デジタル・シティズンシップ教育の根底に流れる“多様性”に共感

旧来より学校教育において実施している情報モラル教育は抑制的な意味合いが強いのに対し、デジタル・シティズンシップ教育では、ICTをよりよく積極的に使っていくというポジティブな意味合いが強い。

全国の公立の小・中学校で1人1台端末が導入され、文字どおり「教育のデジタル元年」と位置づけられた2021年。大阪府吹田市では、デジタル・シティズンシップ教育を「吹田市ICT教育グランドデザイン」の基盤とし、新しい学びを支える土台として推進していくこととした。

草場敦子(くさば・あつこ)
吹田市立教育センター所長
小学校教諭、教頭、校長を経て2019年度より現職
(写真:吹田市立教育センター提供)

「吹田市では、『ともに学び、ともに育つ』教育を理念に掲げ、多様性を尊重する人権教育に力を入れてきました。子どもたちがお互いに共感力を働かせ、このたびのGIGAスクール構想の実現により、子どもたちが1人1台端末を学校教育で活用するうえで、多様性を意識し、ICTのよき使い手になるためのデジタル・シティズンシップ教育を吹田市でも進めることに決めました」と、吹田市立教育センター所長の草場敦子氏は言う。

そこで吹田市では、日本におけるデジタル・シティズンシップ教育の第一人者である国際大学グローバル・コミュニケーションセンター(GLOCOM)准教授の豊福晋平氏、鳥取県情報モラルエデュケーターの今度珠美氏から年間指導計画、教材および保護者向け動画の作成などに対して、助言と協力を得ながら取り組んだ。

デジタル・シティズンシップ教育の実践を通して必要な力の育成を

福井将人(ふくい・まさと)
吹田市立教育センター所長代理
小学校教諭、市教育委員会指導主事、小学校教頭を経て2020年度より現職
(写真:吹田市立教育センター提供)

「20年度に、デジタル・シティズンシップ教育の動画を市内の全小・中学校の教職員全員で視聴する機会を設け、研修を行いました。それらを踏まえ、21年度から、市内の全小・中学校でデジタル・シティズンシップ教育の実践をスタートしました」と言うのは、デジタル・シティズンシップ教育指導計画立案などに携わる吹田市立教育センター所長代理の福井将人氏。

「授業では、アメリカ・ハーバード大学大学院の研究機関が研究・開発した動画教材『コモン・センス・エデュケーション』を活用しています。この動画教材は子ども自身に考えさせる内容となっており、子どもたち一人ひとりが、デジタル空間において起こりうる課題を、仲間との対話を通して自分なりの納得解を見つけ出すという流れの授業において活用しています」

動画教材「コモン・センス・エデュケーション」は、ネットいじめやヘイトスピーチにどう対応すべきか、オンラインニュースとどう付き合うかなど、子ども自身に考えさせる内容の動画である。対象学年に沿って作成されており、「デジタル足跡とアイデンティティー」「プライバシーのセキュリティー」「メディアバランスとウェルビーイング」「対人関係とコミュニケーション」「ニュースとメディアリテラシー」「いじめ・もめ事・ヘイトスピーチ」の6つの領域を学ぶことができる。

「デジタル・シティズンシップ教育では、『責任を持って積極的にICTを活用する』『デジタル空間を公共の場と捉える』『立ち止まって考える』を3本柱とし、6領域で示されている力を義務教育9年間で身に付けていきます」

こう語る福井氏に、草場氏も続く。

「これまで子どもたちが接してきたデジタル機器やその環境は、家庭によりさまざまでしたが、1人1台端末が導入され、公教育において子どもたちのICTによる学びが保障されました。だからこそ、学校教育の一環として、現実社会でも、インターネットの世界という仮想空間でも、よりよい社会の実現のために周りの人と積極的に関わろうとする市民性(=シティズンシップ)を育んでいくことがとても大切であると考えています」

「インターネットは人を幸せにできるのか」について対話

市独自のデジタル・シティズンシップ教育により、子どもたちにどのような成長が見られたのだろうか。

デジタル・シティズンシップ教育の研究推進校である吹田市立北山田小学校では、6年生の児童が1年間の学びを振り返り、「デジタルストーリーテリング」を実践。デジタル・シティズンシップ教育で学んだことを自分の言葉で語り、動画に収めるという取り組みを行った。

デジタル・シティズンシップ教育の授業風景
(写真:吹田市立教育センター提供)

「Microsoft Teamsを使い、児童が2人ずつペアになり対話形式で発表してもらいました。『インターネットは人を幸せにできるのか』という問いに対し、『自分では傷つけていないと思っていても相手は傷つくかもしれないから、使い方をしっかり考えれば幸せにできると思う』『インターネットのやり取りでは相手の顔が見えないから、相手がどう感じているのかわからない』など、子どもたちの言葉から、ICTのよき使い手として成長していることを感じ取ることができました」(福井氏)

来年度は、「コモン・センス・エデュケーション」の教材に加え、経済産業省の「STEAMライブラリー」で紹介されている動画教材も取り入れつつ今年度と同様の授業時間を確保し、小・中学校の9年間で、デジタル・シティズンシップ教育の6つの領域を網羅していけるようプランを立てているという。

保護者も動画教材を見て子どもと一緒に学ぶ

デジタル・シティズンシップ教育の推進をさらに後押しするのが、保護者や家庭との連携だろう。

吹田市では、授業で使うワークシートの最後に授業で視聴した動画教材のQRコードを掲載。保護者は家庭でQRコードを読み取り、子どもと一緒に動画を視聴し家庭で話し合う機会を設け、シートに感想を記入し担任に提出する。

「保護者の方に、子どもたちが学校でどのような学びを行っているのかを知っていただくことはとても大切です。自宅で一緒に動画を視聴して対話を深めることで、保護者の方にも、デジタル・シティズンシップ教育を理解していただくよい機会となっています」(福井氏)

さらに、吹田市立教育センターのホームページでは、豊福晋平氏による市民向けのYouTube動画「1人1台端末時代だからこそ必要な学び デジタル・シティズンシップ教育」を配信。市を挙げてデジタル・シティズンシップ教育に取り組む姿勢が伝わってくる。

「ICT教育やデジタル・シティズンシップ教育といった新しい教育を学校の中だけで完結させてしまうと、保護者や地域の方々にとって、教育の場が“別世界”になってしまう可能性があります」と、草場氏は言う。

「だからこそ、教育の現場から、さまざまな最新情報をあらゆる手段で小まめに発信していくことが必要だと思っています。知りたいことをすぐに調べることができたり、画像を加工したりなど、デジタルネイティブの子どもたちにとって便利で楽しいICT端末ですが、“よき使い手”に育てていくためには、自分をコントロールする自己調整力は欠かせません。デジタル・シティズンシップ教育には、多様性への理解をはじめ、義務教育の中で培うべき資質・能力の育成も、期待することができます。

現実空間と仮想空間がわかりにくくなる中、ウェルビーイングの視点で子ども自身が自分の“生き方”についても主体的に考えられるよう、学校、保護者、地域が連携した取り組みを今後も引き続き進めていきたいと思います」

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:ふじよ / PIXTA)