N高の説明会に小学生の保護者が参加した理由

2016年4月にネットの高校として開校して以来、注目を集めている角川ドワンゴ学園のN高等学校。開校時に1482名だった生徒数は順調に増え続け、21年4月には姉妹校となるS高等学校も開校した。

現在、N高とS高 (以下、N/S高)に在籍する生徒数を合わせると2万603名(21年9月30日時点)。開校から5年で、ここまで生徒を集めたとなれば、これまでの通信制に対するネガティブなイメージの払拭に成功したといっていいだろう。

学びの特徴は、何よりネットならではの斬新さにある。N/S高には、自分が好きなときにオンラインで学ぶネットコースだけでなく、仲間と共にネット上で学ぶオンライン通学コースや、各地にあるキャンパスに通う通学コース、通学プログラミングコースの4つがあり、目標や生活スタイルに合わせて選べるようになっている(全コースに年5日程度行われる対面形式のスクーリングがある)。

オンライン上での学びが特徴だが、対面で仲間と共に学ぶ授業もある。ライブ配信授業(左上)、沖縄で行われたスクーリング(左下)、社会に出て活躍するための知識やスキルを身に付ける課題解決型学習プログラム「プロジェクトN」(右上・右下)。いずれもN高

そんなN/S高に中等部があるのはご存じだろうか。いわゆる一条校(学校教育法第一条に基づく学校)ではないが、S高より早い19年4月に開校している。その理由について角川ドワンゴ学園理事の川上量生氏はこう話す。

「いちばん大きな理由は、要望が多かったためです。N高の説明会には、小学生のお子さんを持つ親御さんが相当数参加していました。不登校のお子さんについて悩み、『N高なら行けるかもしれない』と、わらをもつかむ思いだったんでしょう。しかし、まだ小学生なのでN高には入れません。僕らも、日本では通信制中学校は認められておらず、経営面でも難しいのでつくれないだろうと思っていました」

経営としても、リソースを高校に集中させたほうが、効率がいい。また、中学時代にネットだけで学ぶことが、その子の人生にとって本当にプラスになるのか。「ネットの中で生きているような僕らでも確信が持てなかった」と川上氏は話す。

それでもN中等部を開設したのは、中学校をつくらないと救われない生徒が相当数いると考えたからだ。だが当初は、通学コースという形でN中等部をスタートさせた。

小学校から高校以上まで自分の学力に合わせて学べる

N中等部でも、N/S高と同じく「探究学習」「学力向上」「プログラミング」の3つの教育方針の下、総合力を養うという学習モデルを踏襲している。

ただ、N中等部は「一条校」ではないため、フリースクールと同様の扱いとなり、生徒は自身が在籍する中学校に籍を置きながらダブルスクールという形でN中等部に通うことになる。

「不登校の子の中には成績がいい子もいますが、学力が低く、分数がわからないという子もいます。N中等部では、それぞれ自分に合った範囲を勉強しますので、小学校の勉強から始めている生徒もいれば、高校の範囲に進んでいる生徒もいます。全員の成績が伸びているわけではありませんが、自分の学年の学習範囲に追いついた、または追い越したという生徒がかなり増えています。通学コースを1年間やってみて、『この内容ならネットでやっても生徒はついてこられる』と手応えを感じ、20年4月にネットコースを開設しました」

N/S高のネットコースは、自分のペースで学習を進めるコースだが、N中等部が通学コースに加えて開設したのは「オンライン上に少人数で集まって学習する」ネットコース。高校生なら自主性に任せられるが、さすがに中学生では難しいと考えたのだ。さらにN中等部では、そうした未熟さを補うため、自習のときなどに質問ができるようチューターを配置している。

ただし、N/S高と同様にN中等部でも勉強を強制することはしない。

「N/S高には、優秀でやる気があふれる目立つ生徒もいますが、詰め込み教育に疲れてしまったという生徒もたくさんいます。そういう生徒は、勉強させられることへの抵抗感が大きいんです」

だからN中等部でも、基本は生徒の自主性に任せて勉強してもらっている。だが、ネットコースの開設から1年が経ち、生徒の偏差値は全体的に上がってきているという。

「自分の学力に合わせて自分のペースで学ぶのは、やはり効率がいいんだと思います。しかし教科別で見ると、英語は上がっている一方、数学は下がっている。数学は苦手な生徒が多く、1人で勉強するのがつらいから、英語ばっかり勉強してしまっているのではないかと。完全自主性に任せるとそうなってしまうので、数学ではある程度、教員が誘導してやってもらう努力もしています」

現在、N中等部のネットコースでは620名、通学コースでは419名(21年8月31日時点)が学んでいる。どちらも「生徒に押し付けること」はせずに、何でも自主的に取り組んでもらう工夫をしている。

19年に通学コースのみでスタートしたN中等部だが、20年4月にネットコースを開設。現在、ネットコースは620名、通学コースは419名が学んでいる

その仕掛けの1つに同好会活動がある。N/S高にはeスポーツ部や投資部、起業部などネット部活があるが、N中等部にもプログラミング同好会や映像編集同好会、ゲーム同好会などさまざまな同好会があり、ネットコースと通学コースの両方の生徒が所属している。

「楽しいことがいっぱいあるよ、とは言いますが強制はしません。同好会活動のように、生徒が面白いと思うことをつくると、自主的に自分でやろうという生徒が出てきます。やっぱり、みんな友達が欲しいんですよね。友達ができた生徒は、単位が取れる割合やアクティビティーの参加率も高いんです。だから僕らも、ネットで生徒同士がコミュニケーションを取れるよう、試行錯誤しています」

N中等部にはさまざまな同好会がある。コミュニケーションツールSlackを使い、ネットで趣味の合う仲間たちと交流を楽しんでいる。写真はイラスト同好会

総合型選抜に有利?難関大と海外大の合格者数がほぼ同じ

N高の開校から、わずか5年。中高一貫で6年間の教育を提供するまでになった角川ドワンゴ学園の教育は、これまでわれわれが目にしてきた教育とはだいぶ形が異なる。そこには日本の教育に対する大きな疑問があるという。

「日本では、受験も就職も自由競争です。しかし、受験産業が肥大化し、いちばん頭が柔軟でいろいろなことを吸収できる時期を受験勉強に費やさなければなりません。そこを勝ち上がった人がエリートと呼ばれて国を動かしているわけですが、そういう人は親の年収が高いなど、階層化が進んで固定化しています。もちろん、受験勉強にもプラスはありますが、選抜のための勉強に時間を費やすのは、社会にとっては大きな損失ではないでしょうか。こうした状況を打破したいという思いから、脱偏差値教育を掲げるようになりました」

そう言いながら、N高では進学実績を詳細に公表している。しかも、国公立大学や私立大学の上位校が並び、脱偏差値教育を目指しながらも、結局は偏差値にこだわっているように見える。だが、それはあくまで「旧来の価値観でも結果が出せること」を見せているにすぎないという。

「N高にはプログラミングや投資などいろいろな分野で能力を発揮する優秀な生徒がいますが、社会からは『偏差値教育に落ちこぼれた人だよね。こういう道もあるよね』と見られてしまうこともあります。不登校=落ちこぼれではないし、逆に社会のエリートはこっちで、こちらこそが本道と言いたいんです」と川上氏は力を込める。

だからこそ、旧来の価値観でも結果を出せることを証明する必要があったというわけだ。そんな難関大学の合格者数を見て、「N高は生徒数が多いから」と揶揄する人もいる。それに対して川上氏は、「同じ偏差値の生徒が集まっている高校と異なり、N/S高の生徒は価値観も偏差値もバラバラ。そもそも進学を希望しない生徒もいる中での結果。こうしたさまざまな価値観を持つ人がいる環境で学んだ生徒こそ、国を動かすエリートになるべき」と話す。

近年、大学入試においても一律のペーパーテストを見直す動きがある。生徒が提出する書類や小論文、面接や実技などを通じて、「大学が求める人材像」に合った人物を選抜する総合型選抜を採用する大学が増えているのだ。この流れは私立だけでなく、国公立大学でも同様で、それに伴って総合型選抜に強い子を育てようという高校も増えている。

「N/S高は好きなことに時間を費やせるため、総合型選抜で提出するポートフォリオをじっくり作成することができます。そのため、総合型選抜に向いているといえるでしょう。総合型選抜は海外の入試方法に似ていることもあり、N高では日本の国公立大学の合格者数と海外大学の合格者数がほぼ同じです。しかし、だんだんと総合型選抜の競争が激しくなっています。N中等部とN/S高の6年間があれば、さらに自分の好きなことにじっくり取り組めるはず。すると、充実したポートフォリオが作成できますから、総合型選抜にも有利になると考えています」

今後も角川ドワンゴ学園では、競争のための学びではなく、いろいろな学びを生徒に示していくという。受験を勝ち抜いたエリートではない、社会に必要な本物のエリートを育てるということだろう。

現在、小・中学校における不登校の児童生徒数は19万6127人(文部科学省「令和2年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」)に上る。その一人ひとりの背景や思い、興味関心はそれぞれ異なるに違いない。学びの新たな選択肢として、N中等部への関心は今後も続きそうだ。

川上量生(かわかみ・のぶお)
角川ドワンゴ学園理事
京都大学工学部卒業後、コンピューターの知識を生かしてソフトウェアの専門商社に入社。1997年PC通信用の対戦ゲームシステムを開発する会社としてドワンゴを設立。2014年KADOKAWAと経営統合し、KADOKAWA・DWANGO(現カドカワ)代表取締役に就任。06年には子会社のニワンゴで「ニコニコ動画」を開始するなど、さまざまなサービスを生み出す。16年より現職

(文:吉田渓、写真:すべて角川ドワンゴ学園提供)