全員「情報Ⅱ」まで学ぶと「ジェンダーギャップの解消」に

――2022年度4月から新しい情報科の授業がスタートします。これまでの学びとどう異なるのか、ポイントをお聞かせください。

まず、従来の「社会と情報」と「情報の科学」を「情報Ⅰ」に集約した点が大きなポイントです。日本人の素養として、両方の領域について全員が学びましょうというわけです。目標は「問題の発見・解決」で、そのためのツールとして3つを扱うことになりました。

鹿野利春(かの・としはる)
京都精華大学メディア表現学部教授
石川県の公立高等学校、教育委員会を経て2015年に文部科学省の高等学校情報科担当の教科調査官を務める。これまで新学習指導要領「情報科」および解説の取りまとめ、「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」の教員研修用教材や「情報」実践事例集の取りまとめ、GIGAスクール構想、小学校のプログラミング、情報活用能力調査などに関わる。21年4月から現職。現在、文部科学省初等中等教育局視学委員(STEAM教育)、経済産業省「デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会」座長、国立研究開発法人情報通信研究機構主催「SecHack365」実行委員長、大阪芸術大学アートサイエンス学科客員教授も務める
(写真:本人提供)

1つ目は、「プログラミング」。小中学校では授業が始まっていますが、引き続き高校でも全員必須で学びます。

2つ目は、「情報デザイン」。これまではWebページやポスターを作成する際の工夫レベルの内容でしたが、今回からは例えば「情報を論理的に構造化したうえでWebサイトのデザインに入っていく」ことができるような、発展的かつ体系的な内容になりました。

そして3つ目が、「データの活用」。新学習指導要領では、数字をベースに物事を考える力の育成に重きが置かれています。そのため、小中高を通して統計教育が強化されているのですが、高校の新学習指導要領の解説には、「情報Ⅰ」と「数学Ⅰ」との連携が今まで以上に詳細かつ具体的に示されています。「情報Ⅰ」も「情報Ⅱ」も2単位しかないので、数学と連携することで相乗効果のある学びが期待できます。また、より発展的な内容となる選択科目「情報Ⅱ」には、「データサイエンス」が盛り込まれ、「数学B」と連携することになっています。

私の思いとしては、文理関係なく、高校で「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」を学び、さらに大学に進んでデータサイエンスをしっかり学んでいただけるといいな、と。全員が学ぶことで、ジェンダーギャップの解消にもつながると考えています。

中学で生じた「格差」は授業を変えればプラスにできる

――情報科担当の教員に求められるスキルや心構えについてお聞かせください。

5教科のように先生が優位な立場で生徒に教えるという、従来の形で情報科の授業をしてもうまくいきません。体育や音楽と同じで、高校生にもなれば絶対に先生よりできる子がいます。情報科はそういう状況にあるという認識と覚悟を持ち、授業への向き合い方を変えていただきたい。目的は、教えることではなく子どもたちの力を伸ばすことです。

だから、例えばプログラミングもできるに越したことはありませんが、「100%全部できなければ」と身構える必要はないのです。どんな環境やどんな形の教材を準備するべきか、どう学ばせるかといった授業設計や配慮を考えることが大事です。

(写真:iStock)

また、数学科との連携が重要になるので、まずは学校内で人間関係をつくっていただきたい。情報収集もしておくこと。情報科の教科書はもちろん、数学科の教科書も連携部分については見ておく。中高接続の観点から中学校の技術・家庭科の技術分野の教科書もチェックして、プログラミングや統計をどう教えているか理解しておいたほうがいい。可能なら、中学校の先生に話を聞いたり授業見学に行ったりできるといいですね。

学校は教育課程の詳細をこれから詰めていくはずです。「数学科と情報科ではこれをやり、総合的な探究の時間でしっかり活用する」といった教科間のタイムラインでの連携なども含めて全体構造の詳細を整えていただきたい。それをシラバスや「総合的な探究」実施マニュアルみたいなものに反映する必要もあるでしょうし、やるべきことはたくさんあります。

――小中学校ではプログラミングの授業が始まっていますが、自治体や学校によって進度や内容にばらつきが出てきそうです。高校ではそのあたりの格差にどう対応すればよいでしょうか。

ばらつきをどう捉えるかですね。先生が教えることが前提なら、それはマイナスになります。しかし、子どもたち同士が教え合う授業を想定するなら、プラスに働くでしょう。ばらつきが解消されるだけでなく、誰かに教えてあげて理解してもらう喜びは自己肯定感にもつながるのではないでしょうか。

文科省が打ち出している「主体的・対話的で深い学び」は、先生が一方的に教える授業を続けていたら絶対に実現できません。子どもたち同士で教え合う場をつくったり、何かに向けて頑張るような設計をしたり、どうしたら子どもたちは楽しいのかというところまで考えないと、「深い学び」には到達しないのではないでしょうか。情報科も、子どもたちの深い学びを考えるならば、授業スタイルは変えていくべきだと思います。

また、現在では無料のものも含めてWeb教材がたくさんあるので、個別最適に学べるツールも活用しながら格差を縮めていくことも可能です。教材に任せられる部分はあるはずで、先生が教えたほうがいい部分や子どもたちが教え合うほうがいい部分もある。今は、いろんなやり方をどう組み合わせればいいかを考える時期です。ロボットや外につなぐ機器などが必要な場合には、間に合うなら予算申請もやっておきたいですね。

――現状、高校の情報科の準備は進んでいますか。

都道府県によって若干の差はありますが、公立も私立も準備は進んでいます。私立の中高一貫校では、すでに情報科の指導が売りになっている学校も出てきています。

1人1台の端末準備も、自治体の予算で賄うところもあれば家庭で購入する自治体もあって方針はバラバラですが、22年度の高校1年生の大部分が自分の端末が持てるでしょう。4月以降、授業の好事例がどんどん出てくることを期待しています。

(写真:iStock)

一方、公立校の人材配置がうまくいっていない印象はあります。ただ、情報科の免許を持っている人の数は、47都道府県のうち45の自治体で足りています。現在、情報科のみを教える専任教員は約2割、ほかの教科との兼任教員が約5割、情報科の免許を持っていないけれど教えている教員が約3割いますが、この3割は人材配置をしっかりやれば解消できるはず。人材が足りていない自治体についても、文科省から1人の教員が複数の学校を回るための手引きなども出ているので対応は可能なはずです。

2025年度から大学入学共通テストに「情報」が入ってきます。詳細は決まっていませんが、高校が「詳細がわからないからやらない」という姿勢では、生徒が不利になってしまいます。入試で扱うとなれば保護者も黙っていないでしょうし、今後学校の対応は進むと思います。

新しい授業づくりには「やめる勇気」が必要だ

――GIGAスクール構想の現状をどうご覧になっていますか。

全国一律で1人1台の情報端末が入ったのはいいこと。ただ、ICT活用の度合いは、自治体ごとに差が出ているようです。文科省としては「クラウド・バイ・デフォルト」を原則としているのですが、そこまで到達していません。

情報端末を十分に活用できている学校も多くないと思います。でも、それは仕方ない。カメラの撮影機能など単機能から使い始めて、だんだんクラウド共有などにステップアップしていけば、しだいに自治体ごとの差は埋まっていくと思います。

そのためにも今、早急に対応しなければいけないのは、学校におけるインターネットの接続速度の改善。ここは間違いなく自治体の仕事です。

――新たな教育を受けた子どもたちが社会人になると、どのようなインパクトがあると思いますか。

プログラミングがいかに大変か、それによって何ができるかなどについて、みんながわかるようになります。だから例えば、会社でシステムの導入を検討する際に「ちょっと君、考えてよ」と社員に投げる社長が消えると思います。経営者側でコストを含めどれだけのメリットがあるのか判断できるようになり、高く売りつけられたり不当に買いたたかれたりすることもなくなるでしょう。

また、社員がシステムを使いこなすだけでなく、足りない部分は社内で作れるようになるので生産性が格段に上がります。とくに公共機関の生産性が上がり、その分サービスを充実させることもできるはずです。

しかし、すでに言われていることですが、新しい産業ができる一方、言われたことを言われたとおりにやる仕事はAIやロボットに奪われてしまう。国際競争力の観点からも、自分で何かを作れる子、何らかの価値創造ができる子でないと、かなりつらい世の中になるのかなと思います。

情報科は情報デザインやプログラミング、データ活用など、積極的に何かを作っていく教科です。子どもたちが将来苦しい思いをしないよう、情報科を通じて力をつけてあげるのはもちろん、新学習指導要領が育成を目指す「思考力・判断力・表現力」や「学びに向かう力」などを評価する仕組みづくりも併せて重要になるでしょう。

――教育現場にメッセージをお願いします。

情報科をはじめ、新しい授業づくりには、働き方改革が必要です。業務の見直しをせずに新しいことをやっても忙しくなるだけで、それは「働き方改悪」になります。

ICTを使ったり職員会議のやり方を変えたりするだけでも楽になるでしょうし、保護者のしつけと学校の指導の線引きもしたほうがいい。負担の大きい服装や頭髪の指導も米国にはないですよね。部活動も残業代が出ないなら、先生方にやるかやらないかの選択権を与えるべき。先生の異動も、地域や保護者の意向を踏まえながら、教育の継続性や発展性をある程度担保できるような配慮のある人事にしてもよいと私は思います。

とにかく働き方改革の基本は、何かをやめること。ぜひ、現場の先生方は「やめる勇気」を持って仕事を見直し、新しい授業をつくっていただきたいと思います。

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真はmsv/PIXTA)