「GIGAびらき」で新1年生と保護者にサインをもらう

「この1年はデジタル・シティズンシップ教育の多様な実証をしながら、今後に向けた助走をしてきた期間でした」

そう語るのは、岐阜市教育委員会の学校指導課GIGAスクール推進室の主幹を務める栗本光彰氏。いわく、岐阜市が目指すのは単なるデジタル化や近視眼的な制度ではなく、行政・教育双方の真のDX化だ。デジタル・シティズンシップをそのために欠かせない大前提と捉え、岐阜市一丸となって取り組んでいることが特徴だという。

栗本光彰(くりもと・みつあき)
岐阜市教育委員会 学校指導課 GIGAスクール推進室主幹
(写真:栗本氏提供)

2021年にスタートしたGIGAスクール構想。「1人1台端末」初期には、「一通りのトラブルは経験しました」と栗本氏は苦笑する。端末の破損やインターネットの不正利用、不適切な投稿など――。これらを経て、現在注力しているのが「GIGAびらき」のタイミングでの取り組みだ。

「小学校入学時、タブレットを最初に渡すときが本当に肝心で、ここにすべてがかかっていると言ってもいい。いかに学習に便利に使えるかということを、子どもにも保護者にも伝えることが重要です」

そこで岐阜市では、22年度に公立小学校に入学する新1年生に「ワークシート」の提出を依頼。タブレットの使用法や家庭での約束事などを親子で話し合ってもらい、その内容を記載するとともに、保護者と子ども本人にサインしてもらった。

「誓約書のような印象もあるので、これを義務づけることに難色を示した校長先生もいましたが、ほとんどの学校で協力を得ることができました。字を習う前であるにもかかわらず、子どもたちは見よう見まねの漢字や鏡文字のひらがなで、しっかり自分で名前を書いてくれました」

新1年生の家庭に配布した「ワークシート」と実際の文面(左)。教室の子どもたちに「校長先生はどこにいるでしょう?」と遠隔授業(右)
(写真:栗本氏提供)

おそらく人生最初の「署名」を通じて、子どもたちも気が引き締まったことだろう。栗本氏は、この取り組みを行う前の昨年度と今年度、新1年生を続けて受け持った教員から次のような話を聞いた。

「昨年度も子どもたちはタブレットを大切に扱っていましたが、そこには『壊したら大変だから』『インターネットは怖いものだから』というネガティブな理由もあったようです。しかし今年度は、『すごく便利なものだから』『これがあれば楽しく学べるから』というポジティブな理由から、タブレットを大事にする意識を感じるそうです」

ワークシートを使ったGIGAびらきの狙いはほかにもある。DX化の基礎となるデジタル・シティズンシップは、子どもだけでなく大人にも必要なものだ。栗本氏は「自治体が大人へのデジタル・シティズンシップ教育をするのはなかなか難しい。まずは子どもを通して、市の大人にも理解を深めてもらうことも目的の1つです」と説明する。

教育公表会で見せた、子どもたちの自律的なICT活用

市教委ではさらに、すでにタブレットを使用している子どもたちに対しても、ルールブックをデジタル・シティズンシップ版に全面改訂して示した。

「従来のルールブックは、してはいけないことを記したいわば『ブラックリスト』のようなものでした。でも新しいものは、できることを明示した『ホワイトリスト』にしました。対象は小学校高学年以上で、最終的には子どもたち自身がルールを作ってくれることが理想です」

全面改訂された小学校高学年・中学生向けのルールブック。市のポータルサイトにも掲載している
(写真:栗本氏提供)

自らよりよい使い方を考えることこそ、デジタル・シティズンシップの基本姿勢だ。だがインターネットや端末の使用についてのワークショップをすると、「意外にも、子ども同士のほうが厳しく、シビアなルールを作ろうとするのです」と栗本氏は言う。ブラックリストを示すことが主だった旧来の教育からの脱却は、一朝一夕に進むものではないようだ。この傾向は教員側にも見られる。

「実証や新たな取り組みについて、ただでさえ忙しい先生たちに、さらに市からのお願いをしている形です。多くの学校や教員の方に好意的な反応をもらっていますが、その意義や効果に懐疑的な先生もいるかもしれません」

そうした状況を少しでも打破すべく、今年1月の教育公表会で、栗本氏はある作戦に打って出た。発表を行う4つの部会のうち、自身が担当する「教育DX部会」を子どもたちに担当させたのだ。司会進行もパネリストも、2時間の持ち時間をすべて市内の小中学生に任せたという。

「市長や教育長が子どもファーストを掲げていることも、今年の選択を後押ししたと感じています。昨年は『デジタル・シティズンシップ教育推進に係る連携協定』でお世話になっている岐阜聖徳学園大学の教授や、現場の教員に講演してもらいました。そこでDXの姿勢や方針は伝えていたので、今年は子どもたちの実際の姿を見せるのがいちばんだと思ったのです」

準備期間はコロナ禍の冬休み。子どもたちはオンラインで打ち合わせをし、ICTツールを使いこなして原稿をまとめ、プレゼンテーションを行った。探究学習としての深度も感じられる発表に「大人たちもびっくりしました。『あの学校ではこんなふうに使っているんだ』『ここまで子ども自身でできるんだ』ということは、多くの教員にとっても刺激になったと思います」と振り返る栗本氏。「作戦は大成功でした」とにっこりする。

「オール岐阜」で大きなうねりを生み、大人をも変える

不登校児童生徒の支援の1つとして「メタバース」を活用した支援にも挑戦している。注目を集めている仮想空間だが、岐阜市では日時を決めて参加者を募る形で、一度に十数人がバーチャルの世界で交流している。

「不登校の子どもたちもメタバースで同世代の子どもと接し、ゲームをしたりクイズをしたりしています。その中で他者や社会とつながるきっかけになることを期待しています」

市の広報誌でもDX化の取り組みをアピール(左)(提供=岐阜市)。メタバースでの交流はこれまでに4回実施(協力:NTTコミュニケーションズ)(右上)。教育公表会で登壇する子どもたち(右下)
(写真:栗本氏提供)

また、子どもや教員の数が少ない小規模校同士をオンラインでつなぎ、小学校での教科担任制に対応することも検討している。これが実現すれば、子どもたちにとってはオンライン上での知り合いが増えることになる。顔の見えないやり取りでは知り合いに対しても攻撃的になりやすいが、こうしたことを防ぐためにもデジタル・シティズンシップ教育が生きてくるだろう。

単独の取り組みではなく、「オール岐阜」のDX化の一環として進む岐阜市のデジタル・シティズンシップ教育。全体を俯瞰した大きなプロジェクトであるため、その利点は多岐にわたる。もう1つ、栗本氏が胸を張るのが「校務支援システムとスマート連絡帳の連携」だ。

「岐阜市では、学校と保護者をデジタルでつなぐスマート連絡帳を導入しています。導入に当たっては、出欠情報と校務支援システムをダイレクトに連携する『ワンスオンリー』と『ワンストップ』を基本方針としました。保護者がアプリで『欠席』ボタンを押せば、教員の作業を挟まずに出席簿に反映され、感染症サーベイランスへの報告も一括でできます。朝、職員室の電話が鳴らなくなったと好評です」

教室と職員室を行ったり来たりすることが激減し、教員はより授業に集中することができるというわけだ。

一方で、全体を俯瞰しているからこそ課題も見えやすいと栗本氏は続ける。

「先を見据えているので、考えなければいけないことも多くあります。例えば1人1台端末の更新について。岐阜市は2025年度に更新時期を迎えますが、端末の価格上昇も無視できない問題です。またOS変更はどうすべきか。小学生はiPadが使いやすいでしょうが、中学生にはWindowsという選択肢もないわけではありません。教員が利用する校務系端末と授業で使う学習系端末の統合を考えたときに、教員と子どもが異なるOSを使うことになると、それでは授業がしづらくならないか……」

今はまだ利活用の段階で、こうした「次のステップ」の課題を認識していない自治体も多いのではないか。栗本氏はセミナーや勉強会で情報をキャッチし、つねに先を見る姿勢でブラッシュアップを続けているそうだ。

「新しい取り組みで、しかも大きなプロジェクトなので、正直、いろいろと苦労もあります。でも市全体で取り組むからこそ、きっと大きなうねりが生まれるはず。そのうねりによって、教員や市民の方々にも、教育の変化を感じ取ってもらえるのではないかと考えています」

(文:鈴木絢子、注記のない写真:いお/PIXTA)