに若手の教員が1人で適切な対応をするのは難しいので、「すでに実施している学校もありますが、複数担任制を導入できるとよいのではないでしょうか」と石川氏は言う。ただ、度を超えた保護者に対しては、線引きが必要だと指摘する。

「本来ならPTAが保護者の不満や声をまとめて学校に提言すべきなのですが、今のPTAはそうした役割が機能していないこともあり、個々の保護者がいきなり学校に不満をぶつけてしまう構造になっています。中には、一部とはいえクレーマーのような方も存在しますよね。学校側も、愛情ある批判は受け止めて改善すべきですが、病的な言動を繰り返す保護者については、弁護士やカウンセラーなどに頼ったほうがいい。その際、どの専門家に対応をお願いすべきかを振り分ける役割は、やはり副校長など管理職にあります」

そしてもう1つ、重要なのが優先順位。つねに「命を最優先」することだという。当然のことのように思うかもしれないが、とくにいじめ問題はここの判断を誤りやすいようだ。例えばいじめが起こると子どもは「誰にも言わないで」と言うが、教員も親もその言葉に従ってしまう傾向があるという。

「子どもの『言わないで』は心理学の観点でいえばSOS。問題解決のための行動を即起こすべきです。本人が反撃せず、周囲も解決に向けた行動を起こさず放置すると、最悪の結果をもたらします」と石川氏は警鐘を鳴らし、こう続ける。

「子どもは大人と違ってささいなことでも悩んで追い詰められてしまう面があり、あっという間に自ら命を絶ってしまうこともあります。私がいじめの現場に対応した際も、『子どもの気持ちを大事にしないと信頼関係が崩れるから』とおっしゃる先生がいましたが、優先すべきは自分との信頼関係ではなく、子どもの命を守るためにいじめを即止めることですよね。先生方は『放置したら命が奪われてしまうかもしれない』と、つねに先を見通す想像力を持って子どもの危機に対応すべきです」

小さな異常が積み重なることで大きな事件や事故につながるので、とくに「スピードが命」だと石川氏は強調する。小さなことは様子を見ようということになりがちだが、少しでもおかしいと思ったら、その日のうちに問題の芽を摘むことが大切だという。「例えば子ども同士のもめ事は、初動で学校と保護者が対応すれば深刻ないじめには発展しません」と、石川氏は話す。

警察など専門家との連携や、保護者への啓発も必要

では、いじめが発覚した場合には、どう動けばよいのか。

「まずはいじめを受けている子どもと保護者の話をしっかり聞くこと。次にいじめの加害者にきちんと謝罪させることです。これまで加害者対応をしてこなかったことが、重大事態の原因になっていると考えています。また、文部科学省も2023年2月7日、いじめ問題の対応において警察との連携を徹底するよう通知を出しましたが、学校で解決できない問題は警察に相談すべきです。誰かを深く傷つけたときは、学校と警察が『これは犯罪である』と厳しく指導する必要があるでしょう。そうでないと、子どもは社会を甘く見て、将来また犯罪を起こすのではないかと思います」

文科省は、全国のいじめの重大事態について国が状況を把握して助言を強化するなどの方針も示しているが、石川氏は次のように考えている。

「第三者委員会の設置の前に、まずはタスクフォースで迅速に調査や収束が図れるような体制も必要ではないでしょうか。子どもに関する危機対応は、とにかくスピードが命。そのためにも、社会全体の問題として捉えることが不可欠だと思います。例えば、旭川市内の公園で死亡していた中学2年生のいじめ事案では、教頭、校長、教育長、教育委員会だけでなく、警察や地元メディアなどにも問題がありました。子どもの危機については、学校だけでなく地域の大人にも責任があることを私たちはもっと自覚すべきだと思います」

学校では、いじめに限らず、部活動や体育の時間に起きる事故、アレルギーに関する事故など、子どもの命に直結する事案が日々発生している。

例えば東京都調布市では、12年に給食時の誤食から、小学5年生が食物アレルギーのショック症状で亡くなった。調布市はその後、再発防止のため統一ルールを策定。普通食と除去食がわかるようトレーを色分けするほか、アレルギー対応の献立表には、栄養士と管理職、保護者の確認欄を設けるなどの「調布モデル」は全国にも広がっている。当時、調布市で教育委員を務めていた石川氏はこう説明する。

「実はこの事故以前にも誤食はあったのですが、学校給食を担当する課で『命に別状はないから報告の必要はない』と判断され、事故情報が止まっていたことが後からわかりました。小さくとも事故情報を共有していれば、教職員が適切な対応ができるよう十分な対策が取れていたかもしれません。ガバナンスを利かせるためにも、もっと学校にも行政にも専門家が入る体制が必要です」

とくに学校現場は、「学校内ですべての問題を解決しようと考えないことが大切」だと石川氏は話す。学校には、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーなどの専門職が配置されているが、まだまだ専門家が足りていないと石川氏は考えている。

「経験豊富な教員OBや警察OB、弁護士らが学校に関われば現場は大いに助かります。家庭や社会の変化のシワ寄せが学校に押し寄せていることを地域や社会が理解し、学校をサポートしていく体制づくりが欠かせないと考えています。学校も、何でも『子どもたちのために』とならず、減らせる活動は減らして余裕を持つことが大切でしょう。保護者に対しても『何でも学校にご相談ください』ではなく、学校と家庭の役割について啓発し、『家庭での教育には責任をお持ちください。問題が起きた際はご協力ください』と呼びかける視点も必要ではないでしょうか」

(文:國貞文隆、注記のない写真:buritora/PIXTA)