来年も「公立」を避け「私立」を目指す傾向が高まる

少子化にもかかわらず、首都圏の中学受験は年々競争が激化している。

もともと中学受験は家計の状況に左右されることから、2008年のリーマンショック以降、15年ごろまで志願者数は減少傾向にあった。しかしその後、入試改革による私立大学の定員厳格化の影響もあり、入試を経ずに大学に入学できる大学付属校の人気を軸に増加傾向に転じている。

通常なら、コロナ禍で家計が打撃を受けた21年は志願者数が減少するとみられたが、ほぼ前年並みという結果となった。

森上教育研究所 代表の森上展安氏は「中学受験は小学4年から準備しますから、急には止まれない。もし影響が出るとすれば来年以降になるといわれますが、来年も増加傾向は変わらないとみています」と話す。その理由は、今年の志願者の内実から読み解くことができるという。

「志願者の中で増加傾向にある層は、実は偏差値の中位層なのです。これはコロナ禍によって急に中学受験に方向転換した層が増加したと考えられます。つまり、本来なら公立中学校へ進学するはずだった層が新たに加わった。コロナ禍でICTを活用した教育が進まない公立中に対する不安感や不信感が高まったことで、来年も、公立中を避け、私立中を目指す傾向がより強くなると考えています」

中学受験2022で注目の学校、人気のある学校

実際、22年入試は、大手模試などの状況から前年より3%ほどの伸びが見込まれる。上位校に変化はないが、中位校以下の学校、とくに共学校が伸びるという。減退傾向にあった女子校が共学に転換して人気を集めているといった、ここ数年の傾向が続くからだ。

品川翔英や光英VERITAS、さらにはサレジアン国際学園、千代田国際など、新たなブランドを立ち上げ、成功した先例に倣い、共学で再挑戦する二番手、三番手の学校が増えているのです。他方、女子校も昨年から復調しており、中でも募集枠が大きく、低い倍率で安心して受験できる学校に注目が集まっています。跡見学園、昭和女子大学附属昭和、実践学園、山脇学園など、ネームバリューがあって募集枠の多い女子校が人気となっています」

こうした中学受験の動向を見るとき、ポイントになるのが中間成績層(偏差値45前後)だ。この層は昨年から増加しており、来年も引き続き同じ傾向になるといわれる。それが全体を底上げする形で、上位校だけでなく、中位校、下位校でも各校の入試倍率を2~3倍上昇させる。

現在の中学受験の合格率は、約3割だ。つまり、7割が落ちることになる。そんな狭き門を目指して、多くの小学生がやって来る。国内の少子化の影響も忘れるくらい首都圏の中学受験のみが今、空前の人気となっているのである。

では、今首都圏で人気のある学校は、どのような特徴を持っているのか。

「相応のネームバリューがあり、子どもが将来成功するための教育を行っている学校が人気となっています。そこでまず挙げられるのが国際系の学校です。とくに広尾学園、三田国際、広尾小石川などに注目が集まっています。以前なら子どもを偏差値の高い学校に入れて、有名大学に進学してもらえばいいと考える専業主婦の母親が多かったのですが、今はグローバル化する社会で実践的な出口戦略を志向するキャリアの母親が多くなっている。それが人気の上昇に影響していると考えています。

次いで付属校も人気です。昨年はとくに日大豊山が人気だったのですが、これは日本大学への進学も保障されたうえで、他大学の受験もできるという点が評価された。同じくこうした施策を行っている学校は多いのですが、ほかにもMARCHが系属校を増やし、パイを広げたことも大きいでしょう」

例えば、青山学院横浜英和に続き青山学院大学の系属校となった浦和ルーテル学院は、昨年倍率が急上昇した学校の1つだ。これは少子化にあって、大学が定員を安定的に確保する施策の側面もある。近年、女子大は共学に押され気味だが、例えば東京女子大学は22年度から桐朋女子、23年度から女子聖学院、横浜女学院、捜真女学校など主にプロテスタント系の学校の推薦枠を拡充する。中学受験の学校選びでは、こうした高大連携の動きも見逃せない。

開成桜蔭などの上位の伝統校は、男子校と女子校それぞれの持ち味や独自の文化に魅力があり、こちらの人気は不変といえるでしょう」

偏差値によらない学校選びで重視すべきポイント

その一方、偏差値によらない学校選びでは、どのようなことが重視されるのだろうか。中等教育で興味深いのは、子どもが中学で大きく成長するということだ。

中学受験では小学校5、6年で精神的に成長の早い子が成功する傾向が高い。成長がゆっくりな子は、中学受験の勉強で苦労することが多いかもしれないが、逆に中学では大きく成長する可能性がある。当然だが、子どもによって伸びる時期が異なるのだ。

だからこそ、ロケットスターターではない、スロースターターの子どもを持つ保護者にとっては、より子どもを成長させてくれる学校を選びたい。だからこそ、偏差値だけではないポイントにも注目が集まるのだ。

「偏差値によらない学校選びでは今、ネームバリューよりも、子どもがキャリアをいかに築けるかという発想が保護者の間で強くなっています。偏差値が高いからいいというわけではなく、どんな友人をつくれるのか、どんな行事があるのか、学習ができるのか。そうした発想を持っているのです。とはいえ、宝仙学園、開智未来、穎明館といった中位校ながら、大学合格実績の高い学校も人気です。ほかにも佼成学園女子は一年留学という特徴的な英語教育に定評があり、近年有名大学に卒業生を送り込んでいます。さらに品川女子学院や女子美術大学付属などが、将来の仕事を見据えることができる学校として志願者数を伸ばしています」

一方、上位校の動向はどのようになっているのか。森上氏曰(いわ)く、医学部をはじめとした理系にシフトする傾向が強く、文系を目指さない生徒が増えているという。

「上位校では大学入学実績も医学部をはじめとした理系進学を重視するようになっています。例えば、海城はかつて文系の学校といわれ、文系と理系が半々だったのですが、今はほとんどの生徒が理系で、その多くが医学部を目指しています。昔は上位校でも官僚になりたい生徒も多かったのですが、今の時代、文系では将来の仕事が見えない。やはり確実なキャリアを得たいということで、医学部人気が高まっていることが要因となっているのです」

こうした私立校が注目される一方、公立の中高一貫校も相変わらずの人気だ。中学受験の勉強を本格的にしていなくても「試しに受けてみよう」という層も多く、倍率が著しく高いが、都立の中高一貫校がほかの公立中にも大きな影響を与えているという。

「公立中は、都立の中高一貫校に優秀な子どもたちを奪われているうえ、コロナ禍でほとんど授業ができなかったことにより大きな影響を受けています。これからICT教育が進展する中で、保護者は当初、都立高志望で公立中志向であったとしても、周囲の影響もあり、結局は私立志向に変わってしまう。ただ、公立も立ち止まっているわけではありません。例えば、立川国際中等教育学校は新たに小学校を来春開校します。現状を変えようとしている公立中も少なくありません」

少子化において私立の中高一貫校が生き残るには

ここで中学に入学する子どもたち全体の数で見ると、また違う風景が見えてくることがわかる。

森上氏の推計では、私立中学を受験する子どもたちは一都三県の公立小全体では約15%にすぎない。東京都で見れば、中1の段階で公立中に通う生徒が8割、私立中は2割となる。これだけ中学受験が注目される一方で、実際には公立中に進学する子どもたちのほうが圧倒的に多いのだ。

しかも地域によってばらつきがあり、千代田区・中央区・港区などの都心3区や湾岸部では子どもたちの9割が中学受験をする一方で、杉並区・練馬区・足立区などの子どもたちは中学受験をしない子どもたちが多いという。つまり、中学受験を当たり前とするかしないかが地域によって明確に分かれているのだ。

私立校の学費は私立大のそれと同じレベル。しかも中学受験自体にもお金がかかる。実家がもともと裕福か、ダブルインカムの保護者でなければ対応できない。中学受験は格差社会の現実を顕在化させるものなのだ。

このように社会問題の一端も垣間見える中学受験。ただし今後は少子化で生徒数が減っていくことは間違いない。地方では、すでに閉校する学校も出始めている。学校も現状維持では生き残れない。人気校ほどそのことに敏感だ。では、選ばれる学校として生き残るために、彼らはどのような手を打っているのだろうか。

「今人気がある学校にはいくつかの共通項があります。まずは校舎などの施設がきれいな学校であること。そして、ICT、英語、数学の教育を強化している学校です。英語は当然として、数学は早稲田大学政治経済学部が必須受験科目にしたことによる私立文系への影響、またICT技術が高度化する中で、数学の考え方を身に付けておきたいという考えが強くなっていることも理由として挙げられます。バーチャル化の一方で、留学などのさまざまな経験を重視している学校も人気が高い。例えば、東京学芸大学附属国際中等教育学校、佼成学園、法政、開智、栄東など都会の子どもたちに豊かな体験学習をさせて、人間性を高めていく教育で特色がある学校も注目されています」

こうした3つの施策に力を入れている学校が、多くの子どもたちを集めているというわけだ。12月に入ると、いよいよ中学受験本番という空気が色濃くなっていくが、来年も志願者数の増加が続き、熾烈な競争となることが予想されている。

保護者は、中学受験に失敗しないためにも、改めて学校選びのポイントをここで見直しておきたいところだ。森上氏は、こう話す。

「欧米の保護者は自分と同じ価値観を持った学校に子どもを預けることを基本としています。本来、保護者は子どもが通う学校の文化をまず知るべきなのです。そうでなければ、子どもがどのように育っていくのかわかりません。一般に生徒文化は教員文化でつくられます。その教員文化を知るには学年通信や機関誌など学校の印刷物を見ればいい。そこで書かれていることや、語られる言葉で校風を知ることができるのです」

体よく作られた受験案内の資料やホームページだけでなく、日常的に配布されている資料などにも目を通しておくべきということだ。せっかく猛勉強して入ったのに、実際に入学したらイメージと全然違っていたということも珍しくない。とくに中学時代は反抗期などもあって、家庭だけではなかなか目の届きにくい子どもの成長に対して、学校がどう対応してくれるのかなども気になるところだ。

最近では、勉強以外で子どもたちの面倒を見てくれるメンター制度などがある学校もあるという。「ある有名校では教員の元に深夜1時になっても親や子どもから悩み相談の電話がかかってくると言います。中学は親や子どもにとって難しい時期です。それだけ保護者の要求も強く、教員の負担も大きい。だからこそ、学校選びでは偏差値以外の要素も確認することが大事になってくるのです」と森上氏も念を押す。

これまでの子どもと親の努力を、どう次のステージへとつなげるのか。悔いのない見直しを今やっておきたいところだ。

森上展安(もりがみ・のぶやす)
森上教育研究所 代表取締役社長
早稲田大学法学部卒業。東京第一法律事務所勤務を経て東京・中野の学習塾「ぶQ」の塾長を11年務めた後、1988年に森上教育研究所を創立。中学受験、中高一貫の中等教育分野を対象とする調査、経営コンサルティングを手がける
(撮影:尾形文繁)

(文:國貞文隆、注記のない写真:Kazpon / PIXTA)