身近なロールモデルに出合える環境づくり

小林亮介さんは31歳。現在は、米スタンフォード大学のビジネススクールと教育大学院に在籍しながら、日本で自ら創設した教育事業のHLAB(エイチラボ)を経営するほか、政財界の国際コミュニティーである三極委員会などのフェローとしても活躍している。そんな小林さんは1991年東京生まれ。桐朋高等学校在籍時に米オレゴン州への1年間の交換留学を経て、ハーバード大学に入学。その後、大学に在学しながら2011年にHLABを創設した。

「そもそもHLABをつくったのは、多様性が生かされていないという日本の教育の問題点を感じたことがきっかけです。構想を練り始めたのは、18歳の頃です。海外で感じていた多様性は、世代の多様性でした。日本では、高校から大学に入るというキャリアステップにおいて、身近な情報源であるべき2~3歳年上の先輩との接点があまりにも少ないのが現状です。しかし、自分のキャリアや人生の選択肢を考えるとき、将来何がしたいのかという発想、それを実現するための情報、そして、その目標に向かって最後までやり遂げるためのモチベーションが必要ですが、それらを得るには年齢や境遇が近いロールモデルが非常に参考になります。高校生たちがこれから人生のキャリアを進めるうえで参考になる人物と会えるよう、高校生と大学生との接点の場をつくりたいと考えたのです」

HLABのモデルとなったのはハーバード大学の「学寮(カレッジ)生活を中心としたリベラルアーツ教育」だ。ハーバードでは世界中から優秀な学生が集まり、学寮で寝食を共にしながら、勉学に励む。学寮生活を通じて、世代が近い者同士が互いに違う世界や価値観を見せ合い、学び合う仕組みは、実家暮らしや一人暮らしをしながら通学する日本の大学とは大きな違いがある。生活を通して多様性に触れる中にこそ、学びがあり、将来の自分の可能性も広げることができるのだ。

そうした教育環境を目指し、小林さんがHLABでまず始めたのが、高校生と大学生が参加するサマースクールだった。海外の大学生と日本人の大学生がメンターとなり、高校生と交流するセミナーのほか、最前線で活躍する方の講演を聞くフォーラムなど、多彩なプログラムで2011年からスタートし、今年で12年目を迎える。

「毎年、国内外の大学から160人、全国の高校から240人ほどの学生が参加する形態で続けています。幸いなことに、日本のソフトパワーは海外でも強く、日本に関心の高い優秀な大学生が多数参加しており、サマースクールに参加していただいた方には、大学教授や起業家になった学生も少なくありません。当初参加した高校生を見ても、そのうちの3~4割が海外の大学に進学しています。身近な先輩の海外での大学生活を知り、自分にとって遠い話ではないと感じた結果、留学したくなるという流れがあるのです。実際、今ハーバードやスタンフォードの大学院で学んでいる学生の半分くらいは、何らかの形でHLABに関係したことがある、と言ってもいいくらいです」

リベラル・アーツ教育の本質を学べる寮生活

そして、このHLABのもう1つの柱となっているのが「レジデンシャルカレッジ」(居住型教育機関)だ。こちらは、まさに「学寮(カレッジ)生活を中心としたリベラルアーツ教育」を実践するもので、寝食を共にしながら、異なる経験を持ち違う分野を学ぶ仲間が、互いとの対話の中でリベラルアーツの学びを深めていくものになる。

中目黒にオープンしていた「THE HOUSE by HLAB」

HLABでは、2016年にプロトタイプとして居住者約10名の「THE HOUSE by HLAB」を東京の中目黒にオープン。次いで、20年12月にHLABのレジデンシャルカレッジの拠点として「SHIMOKITA COLLEGE」を開業した。収容人員は130人以上。ここでは高校生や大学生だけでなく、若手社会人も参加し、寝食を共にしながら互いに学び合い、新たな教育的価値をもたらす学生寮として位置づけている。

2020年12月にオープンした「SHIMOKITA COLLEGE」

「日本では学部をまたいで授業を取ることがリベラルアーツ教育と思われがちですが、米国では学部は所属するところではなく、あくまで通って勉強するところであり、学部の垣根を越えてコミュニティーカレッジ(学寮)に所属し、学寮で学び合うことがリベラルアーツ教育の本質なのです。その意味で、私たちの取り組みは、東京を大きなキャンパスと見立て、都内の大学、学部に通う多様な大学生、あるいは海外の大学生たちが、高校生たちや若手社会人と下北沢のカレッジを拠点として学び合うことを目的としているのです」

「SHIMOKITA COLLEGE」の開校は21年4月、コロナ禍のさなかに行われたが、学生たちはどのような状況にあったのだろうか。

「今、ウェルビーイングが注目されていますが、学びにおいても、よく学ぶためには、よくあらねばならないのが基本です。コロナ禍ではオンライン授業を受ける多くの学生が孤独を強いられることになりましたが、カレッジの中ではつねに一緒に学ぶ仲間がいて、夜でも自分の話を聞いてくれる仲間がいます。それは学生たちにとっても、大きなプラスになったといえるでしょう。オンライン授業も大事ですが、大学だけでなく、カレッジという学寮で寝食を共にしながらオフラインで互いに学び合うことは、学生たちの日常や将来にも大きなメリットをもたらしてくれるのです」

日本の教育で「多様性」を身に付けるには?

そう語る小林さんは日本の学校教育についてどのように評価しているのだろうか。

「新たに導入された新学習指導要領を見ても、非常にすばらしいと感じています。お金がなければよい教育を受けにくい米国と比べれば、日本の教育は平準化されているうえ、受験というフェアな機会を与えられ、努力した人が報われるという仕組みは評価されてしかるべきだと思います。ただ、多様性という観点から見れば、例えば日本の歴史の教科書は標準化するために近現代史を深く教えない傾向にあります。しかし、米国の学校教育では、今を生きる糧をどう身に付けさせるかという点を重視し、歴史のある事象に対してさまざまな視点から考えることを基本としています。必ずしも正解はないのですが、複数の視点から物事を判断する技法を学ぶわけです。これから不確実性の高い社会を生き抜いていくためにも、日本の教育でも学びを進めるうえで重要な視点だと感じています」

そのためにも、これからの日本の学校教育には何が必要なのだろうか。

「同じマインドセットを持った人たちが集まる日本の学校空間では、多様性は生まれにくそうに見えるかもしれません。しかし、生徒たちそれぞれのバックグラウンドを丁寧に見ていくと、それぞれの違い、その多様性を確認できるはずです。そんな身近な多様性に気づかせていくことが欠かせないと思います。違いがあってしかるべきであり、その違いを互いにリスペクトし、学び合える技法を身に付けるべきなのです。そうすれば、言語が違っても、世界の人たちと交流することができる。英語力うんぬんの前に、自分と違う他者と向き合うという技法を日本の学生は学ぶことが必要なのです」

HLABを軸にさまざまな活動を続ける小林さん。最後に将来のビジョンについて聞いた。

「資金的なリターンよりも、社会的なインパクトを追求しつつ、恒常的に教育を変える仕事をしていきたいと考えています。リターンとは程遠いソーシャルビジネスを継続させるために、資金・財政面におけるサポートやマネジメントができることが自分の強みだと思っています。これからもそうした自分の強みを生かし、実験的なモデルを構築し検証しながら、新たな社会を構築していく仕事をしていきたいと考えています」

小林 亮介(こばやし・りょうすけ)
HLAB共同創業者。1991年東京都生まれ。2009年3月桐朋高等学校卒業。高校時代に米オレゴン州への1年間の交換留学を経て、米ハーバード大学に入学。2011年に HLABを創業、卒業後の14年に法人化して代表に就任。日本の学生に、レジデンシャル・リベラル・アーツ教育のプログラムの提供、海外留学奨学金、先進的教育寮の企画・運営などを行う。現在は、HLAB経営の傍ら、米スタンフォード大学大学院に在籍し、経営と教育を学ぶ

(文:國貞文隆、写真:すべてHLAB提供)