ご機嫌でいることが大切?「定時退勤のライフハック」とは

教材研究や校務、子ども同士のトラブル、保護者対応――学校の教員がやらなければならないことは山ほどある。こうした中、学校外で教育関係者向けの講演会なども行っている庄子氏は、全国の教員たちから長時間労働のつらい実態を聞いている。

「圧倒的に多いのは、授業に関係ない仕事が多すぎるという声です。例えば指導要録の作成とか、なぜ実施するのかよくわからないアンケートとか。印鑑レスが推進される時代ですが、書類の印鑑は必須、誰も見ないような校務文書もきれいに作成して保管しなければならない。基本的に職員室でしか仕事ができないので終わるまで帰れないですし、そのほか保護者対応が年々難しくなっているという声も上がっています」

庄子 寛之(しょうじ・ひろゆき)
東京都公立小学校指導教諭
大学院にて臨床心理学科を修了。道徳教育や人を動かす心理を専門とする。学級担任をする傍ら、「先生の先生」として、全国各地で教育関係者向けに講演を行う。最近では企業や保護者向けの講演も実施。担任した児童は500人以上、講師として直接指導した教育関係者は2000人以上。元女子ラクロス日本代表監督の顔も持ち、2013年U-21日本代表監督としてアジア大会優勝、19年U-19日本代表監督として日本ラクロス史上トップタイの世界大会5位入賞を果たす。近著は『子どもが伸びる「待ち上手」な親の習慣』(青春出版社)

とくに厄介なのが書類づくりだ。授業中にはできないから、授業後にやろうと思っても会議がある。会議後に書類に取りかかると、翌日の授業準備が遅くなる。だが準備を怠ると、つまらない授業になって子どもたちが荒れる。

「今の教育現場は、そんな悪循環にあるのでは。現代の教員のいちばんつらいところは、子どもたちに関わるやりがいのある仕事に時間を割けないという点にあります」と、庄子氏は指摘する。

しかし、1日は24時間しかない。限られた時間の中でよりよい授業を行い、プライベートでも家族と過ごしたり趣味や自己研鑽に時間を費やしたりするには、仕事の効率を上げるほかない。そのためには、前提として教員自身のマインドセットが重要になる。

「まず大事なのは時間を設定すること。私は17時に帰ると決めています。あれもこれもやろうとすれば、いくらでもやれてしまいますから」と、庄子氏は強調する。

朝の出勤に合わせて起きる時間を決めるのと同じように、定時に帰ると決めて「残りの時間はこれだけしかない」となれば、時間内に物事をどう進めればいいか逆算して考えるようになる。いつも19時、20時くらいに退勤する人であれば、無理に定時と決めず「1時間早く帰る」など、実現可能な時間で取り組むだけでも生産性が高まるのではないかと庄子氏は言う。

少し先を見ながら動くことも大切だ。庄子氏は、保護者とのコミュニケーションツールとして学級通信を毎日作成しているが、“未来日記”のように先取る形で作成を進めることで、教育活動の見通しも立てている。

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学級通信は、先取る形で作れば教育活動の見通しも立つという

また、時間を効率よく使うために、庄子氏は「10分集中法」なども行う。タイマーを使って時間を計り、10分刻みで仕事(勉強)と休憩のサイクルを繰り返す手法だ。「物事に長く集中することが難しかった小学生時代に編み出した技ですが、とても効果的。10分でどれだけ仕事がはかどるか、ゲーム感覚で楽しんでいます」と話す。

心理学を学んできた庄子氏らしく、メタ認知を応用したライフハックもある。自分をロボットと捉え、俯瞰するのだ。

「自分というロボットを動かすつもりで、ゲーム感覚で仕事をすると集中できます。また、ロボットは休ませたり、手入れをしたりしないと壊れてしまいますよね。そう考えれば、体を休ませ、時にはご褒美を用意して自分をご機嫌にすることもできるはずです」

庄子氏は、この「ご機嫌でいること」はとても大切だと語る。教員1人に対して子ども30〜40人という教室の中では、意識していないと教員が上になって多少の理不尽もまかり通ってしまう。さらに忙しくて不機嫌でいると、言うことを聞かない子どもがいたときに大きな声で叱ってしまうことも増えていきがちだ。その怒りは教室全体に伝播し、全員を萎縮させてしまう。

「そんな負のサイクルを断つためには、自分の状態をよくしておくことが大切。ご機嫌でいられれば、結果的にトラブルが減って時短にもなります」

こうした数々の独自のライフハックを駆使し、実際、庄子氏は定時退勤を実現している。そして退勤後は著書の執筆や子どもの習い事の送迎、外部の研修会講師の活動などに時間を充て、22時には就寝して翌朝は5時ごろに起きるというサイクルで充実した毎日を送っている。

働き方改革につながる「1人1台端末の活用」や「保護者対応」

2020年にウィズコロナ時代の学習のあり方についてオンラインイベントを企画し、約2000人もの教育関係者を集めて話題になった庄子氏。「1人1台端末が導入された今、教師の授業の仕方、子どもの学習の仕方を極端に変えていかなくてはならない」と考えており、この変革は働き方改革にもつながることだと語る。

「例えば、新たな発見があって教科書の内容が古くなることがあります。その場合、指導書どおりに授業を進めるより、子どもたちが自分で最新情報をインターネットも活用しながら調べてまとめたり話し合ったりしたほうがいい。教師が上に立って子どもたちに知識を与えるところから脱却し、子どもたちに問いを投げかけ一緒に考えて授業をつくっていく。1人1台端末によってそういう授業に変わりました。体育の時間などでも動きを自分たちで撮影して自然とうまくなっていく、といったことが起きています。教えることを最低限にするこのスタイルは、働き方改革の観点からもよいのではないかと思っています」

ICTの活用で授業が変わり、効率化も進んだ

1人1台端末の導入で効率化も進んだ。Google Classroomやミライシードなどのオンラインツールを通じて課題の配布や回収をしたり、子どもたちが提出した振り返りなどはCSV形式にしてテキストを通知表の所見や学級通信にそのまま使ったりといったことができるようになり、手間と時間のかかる紙の使用が大きく減った。

「翌日の予定や持ち物のお知らせなどもGoogle Classroomにアップして連絡帳記載の時間を省きましたが、これにより保護者側も確認が楽になったと思います」と、庄子氏。そのほか欠席連絡や保護者アンケートもICT化され、保護者とのやり取りはスムーズになった。

一方、いくら保護者とのやり取りが便利になっても、教員が最も時短が難しいと感じている仕事は、保護者対応ではないだろうか。対応を誤れば、話がこじれて時短どころではなくなってしまう。どんな保護者との対応も楽しく、トラブルがないという庄子氏にクレーム対応の秘訣を聞くと、こんな答えが返ってきた。

「学校に何かを訴えるというのは、すごくエネルギーが要ること。そもそも困ったことがあるから意見をするのであり、いわゆるクレーマーと言われる保護者は『困った人』ではなく、『困っている人』なんです。しかし、それ以前に保護者は子育ての先輩です。先輩から学ばせていただくという感覚で接することが大事ではないかと思っています」

そんな庄子氏の対応は、とにかくマメで丁寧だ。寄せられる保護者の意見はもちろん、保護者に対するアンケートの自由回答にも1つひとつコメントを返す。その際には、その保護者の子どもの長所や最近の活動状況など、必ずプラス面を書き添える。

学級通信も前述のとおり、保護者が普段見られない学校生活の様子を知るツールという認識で、毎日発行している。教員の誰もがまねできることではないかもしれないが、保護者に誠実に向き合う姿勢は学ぶべき点が多いのではないだろうか。

研修のテーマは「1人の10歩より、10人の1歩」

学校の長時間労働は、職場レベルでも改善を進める必要がある深刻な問題だ。庄子氏の学校では以下のような形で取り組んでいるという。

「16時前に6時間目が終わる学校もありますが、本校の6時間目の終了は14時50分。掃除の時間をはじめ今までの『当たり前』を見直したわけですが、その分、児童の下校後に行う会議の開始時刻が早まり、教師が校務に使える時間が増えました。必要な連絡はすべてGoogle Classroomで共有することで会議での無駄な確認を省き、現在、朝会はなく週2回の夕会で済んでいます」

職場全体で何かに取り組むには、心理的安全性を保つことも大切だ。庄子氏の学校では、職員室の飾り付けを時々変える、オリジナルのおみくじや差し入れを置いておくなど、気軽に雑談できる環境を教員たちが自主的につくっているという。

教務主幹が作ったおみくじ(左)、庄子氏の差し入れ(右)

また、「時間があるから学ぼう」という雰囲気も生まれているそうだ。例えば、参加は任意だが週に1度ICT研修会を開き、アプリの活用紹介やICTを使った授業の報告など実践的な事例をみんなで共有している。このほか、1冊の本を約10ページずつ分担して作った要約を並べ、回し読みするというユニークな研修も。

「この方法だと、全員が30分程度で本の内容を学ぶことができます。1人の10歩より、10人の1歩のほうが、より前に進める。そんな思いで取り組んでいます」と、研修主任を務める庄子氏は言う。

本の要約を分担して並べて回し読み

このようにさまざまな角度から時短に取り組む庄子氏だが、個人でできることには限界があり、教員も時代に合わせて柔軟な働き方を許容されるべきではないかと考えている。

「一般企業でテレワークができている現状を考えれば、学校でもできないわけはありません。いったん帰宅した後にオンライン会議をできるようにするだけでも、リフレッシュして生産性が上がると思うんですよね。教員はまじめなので自由度を高めてもさぼったりしません。学校外の活動がある教員のほうが魅力的ですし、ある程度自由に動ける時間が取れることは大事ではないでしょうか。もう教員はみんな十分すぎるほど頑張っているので、そういった柔軟性が許されない以上、業務を精査し、誰かに助けを求め、つねにご機嫌でいることが大切ではないかと思っています」

(文:田中弘美、写真:庄子寛之氏提供)