夏休みも終わり、学校が始まりました。この時期、決まって学校に行き渋る子どもが出てきます。これって、本人はもちろん、親にとっても結構ストレスです。行き渋る理由はさまざまでしょうが、そういう子どもにとって、学校は楽しい場所ではないということは確かでしょう。

もちろん「そろそろ学校に行きたいな〜」と思っていた子どももたくさんいると思いますが、どちらかというと、「学校は行かなくてはいけないから行く場所」「勉強もできるならしたくない」そう思っている子どものほうが多いのかもしれません。

そんな子どもたちも、小学校に上がる前は、ピカピカのランドセルを背負って、ワクワクして入学式を迎えたはず。それが、いつの間にか目がどよ〜んとしてきて、勉強嫌いになってしまう……。これはなぜでしょうか? 

今回は、子どもが本来持っている力を取り戻し、ワクワクして学んでいくために周りの大人はどう接すればいいのかを、「探究ナビゲータ」という取り組みを紹介しながら考えてみたいと思います。

子どもの学習意欲を引き出す接し方「ナビゲーション」とは

「探究ナビゲータ講座」(以下、「探究ナビ講座」)は、神戸にあるマイクロスクール「ラーンネット・グローバルスクール」で行われている、子どもの好奇心や探究心を引き出す関わり方を一般に公開しているプログラムです。

ラーンネット・グローバルスクールは、代表の炭谷俊樹氏がマッキンゼー勤務時代に、赴任先のデンマークでわが子が通った幼稚園で行われていた、一人ひとりに光を当てる教育に感銘し、帰国後自身で立ち上げたスクールです。以来、20年以上にわたって、一人ひとりの子どもたちをつぶさに観察し、彼らの学習意欲を高める接し方について研究・実践してきました。

今でこそ、オルタナティブスクールやフリースクール、探究型の塾などが増え、高校教育で「探究」が正課となるなど「探究」という言葉が一般化してきましたが、炭谷氏がラーンネット・グローバルスクール立ち上げた当初は、探究という言葉もほとんど知られていませんでした。

ラーンネット・グローバルスクールでは、設立当初から、今注目されているテーマ学習やプロジェクト学習などの探究型学習を行っていましたが、当時は学力低下の懸念からゆとり教育が批判される逆風の中で、なかなか理解されなかったといいます。

しかし、炭谷氏は自らの信念を信じ、実践を積み重ねてきたのです。ラーンネット・グローバルスクールでは、スタッフは子どもたちの探究的な学びをナビゲートする役割なので、「先生」ではなく「ナビゲータ」と呼ばれています。

そして、子どもの学習意欲を引き出す接し方をどう考えればよいかという方法論を、「ナビゲーション」と呼び、誰もが家庭や学校、あるいは職場で実践できるようにプログラムされた講座が「探究ナビ講座」です。講座では、子どものやる気や探究心を引き出す関わり方、反対に潰してしまう関わり方を、ロールプレイングしながら学んでいきます。

子どものやる気や探究心を引き出す関わり方、反対に潰してしまう関わり方を、ロールプレイングしながら学ぶ「探究ナビ講座」。学校の教員で受講する人も増えている

これまでに、各地で学びの場づくりに取り組む経営者やスタッフ、保護者など約1000人以上が受講していますが、最近は、学校の教員も増えているそうです。その理由は、学校教育でも双方向の学びが重視されるようになり、子ども主体の教育をする際の接し方を知りたいというニーズが増えてきたからでしょう。

子どもが自ら学ぶ「好奇心爆発探究サイクル」

では、子ども主体の教育をする際に大事なことは何なのか。ここからは、その内容の一部を紹介していきます。

ラーンネット・グローバルスクールに見学に行くと、先生は何の指示も出していないのに、生徒たちが自分から動いてどんどん学んでいて、その様子に驚かされます。何でこんなに子どもたちは生き生きしているのでしょう……? 

そのキーワードが「自由選択」です。自分がやりたい!と思ったことをやっているから、楽しいし夢中になれる。夢中になってやっていると、達成感が得られて、もっとやってみたくなる。このエネルギーが湧くサイクルを炭谷氏は、「好奇心爆発探究サイクル」と呼びます。

これは、①自由選択→②集中→③達成感の3つの要素がサイクルになっています。

例えば、赤ちゃんがティッシュを箱から全部出しちゃうときも、1枚1枚あれこれ試行錯誤しながら200回もこの探究サイクルを回しているのです。

炭谷氏は長年の経験から、「この探究サイクルを回すためには、子どもが自由に選択できる機会を増やすことが大切だ」と言います。なぜなら、何かを選ぶときに、子どもは自分が興味のあることを好奇心に従って選ぶからです。だから、ラーンネット・グローバルスクールでは、ナビゲータが「これをやりなさい!」と指示命令をするのではなく、何を、どう学ぶかを子どもたちに選ばせています。

米国の心理学者のエドワード・デシとリチャード・ライアンも、自己決定の度合いが動機づけや成果に影響するという自己決定理論を提唱していて、動機づけの中で最も長続きするのが、内発的動機づけ(好奇心や関心といった内的な欲求をもとに自発的に行動すること)だと述べています。やはり、自分で選ぶということが、子どもの探究心を引き出すうえで、とっても大事な最初の一歩なのです。

しかし、一般の学校では、大抵やることが決まっていて、子どもたちが自分で選べる機会はそれほど多くありません。ただここで言う自由選択は「完全に好き勝手やっていい」という意味ではありません。ラーンネット・グローバルスクールでも、例えば漢字の練習をする際に「こっちのプリントとこっちのプリント、どっちでやりたい?」といったような選ばせ方をしているそうです。

これなどは、学校でも工夫をすればできそうですし、実際プリントを自分で選ばせたり、タブレットを使って自由進度で学習する例もあります。

親や教師はどのような関わり方をすればいいのか

実際、探究ナビ講座を受講した元公立小学校教員で、HILLOCK初等部・校長の蓑手章吾さんは、「自由度を上げて、子どもたちが『正解』ではなく『納得解』に近づけたり、自身の成長に気づけたりする授業は、一般の学校でも十分実現可能だと感じた」と言います。皆さんの学校や家庭では、どんな工夫ができそうでしょうか?

自由選択で、探究サイクルの初めの一歩が動き出したら、次に大事なのが、このサイクルを止めずに回していくことです。そのために、親や教師はどのような関わり方をすればいいのでしょう。

ラーンネット・グローバルスクールのナビゲータは、子どもが集中していたら、それを妨げないこと、子どもができたー! やったー!というときには、できるだけポジティブな言葉がけをするなど、さまざまな工夫をしているそうですが、もっと探究サイクルを回すために、「①知る・感じる→②ゴールイメージを持つ→③ナビゲートする」の3つのステップを大事にしています。

炭谷氏によると、この3つのステップの順番が大事で、多くの人が、「①知る・感じる→②ゴールイメージを持つ」を飛ばして、いきなり「こうしたら?」とナビゲートしようとするのだとか。確かに、私たちはよかれと思って、アドバイスしたり、こうしなさいと指示したりして、子どもを導こうとしがちです。しかし、それはともすると、子どものやる気を奪うことになりかねません。

例えば、ゲームばかりしていてなかなか宿題をしようとしないとき、親は「ゲームをやめて、早く宿題やりなさい」と言いがちだと思います。でももしかしたら、子どもは「そろそろやらないとまずいかな。ここまでセーブしたらやめよう」と思っているタイミングかもしれません。そんな時に、こんな声かけをされたら、「今やろうと思っていたのに、やる気がなくなった」となってしまうでしょう。

一方、「ゲームをいつまでやる予定?」と聞いたら、「ここをセーブするまで」と答えるかもしれない。そうしたら「それにはどのくらい時間がかかるのか」「宿題はいつやる予定なのか」を聞くことができます。

さらに、「寝る時間は守ってほしいから、それまでに宿題を終わらせてほしい」と親のゴールイメージを伝えたら、子どももどうしたらいいか自分で考えるようになります。私も子育て中に子どもとの関係性が悪くなったときは、この2つをすっ飛ばして指示命令をしていたときだったので、このステップは大事だと思います。

1対多数の生徒を見ている先生が、一人ひとりの生徒のことをよく見て、知る・感じるということは、なかなか大変だと思いますが、意識するだけでも見える景色は変わってくるのではないでしょうか?

そしてナビゲートの仕方にもコツがあるようです。例えば、危なっかしく木登りする子どもに対して、皆さんだったら、どうしますか? 

1. 「木に登っちゃ危ない!」と叱り、登れないように柵をする。
2.  落ちてケガするまで放っておく。あるいは手伝って登らせる。
3.  本人がケガをしないように登れるようになることをゴールに置いて、見本を見せる。登るコツや、危険なポイントを教える。注意深く見守りながらアドバイスする。

炭谷氏は、教育を次の3つに分けています。

第1の教育「管理」
学ぶ中身は文部科学省や教育委員会などが決める。教え方は、先生や親らが教え込む。
第2の教育「放任」
したいことは何をしてもいい。したくないことはしなくてもいい。自分でできないことは、手伝ってあげる。
第3の教育「自立」
学ぶ主体は自分であり、興味や好奇心に従い、自ら学ぶ内容や学び方を選択する。問題を人のせいにするのではなく、解決への行動を自ら起こす。ナビゲータは人が自立的に生きる力をつけることを支援するための手助けをする。

見ればおわかりのとおり、上の3つの接し方は、それぞれの教育の特徴を示しています。集団を統制するためには、第1の教育の考え方で禁止にするのがいちばん楽だし、危険も回避できそうだから、学校ではこの考え方をすることが多いのも致し方ないかもしれません。

しかし、ずっとそうしていたら、子どもは、チャレンジや失敗から学ぶという機会を奪われてしまい、受け身になってしまいます。子どもの探究サイクルを回すためには、3つ目、自立を促す関わり方をすることが大切なのです。

先生は忙しく、教科書を進めなければいけない、かつペーパーの学力を保障しなければいけないという現実の中で、とても探究学習なんてやっていられないというのが本音かもしれません。しかし、今回の学習指導要領が目指しているのは、子どもの主体性や自ら考える力を伸ばすことのはず。

蓑手さんと共にHILLOCKを立ち上げた五木田洋平氏も、探究ナビ講座を受講した一人ですが、「教員の仕事を『成長に寄与する人』と考えている人であれば探究ナビ講座は新しい視点を提示してくれると思う。 というのも学校が用意する教員研修や先輩から後輩への指導では主に『どう教えるか』といった観点が多いですが、『受け持っている子をどう見ているか、どう見るべきか』といった視点は学校の研修では少ないから」と言います。

この記事を読んでくださっている先生は、ご自身の仕事をどう捉えていますか?

「教育とは子どもの適性を無視してあらゆる情報を教え込もうとすることではなく、子どもが本来持っている可能性を存分に発揮するためにこそ行われるべきものだ」。これは、行動遺伝学を専門にする教育学者の安藤寿康氏の言葉です。

時代の変化とともに、教育の役割は変わっていきます。ICT化の文脈で個別最適化という言葉も生まれていますが、考えようによっては、今回の教育改革は、教育の本質に近づこうとしている変化だと言えるのかもしれません。

ラーンネット・グローバルスクールでは探究ナビ講座のほかに、探究型授業のつくり方を学ぶ探究クリエイタープログラムも開催している。写真はラーンネット・グローバルスクールでの学びの様子

そんな時代に教育に関わる人が、どうしたら学校を子どもたちが楽しく学べる場所にできるかを考え、今回紹介したことも、少人数のマイクロスクールだからできることだと切り捨てずに取り入れる方法を考えることができたら、今のシステムの中でも、子どもたちの目の輝きが変わってくるのではないでしょうか。そんなことを思った取材でした。

中曽根陽子(なかそね・ようこ)
教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子ども達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)

(注記のない写真:ラーンネット・グローバルスクール提供)

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