「システムづくり」により教員の意識改革を実現

2018年7月からセルラー型iPad mini(以下、iPad)約500台を全学年に一斉導入し、1人1台のタブレット環境でのICT教育をスタートさせた、さとえ学園小学校。

このプロジェクトのリーダー的存在である山中昭岳氏は、公立小、国立小、私立小勤務を経て16年、同校に着任した。

「本校の児童は全員が中学受験を目指すこともあり、ICTを活用した『アダプティブラーニング』の実現が必要不可欠でした。着任後、1人1台端末の導入に向け校内でICT専門部会を立ち上げたのですが、もともと公立小教員だったこともあり、『“私立だからできる”のではなく、予算や運用面を含め日本の教育機関が当たり前に実現できるようなICT環境、公立校のモデルになるようなICT環境をつくろう』をビジョンに掲げました」

山中昭岳(やまなか・あきたか)
学校法人佐藤栄学園 さとえ学園小学校 科長補佐 カリキュラムマネージャー
1996年から教員になり、初任校・和歌山県新宮市(旧熊野川町)立熊野川小学校では、大自然の中、泥遊びや川遊びなど五感を用いた原体験教育を行う。その後、和歌山大学教育学部附属小学校、関西大学初等部勤務を経て2016年よりさとえ学園小学校教諭に。ICT教育、自然の中での体験型教育に力を注ぐ。20年より文部科学省のICT活用教育アドバイザーも務め、全国の学校や教育委員会などで講演・研修も行う。為田裕行著『一人1台のルール』(さくら社/制作協力:さとえ学園小学校)では、同校のレベルアップ型ルールやICT活用の取り組みが詳しく紹介されている
(撮影:風間仁一郎)

山中氏が最初に行ったのは、教職員によるICT専門部会のメンバー編成と、コミュニケーションツールの導入だ。

「ICT専門部会のメンバーは8名で構成しました。私も公立校時代に経験があるのですが、多くの公立小では、ICT担当教員は1、2名で負担が大きいものです。チームとして“ゼロイチ”を実現するためには、少人数よりもある程度の人数が必要であると考えました。メンバー構成については『ICTに長けている』というよりは、『コミュニケーション能力が高い』『反対意見をしっかり述べてくれる』などに加え、ベテランの先生で『ICTを使わなくても充実した授業ができる』というような、当時はICTに懐疑的だった先生にも入っていただくなど“多様性”を重視しました」

教職員全員の情報共有ツールとして「Slack」を導入。業務に加えささいな日常会話なども共有することで心理的な安心感を保ちながら、端末やシステムの検討、職員研修など、準備を進めていったという。

「周りの先生たちに『自ら意識を改革して進めてください』と、ただ声をかけるのではなく、教職員がつねに端末を使う機会をつくり、全員で同じ情報を共有しながらいつでも誰にでも聞けるシステムをつくることで意識を改革し、“チーム”として動き出すことができました」

「iPadは賢くなるための道具だ!」

「ICT教育を推進するためには、1人1台端末導入の具体的なビジョンを学校や地域などで明確化することが大切です」と言う山中氏。

「当校の場合は、『学力向上』をビジョンに掲げています。子どもたちが毎日何らかの形で端末に触れる機会をつくり、ICTを、中学受験に向けた学力と情報活用能力を育むツールとして捉えています」

1人1台の導入を前に、子どもたちがiPadをどのように位置づけ、どのように活用していくかを自分たちで考える機会を設けたという同校。児童会のメンバーが話し合い、iPad活用のスローガンを定めたという。

「『iPadは賢くなるための道具だ!』というものです。これを基に、クラス代表委員会でiPadを活用するときのルールを設定するなど、子どもたちが中心となり、iPadとの上手な向き合い方についての話し合いを重ねていきました。

子どもたちを信じ、iPadを使うとき、賢くなるためなのか、そうでないのかを自ら判断して活用させるようにすること、失敗を重ねながらも自分の学習方法をよりよくする方法を見つけること、自分だけでなく、友達のため、学校のために役立つ方法を見つけることを目指しました」

スキルとモラルを向上させる「さとえ式レベルアップ型ルール」

18年7月、全学年一斉に「1人1台」がスタート。導入直後こそスムーズだったものの、程なくしてトラブルが発生する。

「子どもたちがiPadで勝手にゲームを始めるなど、“遊び道具”として使われるケースが続出したのです。想定内ではありましたが、真の意味でiPadを活用していくためには子どもたちにICTのスキルとモラルを学んでもらい、時には誘惑に負けながらも自分をコントロールする力を育んでいく取り組みが必要だと考えました」

そこで策定されたのが、19年4月からスタートした同校独自の「さとえ式レベルアップ型ルール」である。

「ゴールド」から「ブルー」「グリーン」「イエロー」「レッド」まで5段階のレベルが存在し、児童1人ひとりのICTの「スキル」と「モラル」に応じて上下する仕組みだ。レベルの違いはiPadの画面の壁紙の色で表現し、誰もが一目でその子のレベルがわかるようになっている。

「ルール策定においては、『○○をしてはいけない』という“禁止型”ではなく、デジタルシティズンシップを取り入れつつ、『iPadを自分の思考や表現のツールとしてできることを増やしていくためには、どんなスキルやモラルを持っていればよいのか』を基本概念に、それぞれのレベルを設定しました」

最初はみんな「グリーン」からスタートし、レベルアップしていくごとに、iPadで使える機能や学校の中でできることが増えていくように設定されている。スキルアップテストはオンラインで定期的に行い、合格した児童には「壁紙贈呈式」で新たな壁紙が贈られる。21年12月の時点で、全校児童のレベルは「ブルー」が62%、「グリーン」が34%、最もできることの自由度が高い「ゴールド」は4%だという。

「賢くなるため」の活用ができていなければ、随時レベルダウンとなる。「イエロー」と「レッド」の児童には時間制限がかけられ、授業で使うアプリの閲覧、使用のみになる。

「レベルアップ型ルールにより、周りの友達や上級生の様子を見ながら『早くブルーに上がりたい』『グリーンにレベルダウンしないように頑張ろう』など子どもたちのモチベーションが上がってピアプレッシャー(仲間からの圧力)が適度に働き、プラスの効果をもたらすことができたと思います」

iPadスキルアップテストの様子

保護者向けのICT研修会も開催

GIGA推進をさらに後押しするのが、保護者や家庭との連携だろう。

同校では、1人1台端末導入の前に全体保護者会を開催し、「iPadは賢くなるための道具」を合言葉に、導入の目的や保護者の理解・サポートの必要性について周知した。

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ワークシート。赤字は記入例

導入初日は「親子ワークショップ」を行い、iPadの初期設定や家庭でのiPadとの付き合い方について説明し、親子で話し合いながらワークシートへの記載をお願いしたという。ワークシートはコピーし、リビングなど目に留まるところに貼り、家庭でもつねに意識できるよう促した。

「教職員だけでなく保護者全員が同じ情報を共有できるよう、全学年の学校行事の動画や校長先生のあいさつ、学年便りなどが閲覧できるポータルサイト『さとえチャンネル』に加え、『iPadの操作の仕方がわからない』など保護者からの質問や悩みにオンラインで対応する保護者用ポータルサイト『さとえ学園Help Desk』の設置・運営も行っています。保護者から受けた質問とその解決法もすべてサイト内でオープンにし、共有することで、不安の解消につなげています」

学校で使用している主なアプリ(児童の学習アプリは「スタディサプリ」「Qubena」「モノグサ」など、教職員と児童で共有しているアプリは「Google」「Evernote」「Trello」など)の説明や保護者のスキルアップを目的に、保護者向けの「ICT研修会」も年に3〜4回開催。

「保護者の皆さんも、とても頑張ってくださっています。今まで『デジタルは苦手です』と尻込みしていた方も、子どもたちの頑張りを目にしたり周りの保護者に触発されたりすることでスイッチが切り替わり、成長していく姿を目の当たりにし、子どもたちのみならず、保護者全体のレベルアップを実感しています」

「さとえ式レベルアップ型ルール」にも、保護者がチェックする項目を設け、家庭との連携が組み込まれている。ルール変更などの情報はサイト上に随時アップされており、保護者もいつでも共有することができるようになっている。

セブ島のネイティブの先生とつないで英会話(左上)、オンライン授業参観(左下)、自身の意見の根拠をタブレットで集める(右上)、記録ツールとしてタブレットを使用した授業(右下)

21年度から3年生以上は「CYOD」をスタート

「これまで教育界では、新しい教育を始める際、『完璧を目指してスタートする』という風潮が強かったと思います。しかし、先行き不透明な時代といわれる今だからこそ最初から完璧を求めず、まずは最低限できることからスタートし、先を想定しながら前に進み、改善すべき点が出てきたら素早く軌道修正していく“アジャイル”的な考え方が必要なのではないかと思います」という山中氏。

「さとえ式レベルアップ型ルール」で保護者と協働しながら子どもたちのICT活用のスキルとモラルの向上に取り組んできた同校は、次のステップとして、21年度より3年生以上は「CYOD」(Choose Your Own Device=学校から提示された端末・条件の中から自由に選んで使用すること)をスタートした。

3年生が考案したオンラインリアルタイム投票

最終的には、子どもたちが自らiPadを管理し、スキルアップやモラル面での自己コントロール力を身に付け「BYOD」(Bring Your Own Device=個人所有の端末を学校に持ち込んで活用すること)を目指していくという。

同校が目指す子どもたちの姿の実現に向け、ICT教育を牽引してきた山中氏。自身のICT教育のルーツは、初任校である和歌山県のへき地小規模校にあるという。

初任校である和歌山県のへき地小規模校にて。山中氏の五感を用いた原体験教育

「山と川の大自然に囲まれた公立小学校だったのですが、子どもたちが“田舎”にコンプレックスを抱いていたのです。ならば都会の小学校の子どもたちとつながり交流学習を行おうと。当時、町長はじめ教育委員会、町の方々の協力の下、コンピューター室に1人1台分のコンピューターを導入しました。1年生から学年に応じたテーマで、電子メールやテレビ会議システム、Webでのやり取りをしながら交流を深め、6年生の修学旅行で出会うというプロジェクトを通して、都会のよさを知りながらも自らの地域を再認識することができ、故郷を愛する心が子どもたちの中に芽生えました。この経験を通し、ICTは“やりたいことを達成するために必要不可欠なツール”であることを実感しました」

時代は変われども、ICTの神髄は変わらない。さとえ学園小学校が実現している学校づくりは、これから多くの学校が目指していく1つの形といえるだろう。

「子どもたちが1人1台端末を持つということは、新しい授業の創造への第一歩。新しいテクノロジーは、指導の個別化、学習の個性化など今までできなかったことをできるようにしてくれます。そのためには、まずはICTが空気のような存在にならなければなりません。とにかく『活用してみる』ことが大切です。ICTの活用は子どもたち、保護者、教職員をつなぎ、新しい可能性を見いだします。当校の取り組みを、多くの学校や教育関係者に参考にしていただきたいと思います」

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:さとえ学園小学校提供)