主体的に学ぶ姿勢を育成、学力向上や受験にもメリット

選挙権年齢が18歳に引き下げられ、成年年齢も2022年4月から18歳になる。その一方で、日本の高校生の社会や政治に対する関心は低い。国立青少年教育振興機構の「高校生の社会参加に関する意識調査報告書-日本・米国・中国・韓国の比較-」(21年6月)を見ると、日本の高校生は社会や政治に対する関心が低く、それらに関する情報を収集・発信したり、ボランティア活動に参加したりする割合が米中韓に比べて低いことが示された。

関西学院千里国際中等部・高等部教諭の米田謙三氏は「データからは、日本の高校生は社会参加への意識が低く、社会での体験も少ないことが見て取れる」と指摘する。こうした現状に、学校が知識を教えるだけにとどまっていることはできない。とくに、社会への出口に近い高校では、学習内容を実社会や実生活に結び付け、生徒自身に関わりの深い課題とし、得られた知見を生かして社会とつながる態度を養う必要がある。そこで、知識理解に、思考、表現、判断を組み合わせ、学びに対して主体性を持たせるアクティブラーニングの視点に立った「主体的、対話的で深い学び」「協働的な学び」が求められている。

米田謙三(よねだ・けんぞう)
関西学院千里国際中等部・高等部教諭
(写真:本人提供)

総合的な探究の時間は「『探究の見方・考え方』を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力を育成することを目指す」という目標が掲げられている。そのプロセスは、課題の設定、情報の収集、収集した情報の整理分析を行い、まとめをして表現する。さらに、そこから新たな課題を見つけて、さらなる問題の解決を始める――を繰り返して進む。

今回の学習指導要領改訂では、古典探究、地理探究、日本史探究、世界史探究、理数探究基礎、理数探究も新設され、各教科・科目の理解をより深めるためにも探究の重視が図られた。一方、総合的な探究の時間は、横断的、総合的であることが強調されている。文理の枠にとらわれない教科横断的な学習、STEAM(Science〈科学〉、Technology〈技術〉、Engineering〈工学〉、Art〈人文社会・芸術・デザイン〉、 Mathematics〈数学〉)の推進を議論する経済産業省「『未来の教室』とEdTech研究会」のSTEAM検討ワーキンググループ委員も務める米田氏は「生徒の関心を、国連のSDGs(持続可能な開発目標)をはじめとする、よりよい社会の方向に向かわせるため、総合的な探究の時間とほかの教科との連携を考えることがカギになる」と指摘した。

しかし、高校生の目前にある大学受験という現実問題と探究との折り合いをどうつけるのか。米田氏は、14年度の全国学力・学習状況調査の結果で、総合的な学習の時間で課題設定からまとめ・表現まできちんと指導した小中学校は平均正答率が高い傾向を紹介。東京大学のアドミッション・ポリシーが「学校の授業の内外で、自らの興味・関心を生かして幅広く学び、その過程で見出されるに違いない諸問題を関連づける広い視野、あるいは自らの問題意識を掘り下げて追究するための深い洞察力を真剣に獲得しようとする人を歓迎する」としていることや、「探究」を推進する高校が難関大学の総合型選抜で多くの合格者を出していることに言及。探究は大学進学の面でもメリットがあることを示した。

主体性を引き出し、答えのない問いに挑む姿勢を育む

次に「探究」の導入で、進学実績を飛躍的に伸ばしたことでも知られる京都市立堀川高校の取り組み事例を、同校教諭の紀平武宏氏が報告した。堀川高校が人間探究科、自然探究科を新設したのは1999年。この改革後、初の卒業生を送り出した02年に、国公立大学の現役合格者がいきなり20倍近くに増え、私学優位の「私高公低」が顕著だった京都での公立高校躍進は「堀川の奇跡」として注目された。

紀平武宏(きひら・たけひろ)
京都市立堀川高校 教諭
(写真:本人提供)

同校からのメッセージは、生徒の主体性を原点とする「すべては君の『知りたい』からはじまる」。その主体的な学びの柱が「探究基礎」と名付けられたカリキュラムだ。同校は探究について「用意された答えのない問いに対して、正しいと思われる答えを導き出す営み」と定義。探究基礎は、その問いに対処するために必要な姿勢・知識・技術を身に付けることを目的とする授業と位置づける。知識・技術の習得と、探究活動を通して知識を生かす経験を繰り返すことを相互に繰り返す「二兎を追う」学習によって、主体的に学び、自立する18歳を育てることが目標だ。

それは入学直後から授業開始までの2日間のイントロダクション「探究DIVE」で始まる。あらかじめ学校側が用意したテーマについて4〜5人の班で探究活動を行い、その成果をポスター発表する。今年のテーマは、「聴覚で音源の位置を特定する条件」「桜の花びらがゆっくり落ちる理由」「早口言葉を話すのが難しい理由」だった。紀平氏は「2日間で発表までできる難易度で、探究の奥深さを感じさせるテーマ設定はなかなか難しい」と語る。

探究基礎は1年の前・後期と2年の前期までの1年半をかけて行われる。1年前期の「HOP」では、入学前の春休みの課題として書いたスキット(寸劇)の発表からスタート。講義で、探究の進め方や基本的な情報収集法、ポスター発表の心構えや論文の書き方を習得し、実際にポスター発表にも挑戦。下記の「探究五箇条」を浸透させることを目指す。

一、 知らないということを知れ(わからないことに気づき)
一、 常識を学べ(知らないことを知る)
一、 常識を疑え(鵜呑みにせず、クリティカルシンキングする)
一、 手と頭を動かせ(考えて、やってみる)
一、 朋(とも)と愉(たの)しめ(仲間と高め合う)」
※カッコ書きは「探究五箇条」を基に東洋経済が解釈を付加

1年後期の「STEP」では、10人程度ずつ、ゼミに分かれて活動する。ゼミは言語・文学、国際文化、人文社会、情報科学、スポーツ・生活科学、物理、化学、生物学、地学、数学の各分野が設けられ、各教科の教師が担当する。そこで、課題解決に向けた戦術を立てる能力や、関心のある分野の課題解決に必要な知識技能を習得。2年時の個人探究活動の課題を設定する。

イントロダクションである「探究DIVE」に始まり、1年前期を「HOP」、1年後期を「STEP」、2年前期を「JUMP」として1年半をかけて探究基礎を学び、最後には発表会も行う。

そして2年前期の「JUMP」では、ゼミを続けながら、先行研究の調査、実験などの研究活動を行う。中間発表を経て夏休み明けの9月には、保護者や外部の人も招いてポスター発表を開催。そこでの質疑応答の結果を踏まえ、論文を執筆する。コロナの渦中だった今年度はビデオ会議システムを使って発表を行った。

オンラインによる探究基礎研究発表会の様子

堀川高校の探究の特徴は、生徒主体で運営されることだ。探究DIVEも、事前に入学者説明会で募ったスタッフの生徒らで運営。1年前期の授業は、教員だけでなく、生徒から選出された探究基礎委員会のスタッフも授業を行う。紀平氏は生徒が授業で使ったスライドを紹介。洞窟を背景にした気球の写真を示し、「どこの画像か?」と問いかける内容で、「授業で学んだ検索のやり方を実際に活用することが狙い。生徒たちは工夫を凝らしてくれる」と話す。探究の目的はコンテストで賞を取るなどの成果を出すことではなく、手法を身に付けることにある。だから、1人ひとりが探究活動を一通り自分でやりきることもポイントだ。

「生徒に任せながらも、教師がいつ、どのように生徒に関わって、きっかけを示すか、が考えどころだ。20年に及ぶ探究活動の蓄積がある堀川高校では、過去の資料を参考にすれば、授業はできる。しかし、われわれ教師がルーチンワークにしてしまったら、探究にはならない」と、教師も“探究”することが必要と強調する。だから指導は外部の大学教員を招いたりせず、基本的に堀川高校の教員だけで行う。「探究を通して生徒の興味関心がわかるので進路指導などにも役立つ。生徒には将来、何をしたいかを考えることにつなげてほしいと願っている」と力を込めて紀平氏は語った。

(文:新木洋光、注記のない写真:堀川高等学校提供)