起立性調節障害には「単純型」と「複合型」がある

――不登校の背景に多くの場合、起立性調節障害(Orthostatic Dysregulation/以下、OD)があることは認知されてきたようですが、改めてどのような病気かお教えください。

自律神経系の異常から循環器系の調節がうまくいかなくなる疾患ですが、花粉症(アレルギー)が体質であるのと同じように、ODも自律神経が弱い、感受性が強いといった体質によるものです。

頭痛、腹痛、倦怠感、立ちくらみ、朝起きられないなど、多様な症状が表れます。そうした症状から登校できなくなるのですが、夕方以降は元気になることも多いので、「うそをついているのでは?」「サボりでは?」などと誤解されがちです。そうではなく、体質に起因する病気だということをまずご理解いただきたいです。

――治療法はあるのでしょうか。

通常は水分の摂取量を多くしたり、血圧を安定させる薬を投与したりします。ODには「単純型」と「複合型」があり、OD単純型であればこうした治療で2~3週間後には症状が改善します。以前、医師から「怠けている」「親のしつけが悪い」と責められ、7年間も病院を転々としたお子さんがいましたが、私の外来に来て2週間後にはよくなりました。OD単純型の場合、適切な医療を受ければ大抵の場合、元気に登校できるようにもなります。

加藤 善一郎(かとう・ぜんいちろう)
岐阜大学大学院医学系研究科小児科学教授、日本小児科学会および日本小児神経学会の専門医・指導医
臨床医としての経験と研究活動を生かし、発達障害・不登校の臨床と地域連携を進めている。2021年に不登校特例校の岐阜市立草潤中学校「こころの校医」就任、教育医療連携ネットワークも立ち上げた。ODへの理解を広げるため『マンガ 脱・「不登校」』(学びリンク)をシリーズ化、22年9月21日に3冊目を刊行予定
(写真:本人提供)

――今も適切な医療にたどり着けないケースは多いのですか。

ODの認知拡大とともに治療可能な小児科が増え、OD単純型のお子さんは適切な医療につながりやすくなりました。一方で、親御さんや学校の先生、医師の間に「不登校=OD」という誤解が広がっており、ODの治療をしているのになかなか登校できないと「なぜ?」と困惑されてしまう問題が起きています。

OD単純型に適した治療をしても症状が改善せず長期化する場合は、OD複合型であると考える必要があります。自律神経の異常からくる身体症状であるODと、こだわりの強さや敏感さなど本人の特性が絡み合った病態がOD複合型です。ここが見過ごされているケースが多く、私も情報発信に努めているところです。

最近ではODへの対応をアピールする整骨院が増えるなど、ODがビジネス化している印象もあります。治療の選択肢が広がり救われるお子さんが増えればよいのですが、OD複合型の理解が浸透しないままでは、本来の医療につながれないお子さんが増えてしまうのではと危惧しています。

また、ODと特性はまったく別物なのですが、個人の特性があたかもODの一症状のように見えてしまうので、先ほどお話ししたように「サボっている」などとお子さんが責められる事態も起こりがちです。ODと特性は別物であることを理解し、ODの治療とは別に複合する要因もきちんと診断してケアするという認識が重要になります。

重要な「外的環境」、最も歪みが大きいのは中学校

――OD複合型は、どのように診断するのですか。

私の外来ではWISC(ウィスク)検査を行うことが多いです。よく発達障害を診断するための検査と誤解されますが、これは知的作業をする際の「知的な個性」を知るための検査。言語理解、知覚推理、ワーキングメモリー、処理速度という4つの指標と総合IQ(知能指数)を数値化します。

どれか1指標だけ突出して数値が高かったり低かったりする場合は「知的アンバランス」の状態と判定されます。たとえ総合IQの数値が高くてもアンバランスな状態だと、苦手な領域が得意な領域の足を引っ張り、感情や考え方が混乱するなど「困り感」が強くなります。

このほか、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などの発達特性も調べます。ちなみに私の外来の患者さんは、不登校が長期化している子がほとんどです。ODと知的アンバランス、そしてASDが絡んでいるケースが全体のおよそ95%を占めており、ODの治療とともに発達特性に対する治療も行い、知的アンバランスに配慮しながら内的環境を整えます。

――OD複合型の場合は治療期間が長くなるのでしょうか。

そうですね。私の外来では、親御さんには「1年以内に手放しで学校に行けるようになるとは思わないでください」とお話しします。実際、登校が始まっても1年以内に何もサポートしなくても大丈夫という状態にはならない場合がほとんどです。

なぜなら、中学校に入って不登校になったとしても、実は小学校の頃から登校渋りがあったり、登校はできていても本人の中で不安や緊張がずっとたまっていたりというケースがほとんどだからです。この場合、長期にわたる我慢が中学校に入ったタイミングで限界に達して不登校になったわけですから、単純型のように数週間で元に戻すことはほぼできませんし、そうしてはいけないのです。

――時間をかけて治療すれば、ODは完治しますか。

完治ではなく寛解のイメージです。OD単純型のお子さんの場合は高校に進学し、服薬をやめても元気にしている方はたくさんいらっしゃいます。ただ、花粉症と同様に体質は残るので、大学に行って夜更かしを始めたことを機に状態が悪くなるなどもあります。とくに睡眠リズムが崩れると調子は悪くなりやすいです。

OD複合型の場合は、本人の体質や特性といった内的環境だけでなく外的な環境の影響も大きいので、治療の段階からその面でのケアが大切になります。

――外的環境の影響とは?

主に家庭と学校の環境ですが、最も大きいのは学校ですね。私は、教育の歪みは中学校がいちばん大きいと思っています。内申書をはじめ、とくに「かくれ校則」が不登校の最大の原因ではないかとみています。これは私の造語ですが、要は非公式のルールのようなもの。

例えば、先生が質問したら生徒は「全員挙手」とか、休み時間なのに次の授業が始まる3分前には勉強を始めなければいけない「3分前学習」のほか、ノートの取り方など個々の学習面に及ぶ決まりもあります。先生が授業ごとにクラスの態度や提出物などを5段階で評価し、すべて5をもらう「オール5day」を年間150回目指すことを掲げる学校もあり、生徒同士で「お前のせいで5がもらえなかった、内申書に響くじゃないか」と言ってけんかになったりもしています。

今は中学校のこうしたルールが小学校にも降りてきているほか、コロナ禍で生まれたルールもあり、子どもたちは不安と緊張でいっぱいになっています。OD複合型の場合、こうした外的環境が大きく影響します。

そのため私の外来では、中2くらいまでの年齢のお子さんは、登校をゴールとせず、自分に合った高校を見つけて卒業することを目指して治療を進めています。皆さん高校進学を強く希望されており、私もほぼ毎日進路や学習の相談に乗っていますが、とくに困っているのが、ODは病気であるのに診断書を出しても病欠にしてもらえない場合が多いこと。進路に関わることですので、少なくとも病欠は認めていただきたいです。

「何もしない」ことがいちばんの支援

――ODの児童生徒に対して、学校や教員は何をしたらよいのでしょうか。

逆説的ですが、何もしないことがいちばんの支援になります。ODについての理解は教育現場にも広まりましたが、OD複合型への理解はまだ十分ではありません。理解不足のまま的外れのことをすれば事態は悪化しますので、まずは生徒が何に困っているか、どういう状態なのかをよく見ていただきたいです。

例えば、板書をノートに書き写すのが苦手な子どもがいたら、その子のやりやすい方法を尊重してあげてください。まずは観察すること、そしてOD複合型についてきちんと理解すること。そうすれば、「何もしないこと」の重要性、つまり頭ごなしに叱ったり苦手なことを無理やりさせたりするのがどれだけよくないことなのかがわかるようになるはずです。

これは医師も親御さんも一緒です。医師は薬を処方すれば何かやったような気になりがちですし、お子さんの意欲が少しでも出てくると親御さんは「じゃあ学校に行こう」と引っ張ってしまいがち。周囲の方々には“理解ファースト”でお願いしたいです。

――不登校特例校の岐阜市立草潤中学校で「こころの校医」を務めておられます。ここでも先生方に「何もしないで」とおっしゃっているのですか。

はい。2021年4月の開校前日の研修会でそう話しましたが、「何かをしよう」と志を持って赴任されてきた先生ばかりでしたからカルチャーショックだったようです。しかし、今は「何もしない」を十分にご理解いただけていると感じます。実際、学校が好きになる子が出てくるなど、生き生きと過ごしている子は多いです。草潤中には「かくれ校則」がありませんので。

――こころの校医をはじめ、積極的に学校や自治体と連携されていますが、今後どのような取り組みが大切になると思われますか。

こころの校医は、各学校に必要だと思います。そのためにも人材育成は課題です。精神科ではODなどの身体的な部分への対応が困難で、内科では精神的な対応が困難、そして医療者が「子どもの生活」を理解し支援することが難しいのが現状で、ワンストップで対応できる人材が少ないのです。

私はたまたま小児科医と小児神経科医のベースがあり、かつ学習を含めた毎日の生活の大切さを発達診療を通して実感しているのでワンストップで診療していますが、不登校の問題はやはり心・体・生活面を総合的に診るスタンスが必要です。草潤中での経験を生かし、興味のある医師の方にはノウハウを伝えていきたいですね。

また昨年から、ODの理解促進や事例共有などを目的に、教師、スクールカウンセラー、医療者からなる「教育医療連携ネットワーク」という研究会もオンライン上で始めました。学校と医療との連携には“ぶっちゃけ話”ができる場が必要だと感じていて、Slackなどを使って普段から事例共有や意見交換ができる仕組みも稼働させたいと思っています。

――夏休みが明けましたが、先生方はどんなことに気をつけたらよいでしょうか。

9月1日は子どもの自殺が最も多い日として知られていますが、学期始めはODの子に限らずみんな緊張しています。そこへいきなりテストを行う学校がありますが、そういうことはできればやめていただきたいです。

また、困り事や体の不調を抱えている子どもは必ず何らかのサインを出しているので、見逃さないようにしてください。先生方も毎週月曜日は何となく気分が重いと思うのですが、同じように子どもたちも頑張っています。とくにODや発達特性のある子どもは、自分だけが悪いと思いがちです。

でも、誰でも得手不得手はあるし、個性や特性がありますよね。不登校もODも、誰が悪いとかいいという問題ではありません。だから「おたがいさま」のスタンスで子どもたちに接していただきたい。その視点に立つことから第一歩が始まるのだと私は考えています。

(文:崎谷武彦、注記のない写真:PanKR/PIXTA)