不登校の児童生徒を対象とする特例校は、全国に17校ある(2021年4月現在)。岐阜県岐阜市立草潤中学校もその1つだ。21年4月に開校したばかりだが、個に合わせた学びを徹底重視する教育方針で注目を集めている。

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日課表のモデル。オンライン学習も活用しながら、個々のスタイルに合った学びを選択
(資料:草潤中学校提供)

まずは、学習スタイル。生徒は、家庭学習を基本とするモデル、週に数日登校するモデル、毎日登校するモデルを参考に自分のスタイルを決める。1カ月程度のスパンで見直しており、変更も可能だ。

また、時間割はあるが、「取り組みたい学びを好きな場所で」を原則としている。すべての授業をオンラインで生配信しているので、タブレット端末を使って教室以外からも授業が受けられる。実際、生徒は教室をはじめ、Eラーニングルームやヘルスルーム(保健室)などさまざまな場所から授業に参加しているという。

自宅からのオンライン参加もOKだ。保護者と学校がともに了解していること、何らかの学習活動に取り組むこと、その学習活動を担任が確認できること、この3つをクリアできれば出席扱いとしている。

Eラーニングルームには、インターネットカフェのような個室空間が9つある
(写真:草潤中学校提供)

他学年の授業にも参加可能だ。授業内容が自分に合っていないと感じたら、デジタル教材を活用して学習を進めてもいい。一日中絵を描くなど、好きなことに没頭することもよしとしている。

生徒は、1日の学習内容と場所だけでなく、担任も選べる。現在9名の教員が担任を務めているが、1人が2~6名の生徒を受け持つ「個別担任制」にしているのだ。2カ月に1度、変更希望を生徒にヒアリングしている。

通知表の形式も、三者面談でそれぞれ決定する。実際、前期は5段階評価の生徒もいれば記述式の評価の生徒もいるなど、40通りの通知表になった。

「これまでは生徒が学校に合わせるスタイルが当たり前でした。もちろんそれは効率的な指導としては有効ですが、中には苦しくなって不登校になる子もいます。だから本校は、学校が生徒一人ひとりに合わせる形にしています」と、校長の井上博詞氏は説明する。

日々、一人ひとりを尊重してしっかり見守る

1日の流れはどうなっているのか。生徒たちは岐阜市全域から通学しているため、登校時間は9時30分と少し遅くしている。服装や持ち物に細かな規則はないので、基本的にはみんな私服で登校だ。

生徒は登校したら、鍵付きの個人ロッカーに荷物を置き、気分や睡眠状況、朝食の有無などを専用のICT機器に入力。ちなみに帰りも「今日よかったこと」などを入力するが、これらのデータは教員がリアルタイムで把握し、支援の参考にしている。

そして担任に自分が決めた1日の予定を報告し、「イマここボード」に自分の名札を貼って居場所がわかるようにしてから学習を始める。教員は安全確認のためにこのボードを見て校内を小まめに巡回し、生徒に声がけをしていく。その声がけがプレッシャーになる生徒もいることが判明してからは、名札に赤い磁石を貼って「1人でいたい」という意思表示もできるようにした。

自分の居場所を知らせる「イマここボード」
(写真:草潤中学校提供)

お昼ご飯は弁当で、どこで食べてもいい。一般校での年間授業時数1015時間に対して同校は770時間編成にしており、授業は4コマだ。一斉清掃はなく、最後にその日の自分を見つめ直す「クールダウン」という個別担任との短い面談を経て14時35分に下校する。家庭で学習を進めた生徒には、ほかの生徒が下校した後に「Onlineクールダウン」と称した個別の声がけを実施している。

開校してみると、「家で勉強できないので、放課後に勉強して帰りたい」という意見も出てきたため、後期からは15時45分まで自由に学校で学習できるようにした。現在、毎日10名程度の生徒が放課後に学習している。

保護者との連携も密で、年に5回の三者面談を実施。車などで生徒の送迎をしている保護者とは毎日やり取りしており、オンラインも活用して小まめに連絡を取っている。

「心身の安定」を重視したさまざまな工夫

同市は、かつて不登校生徒数が全国平均よりも多く、2016年の教育機会確保法の成立を機に、廃校となった小学校を活用して不登校特例校を新設する運びとなった。それが、同校の始まりだ。大学教授や小児科医、不登校特例校の先進校、フリースクール、教育支援センターなどさまざまな関係者から助言を受けるほか、不登校を経験した通信制に通う高校生の声も参考に制度設計をしたという。

目指すのは、「自分らしいライフプランを描ける学びの場」。そのための教育方針として、まず重視するのが「心身の安定」だ。生徒たちが安心して楽しく学びに取り組めるよう、校内にはさまざまな工夫を施している。

例えば、学校を象徴するものに抵抗感を抱く子がいるため、塗装や備品は“学校らしくない”デザインや明るくカラフルなものを選んでいる。マネジメントオフィス(校長室)のソファもビビッドなオレンジだ。黒板ではなくホワイトボードを採用した点は、生徒たちからとくに好評だという。「トイレも学校説明会に参加した子どもたちの意見からエレガントな内装にした」と井上氏は話す。

Cookingルーム(家庭科室)には生徒の希望でホームベーカリーを置いた。Musicルーム(音楽室)もピアノだけでなくドラムやギターなどいろいろな楽器があり、生徒たちは個人の演奏はもちろん、セッションも楽しんでいる。そのほか、卓球台やトレーニングマシンで体を動かしたりゲームで遊んだりできるアクティブルーム、テントやハンモックが置かれたくつろぎの図書室など、ホッとできるような空間が複数ある。

各部屋の備品は地域からの寄付も多い。図書室(左上)。アクティブルーム(右上)。1100万円かけて全面改修したトイレ(左下)。教室(右下)
(写真:草潤中学校提供)

また、同校は「自立のための学び」を大切にしている。前述のとおり学習スタイルを選べるようにするほか、自分の新たなよさを発見できるよう、音楽、美術、技術・家庭を1つにまとめた「セルフデザイン」という教科を新設。その時間は、一人ひとりの興味・関心に合った学習にとことん取り組める。JAぎふの人々と畑で野菜を作ったり、地元のオーダーメイド洋品店のオーナーに被服学習を支援してもらったり、人や社会とのつながりを体験できるような学びの場も多く持つようにしているという。

生徒たちを支える体制も心強い。26名の教職員は、志願した者はもちろん、全員が同校の方針に納得のうえで着任している。また、スクールカウンセラーだけでなく、「心の学校医」と呼ぶ小児科医も生徒の面談に当たっており、不登校生の家庭訪問などを行う市独自の「ほほえみ相談員」や、岐阜市子ども・若者総合支援センター「エールぎふ」とも連携して生徒をサポートしている。

生徒は、こうした環境に居心地のよさを感じつつあるようだ。同校に決まった行事はないが、生徒たちの希望により全校旅行が決まった。12月に日帰りで名古屋港水族館に行く。ある生徒が「私は一度も学校行事に参加したことがないけれど、この学校の友達となら一緒に行きたい」と観光バス会社に直談判したことも後押しとなり、無償でバスを借りられることになったという。

現在、同校には3学年計40名の生徒が通う。開校後の4~7月、授業があった71日間における1日の平均登校率は72.9%、登校しない日もオンライン学習への参加率は61.2%となった。また、入学前は21名が「週に数日の登校から始めよう」と考えていたが、開校後の4月末時点では毎日の登校を考える生徒が27名と過半数に上った。

「登校が最終目的ではないですが、この数字が安心を感じてくれていることの表れならば、1つの成果といえるかもしれません。しかし、現在数名の生徒は学校に足が向かない状況です。すべての生徒が『ありのままの新たな形』になっているとはいえませんが、引き続き一人ひとりの学びのスタイルを尊重していきます」(井上氏)

「まずは授業の生配信」なら始められるのでは?

実は同校の定員40名のほかに、在籍校に籍を置いたまま週1日同校に登校して50分ほど個別の学習支援を受ける「通級不登校支援」の生徒が22名、同じく在籍校に籍を置いたまま週2回ほど各20分の「オンライン支援」を受ける生徒が24名いる。昨年度の学校説明会に参加した児童生徒は222名とあまりに希望者が多かったため、急きょこの2コースを年度途中から導入したという。

22年度の新1年生は13名程度、新2年生と新3年生は若干名募集する予定。今年9月と10月に実施した学校説明会には計117名が参加した。21年度と同様、学校体験会と個別面談での様子、児童生徒および保護者のアンケートや在籍校からの情報などを基に入学・転入の生徒を決定する。「児童生徒の能力や資質で選ぶのではなく、本校の支援の必要度や有効性を総合的に判断しています」と、井上氏は話す。

全国的に不登校の児童生徒は増加している。同校のような体制や環境を整えることは簡単ではないが、同校の取り組みは支援を考えるうえで、ほかの学校でも参考になる点が多いのではないだろうか。とくにGIGAスクール構想の推進によりICTは活用しやすくなったはずだ。井上氏も、こう提案する。

「個別でのオンライン指導は大変ですが、本校のようにまずは授業の生配信をし、『今のところ、わかった?』と声をかける時間を1回でもつくる。これなら始められる学校もあるのではないでしょうか」

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真はshimanto/PIXTA)