新型コロナ以前から約1600科目でオンデマンド型授業を実施

「学生・教員の混乱は予想されたものの、本学にはオンライン授業の知見と経験が十分蓄積されており、それに対処する支援策を早くから打ち出せました」

森田裕介(もりた・ゆうすけ)
早稲田大学 大学総合研究センター副所長
人間科学学術院 教授

こう話すのは、早稲田大学の大学総合研究センター副所長で人間科学学術院教授の森田裕介氏だ。新型コロナウイルスの感染が広がり始めた2020年春、早稲田大学は授業開始を延期して、5月から全面オンライン授業(オンデマンド授業・同時双方向型授業)をスタートさせた。

だが実は、早稲田大学では19年度の段階、つまり新型コロナ以前にすでに約1600科目のオンデマンド型授業を実施しており、延べ8万7000人以上が学んでいた。その土台を築いたのは、教育工学の分野で進めてきたオンライン授業の研究成果と、すべてのカリキュラムをeラーニングで行う日本初の通信教育課程「人間科学部eスクール」を03年度に開設したことで積み上げた実績だ。そのためコロナ禍におけるオンライン授業への対応も、教育工学を専門とする森田氏らが中心となって全学の教員の授業支援を行ってきた。

「20年3月に、新年度からの授業は100%オンラインにすると決めましたが、その時点でオンライン授業のマニュアルが存在しており、早々に教員へ配布することができました」

マニュアルに掲載されている内容も、機器類の設定・接続といった技術的解説にとどまらず、実際に役立つヒントが豊富に掲載されている。

例えば「オンライン授業での集中力は6分がピークで、9分を超えると動画を見なくなるという研究結果があるので、動画コンテンツは5〜15分くらいに区切って配信したほうがいい」「最初に教員が顔を出して語りかけると学生たちも安心し、授業に積極的に参加するエンゲージメントが高まる」など、20年近くにわたって蓄積してきた、よりよい授業を行うためのノウハウにあふれている。

教職員に対してITツールの技術的支援とオンライン授業の運営支援を行うCTLT

20年4月には大学総合研究センターが、教職員に対してITツール利活用などの技術的支援とオンライン授業の運営支援をワンストップで提供するサービス拠点「CTLT(Center for Teaching, Learning and Technology)」を開設。動画撮影方法やスライドの作り方といった技術的なこと、授業デザインや成績評価の仕方など教育・教授法(Pedagogy)に関わることを支援するために、オンラインセミナーを4回実施したところ、延べ3317人が参加したという。

「セミナーのほかに個別相談を実施しており、20年4月の相談件数は約1300件、5月は約6300件もありました。教務部と連携しながら全学の大学教員の支援を行うCTLT拠点のスタッフに加えて、全学的な学生支援サービス拠点『早稲田ポータルオフィス』や、近接部門の職員の力も借りて相談を受け付け、全科目でオンライン授業のスタートが切れました。現在もCTLTセミナーをはじめ、大小さまざまなセミナーを月1〜2回開催、すべてコンテンツ化してラーニング・マネジメント・システム(LMS)にアーカイブしています」

総額7.5億円をかけ、対面授業復活のために教室設備を改良

こうして始まった20年度春学期の授業を、学生たちは好意的に受け止めた。

春学期終了後、全学生を対象に行ったアンケート調査(回答数1万5093件、回答率31.4%)の結果では、92.2%が有益なオンライン授業があったと回答。有益あるいは不満と回答があった授業を分析したところ、課題に対するフィードバックがある、授業の進め方に学生の意見が反映されるといった点が学生にとって重要だということが示唆された。

また、オンライン授業のよい点として「自宅で学習できる」「自分のペースで学習できる」「通学時間を学習に有効活用できる」「復習に取り組みやすい」などを挙げる一方、改善点としては「課題が多い」「身体的な疲れを感じる」「友達と一緒に学べず孤立感を感じる」などが指摘された。

大学側としても、春学期を通じて対面で教育を行う意義と、オンライン授業の効果を再認識したことから、秋学期以降は少人数のゼミ、実験・実習などは対面授業を再開、100人以上が履修する講義形式の授業は引き続きオンラインで行うことを決定した。

対面授業再開に当たっては、感染リスクを抑えるために総額7億5000万円をかけて教室の空調設備を刷新、出席者数も各教室の定員の半分とした。さらに、対面とオンラインで同時に授業を行うハイフレックス型授業に対応するために、収容規模50人以上の教室にカメラ、パソコン、ハウリング対策を施した音響機器といった配信設備を導入。対象となる600教室のうち、すでに半数は整備済みだ。

「結果的にオンライン授業と対面授業の比率は3対7になりました。これは学生が望む感染症リスクがなくなった場合の授業実施割合とも合致しています。また、大学設置基準に定められた卒業要件に関わるオンライン授業の単位規制(原則上限60単位)を考えると、現状ではこの比率が妥当だと考えます」

ただ、対面7割といっても、実質はオンラインを併用した「ハイブリッド型」だ。これには主に3つのパターンがある。1つは「ハイフレックス型」で、学生が対面とオンラインのどちらで受講するかを選べるもの。もう1つは対面とオンラインを組み合わせる「ブレンド型」。そして、実験・実習などクラス全員の出席が望ましいが、教室の人数制限をしたい場合に、同じ回に異なる内容の授業を対面とオンラインで行い、学生を振り分け受講させる「分散型」だ。

TPACKの観点で教員を支援し、誰一人取り残さない教育を実現

早稲田大学が積極的に推進しているのは、ハイフレックス型とブレンド型だ。

ハイフレックス型であれば、日本への入国を果たせなかった留学生が日本人学生と一緒に授業を受けられる。対面授業中にリアルタイムで海外の学生とコミュニケーションができるので、語学の授業はもちろん、専門分野についてディスカッションやディベートをして語学力を磨けるメリットもある。

早稲田大学ではハイフレックス型とブレンド型の授業を積極的に推進している

一方、ブレンド型授業では、事前に用意されたオンデマンド授業コンテンツで予習し、対面授業で対話型、問題発見・解決型のアクティブラーニングを行う。近年よく知られるようになった「反転授業」もブレンド型授業の1つの形態である。

「あらかじめ知識が身に付いた状態で対面授業に臨むので、グループワーク、討論、発表などに授業時間を充てることができますし、学修効果が高いという研究成果も多数報告されています。どのように授業をデザインするかは各教員に委ねられており、今後は教育効果の高いよりよい授業を行うための支援をCTLTで継続、強化していきます」

そのポイントとなるのが「TPACK(Technological Pedagogical Content Knowledge)」だ。授業を行う際に必要なデジタルツールを扱うための「テクノロジーに関する知識」、どのようにすれば効果的な授業をデザインできるかという「教え方に関する知識」、そして「教える内容に関する知識」を、教員は総合的に修得する必要がある。

コロナ禍の2年間で、教員はオンライン授業の技術的知識を身に付けてきたが、そのレベルにはばらつきがある。教え方にしても、オンライン授業における成績評価方法や学生が積極的に参加するための工夫など、旧来の対面授業にはなかった教育・教授法が求められる。

教える内容については、それぞれの教員が専門領域に関する知識を十分持ち合わせているが、オンライン上にあるオープン・エデュケーション・リソース(OER)を活用することで、教員自身がコンテンツづくりの負担を軽減しつつ効果的な授業デザインが可能になる。こうしたTPACKの観点からの支援を組織的に、教員一人ひとりに届けるのが、CTLTの目下の目標だ。

テクノロジーの導入を4段階で示す「SAMRモデル」でいえば、同大の教員は教室での授業をオンラインに「Substitution(代替)」する段階をクリア。現在は、板書をプレゼンテーション用スライドにするといった工夫やOERの活用を試みる「Augmentation(増強)」、あるいはブレンディッドラーニングの授業デザイン、LMSに蓄積されている学修履歴データを用いた個別最適化された指導を行う「Modification(変容)」に、教員がそれぞれのデジタルリテラシーに応じて取り組んでいる。

今後は、さらに仮想学習環境や拡張現実など、新しいテクノロジーを活用したコンテンツの開発・導入といった学修環境のあり方を「Redefinition(再定義)」する段階に突入していく。学生も教員も誰一人取り残さない教育を実現するためにも、こうした教育DXを全学で推進していくことは、同大にとって絶対的使命だ。

「本学は13年1月に、2032年を見据えた『Waseda Vision 150』を発表、『ネットワークを活用した遠隔・オンデマンド授業環境の整備』や『対話型、問題発見・課題解決型授業への移行』という姿を描いています。効果的な教授方法やテクノロジーの活用を実践していくための研究知見を集積し、適切かつ効果的な授業を実践していただけるよう、全学の先生方を支援していきたい」と森田氏は意欲を見せている。

もはやどの大学においてもDX推進は待ったなしだが、その中でどんな教育を提供していくのかは今後よりいっそう重要になる。新しいテクノロジーの活用や効果的な教授法を身に付けなければ、取り残される教員も出てくるだろう。原則上限60単位というオンライン授業の単位規制が緩和されれば、キャンパスライフが一変する可能性もある。ここにしかない学びをどう構築していくのか、大学の真価が問われる。

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(文:田中弘美、写真:すべて早稲田大学提供)