17歳以下の小・中・高校生が対象、最大50万円の資金援助も

経済産業省所管の独立行政法人情報処理推進機構(IPA)では、IT分野において突出した能力を持つ人材を発掘、育成するため、2000年度から未踏事業を行っている。

「未踏は25歳未満を対象にしています。年齢に下限はありませんが、どうしても大学生以上が多くなりがちです。大学生や大学院生には大学の研究室があり、自分のアイデアを膨らませたり、考え方や方法を教わる機会があります。しかし、そういう機会が小・中・高校生にはなかなかなく、もっと環境が整えば伸びる子はたくさんいると考え、未踏ジュニアを始めました」

こう話すのは、自身も未踏事業の卒業生であり、現在は未踏ジュニアの代表を務める鵜飼佑氏だ。未踏ジュニアは、独創的アイデアと卓越した技術を持つクリエーターを育成するプログラムを16年から行っている。

鵜飼 佑(うかい・ゆう)
未踏ジュニア 代表
東京大学大学院にて水中ロボットを用いた水泳支援システムの研究開発を行い、2011年度IPA未踏事業スーパークリエータに認定される。16年に、一般社団法人未踏にて未踏ジュニアを代表として立ち上げ、現在まで業務外で運営を行う。本業では、MicrosoftのOfficeやMinecraft開発チームにて教育関連の製品のProgram Managerを務めた後、King's College LondonのComputing in Education専攻に留学。文部科学省にてプログラミング教育プロジェクトオフィサーとして主に小学校におけるプログラミング教育を推進した後、外資系IT企業にてアジア太平洋地域のコンピューターサイエンス教育をリードしている
(撮影:梅谷秀司)

プログラムの参加者は年に1度、17歳以下という条件で(下限はなし)、国籍や性別を問わずに公募している。個人に限らず、最大4人までという条件付きだがグループでの応募も可能だ。応募者は、開発してみたいソフトウェアやハードウェアを設定し、その開発計画を提出。それを未踏ジュニアのメンターが見て、書類選考と面接を行ったうえで採択するという流れだ。

採択されると、約5カ月間、担当のメンターと週に1度程度のミーティングを行って助言を受けながら自身の開発を進めることになる。最大50万円の資金援助が受けられるのも魅力の1つだ。現在は、コロナ禍のためオンラインになっているが、育成期間中には2度の合宿が行われ、最後に成果報告会が開かれるというのがプログラムの大まかな内容である。

未踏ジュニア卒業の実績を生かして、大学入試では都立大学や、慶応大学湘南藤沢キャンパス(SFC)、近畿大学の推薦枠に出願することもできる(SFCと近畿大は顕著な成果を残した参加者「スーパークリエータ」の認定が必要)。

ちなみに21年度は、14名の14プロジェクトが採択されている。プロジェクトの内容は「『植物が生きている』ことを直感的に感じるために、テクノロジーの力で『植物の機能』を拡張するプロジェクト」「VRコントローラーを筆とパレットのように使い、直感的に立体物が作れるアプリ」や「あらゆるデータを複数の周波数と振幅の合成波に変換し、空間と時間を活用した通信を提供するプロトコル」「全て3Dプリントされた四足歩行ロボット」など、バラエティーに富んでいるうえに、小・中・高校生が考えたものとはにわかに信じがたいような高度なものも多い。

2021年度の採択例。「植物が生きている」ことを直感的に感じるために、テクノロジーの力で「植物の機能」を拡張するプロジェクト「Cybotanic:サイボーグ化された植物」(左上)、あらゆるデータを複数の周波数と振幅の合成波に変換し、空間と時間を活用した通信を提供するプロトコル「TELPort/テルポート:音波による高速通信プロトコル及び、スピーカーとマイクを介した送受信アプリ」(左下)、VRコントローラーを筆とパレットのように使い、直感的に立体物が作れるアプリ「VRSandbox:誰でも簡単3Dモデリングツール」(右上)、モデルデータ、コードを共有することにより、比較的容易にロボット開発ができる「パゲット - 全て3Dプリントされた四足歩行ロボット」(右下)
(写真:未踏ジュニアホームページより)

21年度の応募数は123件。採択数は14件だったから、8.79倍の倍率であった。応募件数はこの4年ほど大きく変わっていないが、「クオリティーはめちゃくちゃ上がっている」と鵜飼氏は言う。

「当初、応募者は中学生と高校生が半数ずつくらいでしたが、徐々に高校生の応募が増え、今は8割を占めることもあります。未踏ジュニアを卒業して総合型選抜で大学を受験する人に対しては推薦状を書くこともありますが、未踏ジュニアの活動で推薦枠を設けている大学があることなどが広く知られるようになってきた影響もあると思われます。ただ私たちとしては、年齢にこだわりはなく、小学生が応募してきて採択されたこともあります」

メンターごとに異なる採択基準

未踏ジュニアは、小・中・高校生のクリエーターを育成するのが目的であることから、すでに応募者の大半がプログラミングのスキルを身に付けているという。しかし、プログラミングができることは応募の条件にはなく、プログラミングのスキルを身に付けていない応募者が採択されたケースも過去にはある。

鵜飼氏は、「テクノロジーを使って何かを開発したいという提案で応募するのですから、基本的にはプログラミングスキルが必要」としつつも、採択のタイミングでは、プログラミングができなくても構わない場合もあると考える。

「小・中学校でプログラミングが必修になったこともあり、プログラミングの基礎を教えられる人、プログラミングができる人は増えました。しかし、それを使って面白いものをつくり出すスキルはなかなか教えられないし、教えられる人も少ない。プログラミングスキルと、人々が必要なもの、新しい価値のあるものをつくり出すスキルは別物なんです。だから今は、もう次の段階、プログラミングスキルを使って面白いものをつくることのできる人を育てるべきだと考えたことも、未踏ジュニアの取り組みを始めた動機の1つです」

クリエーターの育成期間中に行われる合宿の様子(2018年)。現在はコロナ禍のためオンラインで開催されている(写真:未踏ジュニア提供)

ではメンターは、応募者や開発内容のどんなところを見て採択しているのか。最も気になるところだが、あまり明確な基準はないようだ。12人いるメンターが、それぞれ面接を行って「この人を応援したい」と思った応募者を採択する仕組みにしている。全員がいいと思ったものはよくない、というのはよくあることで、各メンターがいいと思った、とがった人を採択すべきという考えがそこにはある。

「私自身もメンターで、カッティングエッジ(最先端)なテクノロジーを使って何かをつくっている人を応援したいと考えていますが、『今までにない面白いものを実装するプロジェクト』や『まずは自分の周りにいる3人を面白がらせ、楽しませるような提案』というように、採択する際に重視する点はメンターによって異なります」

そもそもメンター全員がボランティアで、各自が仕事などを持っている。基本的には1人のメンターが1件だけ採択するのが基本だが、クオリティーが上がっているため『この人を落とすのはもったいない』と悩むことが多くなっているという。そこで最近は、1人のメンターが複数の応募者を採択することも珍しくなくなっている。

IT分野の人材育成が遅れる日本、企業との連携をもっと進めるべき

鵜飼氏は、これまでマイクロソフトなど多くのキャリアを外資系企業で築いてきた。海外に留学した経験も、海外で仕事をした経験もある。コンピューターサイエンスを学び、文部科学省で働き、現在は外資系大手IT企業に籍を置きながら経産省の「デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会」の委員も務めている。そうした自らの経験や知見を踏まえて、日本の課題についてこう指摘する。

「プログラミングが必修化されたり、大学入学共通テストに情報が新しい教科として入ることが決まったのはいいことだと思います。しかし、日本はまだIT分野の人材育成が遅れています。企業やエンジニアには、プログラミング部などの中学校や高校のIT系部活動にもっと関わってほしいと思いますし、そうしなければスキルがあるのに埋もれている子どもたちを引き上げることはできないと思います」

学校教育の充実は大事だが、それだけでは足りないということだろう。とくに日本では、吹きこぼれといわれるような子どもたちの突出した才能や個性を伸ばす教育が十分ではない。一方、企業との連携もなかなか進まない。プログラミングコンテストのような才能を発掘しようという催しはたくさんあるが、未踏ジュニアのように伸ばして育てようという育成までを手がけるプログラムはわずかしかないなど課題は多くある。

「日本は同調圧力がすごいので、ほかの子とちょっと違う子ははじき出されがちです。そういう子どもたち自身も、周りの子と興味や関心のレベルが合わないと面白くなくなってしまう。いろいろな価値観を持つ子ども、さまざまなスキルを持つ子どもたちが、もっと生きやすいようにしていく必要があると考えています」

今やどんな学問、研究、ビジネスであっても、ITの力を借りなければほとんど成り立たないのが実情だろう。ならば、ITを活用して新しい価値やモノを創造できる人材を育てることは、極めて重要な社会課題といえる。

鵜飼氏によれば、未踏ジュニアのような取り組みは海外でもあまり聞かないという。そんな世界的にもあまり例のない新しい取り組みが、この日本で動いていることに、一縷(いちる)の希望を託したくなる。

(文:崎谷武彦、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)