2020年に公立小初「イマージョン教育コース」を開設

――八町小学校でイマージョン教育を取り入れることになった経緯を教えてください。

稲田恒久(いなだ・つねひさ)
豊橋市立八町小学校教頭
1993年度より愛知県中学校英語科教員として採用される。18年度より2年間、豊橋市教育委員会学校教育課指導主事として、3年生算数豊橋版イマージョン授業の研究実践や夏休み小学生イマージョン体験講座などを企画、運営し、八町小学校イマージョン教育コース開設準備に携わる。20年度4月より現職として、イマージョン教育コースの英語を用いて行う4年、6年の社会科や日本語で行う3年、6年の国語の授業を担当し、豊橋版イマージョン教育の実践に取り組んでいる
(写真:稲田氏提供)

稲田 愛知県豊橋市では、1990年代から「臆することなく英語でコミュニケーションを図れる児童の育成を」を市の教育施策として掲げ、英語教育に力を入れてきました。

2005年に「『国際共生都市・豊橋』英語教育特区」に認定され、全国に先駆けコミュニケーションを中心とした英語の授業や小学校からの英語教育の推進、小中一貫英会話活動の推進と支援体制の整備に着手する中、17年に学習指導要領が改訂。「小学3年生から『外国語活動』として英語を学ぶ」ことになり、これまでの活動を生かして英語をもっと取り入れた学習や授業スタイルを構築すべく、市内の小学校で、「英語で学ぶモデル授業」の研究実践を始めることになりました。

市から研究実践校の募集があり、名乗りを上げたのが本校です。学習指導要領に示された学習内容の定着が確実に行われることを大前提に、最初は図工や体育など視覚的支援が比較的しやすい教科から、英語を使って学ぶ授業を始めました。

19年に、小学3年生で、1年を通して算数の授業を英語で進めたところ、一定の学習成果が得られることがわかり、20年度から正式にイマージョン教育を導入。国語と道徳以外の教科は主に英語を使って学ぶ「イマージョン教育コース」を開設しました。

英語を用いて学校生活や授業を行い、「英語のコミュニケーション能力を自分の長所として生かし、グローバル社会で活躍することができる子どもを育成する」ことを狙いとしています。

――「イマージョン教育コース」の募集はどのように行ったのでしょうか。児童の人数、構成について教えてください。

稲田 19年6月くらいから、市内の各学校を通じて広報を始めました。同年の夏休みにイマージョン授業の体験講座を開催し、9月に入学説明会、10月から募集を開始。各学年の最大定員26名(一般枠20名:帰国生、外国籍など特別枠6名※募集が定員を超えた場合は抽選)で募集し、初年度は1〜4年生がそれぞれ20名、5年生が11名、6年生が8名でスタートしました。

3年目を迎える22年度の児童在籍数は、1年生25名、2年生26名、3・4年生各25名、5年生24名、6年生21名になります。

――学区外の児童も入学できるのでしょうか。

豊橋市立八町小学校

稲田 豊橋市内在住、もしくは豊橋市内の通学区域内への転居が確実であれば入学は可能です。入学を機に校区に転居されてくるご家庭もありますが、半分以上の児童が校区外から通学しています。

本校は市内の中心地区にあるため、校区外の生徒は市電などの公共交通機関で通学することになりますが、その場合は、保護者の方に、当番で通学の付き添いをするなどの協力をお願いしています。

日本語話者の教員と英語話者の教員による2人担任制の授業

――「イマージョン教育コース」では、どのような体制で、どのように授業を行っているのでしょうか。

稲田 各クラス、日本語話者の教員と英語話者の教員による2人担任制で授業を行っています。日本語話者の教員については、小学校の授業づくりの経験を十分有し、かつ英語を用いて授業ができる英語力を持つ教員ということで、小学校教員と中学校英語の教員免許を併せ持つ人員を配置しています。

英語話者の教員は、市内の学校で長年ALT(外国語指導助手)として英語教育に携わってきており、その多くが市内に居を構えて生活しています。豊橋市の教育についてよく知っている教員がチームとなって英語教育に携わっているのは、当校のイマージョン教育の強みであると自負しています。

授業は文科省の学習指導要領に沿った形で行い、日本語の教科書に加え、教科書の内容が英訳された補助プリントを使用しながら学習を進めています。児童の学年や英語力により、英語のプリントだけで学習を進められる子もいれば、日本語の教科書を横に並べ、逐一確認しながら進める子もいますので、個々人に応じて教科書と補助プリントを上手に使いながら学びを深めていきます。

――1年生の1学期から、英語による授業が始まるのですか? 授業中に意見を述べるときも、英語を使わないといけないのでしょうか。

稲田 授業に加え、朝の会なども基本は英語で行いますが、例えば入学直後の4、5月は、給食の配膳方法や学校での過ごし方などについて理解してもらうのが最優先です。時と場合に応じ、日本語でもきちんと指導し学校生活に慣れるように支援していますし、授業において、日本語を使用することもあります。

また、入学時は、英語で授業を受けるのが初めての子から帰国生まで、児童の英語力には差があります。授業中に意見を述べるときは、「日本語でも英語でもOK」というルールで子どもたちに任せています。英語を強いることで話し合いの溝が深まらないよう、教員が必要に応じてサポートしています。

――例えば、算数の「分数」や「小数点」「桁」など日本語による説明でも理解が難しい単元もあると思うのですが、英語による説明で、子どもたちは理解できるのでしょうか。

稲田 子どもたちの吸収力の高さは想定以上で、さまざまな学習を、スポンジが水を吸うようにすうっと理解していると認識しています。

授業の中で大事な言葉は教員が繰り返し使い、リズムに合わせて反復したり、視覚的にわかりやすい工夫を施していたりするため、日常生活ではなじみのない英単語であってもその概念が日本語を介さずに直接結び付き、学んでいる内容に強い関心を持ちながら理解を深めている様子です。

学習内容の定着度は日本語によるテストで都度図っていますが、通常学級と遜色ありません。

――「子どもの頃の第二言語習得が、母語に悪影響を及ぼす」という説も聞かれます。

稲田 英語を用いて行う授業以外の学校生活や家庭生活においては、母語である日本語で生活している児童がほとんどです。休日や長期休業においても、英語の塾に行ったり、国際交流イベントに参加したりすることなどを除いては、母語で家族と過ごします。1日、1週間単位で考えれば、生活の多くは母語を用いて過ごしており、「イマージョン教育コース」への入学が母語の習得に大きな影響を及ぼすものではないと考えています。

「イマージョン教育コース」が開設されて2年半が過ぎますが、日本語習得に問題が生じていることは認識しておりません。私自身、この2年間は、イマージョン教育コースの3年生と6年生の授業を担当していますが、国語の授業でも日本語習得への影響は感じられません。

今後も継続して検証を重ねていくことが必要と考えておりますが、少なくともこの2年間の国語の学習については、知識・理解、思考・判断・表現のいずれの観点においても向上していることが、評価テストの結果からも得られています。

英語を「聞く」力が飛躍的に伸びる

――イマージョン教育3年目にして感じる児童の成長について教えてください。

稲田 本校がいちばん大事にしている教科学習の習得が図れていることがベースにありつつも、子どもたちのコミュニケーション能力は非常に高まっていると思います。また、時間がかかると思っていた英語によるアウトプットについても、1年目は日本語話者の教員が子どもに寄り添って発話の言葉を支援しながら行っていましたが、最近では自分の意見を英語で言える子どもが増えてきた印象です。授業の振り返りを、自ら英語で書けるようになるなどさまざまな成長が見られます。

――イマージョン教育によって高まる英語力は、英語4技能(聞く、話す、読む、書く)のうちどれだとお思いになりますか?

稲田 イマージョン教育で最初に成果が表れやすいのは、間違いなく「聞く力」でしょう。そのほかは判断が難しいのですが、「聞く力」の次に力が発揮されるのは、「話す力」という印象です。

本校では、英語で話す際、細かな文法的な間違いにはこだわらず、まずは自分の思いが相手に伝わることを最優先する雰囲気づくりも行っているため、子どもたちは間違えることに対して恐れがありません。このような心理的安全性も、話す力の向上につながっていると思います。

実際の授業の様子

――「イマージョン教育コース」の保護者の方からは、どのような声が聞かれますか?

稲田 英語のリスニング力の向上をはじめとして、英語でのコミュニケーション力の習得については期待以上であるという声が多く聞かれます。校区外通学の送迎や家庭学習のサポートなど、保護者の方にお願いすることは多いのですが、多くの方がわが子の頑張りや成長を感じられ、そうした苦労も大きな負担に感じられないとおっしゃってくれています。

150年の歴史と豊かな文化に恵まれ、地域の方々に支えられている本校の教育活動について関心を寄せ、多くの保護者の方に、PTA活動やボランティア活動にも積極的にご参加いただいています。

――22年8月、市内の小学5・6年生を対象に、八町小教員によるイマージョン体験活動「スーパー・イングリッリュ・チャレンジ」を開催されたそうですね。

稲田 2日間で約150名の児童が、イマージョン教育による算数、理科、社会の授業を体験しました。参加した子どもたちにとっては、「こういう英語の学び方があるのか」「こんなふうに学校で学んでいる同級生がいるんだ」など、大きな刺激になったことと思います。

今回、本校のイマージョン教育コースの児童にもボランティアとして参加してもらったのですが、学習者モデルや参加児童間の交流を図る役割を担うことで、自分自身の成長を実感できたのではないでしょうか。授業は市内の教職員にも公開し、これまでの当校の実践を共有することができました。

体験活動の様子

当面の目標としては、イマージョン教育コース開設当初に入学した子どもたちが5・6年生になる3年後に自分の思いをよりスムーズに英語で話すことができるようになることを目指し、授業づくりに取り組んでいきたいと思います。

イマージョン教育は長期的な視点が大切

――原田さんは、幼児期からの英語教育の有効性や重要性についての研究活動や研究結果の発信を行う民間の研究機関「ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(World Family's Institute of Bilingual Science)」学術アドバイザーとして、21年から八町小の授業視察や意見交換を行ってきました。

原田哲男(はらだ・てつお)
早稲田大学教育総合科学学術院教授
ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所学術アドバイザー
早稲田大学教育学部英語英文学科卒業後、高等学校の英語教員を経て、筑波大学大学院教育研究科教科教育専攻英語教育コースで修士号を取得。短期大学に勤務後、ロンドン大学大学院ユニバーシティ・カレッジで音声学修士、ロンドン大学教育研究科(IOE)を経て、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて応用言語学博士を取得。その後、オレゴン大学で教鞭を執り、2005年から現職。13年から14年まで、UCLAの客員教授兼研究員。専門は、第二言語習得、外国語の音声習得、英語教育、バイリンガル教育など。イマージョン教育における音声習得に関しての論文を、Studies in Second Language Acquisitionなどの国際学術誌に掲載
(写真:原田氏提供)

原田 八町小は、20年からイマージョン教育を始めてまだ3年目なのにもかかわらず、子どもたちは、先生の指示を理解して問題を解決したり、自分で意見を述べたりする力がついてきていると感じます。22年8月のイマージョン体験活動も視察しましたが、イマージョン教育コースの子どもたちが、体験にきた子どもたちをどのようにサポートしたらよいか一生懸命考え、行動することを通して自身の英語力への自信を深めている様子でした。

イマージョン教育を実践するには、さまざまな資質を兼ね備えた“よい教員”が欠かせません。その意味においても、授業準備をしっかり行い、視聴覚教材を巧みに使って子どもたちの問いや発見を引き出す八町小の先生方の指導力はすばらしく、視察に訪れるたびに引き込まれています。

――公教育でイマージョン教育に取り組む意義について教えてください。

原田 日本の公教育は、誰もが一律に教育を受けることができ、誰もが読み・書き・計算ができるようになる非常に優れた制度です。しかしその反面、画一的な側面もあります。これだけグローバル化が進むこれからの時代にプラスアルファで必要なのは、多様性であり、子どもたち一人ひとりの個性を生かす教育であると思います。

英語力を伸ばすだけでなく、英語による授業で教科の学力をつけるイマージョン教育には、授業や学校生活を通して自分の意見を伝えたり、周りの友達の意見を受け入れたりしながら、より多様性を認められるようになるというメリットがあります。

日本では90年代から私立の学校でイマージョン教育が始まっていますが、公教育における新しい手法としてイマージョン教育が取り入れられたことは、非常に意味があることだと思います。イマージョン教育を実践するためには、財源や教員の確保といった課題もあると思いますが、八町小の取り組みを機に、少しずつ根付いていくことを期待しています。

――イマージョン教育に取り組む子どもたちや保護者にとって大切な視点とは?

原田 イマージョン教育は、「外国語による教科学習を少なくとも5年間、学校のカリキュラムの50%を継続して行う」と定義されてはいますが、小学校に入学してから卒業するまでの6年間でやめてしまうと、蓄えた力を継続させることは難しいと感じます。

少なくとも小・中の9年間、理想的には小・中・高と、長期的な視点で取り組み続けることが、英語力、教科学習の向上に確実につながるのではないでしょうか。

――イマージョン教育を含め、日本の子どもたちの英語力を底上げするための英語教育のあり方について、先生のお考えを聞かせてください。

原田 これまで日本の英語教育において、教室は、「将来役に立つために」と語彙や文法など「英語を“教える場”」でしたが、これからは、「英語を“使う場”」として機能していくことが大切です。英語教育に携わる教員には、より専門的な知識を学び、子どもたちが「もっと話したい」「もっと英語でコミュニケーションを取りたい」と思えるような授業づくりが求められています。

CLIL(Content and Language Integrated Learning=内容言語統合型学習)という英語の教育方法が注目されつつあります。イマージョン教育などからヒントを得てヨーロッパで始まり、現在は世界各国で導入されている教育アプローチで、例えば理科で火山について学んだら、英語の時間でも火山について英語で学ぶ時間をつくるなど、「英語を」学ぶのではなく、「英語で」教科横断的に学ぶ方法です。

英語の授業に可能な範囲でこのような手法を取り入れることで教室がコミュニケーションの場となり、子どもたちのモチベーションアップ、英語力の向上につながるのではないでしょうか。

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:八町小提供)