人気ゲームソフト「Minecraft」を英語やICTの授業で活用

――正頭先生は、「Minecraft」(以下、マインクラフト)を活用した英語の授業実践をきっかけに、2019年のグローバルティーチャー賞トップ10に選出されました。19年までは英語の授業の中で取り組み、20年以降はICT科の授業に取り入れていらっしゃるそうですね。そもそもこのような授業を始めるに至った経緯を教えてください

正頭:勤務校はマイクロソフトの「Microsoft Showcace Schools」の認定校で、マインクラフトの活用については、マイクロソフトから提案があったのです。それまで僕自身はマインクラフトについてはよく知らなかったのですが、子どもたちに話したら「使ってみたい!」と。17年から5・6年生の英語の授業の教材として、20年からはICT科の授業の教材として取り入れています。

「京都の外国人観光客には、意外と子どもが少ない。海外の子どもたちにアピールしていくためにはどうしたらよいだろうか」という子どもたちの問いからスタートし、日本に来られない外国人のために、4〜5名のグループに分かれ、平等院鳳凰堂や清水寺など京都の観光スポットをマインクラフトで再現していきます。このときグループ内でさまざまな会話が発生しますが、使っていい言語は「英語のみ」というルールにしています。

作品が完成したら、海外の小学生にビデオ通話で英語によるプレゼテーションを行い、フィードバックをもらいます。17年から18年では京都の観光案内中心でしたが、19年以降は、マインクラフトの中で廃校を作り、それをどのようにリノベーションしていくかをグループで討論するなど社会課題を取り入れながらPBL(Problem Based Learning:課題解決型学習)のスタイルで授業を行っています。

正頭英和(しょうとう・ひでかず)
立命館小学校 主幹教諭
1983年大阪府生まれ。関西外国語大学外国語学部卒業。関西大学大学院修了(外国語教育学修士)。京都市立公立中学校、立命館中学校・高等学校を経て現職。ICT教育部長としてオンライン授業の仕組みづくりを担う。2019年、人気ゲーム「マインクラフト」を活用した問題解決型授業が評価され、「教育界のノーベル賞」と呼ばれる「Global Teacher Prize」のトップ10に選出。著書に『世界のトップティーチャーが教える 子どもの未来が変わる英語の教科書』(講談社)、「桃鉄教育版」プロジェクトにプロデューサーとして参加

――「使っていい言語は英語のみ」というルールの中、「話したくても知らない単語がある」という児童も多いと思うのですが、どのように指導なさっていたのでしょうか。

正頭:子どもたち一人ひとりが、“あるもので勝負”、つまり自分が今持っている英語の語彙力を最大限に生かしながらコミュニケーションを取るよう伝えています。例えば「雨天決行」は英語で「Rain or shine」と言いますが、「Rain but go」でも、おそらく相手には通じますよね。

正確な表現方法を知っているか知らないかではなく、その狭間で自分はどう表現するかを考えながらコミュニケーションを取りつつも、「○○○と伝えたい。でも△△△という言葉しか知らない」という状態になると、子どもたちの「知りたい!」というモチベーションは高まります。

そのタイミングを見計らい、授業の途中で5〜10分ほど「日本語タイム」を設け、「これを英語で言いたいけどなんて言うかわからないフレーズはありますか?」と呼びかけると「橋を作るってなんて言うんですか?」などと聞いてきます。子どもたちが知りたいときにすぐに教えることで、子どもたちは習ったことをその場で使い、それを聞いた友達がリアクションしてくれる。このような環境の中で、教えたフレーズが子どもたちの中にどんどん染み込んでいきます。

――マインクラフトを活用した授業は、子どもたちが能動的に英語を学びながら自律的に話す力を蓄えることができるのですね。

正頭:日本人が「英語が苦手」と感じる理由の1つは、「話すのが恥ずかしい」とか「間違えるのが嫌」など英語を積極的に使おうとしないことだと思います。マインクラフトを活用した授業では、子どもたちの目標が英語学習ではなく、「マインクラフトを使ってみんなで何かを作り上げる」ということ。

マインクラフトの世界に入り込むことで、英語で話す恥ずかしさよりも、楽しさとか、「間違えても何でもいいからとにかく英語でメッセージを伝えて先に進めたい」という意欲が勝るんですよね。楽しいことをやるために英語を使おうとするから、英語に対するハードルが極端に下がることが、この授業の最大の特徴だと思っています。

マインクラフトを活用した英語の授業の様子

優れたコンテンツを探し、うまく使いながら授業に取り入れる

――GIGAスクール構想で、子どもたちに1人1台の端末が行き渡るようになりました。改めて、英語教育においてICTをどのように活用していけばよいのでしょうか。

正頭:立命館小学校では2012年から1人1台端末が実現しましたが、教科の中でいちばんICT活用が進んだのが英語でした。小学校の英語教育の土台にあるのはリスニングだと位置づけているのですが、例えば夏休みの課題として英語の歌を家で聴いて歌えるようにしたり、自分のスピーキングを録音して客観的に聞いたりなど、デジタルデバイスで“音声”を気軽に扱えるようになったことは大きいですし、英語教育でICTを活用していくうえでの重要なポイントであると考えています。

学校の教科の中で、英語がいちばんコンテンツが豊富にあります。ですから、英語に関しては、「“ゼロイチ”で教材を作って授業を行う」というよりも、「優れたコンテンツを探し、それらをうまく使いながら授業を組み立てる」という発想が大切なのではないでしょうか。

――例えば、どのようなコンテンツがありますか?

正頭:今話題のところで言うと、OpenAIが開発したChatGPTや機械翻訳サービスDeepLですね。例えば、ChatGPTに「日本のお正月の遊びを英語で書いて教えてください」と言うとすぐに答えてくれ、それをDeepLに流し込んで「音声で読み聞かせしてください」と言ったら、それなりの抑揚をつけた音声で朗読してくれるわけです。「テクノロジーを追いかけるのがしんどい」と言われたら元も子もないのですが、テクノロジーは確実に進化しています。苦手意識を持たず、得意分野にしてしまうと、できることが各段に増えると思います。

Power Pointにも同時通訳機能があります。言語の設定が自由にできるので、英語の発音の練習もできますし、クラスルームイングリッシュという形で、先生が英語で子どもたちに話しかけ、英語による同時通訳の設定にしておくと、リスニングとリーディングが同時にできます。単語を覚えるのならQuizletというアプリがありますし、ゲームベースの学習プラットフォームアプリKahoot!もあります。

――英語はICTと親和性が高い教科だからこそ、授業にうまく組み込むことで、子どもたちも楽しみながら学べるということですね。

正頭:学校や先生によりICTの進み具合やレベルは異なると思いますが、第1段階として、「とにかく使う」、第2段階として「アプリを効果的に使う」など、ステップアップしていくことが望ましいと思います。ここで忘れてはいけないのが、ICTの活用により、「子どもたちの英語力だけでなく、ICTスキルも育てていく」という観点を持つこと。タイピングができるようになる、上書き保存やデータ共同編集などクラウドの概念が理解できるようになるなど、ICTを使っていきながらマスターしていくということも重要だと思います。

教育×エンターテインメント=エデュテインメント

――ICT活用が当たり前になった時代を生きる子どもたちに、これから必要なのはどのような力でしょうか。

正頭:テクノロジーによって知識の差を埋められる現代では、「問題解決力」よりも「問題発見力」が求められていくようになると思います。これからは、「どれだけ暗記しているか」よりも、「得られた知識をどのように活用していくか」が大切で、それを考えるためには「問題発見力」が求められていくでしょう。

また、学校で学ぶ内容は、「知識」から「体験」にシフトさせていくことが必要になると思います。ICTを活用すれば「時間」と「距離」の制約がなくなり、例えば英語の授業では「日本にいながらにして米国のハンバーガーショップとオンラインでつながり、英語で自分の食べたいものを注文する」などといった「体験」が可能になるわけです。このような「体験」が土台となって感受性が育まれ、思考力や表現する力が身に付いていくのではないでしょうか。

――正頭先生は、コナミデジタルエンタテインメントがリリースした学校で使えるゲーム『桃太郎電鉄 教育版Lite ~日本っておもしろい!~』(以下、『桃鉄 教育版』)のプロデュースも担当されています。

正頭:『桃鉄 教育版』では、あえてあれこれ機能を追加せず、もともとのゲームの面白さを生かせるような仕様にしています。先生たちのアイデアを掛け合わせて、授業の中でクリエーティビティーを発揮してほしいですね。

今の子どもたちは、満たされた時代に生きています。“歯をくいしばって耐え抜く”教育から、“学びを楽しむ”教育への転換期に来ています。これからは、「エデュテインメント」(「エデュケーション」と「エンターテインメント」を組み合わせた造語)、娯楽でありながら教育に役立ち、「楽しみながら学ぶ」授業を充実させることが、本当の意味での子どもたちの学びに結び付いていくのではないでしょうか。

「英語をもっと話したい」と思えるような動機づけが必要

――ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(以下、IBS)では、正頭先生を招いて実践発表セミナーを行うなど、テクノロジーを活用した英語教育の研究もされています。

Paul Jacobs(ポール・ジェイコブス)
ワールド・ファミリー バイリンカル サイエンス研究所主任研究員
コロラド州出身、日本育ちのバイリンガル。中学・高校と日本て学生時代を過ごす。米コロラド大学に進学後、再来日。現在は沖縄に在住。第二言語習得、異文化や多言語環境、また幼児期からの早期英語教育に精通しており、最近ではVR/AIを活用した最先端の英語学習法研究のレビュー論文を発表。日本では入手困難な海外の先行研究事例や科学的実証に基づいた外国語教育情報を積極的に発信している
(写真:IBS提供)

ポール:英語教育とICTは非常に親和性が高く、IBSでは、中央大学と共同で、小学生のVR(仮想空間)英語学習に関するパイロット研究プログラムに取り組んでいます。

ゲームやパソコンに慣れ親しんでいる子どもたちにとっては、VRでさえも、“緊張感が少ない空間”なんですよね。教室で英語を話すのはちょっと恥ずかしいけれど、仮想空間のレストランに入って食べたいものを英語で注文したりすることに対しては、「ちょっとチャレンジしてみようかな」と思うようです。VRなどのICTを活用することで、英語を使うことに対する不安が減ったり、「こんなふうに話してみたい」などモチベーションの向上につながったりする効果が見られることを実感しています。

原田:モチベーションに加えて大切なのが、あるものと深く関わる「エンゲージメント」だといわれています。VRのようなICTを使って英語学習をすることによって、そこに直接入り込む=エンゲージメントが可能になるのも、英語×ICTの強みだと思います。

――ICTの活用が進む中、英語教員や英語教育のあり方も変化しつつあるのですね。

原田哲男(はらだ・てつお)
早稲田大学教育総合科学学術院教授
ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所学術アドバイザー
早稲田大学教育学部英語英文学科卒業後、高等学校の英語教員を経て、筑波大学大学院教育研究科教科教育専攻英語教育コースで修士号を取得。短期大学に勤務後、ロンドン大学大学院ユニバーシティ・カレッジで音声学修士、ロンドン大学教育研究科(IOE)を経て、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて応用言語学博士を取得。その後、オレゴン大学で教鞭を執り、2005年から現職。13年から14年まで、UCLAの客員教授兼研究員。専門は、第二言語習得、外国語の音声習得、英語教育、バイリンガル教育など
(写真:IBS提供)

原田:これまでの英語教員は、例えば英語の発音において「これが正しい発音です」と自分がモデルとして示さなければいけなかったのが、今ではICTが正確な発音を教えてくれますし、英語で書いた文章も、文法的に正しいかどうかをICTが判断し、別の適切な表現の仕方を教えてもらうことができるようになりました。このように「英語の知識を単に子どもたちに伝える」という教員の役割は減っていきます。

むしろ、これからの英語教員は、正頭先生の実践のように、子どもたちが「英語をもっと話したい」「もっと学びたい」と思えるような動機づけを行い、英語による活動のゴールに向かって学習のプロセスを楽しんでいたらいつの間にか英語を学んでいた、というような授業設計ができる先生が必要になるのではないかと思います。

ポール:ICTは日常生活の中にも当たり前に溶け込んでいて、学校で学んだ英語に興味を持ったら、自宅に帰ってスマホやパソコンで調べながら、子どもたち一人ひとりが個人ベースで楽しく学べる時代です。学校はあまり堅苦しくならず、子どもたちが日常的に親しんでいるICTを柔軟に取り入れる姿勢が必要ではないでしょうか。

原田:これまでの日本の英語教育は、学習者が日常生活の中で知りたい知識や情報を自主的に調べる英語学習(インフォーマルラーニング)が欠けていたように思います。多くの英語の授業では、例えば語彙や文法の概念などを受身的に学ぶことが主流でした。しかし、このような概念はたくさん英語に触れながら何となく時間をかけて学んでいくものでもあるんですよね。そのように時間をかけて学ぶ自主的学習を支援するのが、ICTだと思っています。

ポール:ICTを活用し、「インフォーマルラーニング」を充実させながらクラスの友達や先生と力を合わせて海外の子どもたちと異文化交流するなど、授業を通じて人と人とのつながりを深めていくようなやり取りが、ICTを通して実現できる取り組みだと思います。

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:正頭氏提供)