教育のあり方は、その国のあり方と同義

多民族国家であるマレーシアが面白いのは、教育にも多様性があることです。日本の学習指導要領のように、ただ1つの決められた教育方法があるわけではなく、1つの国の中に、実に多くの教育方法が存在しています。

公立学校でも民族別にマレー語・中国語・タミル語・各種宗教学校と言語だけでも多様な選択肢があります。

2010年前後から、親たちが自主的に動いた結果、グローバルな学びも増えました。例えば、インターナショナルスクール(以下、インター)は、かつて制限があったのですが、最近撤廃され、英国式、国際バカロレア、オーストラリア式、カナダ式、インド式、中華学校などが政府に認可されています。さらに各種オルタナティブスクールと実に多様な選択肢があります。

もちろん、万人に向いた完璧な教育はありません。子どもによって向き不向きはあります。最後は試験だけで卒業できるかどうかが決まる英国式は、試験に強い人には向いていますが、本番で力を発揮できない人や、読み書きにハンディのある人(例えば日本人)には若干不向きかもしれません。一方で、国際バカロレアのように、常日頃からリポートやアサインメントを大量にこなすシステムは、提出物を期限までに出すなどのマネジメントが苦手な子どもには向いていないかもしれません。

同じことは、日本人に対しても言えます。最近、マレーシアへの教育移住に興味を持つ方も増え、よく「やはり日本よりマレーシアの教育のほうがいいでしょうか」と聞かれますが、これにも正解はありません。お子さんに合った教育は、マレーシアではなく日本にある可能性も十分にあります。まさに「正解がない」中で、親子で選ぶ必要があるのです。

ただ、マレーシアでは、転校に対するイメージもネガティブではありません。子どもに合った学校や教育方法を試してみた結果、合わなければ違う選択をすればいいという考え方が一般的です。私の友人は「子どもがハッピーじゃなければ転校する」と言います。学校に入ってみないと相性ややり方が合うかどうかはわからない——そんな考え方が一般に根付いているように思います。例えばインターナショナルスクールなどでは、入学時に、「退学するときのデポジット(保証金)の返還方法」についての説明があり、学校も最初から「途中でやめる可能性」を念頭に置いているのです。

また、家庭の経済事情や、さまざまな状況により、オーダーメイドで教育プログラムを組む家庭も少なくありません。マレーシア華人でインクルーシブ教育の活動家として講演活動などをしているリー・シェンさんはこう言います。

「おそらく、マレーシアのほとんどの中間層(ミドルクラス)は、私立のインターに通える経済力があります。しかし、私も含めてミドルクラス、アッパーミドルクラスの人はお金を節約するために、通常、小学校は公立の学校を選択することが多い。それから中学校で私立のインターに進学すると非常に実用的なのです。マレーシアの公立学校のシラバス(教育プログラム)は決して悪くないのですが、デリバリー(やり方)が工業革命に合わせて育てる時代の教育で、子どもたちにはそぐわないと感じます。私は、英国の教育者であるケン・ロビンソンや、米国の作家のダニエル・ピンクが書いた本を読むのですが、それらを読むと、とくにそう感じてしまうのです」

それでも学校に行きたくない子は「ホームスクーリング」

マレーシアでは、これだけ多様な種類の学校があっても、学校に行くことを選択しない家庭が少なくありません。「学校に向いていない」人は一定数いるのです。そして、そんな子どもたちの選択肢として「ホームスクーリング」も、一般化しています

日本だと「不登校」というと、「学校に行けない」というネガティブなイメージがあるかもしれません。ですが「学校に行かない」理由には、実は多くの理由があるものです。例えば、単純に学校が近くにないということもあります。また好奇心が強く、自分でどんどん学んでしまうような子どもは、学校のカリキュラムや先生の介入を邪魔に思うことがあり、自分のペースで学ぶことを選択します。そんな子どもたちがホームスクーラーを選択するのは自然なことです。

日本でも学校外において、フリースクールなどで学ぶ流れができつつありますが、マレーシアは、その種類と数において比ではないでしょう。そもそもマレーシアには「不登校」という言葉自体が存在せず、「学校に行かないで自宅や、学校以外の場所で学びを進めること」を、ホームスクーリングと呼び、学校以外の第二の学びの選択肢として、普通に選択できるようになっています。教育方法も英国式・米国式など豊富で、その形態は自宅で学ぶ形から、数百人の生徒を擁する私塾のような場所で教えてもらう形、ビデオ学習で学ぶ形、1対1、1対大勢など、実にさまざまです。

モンテッソーリ式のホームスクール。一見すると日本の「学童クラブ」のような印象だ
(画像:野本氏提供)

ホームスクーリングで学ぶ子どもを、「ホームスクーラー」と呼びますが、マレーシアでホームスクーラーが増えている理由は大きく3つあります。

1. 学校での学びに満足できない子どもの増加

1つ目は、従来の学校での学びに満足できない人が増えていること。とくに、自分で強く学びたいと思う気持ちを持った子は、学校に強制される学びを好まないことがあります。そのような子どもに先生がすべきことは、「授業をすること」ではなく、「その子の学びを邪魔しないこと」なのです。また試験だけに集中したいという子ども向けのスクールもあるようです。

2022年3月にFree Malaysia Todayが「ホームスクーリングで子どもの可能性を引き出す」という記事で、増えるホームスクーリングの背景について取材をしています。その記事を意訳しつつ抜粋します。

「試験でオールAを取ること」を強調しすぎると、新しいことを学んだり、発見したりする熱意が破壊されてしまう。優秀であろうと努力することが、ときに可能性を完全に阻害してしまうのです。
したがって、ますます多くの親が従来の学校教育システムから脱退し、代わりに子供たちをホームスクーリングで学ぶことを好むのは驚くべきことではありません.
一部の親は、子どもたちを自宅で教えるか、「ケンブリッジ IGCSE カリキュラム」(英国式の中等教育卒業資格)などの特定のシラバスに沿った学習センターに子どもを送り、より構造化された学習アプローチを好みます。
〜Free Malaysia Todayより筆者意訳〜

記事の中で紹介されている、セリーナ・チェウ氏は、2010年より二人の子どもをホームスクーラーとして育てていると語ります。ホームスクーリングを選択した理由について、夫婦で子ども向けのワークショップを20年続ける中で、「学業が優れているのに、自信がなく公共の場で話せない人々の存在に気づいたこと」を挙げています。そして、伝説的なTEDプレゼンターである、ケン・ロビンソン卿の本「The Element: How Finding Your Passion Changes Everything(エレメント:あなたの情熱を見つけることがすべてを変える方法)」など、子育てと教育について書かれた本を多く読み、ホームスクーラーとして子どもを育てることにしたそうです。セリーナ・チェウ氏は、こう続けました。

「子どもたちが興味を持っていることを見つけて、そこから自信をつけていくほうがよいと考えました」

子どもの多様な興味に対応できるのもホームスクールの特徴だ。(左)米国式のホームスクール。ここでは大工の仕事を教えており、木製の家具はすべて子どもたちが作っている(右)STEMホームスクールで先生が算数を教えているところ
(画像:野本氏提供)

実は私の長男も、中学のときに自分のペースで学びたいと言い、学校を辞めて、小規模なSTEMホームスクールに移り、そこで仲間たちと共に、ほぼ自学で「ケンブリッジ IGCSE カリキュラム(IGCSE)」を取得しました。IGCSEは、英国式の中等教育終了試験です。英国式では学校卒業にあたって試験が必要になり、英国式インターに通う子どもはもちろん、全員がこの試験を受験し、合格することによってのみ、進学が可能になります。この試験は、「ブリティッシュ・カウンシル」に申し込むことで、ホームスクーリングで学ぶ個人でも受けることが可能なのです。

長男は、IGCSE取得後、「文系科目にも学びの幅を広げたい」と言い、再び学校に戻りました。両方体験してみて、ホームスクーリングは自分のペースで学べるものの、人間関係が作りにくい、学校は人間関係が作りやすいが、自分のペースで学びにくいと言っています。

2. ホームスクールの費用が安いこと

2つ目の理由として、多くの場合、無認可の教育機関であるホームスクールで学ぶ費用がインターなどに比べて安いこと。一般的な通学型のホームスクールは、ビルの一室などを使用しており、大規模な施設を擁する学校に比べて維持費用などがかからないため、学費が格段に安くなるケースが多いのです。

シンガポールに本拠地を置くOCBC銀行の記事によれば、ホームスクーリングを選択する親が1ヵ月にかける教育費は、およそ月額 400マレーシアリンギット(日本円で約1万2000円) から 3000マレーシアリンギット(日本円で約9万円)の範囲です。これは、子どもを私立の学習センターやホームスクーリングセンターに通わせた場合であり、このうちの一部のスクールではケンブリッジなどの国際的なカリキュラムに従い、学生は自分で国家試験を受けることを選択できます。

私立のインターに通わせた場合、年間の学費が初等および中等教育レベルで 3万マレーシアリンギット(日本円で約90万円)から 5万マレーシアリンギット(日本円で約150万円)であることを考えると、幅はあるものの、年間15万円ほどで済んでしまうところもあるホームスクーリングの学費は安いことがおわかりいただけるかと思います。ただ一方で、ホームスクールは増えすぎているため、政府は無免許の教育センターでのトラブルに注意するよう保護者に警告しています。

3. オンライン教育コンテンツの充実

3つ目の理由として、これはマレーシアに限ったことではありませんが、オンライン教育コンテンツの充実が挙げられます。今はインターネット上に、無料、有料を問わず、多様なオンライン教育コンテンツが存在します。マレーシアでも、多くのホームスクーラーがこのようなコンテンツを使用し、自学自習しています。IGCSEの試験会場では多くのホームスクーラーが集まり、「YouTubeではどんな教育チャンネルを見ているか?」と盛り上がったと聞きました。

もちろん、オンライン教育コンテンツを使用して学んでいるのは、ホームスクーラーには限ったことではありません。私が取材したインターの成績優秀者を集めたイベントでは、「どんなふうに勉強しましたか」と聞くと、塾ではなく、無料のオンライン教育コンテンツである「カーンアカデミーを使いました」という答えが返ってくることがよくあります。

また、学校の先生がそういった素材を授業で活用することもあります。長男の学校でも、先生が生徒たちに「どんなオンライン教材を使ったか」を尋ねてリスト化していました。大量のオンライン教育コンテンツの中で、子どもたち自身が「自分の好みの先生」を見つけて学ぶのがはやっています。

「YouTube動画で学ぶ」というと、顔をしかめる保護者の方もいるかもしれませんが、無料で教えることが大変上手な塾のスーパースター先生が授業をしてくれるようなもの。しかもオンラインであれば、たった1人の先生が数十万、数百万の生徒に教えることができる。無料で展開されているからこそ、アフガニスタンの有名な少女「スルタナ」のように、貧しくて学校に行けなくても、オンラインで勉強して米国の大学に入れたというような実例が出てくるのです。

私自身も、3年前に長男から「学校は時間の無駄が多い。自分の興味と関係ないことを学ぶのが苦痛だ。カーンアカデミーを使えば、学校の1週間の授業が1日で学べる」と言われて、悩んだ末にホームスクーリングを選択した経緯があります。

充実し続ける「YouTube教育チャンネル」

では、実際にマレーシアでは、どんなオンライン教育コンテンツが人気なのでしょうか。もう少し掘り下げたいと思います。

まず定番の「カーンアカデミー」では、高校課程までプログラミングを含み、ほぼ自学することが可能です。授業では、TEDの教育チャンネル「TED-Ed」がよく活用されています。科学、歴史、哲学、文化など多岐にわたるジャンルを扱い、アニメーションを使用した教育動画を展開しています。

また、多くの大学で授業をオンライン公開していることも見逃せません。とくに、日本でも人気の高い、マサチューセッツ工科大学(MIT)はほぼすべての授業を「MIT open course Ware」というYouTubeチャンネルで出しており、高校生にもわかりやすいと評判です。

同じくYouTubeで、マレーシアの子どもたちに大人気のコンテンツといえば、米国の教育者マイケル・スティーブンスの「VSauce」です。

チャンネル登録者数1810万人(記事公開時点)の人気教育コンテンツ「Vsauce」より

教育コンテンツのランキングでナンバーワンになることも多いチャンネルですが、取り扱うジャンルは、哲学、言語、生物学、物理学、数学、歴史学、心理学など、実に幅が広いです。身近な疑問から科学や哲学の議論に至るその過程は毎回、圧巻です。

このほか、アニメーションを使ったドイツの科学動画「Kurzgesagt – In a Nutshell」や、量子物理学者ドミニク・ウォーリーマン博士のYouTubeチャンネル「Domain of Science」なども人気です。

「Kurzgesagt – In a Nutshell」より。一部の動画は日本語に翻訳されており、日本語のサイトで見ることができる
「Domain of Science」より、動画「誰が最高の量子コンピュータを持っているか」

数学好きなら、「Numberphile」では、50人以上の世界中の数学者がそれぞれの専門分野について語っています。「Vihart」は、米国の数学者でありYouTuberのビクトリア・ハートのチャンネル。「レクリエーション数学者」と表現し、YouTubeでは食べ物のパイやピザのアニメーションを使って、数学を教えています。

「Vihart」より。こちらのサイトでは身近なものを使って、数学に興味を持たせるようにしている

書き出すとキリがありませんが、従来の「黒板の前での先生の講義」に慣れた身からすると、アニメーションを駆使したYouTube動画は隔世の感があります。

「正解が1つではない世界」を受け入れられるか?

日本でもホームスクーリングが少しずつ認知されてきました。同時に、不登校は問題行動ではないとの見解も示され、フリースクールなども増えてきているようですが、おおたとしまささんの『不登校でも学べる』(集英社新書)によると、2022年現在で、まだまだ市民権を得るところまでは行っていないようです。

ホームスクールあるいはホームエデュケーションという言葉を聞いたことがあるでしょうか。家庭を拠点とした教育を行うことです。海外では正式な教育として認められている場合も多いようですが、日本ではまだまだ特殊なものだと思われており、情報も手に入りにくい。
〜『不登校でも学べる』(おおたとしまさ・集英社新書)より引用〜

本書にはさまざまなフリースクール、オルタナティブスクールの実例が出てきます。今後、ホームスクーリングの認知度が上がり、選択肢が増えていけば、子どもたちの可能性はさらに広がり、親たちの負担や心配も減っていくのではないでしょうか。では、そのためには何が必要なのでしょうか? 

まず挙げられる問題点は、日本語におけるYouTubeのオンライン教育コンテンツが、英語圏に比べるとまだ少ないということです。ただこれは、日本語で展開する教育YouTuberが増えるか、日本の子どもたちの英語力が上がり、英語のオンライン教育コンテンツをそのまま楽しめるようになると、自然に解決する問題でしょう。

むしろそれよりも問題なのは、何世代にもわたって染み付いた「偏差値のない世界」「正解は1つではない世界」を人々が受け入れられるかではないでしょうか。前回の記事でも書きましたが、私たちが受けてきた教育「唯一の正解に向かって最短ルートを進む教育」への信仰を変えることは、なかなか一朝一夕には難しいことです。

「正解は1つ」という教育を受けた世代は、「学校とホームスクーリング、勝ち組・負け組があるに違いない」と優劣をつけてしまうかもしれません。それだけ「正解があるはず」「正解は1つ」という教育の呪いは強力なのです。しかし、これからの世界を生きていく子どもたちには、「ただ1つ」の正解はありません。「あれも正解、これも正解、どれも正解」という世界を生きていくのです。その子どもたちに必要な教育とはなにか。今こそ、大人たちが真剣に再考するべきではないでしょうか。

野本響子(のもと・きょうこ)
東京都立青山高校、早稲田大学法学部卒業。『MAC POWER』(アスキー)、『ASAHIパソコン』『アサヒカメラ』(朝日新聞出版)の編集者を経て現在フリーの編集者、文筆家。1990年代半ば、仲良くなったマレーシア人家族との出会いをきっかけに、マレーシアの子育てに興味を持ち、マレーシアに教育移住。東南アジア発の生き方・教育・ビジネス情報を発信中。著書に『子どもが教育を選ぶ時代へ』『日本人は「やめる練習」がたりてない』(ともに集英社)、『マレーシアにきて8年で子どもはどう変わったか』 (サウスイーストプレス)、『いいね! フェイスブック』(朝日新聞出版)ほか

(注記のない写真:h9images / PIXTA)