「自己肯定感という言葉は、好きじゃない」

ちまたにあふれる育児本でも、「自己肯定感」は頻出のキーワードだ。自分らしさを肯定できる子どもに育てよう、という風潮は、とりわけ最近強くなっている。「キラキラでポジティブなハッピーマインドの持ち主」と受け取られ、よく取材でも自己肯定感について聞かれるというryuchellさんだが、「実は“自己肯定感”という言葉は好きではないんです」と話す。

「確かに自分を好きになれれば楽だし、人と関わるときもポジティブでいられるかもしれません。道が広がる部分もある。でもそれは、生まれ持った性質や環境によって決まってくるものでもあり、ある日突然、自分を好きになろうと言われても難しいですよね。そもそも、自分を好きになる必要ってあるのかな?とも思うんです。僕のSNSでも、それに悩んでいる人から連絡がたくさんありますが、自分を好きになろうとする時間が苦しいならやめればいいし、好きになれなくてもそれでいい」

近著『こんな世の中で生きていくしかないなら』でも、自己肯定感について、多くのページを割いているryuchellさん。彼は、自己肯定感の低い大人世代にも寄り添い、自己肯定感という言葉の代わりに「自分を甘やかしてあげる」という言葉を使う。そして、子どもに対しては、いわゆる自己肯定感の根っこになる「無条件の愛」を伝えることをとても大事にしているという。

『こんな世の中で生きていくしかないなら』(朝日新聞出版)

「以前、僕が育児セラピストの資格を取ったとき、『あなたが生まれた時、パパとママは、とてもうれしかったんだよ』と口に出して子どもに伝えている親は、大変少ないと聞きました。みんな心の中で思ってはいても、口に出して伝えることをしていないんですね。でも、僕は当たり前のことだからこそ、言葉に出して伝えることが重要だと思っています。毎日寝る前などに『あなたがいてくれるだけでうれしい』と無条件の愛を伝え続け、その子の心の中に、核となる愛情を根付かせてあげることは、すごく大事だと思っています」

でもその一方で、と続けたryuchellさん。

「そうやって愛をもらって育っていても、なお自分を愛せないこともある。僕にもそんな時代があったので、よくわかります。そこで悩んだり落ち込んだりしても、自分を責めないでほしい。スーパーボールが、いったん床に着いたら跳ね上がるように、必ずまたポン!と上がってこられるから。むしろ、強く落ち込むからこそ、強く上がれるんです。だから、自己肯定感という表面上の言葉だけに振り回されて、無理に自分を好きになろうとしたり、つらい気持ちにならないで、落ちこんで自分を好きになれなくても大丈夫だよ、と伝えたいんです」

つねに、いろいろな立場の人の目線に立った意見を伝えてくれるryuchellさん。繰り出される言葉はよどみがなく、温かい

ryuchellさんが思う、多様性について

育児セラピストの勉強もして、どこか達観した育児論を持つryuchellさん。ryuchellさん自身は、親からその個性を認められて育ったと著書でも語っている。そんなryuchellさんの姿に憧れ、個性がないと悩む人から多く声が寄せられるのだそうだ。しかし、ryuchellさんから見れば「個性のない人はいない」。仮に、自分らしく生きられないと悩んだり、流されて影響を受けてばかりで、自分には個性がないのだと思ってしまう人も、そう思うことや、その道を選んだ時点で、それこそがその人の個性なのだと語る。しかし、彼自身もそのように個性を大切にできるようになったのは高校生時代になってからだったそうだ。学生時代はどのように過ごしていたのだろう。

「沖縄の学校は、振り返ればとても自由だったなと思います。沖縄は外国人と日本人カップルの子どもも多いし、宗教やLGBTQを公表している子も多い。学校の校則も東京と比べれば、とても緩くて全然雰囲気が違うと思う。それでも、意外に思われるかもしれませんが、僕は中学校の時は、いわゆる仮面をつけていて本当の自分を出せなかったんです。学校全体の雰囲気は緩いものの先輩後輩などの上下関係がとても厳しく、人間関係で悩み、本当の自分を隠して、目立たないように、空気のように周りに合わせて生きていたんですね。でも、ある時もうそんな自分は嫌だと思った。そこから一念発起して、中学校の知り合いが1人もいないところを頑張って受験し、自分らしくいられるようになったのが高校の時でした」

もともとの地域柄で、多様性にあふれていたという沖縄。しかし学校の中では、「多様性」や「個性」が認められることの難しさも感じていたという。

「例えば、白人の親を持つ子と黒人の親を持つ子の数を、クラス内で調整していたのも、僕には違和感がありました。その人の外側ではなくて、『その人自身』を見てもらう難しさを中学校時代から感じていたんですね。それは大人になっても続いていて、『見た目』で判断されてしまうこともすごく多いな、と感じていました。僕がテレビに出だした頃、派手な格好をしていたからか、それだけでたたかれたり、『子どもが子どもを産んだ』とさんざん言われたんです。だけど、僕めっちゃ税金払っていたんですよ!(笑)。今でもギャルを見れば、格好だけで判断して『水道料金払ってなさそう』って大人の人、言うじゃないですか(笑)」

みんなが互いの違いを認めるというのは、そう簡単なことではないと続ける。

「簡単ではないからこそ、学校でも校則など一定の決まりを取り入れざるをえない側面もあると思います。また、みんなと一緒が心地いい子もいる。そういった一定の決まりがある世界では、そのレールを飛び出す子どもは、どうしてもはみだし者として扱われてしまいがちです。でも、僕が芸能の世界にいるから、とくに思うのかもしれませんが、あえてレールから飛び出した方が、社会では大きな成功を遂げやすいという場合もありますよね。僕自身も社会人になって、学校では教えてもらえなかったやり方に急に直面して戸惑ったことを覚えています。社会全体で、もっとレールを飛び出す人にも慣れて、お互いの偏見を少しずつ減らしていけたらいいですよね」

「SNSが、僕の世界の味方になった」

人は人、自分は自分と割り切れず苦しかった中学校時代でも、ryuchellさんは、子どもが陥りがちな「学校がすべてのように感じてしまう」心境にはならなかった。SNSという風穴があったからだ。中学3年生の時からSNSを始め、自分のファッションを投稿した。更新するたびにフォロワーは増え、東京など各地にファンが増えていった。高校に入学する頃には、すでにちょっとした有名人になっていたのだという。

「僕みたいな派手な子が、急に何の情報もなく高校の入学式にいたら『なんだあいつ』って指を指されたかもしれないけど、すでにSNSで有名になっていたおかげで『あの子、SNSで有名なんだよ』『そうなんだ』と、ありのままでいてもすんなり受け入れられた感じがありました。その意味でも、SNSには本当に助けられましたね。中学校時代も、全国で高校生活をエンジョイしているたくさんの先輩の姿をSNSで見ることができたので、それが心の支えになっていたと思います。だから、親御さんや先生も、SNSを、ただえたいがしれないからという理由だけで心配の種と決めつけないであげてほしい。例えば、僕もすでにTikTokはわからないですが、今使いこなしている子たちは、どう付き合えばいいかがわかっていると思います。SNSネイティブな子たちは、大人が思っているよりずっと、使い方もきちんとわかっていると思う。もっと信じてあげてもいいのかな、と思います。子どもたちが、今あるツールを使ってどうやって生き抜いていくのか。その道を自分でつくっていく過程を見守るのも、大事な教育だと思うんですよ」

それでも切り離せずに悩んだのは、SNSといじめの問題だ。ryuchellさんも、SNSでのいじめとは決して無関係ではなかった。

「高1の時にはすでにLINEがあったので、LINEグループでのやり取りも生まれていました。その中で、ブロックされたり、SNS上で嫌なことを言われたりもありました。でも僕は、割と気が強かったので、言い返せる子だったんです。大人になれば気づくけど、SNSでしか悪口を言えない人って、結局面と向かって言えない、人間関係をつくるのがすごく下手な人なんですよね。そんなダサい人には言い返してやればいいし、無視したらいいと今も思うし、当時もまわりの子にもアドバイスしてしまっていたけど……、でも、できない人もいますよね。その時は……うん、すごくきついよね……」

SNSといじめはどうしても切り離せないものなのかもしれない、と話すryuchellさん。いくらいじめがニュースになっても、いまだになくなっていないように、どうしても起こってしまうものなのかもしれない、と。

「だからこそ、SNSがつらくなったら、好きなものに逃げて距離を取ってほしいとも思うんです。SNSは、使い方によってすごくいいものにもなるし、その逆もある。だから、つらくなったら、自分の好きな動画を見るとか、好きなものに接するなどして、SNSと距離を取ってほしい。あとは、心の中で悪態をついてもいいと思います。大人だって、SNSを見たら『なんでこんなキラキラして、お金も持ってるの?』と、つい自分と比べてつらくなるとき、ありますよね? でも、僕はそういう気持ちになってしまったときには、『どうせ、この写真を撮るのに40分くらいかかってるよね』と、心の中で思うようにしています(笑)。心の中で思うくらいなら誰にも迷惑をかけないし、そういうことを思っちゃう自分でいいと思う。『こんなこと思うなんて、駄目かな』なんて、全然思わなくていい。それが『自分を甘やかす』ということでもある。SNS時代では、そういうスキルを身に付けてるのも大事かな、と思います」

「失敗こそが、子どもの成長につながる」

SNSだけではなく、子どもによかれといろいろなことを心配したり、ついレールを敷いてあげながらも、「めげない心を持ってほしい」と思うのが親心。でもryuchellさんは一貫して、失敗こそが人を育てる、と話す。

「僕は子どもに対して、レールを敷いてあげる気はいっさいなくて。きっかけづくりとして、『こういうのもあるよ』くらいは言うかもしれませんが、『こうしなさい』も、絶対に言うつもりはありません。すべてを準備してあげることが愛ではない、と思っているからです。僕も子どものことは、とてもかわいくてしょうがないから、最初は転ばないように、失敗しないようにって心配していたんですけど、ある時冷静になって考えて、失敗したことのない人ってキモいなって思って(笑)。そう思いませんか? だから、どんどん転んでもらって、どんどん失敗して、下を見たことのある深みのある人間になってもらいたい。もし息子が受験で失敗しても、僕はラッキー!って思えると思う。人生は甘くない、勉強が足りなかったと、本人が気づける、すごくいいチャンスだから。そして、それがいちばん成長につながると思うからです。もちろん合格したら、めっちゃ嬉しいし、ウェディングケーキくらい大きなケーキを買っちゃうと思う。一方で失敗こそがこの子の成長につながるのも、また事実だと思うので、どちらに転んでも、僕はうれしいです」

ryuchellさんとpecoさんの長男は、今はまだ3歳の男の子。恐竜とバレエが大好きなのだそう。なかなか、わが子を転ばせる勇気を持てない親が多いこの世の中にあって、潔いまでの言葉がとても印象的だった。かわいい子には旅をさせよ、だ。

「自分を振り返ってみても、目指さなかった道のほうに夢が落ちていたり、人生は予測できないことも多いと思います。このドアを開こうかなと迷っているときこそ、その先に道があったりもするから、なるべくいろんなことに自分も挑戦したいし、息子にも、みんなにも、どんどん挑戦してもらって、失敗も経験して強くなってほしい。そう思っています」

ryuchell(りゅうちぇる)
1995年9月29日生まれ、沖縄県出身。個性的なファッションと強烈なキャラクターで注目を集め、パートナーのpecoと多数のバラエティ番組に出演。pecoと入籍し、一児の父となった現在は、育児や、SDGs、報道番組への出演など活躍の幅を広げ、2020年よりNHK「高校講座・家庭総合」のMCを務める。自身のSNSにおける“自己肯定感”に関する発信がたびたび話題となり、21年に初の著書となる『こんな世の中で生きていくしかないなら』(朝日新聞出版)を出版

(文:有馬美穂、撮影:尾形文繁)