退会者ゼロ、支援の原点は「自己肯定感」の課題意識

「夢中教室WOW!」は、不登校児童生徒に向けてつくられたオンライン家庭教師サービスだ。大きな特徴は、テストのための勉強はあえて教えず、子どもたちの「やりたい」ことを引き出し、探究型の授業を行うことにある。家にいても夢中になれることと出合い、人生は楽しいと感じてほしい。そんな願いを込めてつくられたという。

運営元のワオフルは、福岡を拠点にコロナ禍の2020年9月に設立、11月から同サービスをスタートさせた。現在の累計入会者数は、小学生から高校生まで74名(7月1日現在)、そのうち小学5~6年生が最も多い。

「合わないという理由で退会された方はまだいません。保護者の方は継続したいけれど本人の気持ちが授業を受けるにはまだ早かったという理由で休会されている3名を除き、継続率は95%です」と、同社代表取締役社長の辻田寛明氏は話す。

辻田 寛明(つじた・ひろあき)
ワオフル代表取締役社長
茨城県出身。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修了。2019年、社会問題をビジネスで解決することを目指すボーダレス・ジャパンに入社。事業の立ち上げサポートなどを経て、子どもたちが自分の人生にワクワクできる社会をつくるため、20年にワオフルを設立、不登校の子のためのオンライン家庭教師「夢中教室WOW!」を展開する

辻田氏自身は、とくに不登校の経験はなく、周囲に不登校生徒がたくさんいたわけでもない。もともと自分事としての問題意識はなかったというが、なぜ不登校専門のサービスを始めるに至ったのか。

「大学時代はキャリア教育に興味があり、その活動の一環で中高生たちと話をする機会がありました。そのとき感じたのが、自分のことを諦めている中高生たちが多くいるということ。まだ10代で可能性がたくさんあるはずなのに、諦めてしまうのはもったいない。そんな漠然とした課題感を抱きました」

その後、辻田氏は途上国の貧困問題にも関心があり、大学院に進学。インドネシアのスラム街での調査を通じて、「自己肯定感」について考えさせられることになる。

「彼らは、生活は不便でも家族と一緒にいられるだけで幸せ、それだけで十分だと言うんです。子どもたちも将来の夢をたくさん語ってくれた。そのとき、私が出会ってきた日本の中高生たちのことが頭に浮かびました。彼らと比べて、日本の子どもたちはなぜこんなに自己肯定感が低いのか。もっと子どもたちが希望を持てる社会にするために、自己肯定感の問題に取り組みたいと思うようになったのです」

そして辻田氏は大学院修了後、ボーダレス・ジャパンに入社。同社は、よりよい社会の実現を目指し、ヒト、モノ、カネを共有しながら社会課題の解決に向けたソリューションビジネスを提供する社会起業家集団だ。

辻田氏は同社で事業計画を練る中、複数の不登校に苦しむ家庭と話す機会を得て、予想以上に外出できない子どもたちが多く、総じて自己肯定感も低いことを知った。彼らは何らかの理由で学校に合わないことに悩み、それが自己肯定感を下げているのではないか――そうした仮説の下、社会起業家として不登校児童生徒の支援に取り組み始めたのである。

「最初はリアルな教室をつくろうとしていましたが、文科省の調査によるとフリースクールなどの民間施設に通えている不登校の子はわずか3%と、そもそも外出が難しくなっている子どもたちは教室に来ることができません。そこで、オンラインでマンツーマンの形であれば、ハードルが下がるのではと思いました。そのうえで、子どもたちが話したいことや好きなことを学べるような場であれば、やってみようと思うのではないかと考えたのです」

個人のペースや特性に合わせてマンツーマンで伴走

こうして“好き”の探究から「自己肯定感」を育てていく「夢中教室WOW!」が生まれた。子どもたちの発達特性や繊細な気質を考慮している点も特徴の1つで、「受講スタイルやペースを合わせることを大切にしています」と、辻田氏は言う。

例えば、授業は1コマ60分だが、土日も含め毎日朝9時半から20時半まで7コマ用意し、受講者がその中から参加しやすい時間を選べるようにしている。授業料は1コマ3500円、週に1回のコースと月に2回のコースがあるが、前者を選択する受講者が6~7割を占める。

そしてこのサポートの肝となるのが、伴走者となる講師だ。現在、講師陣は14名。副業として携わっている人が多く、元学校教員や会社員など、さまざまなバックグラウンドの人材で構成されている。

「主に私たちが伴走しているのは、エネルギーは充電されつつあるけれど、外に出るのはハードルが高い子。彼らは『居場所がない』と感じており、マズローの欲求5段階説でいうところの社会的欲求や安全欲求を満たされていない場合が多いのではと思います。次の段階の承認(尊厳)欲求や自己実現欲求がないと能動的に勉強に取り組むことはできません。だから私たちは、安心して何でも話せる『第三者』と共に好きなことに取り組める環境を大切にしているのです」

そのため講師には、子どもを否定せず傾聴し、寄り添って自己肯定感を温めていくマインドセットが必要だという。さらに、対話から興味関心を引き出し、好奇心を持って子どもたちと一緒に学び、探究を楽しめるスキルも併せ持った人かどうかを重視して採用している。新人講師には、1on1のロールプレイング授業を行うほか、子どもの成長フェーズに合わせた声がけなどのノウハウを共有するといったフォローに努めているという。

「何らかの発達特性を持ったお子さんも少なくないのですが、それを理解してもらえず傷ついてきた子は多いので、私たちだけは絶対否定しないようにしたい。だから、基本的には注意せず待つ姿勢を取り、日頃から講師陣で実践や対応のノウハウを共有したり、勉強会を行ったりして、子ども1人ひとりに寄り添える体制にしています」

探究を深めていく子や活動の幅が広がる子も

授業は、まず子どもたちの興味や関心がどこにあるのか、マインドマップを使いながらヒアリングしてテーマを決め、そのことについて講師が一緒に調べたり深めたりする探究学習のような形で進めていく。

マインドマップを活用して好きなことを探っていく

そして、テーマに関する話を聞きたいのか、自分でどんどん調べたいのか、子どもの要望に応じて、やり方や内容を変えていくという。例えば、恐竜が好きな子であれば、「今週はティラノサウルス、来週はスピノサウルスについて調べようか」など、子どもと講師が一緒に対話しながら“フルオーダーメイド”で活動内容を決めていく。

恐竜が好きな子どもの授業の様子。歴史が好きな子、動画編集に興味のある子など、関心の対象はさまざまだ

また、2分間の動画を作れた、プレゼンテーションのスライドを10枚作れた、というように「自分にもできた」という成功体験を生み出すため、アウトプットを大切にしている。感謝される体験も重視しており、講師は日頃から子どもたちから知らないことを教えてもらったときなどは、きちんと「ありがとう」と伝える。コミュニケーションに自信が出てきた場合には、希望者を対象に2~4人の少人数ゼミも開催。誰かの役に立てたという感覚を育めるよう、子ども同士で教え合う時間を取るようにしている。

こうしたサポートの中から、自己肯定感を高めるには以下の4つのポイントが重要だと辻田氏は考えている。

1.自分を認めてくれる人の存在を実感できること
2.自分のよいところに気づくこと
3.成功体験を重ねていくこと
4.自分が誰かの役に立てることを知ること

活動の中で、大きな成長を見せる子も少なくない。例えば、猫が大好きな子は、野良猫の写真撮影をするうちに猫がいつどこにいるかの記録を取り始め、猫の縄張りマップを完成させるなど、どんどん探究を深めていった。

当初はオンラインの画面にも顔を出せなかった子が、1人で参加できるようになって好きな絵に取り組み始め、4カ月後にはオリジナルキャラクターをLINEスタンプにしたケースも。「その子は、次はCanvaというアプリを使ってデザインに挑戦することになりました。講師との信頼関係ができ、成功体験ができると、さらに活動の幅が広がっていきます」と、辻氏は話す。

ゴールは「意識が他者や未来に向き自走し始めること」

この2年弱の間に、通信制の高校に進路を決めた子と、学校生活が楽しくなった子の2名が卒業していった。

「とくに後者の子は、中学には何とか通えていたのですが、不安の強い子でした。でも、地理が好きでGoogle Earthで興味のある場所を調べる活動を続けるうちに一人旅をするなど活動的になり、最終的には生徒会に立候補するので忙しくなるからと卒業していきました」

しかし、学校復帰を明確なゴールにはしていない。意識のベクトルが他者や未来に向き自走し始めること、つまり本人を含む家庭が、次の道を決められるようになることを目指している。「その結果、学校に復帰する子もいますし、ホームスクーリングを決めるご家庭もあります」と辻田氏は話す。

保護者からも「これまで合う場所を見つけられなかったが、久しぶりに子どもが生き生きと話している姿を見られてうれしい」「教育の伴走者がいるだけで、子育ての肩の荷が下りる」といった声が届いており、主に口コミで受講者は全国に広がっている。中には海外の日本人学校在籍生の受講者もいるという。

辻田氏は、今後利用者が増えていく中で、家庭の経済状況に応じた減額制度を実現するほか、蓄積したノウハウを新たな居場所づくりに還元したいと語る。

「リアルな学習拠点や、1人ひとりの特性に配慮したオルタナティブスクールなど、『学ぶってめっちゃ面白い』という場所をつくれたらいいですね。どうしても大人数が合わない子たちはいるので、学校の先生方と連携しながらのサポートもできるといいなと思っています。また、保護者の方も周囲の目を気にして、地域で孤立してしまう場合が少なくありません。こうした問題も含めて解決していきたいと考えています」

(文:國貞文隆、注記のない写真:ワオフル提供)