現役東大生が「行きたい大学」の合格を勝ち取るために指導

弁護士の桜木建二が経営危機に瀕する龍山学園高校を再建するため、「東大合格者の輩出」を掲げて生徒に受験テクニックや勉強法を教え込む漫画『ドラゴン桜』。ドラマ化もされているため知っている人も多いと思うが、「リアルドラゴン桜プロジェクト」は聞いたことがあるだろうか。

こちらはマンガ『ドラゴン桜』と現役東大生作家の西岡壱誠さん率いるカルペ・ディエムが、スタディサプリとタイアップし、現役東大生が提携校の高校生に勉強法などを教えるプロジェクトだ。ただ、『ドラゴン桜』のように「目指すは東大」ではない。知名度や偏差値で何となく「行ける大学」を目指すのではなく、生徒それぞれがやりたいこと、それが実現できる「行きたい学校」を定め、合格を勝ち取るのが目標だ。

今回、4校ある提携校のうちの1つ、宇都宮短期大学附属高校(以下、宇都宮短大附属)の「リアルドラゴン桜プロジェクト」の授業をのぞいた。普通科の2年生約70人が出席したこの日の授業は「志望校の過去問分析」がテーマ。講師を務めたのは山田亮進さんと笹川絢加さんで、2人とも現役の東大生だ。

講師を務めたのは現役の東大生。写真は笹川絢加さん

まず授業では、自分が行きたい大学の入試の過去の出題傾向や試験科目の特徴、合格点などを知らずに受験するのは「ゴールのわからないマラソンを走るようなもの」であると指摘。3年生になると勉強で精いっぱいになってしまうため、2年生のうちに「積み上がる勉強ができているか」確認しておくことが必要だと説いていた。

講師自身の経験を交えながら、志望校の過去問を調べる際のポイントを伝える

積み上がる勉強とは、いったい何か。今の勉強が試験本番につながっているといえるか、無駄なことをしていないかを見直すことで、得意や苦手を把握するのはもちろん、合格点を取るために必要なことを考え、勉強計画の改善につなげることを目指してほしいという。

実際、講師2人が東大を受験したときはどうだったのか。授業では講師自身の経験を交えながら、志望校の過去問を調べる際のポイントを伝えていく。正解を教えるのではなく、自らの行動を促すコーチング的な指導法のようだ。

出席していた生徒は全員がノートPCやタブレット、スマートフォンを持っていた。それらを使って自分の志望校の過去問などを自分で調べ、分析するのがこの授業の基本スタイル。授業の後半では、生徒がそれぞれ志望校の「赤本」(大学入試過去問題集)を持ち寄って、過去問を調べ始めた。大阪大学や防衛大学校、横浜国立大学、順天堂大学など、それぞれの志望校に合わせて「赤本」を熱心に読み込んでいた。

志望校の過去問などを自分で調べ、分析する

宇都宮短大附属が「リアルドラゴン桜」を導入した理由

このシーンだけを切り取ると「リアルドラゴン桜プロジェクト」の授業は、受験に合格するためのテクニックを教えているかのような印象を抱くかもしれない。けれども宇都宮短大附属の教頭・萩原俊和氏に「リアルドラゴン桜プロジェクト」を導入した目的を問うと、予想に反した答えが返ってきた。

「生徒にもっと素直になってほしいからです。本校には優秀な生徒がたくさんいますが、もう少し素直になったらもっと伸びると思われる生徒も多い。自分の力だけで問題を解こうとするのもいいことですが、ちょっと誰かに教わってヒントをもらえばすぐ解けるのにそれをしない。素直になって人に聞いたほうがいいときもある。西岡さんにお会いしたとき、その素直さに感じ入り、この人の言うことなら生徒にも必ず伝わると思いました」

萩原俊和(はぎわら・としかず)
宇都宮短期大学附属高等学校 教頭

西岡さんは、高校3年生のときは偏差値35だったが、浪人中に「ゲーム式暗記術」や「思考法」など自分なりの学習法を編み出し、3回目の受験で東大に合格した。

こうした「東大に入るのが当たり前でなかった東大生」――偏差値がそこまで高くなかったところから逆転合格をつかんだ、東大の合格実績がない学校や地域から努力して合格した東大生が中心となって運営しているのが「リアルドラゴン桜プロジェクト」だ。そんな経験を生かしながら、もっと自分の可能性を信じてチャレンジしてほしいという思いが込められたプロジェクトでもある。

自分が「行きたい」大学に行くことが大事

宇都宮短大附属には普通科のほかに生活教養科、情報商業科、調理科、音楽科の全5科がある。生徒数は約2500人。受験者数は毎年5000人を超えるという。

「本校は、進学校を目指すというよりは、多様性を大事にし、各科がそれぞれオンリーワンを目指しています。普通科で東京大学を目指す生徒もいれば、調理科で学んで将来は国際的なシェフになりたいという生徒もいます。多様な学科の生徒が同じキャンパスで学び、部活動も一緒で切磋琢磨しています」

その中で「リアルドラゴン桜プロジェクト」の授業を受けることができるのは、普通科の生徒に限られている。それも入試のときに高得点を取って特待生として入学することが認められた生徒と、希望者だけだ。特待生は各学年に30~40人いるという。

参加が認められた生徒は、1年生で8回、2年生で4回(いずれも短期講座を除く)、3年生で2回の授業を無料で受けることができる。もちろん学校側は「リアルドラゴン桜プロジェクト」に所定の料金を支払っている。

「本校は教職員が一人ひとりの生徒に寄り添うことを基本にしています。『リアルドラゴン桜』の授業は、できれば全生徒が受けられるようにすればいいのでしょうが、それでは生徒が多くなりすぎて講師の熱意が伝わりにくくなります。本校には若手教員もいますが、『リアルドラゴン桜プロジェクト』の講師は現役の東大生で、生徒との年齢差はせいぜい3~5歳くらいです。自分たちにとって兄や姉のような人が自分たちの失敗談も語り、努力して乗り越えて東大合格という成功を収めたことを直で語りかける。それこそがリアルであり、だから生徒たちの心にも響くのでしょう」

今春、2019年に「リアルドラゴン桜プロジェクト」の授業を受けた生徒たちが大学受験に臨んだ。その成果はどうだったのか。

「私たちは、東大に行きなさいという指導はしていません。自分が行きたい大学に行くことが大事だと考えています。ですから『リアルドラゴン桜プロジェクト』で進路をしっかり定め、自分の行きたい大学に挑戦することを期待していました。一橋大学や早稲田大学には合格しましたが、まだチャレンジが足りなかったと感じています。トップ大学を目指せではなく、行きたい大学に行った結果、合格率が高まったのですが、今後の挑戦はもちろん大学入学後やその先の進路について充実することを期待しています」

「リアルドラゴン桜」の授業を受けたい、学外へのPR効果も

一方で、手応えを感じていることとしていくつかの事例を挙げた。

「生徒の学習のモチベーションは上がっています。何事も自分で目標を設定し、計画を立てて取り組むようになりました。授業の復習をする生徒も増えましたし、定期試験の回答用紙が返されると、その結果を振り返るようになりました。先生のところに質問に来る生徒も多くいます。自分がどこを間違ったのかを知ることは、次の実力向上につながります。これが間違いなく『リアルドラゴン桜』の成果でしょう」

そう語る萩原氏によれば、以前は何かいうとすぐ言い訳をする生徒も多かったが、最近は素直に「ありがとう」「ごめんなさい」と言える生徒が多くなったという。また教員も素直にわからないことなどがあれば同僚や先輩に聞く姿勢が身に付いてきたという。「リアルドラゴン桜プロジェクト」の授業を参観し、自らの授業にコーチングの手法を取り入れる教員も出てきたそうだ。

最近は「『リアルドラゴン桜プロジェクト』の授業を受けたいので、頑張って特待生を目指す」と言って同校を受験する中学生も出てきているという。学外にもそれなりのPR効果が広がっているのかもしれない。

「高校教育の3年間は、大学に行かせるためだけの3年間ではありません。卒業後も60年、70年と生きていく、そのときの土台となる部分をつくるための大切な3年間だと私たちは考えています。ですから本校は勉強だけでなく部活動やさまざまな行事にも力を入れています。教育の成果は一朝一夕に出るものではありません。卒業した生徒たちがその後の人生で社会から愛され幸せになれるかどうか、私たちはそこまで考えて教育に取り組んでいるのです」

リアル『ドラゴン桜』で見事に花を咲かせることができるかどうか、もう少し先まで見続ける必要がありそうだ。

(文:崎谷武彦、編集部 細川めぐみ、撮影:今井康一)