「スマホばっかり見てないで、早く宿題やっちゃいなさい」
「今、漢字の宿題をやってるところだよ!」
「スマホで???」

子どもを持つ保護者の方々は、こんな経験をお持ちではないだろうか。

漢字の練習といえば、ノートに何回も書いて覚えるのが当たり前だったが、今ではスマホやタブレットなどを使って漢字を覚えるのが珍しくなくなってきている。漢字を1文字ずつ画面に書いていて、お手本をなぞって覚えたり、書き出しのナビゲートに沿って書いて覚えたり、テスト形式で問題を解いて覚えたりしている。

英単語も同様だ。日本語を見て同じ意味の英単語を選ぶ、英語の発音を聞いてスペルを書くなど、学習アプリを活用して英単語を覚えている。

「本当にそんなので覚えられるのか?」「とめ、はね、までは無理でしょう」「英語のつづりは、辞書を引いてこそ覚えられるもの」など、ついつい言いたくなってしまうが、子どもが飽きずに取り組めるところにメリットを感じる。もちろん、紙に書いて覚えるほうが覚えやすいという子はいるし、それぞれに合ったやり方はあるが、“昭和の考え”だけにとらわれずに新しい学び方も、効果を探りつつ見守りたいところだ。

こんな話を聞くと、「どうせ私立の話でしょう」と思う人もいるかもしれない。だが、GIGAスクール構想に伴って公立の小中学校に「1人1台端末」が配備され、こうした学習アプリを導入する学校も出てきている。とくに読み、書き、計算のような基礎学力の定着には反復学習が有効であり、ICTが得意とするところだ。

知識の定着に特化した学習アプリ「Monoxer(モノグサ)」。問題を繰り返し解いて覚える。どう覚えて、どう忘れているのか、回答が自動分析されて記憶の状態に合わせて最適な反復学習を実現するという

岡山・津山西中学校で「モノグサ」を活用した実証事業

今夏、岡山・津山市立津山西中学校では、学習アプリ「Monoxer」(以下、モノグサ)を用いて、基礎学力の定着を目的とした実証事業が行われた。

この取り組みは、2020年8月から東京学芸大学が進めている「未来の学校みんなで創ろう。プロジェクト」の一環だ。東京学芸大学を中心に東京学芸大学附属幼小中学校や、岡山・津山市、岩手・山田町などの教育委員会、さらにはNECやコクヨ、内田洋行などさまざまな企業が参画するプロジェクトで、誰もが「好きに、挑む」ことができる未来の学校モデルの開発を掲げて公教育の変革を目指している。

現在、さまざまなプロジェクトが進行中だが、AIやAR/VRなどICTを活用した学習環境の整備は大きな柱となっている。津山市の実証事業は、学校と地域などが協働し小中学校での基礎的な学力の育成をテーマに研究を行う「基礎学力育成社会システム開発プロジェクト」の1つで、津山西中学校の3年生を対象に7月末から8月にかけて1回60分、全5回の授業が行われた。

津山西中学校で行われた実証事業「基礎学力育成社会システム開発プロジェクト」

学習アプリ「モノグサ」を用いて数学の平方根を学ぶというものだが、面白いのが東京学芸大学の学生が、家庭教師のようにオンラインで生徒に指導を行うところだ。

東京学芸大学からは学生が5名、津山西中学校からは生徒10名が参加し、Zoom上で学生1人に対し中学生2名というグループをつくって指導が行われた。1回目と2回目は津山西中学校の教室に生徒が集まって、3回目以降はGIGA端末を持ち帰って生徒それぞれの自宅で実施。平方根の計算に関する課題を「モノグサ」で繰り返し解くと同時に、「モノグサ」の小テスト機能を使って、苦手や理解が不十分なところを明らかにしながら、間違えた問題の解き方を生徒から聞き取って学生が解説するなど手厚い指導を行った。

梶並公人(かじなみ・まさと)
津山市教育委員会 学校教育課

9月末に行われた実証成果発表会で、津山市教育委員会 学校教育課の梶並公人氏は「津山西中学校では、学力状況調査の結果から基礎学力の定着がいま一つ」だと感じていたと話した。とくに小学校高学年の算数の単元、また英語では授業で得た知識の活用に課題があると分析していたが、家庭学習で補うにも十分にカバーできずにいた。「理解が不十分なところがあっても、授業はどんどん進んでいくため、学習意欲の低下にもつながる。既習内容を振り返り学習しつつ、基礎学力を定着、学習意欲を向上させることができないか」(梶並氏)と考えていたのだ。今回の取り組みは、こうした課題解決につながる実証事業だという。

歴舎 潤(れきしゃ・じゅん)
津山市教育委員会 教育総務課

津山市教育委員会 教育総務課の歴舎潤氏は「分数の掛け算ができていないから、ここをやろうなど、どこに戻って学習すべきかがわかるのがいい」と話す。今回は「モノグサ」を使うことでテストの採点や学習状況の分析は省力化しつつ、苦手なところに取り組むなどの声かけを学生から行って、生徒のモチベーション維持を図った。「アプリがいくら有能でもやらないと学力は上がらない。1人でやれるならいいが、やれるようにしてあげるのが学習サポーターの役割」(歴舎氏)という。この実証事業では、短期間にもかかわらず、10人中8人が初回テストから成績が上がったという。

参加した生徒からも「親に言われて参加したが、受けてよかった」「わからないところが、わかるようになった」「わからなかったところについて、大学生とコミュニケーションを取るうちに、わからなかったポイントがわかり、ここをつぶしていこうというのが見えた」など評判がよかったが、課題もあった。「回線が遅い」「パソコンの接続が難しかった」「紙のように計算の過程が書けずに困った」など、オンラインならではの課題が多く、今後はネットワークの整備を含め、Wi-Fi環境のいい場所で実施する、また地域の人材を活用して対面で指導を行うことも検討したいとした。

学校と家庭、地域、企業が協働して教育課題の解決へ

松田恵示(まつだ・けいじ)
東京学芸大学 副学長

東京学芸大学で「未来の学校みんなで創ろう。プロジェクト」を進める副学長の松田恵示氏は、「昨今は『思考力・判断力・表現力』といったコンピテンシーの育成がいわれているが、基礎を学ぶからこそ思考が広がる。資質能力と基礎学力は、一体となって学ぶことが重要」と強調する。ただ、基礎を身に付けるには継続して取り組むことが大切で、苦労している子どもも多く、学習意欲も下がりがちだという。

その点、「モノグサ」のようなベーシックな問題やテストが実装され、子どもの実情に合わせて繰り返し取り組むことができ、学校や先生の要望を反映した問題を搭載できるアプリは、個別最適な学びの実現に有効だ。

松田氏も「記憶の定着にフォーカスしていて『モノグサ』は基礎の定着が得意。ただアプリがあれば何でもできるわけじゃない。今回の実証事業のように学生のほか、先生や保護者が伴走者になってもらい確実で効果的な学習に取り組んでほしい」と話す。

こうしたAIをはじめとするICTを活用した学びの支援は、今後も期待が大きい分野だ。だが、コロナ休校中のオンライン対応でも見られたように、私立と公立の差は今は大きく開いているように見える。

東京学芸大学の「未来の学校みんなで創ろう。プロジェクト」に公教育の変革を掲げるのも、「持てるものはさらに富む、持たないものはさらに貧しくなる」(松田氏)という危機感があるようだ。「1人1台端末」の活用は始まったばかりだが、手綱を緩めることなく、学校と家庭、地域、企業が協働することで教育課題を解決する方法を模索し続けてほしい。

(文:編集チーム 細川めぐみ、写真:すべてモノグサ提供)