不登校や進路の悩み、人生相談などで訪れる人が続々

現役の教員と話したい、相談したいという人が学校の外で対話できるという「会いに行けるセンセイ」。そんなユニークな取り組みを始めたのは、高知県の土佐塾中学・高等学校の現役教員、“のざたん”こと野崎浩平氏だ。いったいどんなきっかけでスタートしたのだろうか。

「あるイベントで話をしたとき、小学生のお子さんを持つ親御さんが突然、私のところに『相談したいんですけど』とやって来ました。私は、その方の先生でもないし、知り合いでもない。『どうしたんですか』と聞くと、子育てに関して悩みがあるとおっしゃるんです。学校の先生に相談したいけれど、ちょっとハードルが高い。個人面談なども時間が限られており、到底話しきれない。とにかく誰でもいいから、先生という肩書を持った専門家に相談してみたい。だから、聞いてほしいと」

野崎浩平氏。土佐塾中学・高等学校教諭。理科と「まなび創造コース」を担当

そこで野崎氏は、数人の知り合いの教員たちを誘って、お悩み相談会のような小さなイベントを開催。参加した保護者からは「先生が普段何を考えているのかを聞けてよかった」、教員からも「フラットに話せた」といった感想が返ってきたという。

その後、ほどなくしてコロナ禍となった。「学校から送られてくるのは紙ばかり」「ICTで何とかなるのでは」など一斉休校に関連する相談が急増、その後もいろいろな相談が野崎氏のところに舞い込んできた。

「リクエストが増えたので、場所と時間を決めようと思って。週1回コワーキングスペースを借りて『午後4時ごろからいます。何もなければ自分の仕事をしています。来たければどうぞ』とSNSで告知したんです。そのときに『会いに行けるセンセイ』という名前をつけました」

2020年8月にこの取り組みをスタートすると、相談したいという人が続々と集まるようになった。小中高生から保護者世代まで、平均して毎週2~3名の利用者がおり、県内だけではなく、ときには東京や大阪からやって来る人も。教育イベントや教育事業展開の相談などで遠方から訪れる社会人もいた。

とくに「学校の先生に本音を伝えられない。違うと思っても相談する先がない。教員という職種の方と話せるだけで安心できた」「学校でも家でも伝えられない、ただ思っていたことを伝えられるだけで安心できた」など、自分の悩みを打ち明けたり、自分の学校の先生とは異なる“セカンドオピニオン”のように意見を聞いたりしたいという保護者や子どもが多い。

相談内容で最も多いのは不登校に関するもので、相談の行き場がないため野崎氏のところにやって来るようだ。そのほか、進路に関するものや純粋な人生相談なども多いという。野崎氏は、1時間以上話に耳を傾け、必要なら情報提供をしたり、ほかの人を紹介したりする。相談者はスッキリした様子で帰り、口コミで新たな相談者がやって来ることも少なくないそうだ。

「ただ話を聞くだけなんですが、ニーズがあるんだ、教員ってこういう生かし方があるんだと初めて気づきましたし、驚きでした」と、野崎氏。確かに、ふらっと訪れて気軽に相談できる場というのは、ありそうで意外とない。21年4月からはオンラインでも相談に乗っている。

子どもが安心して学べる場をつくろうと思った理由とは?

野崎氏は、実は高知県出身ではない。大学卒業後、教員としてのキャリアをスタート。その後、転職して大手教育企業の教室事業のリーダーとして従事したが、働きすぎて体調を崩す。のんびりしたいと、横浜市から妻の出身地である高知県に移住した。

そこで改めて教員の仕事を始め、現在の学校で4校目。2019年には経済産業省「未来の教室実証事業」のHero Makersに参加。ほかにも高知県内の教育者と社会人とをつなぐコミュニティー「Tosa Educator's Guild(TEG)」を設立するなど多彩な活動に携わっている。そんな中、会いに行けるセンセイを始めたわけだが、ある課題が見えてきた。

会いに行けるセンセイとして、学校の枠を超えて高校生にワークショップを提供したり(左)、生徒や学生向けに教員のあり方などを紹介したり、さまざまなイベントにも従事(右)

「高知県は人とのつながりが見える程よい規模感で、とても居心地がいい。一方、都会とは違った形で、学校という空間を息苦しく感じてストレスをためてしまう子どももいます。地方の子は隣の学校の子と話す機会もほとんどありませんし、いろいろなものが見えすぎてしまう学校空間に違和感を抱くなどしてあぶれてしまうと、行き場を失ってしまいがち。そんな子どもをサポートできるクッションが地方にはないと感じます」

野崎氏は今、会いに行けるセンセイの活動から拾い上げた、こうした地方の教育課題を解決しようと、企業経営者や大学生の有志らと共に、小中高生と大学生が無料で利用できる「高知の子どもの学びを支える場」をつくり始めている。運営母体である一般社団法人ハンズオンを共同代表として3月に立ち上げ、まずは子どもも大人も一緒に使えるコワーキングスペースの運営を4月からスタートさせた。

運営するコワーキングスペース「Kochi Startup BASE」は以前から野崎氏自身もイベントで利用していた場だ(左)。子どもたちがテクノロジーを身近に感じられるように遠隔コミュニケーションシステム「窓」を導入(右)

「まずは大人と子どもが同じ空間に存在できる場をつくりたいと思っています。都会ではカフェなどで商談しているおじさんたちの隣で、高校生が勉強しているような光景を見かけますが、それが地方ではほとんどありません。大人の世界と子どもの世界が完全に分かれてしまっているので、誰もが一緒に安心して学びに向き合える、その楽しさを肌で感じることのできるような場にしていきたいと考えています」

運営費や子どもたちの活動費は大人の利用者や法人会員の利用料で賄い、クラウドファンディングで集めた資金は、子どもたちに無料で貸し出すパソコンやオンライン環境の整備、パンフレットやノベルティーの作製などに充てる。現在は、有志の大学生が中心となって運営やイベント企画などを担当しているが、ゆくゆくは中高生が主催のイベント開催や、協賛企業との連携の可能性も探っていく方針だ。

野崎氏は、問題解決やチーム形成を目的に企業なども採用する「レゴシリアスプレイ」のメソッドと教材を活用する資格を有しており、4月末には「2022年度の学びの目標」をテーマに自分自身と向き合うワークショップを開催

「大人が子どもに教えるのではなく、とにかく子どもたちが主体となって活動できる仕組みをつくっていきたいです。例えば、子どもたちが作ったものを売ってもいいし、そのためのサポートを大人がしていくイメージ。とくに場所を無料で使うことができるのは子どもたちにとって大きなメリットだと思います」

一人ひとりが「学びの主語」となり成長できる場を

少子化が進み疲弊する地方では今、現状を打開しようとさまざまな試みが行われているが、解決しなければいけない課題は多い。野崎氏は、そういった課題解決につながる場としても機能させたいという。

「企業勤めをしていた私は、人とのつながりから仕事のコラボレーションが生まれる瞬間を見てきました。一方、地方ではみんなで集まって何かをする場所がなく、何かが起こりそうだという空気も感じづらい。地方はそもそも人手が足りておらず、子どもたちが課題解決に力を貸してくれたほうが、町はハッピーになると思うのです。子どもたちだって自分の手で課題を解決できたほうが『ここはいい町だな』と思えるのではないでしょうか。大人も子どもも一緒に集まってチャレンジできる場にできればと思います」

最近では、ほかの地域でも、会いに行けるセンセイのような活動をしたいという教員たちが出てきたそうで、野崎氏は少しずつでいいので教員と社会がつながるような場もつくっていきたいと語る。

「学校の先生は昨今、魅力のない職業のように語られていますが、私は学校の先生という役割が、社会でもきちんと役に立つことを証明したいと思っています。実は世の中は先生を求めていますし、困っている人がいたら助けたいと思うのが先生です。先生がもっと社会に開かれるといいなと。そして、先生と保護者、企業も含む社会がコミュニティーを形成し、一人ひとりが『学びの主語』となって自分らしく成長する場をデザインし、広げていきたいと考えています」

野崎 浩平(のざき・こうへい)
一般社団法人ハンズオン代表理事(共同代表)、土佐塾中学・高等学校教諭
東京学芸大学教育学部卒業。ベネッセコーポレーションを退職後、高知へ移住。教育現場を渡り歩き、2020年から土佐塾中学・高等学校で教諭として勤務。現役教員と話したい人や相談したい人が、学校の外側でフラットに対話できる取り組み「会いに行けるセンセイ」を展開。大人と子どもが共存して学ぶ「場」を整えるため、22年3月に一般社団法人ハンズオンを設立し、代表理事としての活動も始めている

(文:國貞文隆、写真:野崎浩平氏提供)