独自システムでデータを一元化、個別最適な学びの実現へ

2022年3月、高知県教育委員会がニュースリリースを出した。文科省が開発したMEXCBTと、さまざまなデジタル教材や校務支援システムを連携させるハブとして、独自の「学習eポータル」を開発するという内容だ。同県では、この学習eポータルが「高知県の目指す新しい学習スタイルの根幹になる」と考えているという。

だが21年11月にMEXCBTが接続を開始して以降、すでに民間事業者4社が学習eポータルを展開している。現在は、そのいずれかを使ってMEXCBTにアクセスしている自治体がほとんどだ。高知県はなぜ、あえて独自システムを作ることにしたのだろうか。高知県教育委員会事務局 教育政策課の武市正人氏はその経緯をこう説明する。

「MEXCBTが開発された時点で、いずれ同システムと連携するためのポータルサイトが必要になると予想していました。そこで、高知県で21年4月から運用している学習支援プラットフォーム『高知家まなびばこ』に、学習eポータルの機能を搭載することにしたのです」

「高知家まなびばこ」で授業動画などのデジタル教材を利用するため、同県はすでに、県内すべての公立小中学校・高等学校と特別支援学校のすべての子どもと教員にアカウントを付与済みだ。独自の学習eポータルの開発が完了すれば、この「高知家まなびばこ」にログインするだけで、MEXCBTもデジタル教材も活用できるようになる。IDやパスワードも一本化され、学校でのアカウント管理の手間が大きく軽減されるというわけだ。

武市正人(たけち・まさと)
高知県教育委員会事務局 教育政策課
(写真:本人提供)

もちろんメリットはそれだけではない。MEXCBTやデジタルドリルのデータと、「高知家まなびばこ」での学習や生活・指導のログ、そのほかの外部ツールや県作成ツールもすべてが一元管理され、データの連携が可能になる。個人のデータを一覧表示するダッシュボード機能で、学びの状況がツールを横断して把握できるようにもなるのだ。さまざまなツールの使い分けについて、武市氏は次のように語る。

「デジタルドリルなどの教材は、理解度を上げるための『普段の練習』。MEXCBTのテストはどれだけ力がついたかを測る『練習試合』のようなイメージを想定しています。これらのデータを連携することで、結果の分析もしやすくなります」

教員にとっては、個々の成績だけでなく、学年全体の成績との比較も容易になる。理解に差が出やすい単元は何なのか、どの部分でどの子どもがつまずいているのかなどもつかみやすくなる。さらに子どもにとっては、ダッシュボードによって自分の理解状況を把握することができる。両者にとってのこうしたメリットが、新学習指導要領で求められる「個別最適な学び」の実現にもつながると武市氏は考えている。

県を挙げた取り組みで、全県統一の校務支援システムも

「将来的には保護者や研究機関等と共有して活用することも可能だと思いますが、情報の取り扱いには細心の注意が必要です。ダッシュボードも何年生から閲覧できるようにするか、外部への共有に当たって、保護者や子ども本人の意思確認をどうするかなど。決して情報漏洩を起こさないセキュリティーの構築は大前提です」

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既存のプラットフォームを活用したデータ連携のイメージ
(図:高知県教育委員会事務局提供)

個々の発達の段階に合わせた開示対応の繊細さ、難しさをすでに感じているという武市氏。その難しさは、プラットフォームと学習eポータルに蓄積されるビッグデータが、それだけ有用で価値の高い情報であることの証左だ。例えば子どもを塾に入れる際、理解度の共有のためにダッシュボードなどを塾に見せたいと考える保護者もいるだろう。このときには、情報の権利は誰にあるのかという発想が重要になる。また、入試や就職活動の選考に当たっては、従来も個人の学力は開示されてきたが、今後はそれ以外のさまざまな履歴も記録されていくことになる。本来不要なデータが先方に渡り、子どもの不利になることは決してあってはいけないとも武市氏は言う。

民間事業者4社がすでに展開する学習eポータルでも、各種ツールとの連携やダッシュボードなど、主要な機能は同じように使える。だが高知県では扱う情報の機密性、機能の変更や有料化などの懸念を考慮すると、なるべくダイレクトに情報を管理することが望ましいと考えた。オリジナルでシステムを開発するからこそ、新機能や細かなアップデート対応にも小回りが利くはずだ。

このプロジェクトにはもう1つ、高知県らしさが表れている点がある。同じ都道府県内でも、自治体や学校によって異なる校務支援システムや業務方法を導入しているケースは非常に多い。教員が異動先で別のシステムへの対応を求められたり、子どもが転校した際の引き継ぎに手間取ったりと、システムの断絶によるデメリットは文科省によっても指摘されてきた。だが高知県は、すでに全県で同一の校務支援システムを使用しているという。実はこれが、今回の独自開発プロジェクトにも大きなアドバンテージとなった。武市氏はこうした県の現状について次のように語る。

「そもそも高知県では、校務支援システムの導入があまり進んでいなかったという実情がありました。それ自体はいいことではないのですが、だからこそ足並みをそろえて、県と市町村で統一した同じシステムを導入することができたのです」

既存のこの体制に学習eポータルの運用を加えることで、市町村立の小中学校から県立の高校に進学した子どもの学習データや履歴もスムーズに移行することができるようになる。公立高校の生徒の場合は、進学するか就職するか、本人の希望に沿った情報をダッシュボードに表示したいとも考えているそうだ。武市氏は「市町村ごとに異なる財政状況が、子どもたちの学びに差を生むことがあってはなりません」と語る。全国自治体初となった独自の学習eポータル開発についても、「高知県はこうした教育への取り組みを全県域でやろうという意識が強いと思います。その機運が、今回の独自プロジェクトを導いたのではないでしょうか」と続けた。

「根拠」の蓄積が教員の行動を変え、職場環境を変える

武市氏はさらに、このプロジェクトが教員の働き方改革にもつながると期待している。労働時間短縮や負担軽減の必要性が叫ばれているが、改善がなかなか進まない一因として、教員自身が変化を好まないということも指摘されている。これは全国的な課題だが、武市氏はこの状況を打破するためには「根拠」が重要だと考えている。

「独自の学習eポータルの開発でさまざまな情報の活用が容易になれば、教員に対しても、根拠がはっきりしたデータがより多く示せるようになります。そうすることによって現場のルールも徐々に変えていけるはずですし、ダッシュボードなどでデータが可視化されることは、教員自身が行動を変えるための根拠にもなると思います」

教員にとって働きやすい職場づくりに取り組むことで、武市氏が期待していることがもう1つある。それは高知県の教員採用市場の活性化だ。教員数の不足は全国的に取り沙汰されており、高知県においても採用は厳しい状況だという。

「優秀な人材を採用するためにも、職場の環境改善は欠かせません。ダッシュボードや校務支援システムも一元化した体制は、高知県全域の教員の負担を大きく減らすでしょう」

ニュースリリースを出し、独自施策を広く知らせたことのもう1つの狙いもここにある。「これから教員を目指す人に、高知県を選んでもらうための判断材料の1つになれば」と武市氏はほほ笑む。その言葉から、戦略をもって教育現場の改革を進める、高知県の積極的な姿勢が伝わってきた。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:kazukiatuko/PIXTA)