年間1000万円超支給、期待の大型「海外奨学金」

「笹川平和財団スカラシップ」は2022年4月に募集要項を発表、8月から募集開始、翌23年8月より給付をスタートさせる。第1回目の募集対象は23年秋から英米の有力大学に入学し、学士号取得を目指す、国内外において高等学校およびそれに準ずる教育機関を終了する予定、もしくはすでに卒業した者(詳しくは募集要項を参照)となる。年齢や所得による制限はない。留学先の大学については、同財団が指定する大学リストに掲載されている英米の大学に限られる。専攻分野の指定はなく、23年度期の留学生については最大50名程度を支援する予定だ。奨学金には、学士号取得のための留学にかかる費用全般が含まれ、米国の大学に留学する場合、9万5000ドル(1ドル=130円換算、約1235万円)、英国の大学では6万5000ポンド(1ポンド=160円換算、約1040万円)を上限として奨学金が支給される。今後大学の授業料が上がる場合には、給付額の増額も視野に入れる。

審査については書面審査、面接審査の2段階で行われる。書面審査では小論文や高等学校在学時の成績などを参考に、面接審査では留学の目的や情熱、計画の整合性などが問われる。応募受け付けは第1期が22年8月1日~8月21日、第2期は23年1月5日~2月28日までとして、合格発表は第1期が22年10月中旬、第2期が23年3月下旬となる。今後、同財団では給付人数を拡大し、将来的には1学年100名程度の奨学生をサポートする方針だ。こうした奨学金事業を始めた経緯について笹川平和財団常務理事の茶野順子氏は次のように語る。

奨学金新設への思いを笑顔で話す茶野氏。未来を担う子どもたちへの期待がにじむ
(写真:今井康一)

「当財団は1986年に創立され、昨年35周年を迎えましたが、その区切りとして何らかの新機軸を打ち出していきたいという考えがありました。これからの日本をどうするのかという視点に立ち、今後も日本が国際社会でリーダーシップを取れる存在感のある国にするためには、優れたリーダーを育てていかなければなりません。そのためには、将来日本を背負って立つ若者たちを応援しなければならない。そこで浮上したのが奨学金事業だったのです」

減少傾向にある、日本人留学生

現在、日本の高校から直接、ハーバード大学やオックスフォード大学といった海外の有力大学へ学部入学を目指す海外志向の学生は、増えている印象がある。しかし、日本人留学生を全体として見ると、バブル時代の1987年ごろから上昇し始め、1997年ごろにピークを迎え、以降は年々減少傾向にある。19~20年の日本から米国への留学者数は1万7554人で世界8位。国の人口規模の違いはあるが、1位の中国37万2532人、2位のインド19万3124人に比べるまでもなく、日本より人口の少ない韓国にも後れを取っているなど日本人留学生の海外での存在感は弱い。また、日本国内で見ても、都道府県別の海外留学率では都市圏からの留学生が比較的多く、地方から海外に留学するケースは限られるなど、地域格差があるのが現状だ。

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「日本の将来を担う若者が、視野を広げ国際感覚を養うために、留学は必要な手段の1つです。これまで経済的な理由、あるいは留学に関する適切な情報にアクセスできないなどの理由から、留学を将来の選択肢とすることができなかった若者たちにもチャンスを与えたい。とくに留学のチャンスに関しては、地域格差があると感じています。地方からでも留学して才能の花を開いてほしい。留学したい若者を、全国から積極的に発掘していきたいと考えているのです」

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同財団では今後、全国の高校や国際交流団体などを訪問し、奨学金の説明会を開催していく意向だ。すでにいくつかの地域で高校生や教職員らに対し説明会を実施しており、「私たちの地域から将来のリーダーを育てるためにも、ぜひ奨学金を利用して留学を促進したい」「奨学金を受けられるような学生を育てたい」といった声が上がっているという。

高校生に向けた、大型の海外奨学金といえば、ソフトバンク創業者の孫正義氏やユニクロ創業者の柳井正氏のスカラシップが有名だが、笹川平和財団とそれらとの違いはどこにあるのか。

「私たちとしては、地方の優秀な人材の掘り起こしのほか、留学生同士のネットワーク、卒業してからのネットワークも大事にしていきたいと考えております。将来的には留学に関心を持っている高校生と留学中の奨学生、卒業生とのつながりをつくっていきたい。私たちの奨学金はお金だけを提供するわけではありません。また、お金だけ欲しい学生を求めてもいないのです。海外の大学入試は日本の受験とは異なり、テストの成績だけでなく、学生の考え方や将来のビジョンを評価しながら、自分の大学に合う学生を選んでいくというプロセスを踏みます。私たちも同様にそうしたプロセスを重視しながら、奨学金を提供していきたいと考えています」

同財団では奨学金給付の対象を英米の有力大学の留学生に絞っている。米国ではハーバード大学など研究型大学30校、アマースト大学など少人数教育のリベラルアーツカレッジ15校、英国ではオックスフォード大学、ケンブリッジ大学ほか、LSE、エディンバラ大学など8校を対象とする。

「英国と米国の大学には世界中から優秀な学生が集まってきます。若いときから優秀な人材と出会える機会は、やはり英国と米国の大学のほうが圧倒的に多い。私たちは留学生の支援を充実させたいという思いもあり、まずは2カ国に専念します。ただ今後、奨学金事業の経験をしっかりと私たちが重ねる中で、メドがつけばほかの国の大学にも対象を広げていきたいと考えています」

奨学金の選択肢が多い米国、拡充しつつある日本

そう話す茶野氏は、日本の大学を卒業後、米国の大学院に学び、世界的に著名なフォード財団でプロジェクトディレクターとして勤務した経験を持つ。米国では財団の活動も盛んで、奨学金の種類も豊富だが、日米にはどんな違いがあるのだろうか。

「米国では日本と異なり、企業の財団だけでなく、企業創業者など富豪の資産をもとにした個人財団が活発に活動しています。フォード財団も個人財団であり、プライベートな財団であるがゆえに活動の自由度も高く、意思決定も速い。しかも、米国では財団などが提供する奨学金の種類も多く、学生たちはインターンやリサーチトリップ(研究旅行)など、さまざまな活動をするに当たり、費用の一部を奨学金としてサポートを受けることもあります。いろいろな種類の奨学金がある便利さが米国にはあるのです」

日本でも留学生を対象とした奨学金は、同財団の取り組みをはじめ、充実する方向に向かいつつある。茶野氏も留学をきっかけとして、日本ではできない学びを得てほしいと言う。

「英語でコミュニケーションをするときに、相手がどんなバックグラウンドを持ち、どう話せば、相手は理解してくれるのか。そこまで考えが及ぶようになるためには相応の時間と環境が必要です。多様性のある環境で過ごすことは本当に貴重なことです。若いときから日本と異なる環境に身を置くことは、将来必ず有益なものをもたらしてくれるでしょう」

世界の国の中で日本は大国の1つに数えられる。日本人が思っているほど世界での存在感は小さくはない。ただ、国際社会で活躍する日本人はそれほど多くない。茶野氏は笹川平和財団スカラシップを通して留学生同士のネットワークを拡大していくことで、国際社会で日本人が活躍できるような土台をつくっていきたいと語る。

「日本国内に優れた人がたくさんいることも大事ですが、もし世界で何か問題が起こったときに、日本の状況を理解しながら、効果的に動ける日本人が国際社会にいるということは日本という国にとっても非常に有益なことです。今回のスカラシップを通して、日本の若者を元気にするとともに、日本という国に貢献したいと思っています」

茶野順子(ちゃの・じゅんこ)
笹川平和財団常務理事。一橋大学卒業後、国際交流基金を経て、1991年より笹川平和財団にて太平洋島嶼国に関わる事業に従事。財団業務に携わり高度な専門性の必要性を痛感し、米ペンシルべニア大学に留学、95年、米国における政策立案過程を学び行政学修士を取得。その後米ニューヨークのフォード財団にて同財団の事業戦略とその成功事例を研究、同成果を基にフォード財団のプログラムオフィサー養成事業に携わる。2003年に帰国後は笹川平和財団総務部長を経て常務理事として時代の要請に応じて日米事業、中東交流事業・安全保障研究プログラム等の立ち上げ・運営に関わり、22年度より奨学金事業を開始。なお米国に同行した子ども2名はいずれも米国の大学に留学した
(写真:今井康一)

(文:國貞文隆、注記のない写真:Prostock-Studio/iStock/Getty Images Plus)