オンライン化の第一歩は、PTA役員がZoomでつながること

「昨年のコロナ休校の時、PTA本部の間で『学校に集まれないなら、しばらく活動を停止しよう』という雰囲気になりました。でも、『このまま何もしないで本当にいいのだろうか』と。まずは本部のメンバー間でオンライン会議ができる体制を整え、活動のオンライン化を進めることを提案しました」と語るのは、東京・青梅市立今井小学校(児童数:303)でPTA会長を務める吉田わかな氏だ。

吉田わかな(よしだ・わかな)
青梅市立今井小学校PTA会長。2020年副会長を務め、21年より現職。2児の母
(写真:本人提供)

吉田氏は、2020年、同校のPTA副会長に就任した。「役員経験は初めて。コロナ禍で引き継ぎもままならない中での活動スタートでした。『せっかく役員を務めるのなら、仕事や子育てに忙しい保護者がより参加しやすい組織にしていきたい』という気持ちが根底にあったこと、フリーで英語講師の仕事をしており、在宅でオンライン対応をするなどITの知識があったことから、会長さんに『私が中心となってオンライン化を進めていいですか?』と提案したのです」

吉田氏以外の役員はオンライン会議は未経験だったが、直接会えない中、LINEで連絡を取り合い、個別にZoomの使い方を教えたりするうちに、全員がZoomで交流できるようになった。

「夏には本部のみんなでZoom会議ができ、『つながったね!』と、みんなで喜び合いました。これを機に、オンライン役員会議がスムーズに行われるようになりました。議論を重ねる中で見えてきたのが、PTAも学校もいまだ“紙中心”の運営で、学校と保護者がいつでもどこでもつながれるような、情報共有ツールがないという現状でした」

「LINE WORKS」を導入し、PTAのホームページを作成

さまざまなオンラインツールを試用した結果、21年度に向けての改善策として、メールで一斉配信ができるメーリングシステムの導入、本部役員間の情報共有ツールの導入、PTA活動について発信するPTA専用ホームページの作成と、3つのアイデアを提案した吉田氏。これらが本部の承認を受けたのに加え、周囲からの勧めもあり、21年度のPTA会長就任を決意。次年度を見据えた形でオンライン化を進めていった。

「Jimdo」で作成した今井小学校PTAのホームページ
(資料提供:青梅市立今井小学校PTA)

「重視したのは、『誰もが取りかかりやすいツ−ルを選ぶこと』。後を引き継ぐ方々のことを考え、操作や手間がなるべくシンプルで、のちによりよいツールが出てきたときに簡単に変更できる無料のサービスを選ぶことが、現在のPTAに合うやり方だと考えました」

メーリングシステムは、登録が簡単で、保護者への連絡、災害時の安否確認、アンケートなどさまざまな機能を持つ「学校安心メール」無料版を導入。PTA役員と各委員の情報共有ツールは、みんなで使い慣れているLINEの機能を踏襲したビジネスチャットツール「LINE WORKS」無料版、PTAのホームページは、無料でテンプレートやレイアウトを選択しながらスマートフォンからでも作れる「Jimdo」にした。

「『学校安心メール』は、学校やPTAから保護者への連絡手段としてはもちろん、学校側の提案で、先生方や地域の学校評議員さんにも登録してもらい、先生同士、学校と学校評議員の情報共有ツールとして役立てていただいています。『LINE WORKS』では、委員会やプロジェクトごとにグループを作り、集まらずに話し合いをしたり、書類の共有などを行っています。ホームページ制作は、手を挙げてくれた役員さんにお任せしました。PTAだよりはもちろん、総会資料、ベルマークの仕分け方、入学準備、サポーター募集のお知らせなどが一目でわかるような作りになっています」

これらに加え、外部講師による完全オンラインの保護者向けZoom講演会の開催、地域の防犯活動を行う地区委員が毎年手書きで制作していた「地区マップ」を「Google My Maps」に落とし込み、ホームページ上での可視化を実現させた。

コロナ禍の夏休み、花火大会を実現

そして21年4月、吉田氏はPTA会長に就任。

「昨年度は活動のオンライン化を進め、コロナ禍でもコミュニケーションが図れる体制を整えることができましたが、恒例行事がまったくできませんでした。今年こそ、子どもたちが喜ぶ、みんなの思い出に残る行事を行いたい。感染対策しながら実施できるイベントとは何かを考えるうち、夏休み、校庭での花火大会開催を思い立ちました。混雑や密を避けるため、学校ではなく自宅や自宅周辺で観覧する『お家から見上げる花火』です」

PTAの予算のみでは実現が難しいということで、クラウドファンディングにも挑戦した。

「目標を大きく超える金額が集まっただけではなく、実現に向け、PTAのメンバーや学校はもちろん、消防署、観光協会、今井小学校卒業生でもある自治会の有志の方たちや市議会議員さんなどさまざまな立場の方がサポートしてくださいました。地域の方々から寄付金もいただき、当初の想定よりも打ち上げ数の多い、本格的な花火大会を実現することができました。当日は、YouTubeによるライブ配信も行いました。『いろんな色の花火がきれいだった』『家から見ることができて、すごかった』など、子どもたちが喜んでくれたことが何よりもうれしいですね」

コロナ禍で恒例行事ができない状況が続く中、PTA主導で自宅や自宅周辺で観覧する花火大会を企画し、夏休みに実現
(写真:青梅市立今井小学校PTA提供)

今年度、お子さんの小学校卒業と同時にPTAを卒業する吉田氏。

「無我夢中で走り続け、オンライン化を何とか軌道に乗せることができました。今は、後に続く役員さんたちが運営しやすい本部のあり方、保護者が参加しやすいPTA活動のあり方をみんなで検討している最中です。忙しい保護者が強制感ではなく、楽しみにして参加できるような活動に近づけて引き継いでいければと思っています」

花火大会には、PTAのメンバーや教職員はもちろん、消防署、観光協会、自治会や市議会議員など地域からのサポートもあった
(写真:青梅市立今井小学校PTA提供)

PTAの応援を掲げる、サイボウズの「チーム応援ライセンス」

オンライン化に着手するPTAが徐々に増えていく中、こうしたPTAを企業がサポートし、独自のサービスを提供するケースもある。

渡辺清美(わたなべ・きよみ)
サイボウズ 社長室 NPOプログラム担当を経て 2018年にチーム応援プログラム立ち上げ
(写真:本人提供)

その1つが、サイボウズの「チーム応援ライセンス」だ。サイボウズといえば、グループウェア「サイボウズOffice」やクラウドサービスの業務改善プラットフォーム「kintone」などで知られるIT企業。「チーム応援ライセンス」では、PTAやNPO法人などの任意団体に向け、これらのツールを年額9900円(税別)で提供している。

「チーム応援ライセンスには『kintone』『サイボウズOffice』『Garoon』『メールワイズ』と4つのクラウドサービスがありますが、PTAさんでよく利用いただいているのは、スケジュールや掲示板などの定番機能を備えた『サイボウズOffice』と、業務に応じたアプリを簡単な操作で構築できる『kintone』です」(サイボウズ 社長室 渡辺清美氏)

いずれも30日間無料で試用可能で、導入相談にも随時応じている(土・日・祝は除く)。

岩下朗子(いわした・あきこ)
サイボウズ ビジネスマーケティング本部 サイボウズLive担当を経て2018年にチーム応援プログラム立ち上げ
(写真:本人提供)

「オンライン化の事例や課題解決のノウハウをユーザーさん同士で共有する『チーム応援カフェ』も、月に一度オンラインで開催しています。今後は、このような交流の機会を増やしていきたいですね」(渡辺氏)

「サイボウズOffice」と「メールワイズ」はユーザー数の上限が300、「kintone」と「Garoon」は上限が900だ。

「定番のグループウェア機能を利用したいなら『サイボウズOffice』、ツールでしたいことが明確なら『kintone』でアプリを構築するのもよいと思います。あらかじめ用意されているアプリをカスタマイズするとスムーズです。まずは執行部で『サイボウズOffice』を使い、全校で使おうとなった際、家庭数に応じてより多くのユーザーで利用できる『kintone』に移行するケースもあります。PTAさんのお役に立てるよう、現在、『kintone』で、PTA活動に特化したアプリパックの開発を進めています」(サイボウズ ビジネスマーケティング本部 岩下朗子氏)

オンラインツールを利用しPTA主導で学校の消毒作業を

「自然災害など緊急性のある連絡を確実に保護者に届けること、会員同士が双方向で情報共有や意見交換できる場をつくること、家や職場などどこからでも空いた時間にPTA活動に関われる仕組みをつくり、PTA活動の省力化を図ること。この3つを目的に、オンライン化に着手しました」というのは、宮城県仙台市立八木山南小学校(児童数:281)PTA会長の伊藤宏明氏だ。今年で就任4年目を迎える。

伊藤宏明(いとう・ひろあき)
仙台市立八木山南小学校PTA会長
2018年より現職。2児の父
(写真:本人提供)

同校では、19年春から「サイボウズOffice」を導入し、「YAGINET(ヤギネット)」と命名。21年9月現在、PTA会員の約95%が登録している。

オンライン化を進めるに当たり、伊藤氏は、会長就任1年目となる18年秋、ITに詳しい八巻孝氏に相談を持ちかけた。八巻氏はこれに応え、PTA本部のIT担当として運営に関わることになった。

「さまざまなITツールの中から『サイボウズOffice』に決めたのは、PTA活動との相性のよさを直感的に感じたこと、スマートフォンでも使いやすいことが理由です。年額9900円という低コストも魅力でした」(八巻氏)

会員に通信環境アンケートを実施したところ、全家庭が何らかの形でインターネットに接続できるとわかり、「まずはPTA本部のGoogleアカウントを作成し、会員からの問い合わせ窓口としてGmailアドレス、会員情報を収集するためのGoogleフォームを用意しました。フォームのURLは、スマートフォンからもアクセスしやすいようQRコードも併せて『YAGINET』登録の案内プリントを配布し、登録を促していきました。新1年生の保護者には、毎年秋に行われる就学時健診の際に説明し、登録してもらうことで、入学前からさまざまな情報を共有できるようにしています」(八巻氏)

「YAGINET」は、今年で導入3年目を迎える。

「YAGINET」のメッセージ機能を使ってお手伝いを募集し、都合がつく保護者に参加してもらっている。コロナ禍では、これを使ってPTA主導で学校の消毒作業を行っている
(資料提供:八木山南小学校PTA)

「保護者はもちろん、先生や町内会の方々にも登録いただき、PTA本部、委員会、学年、地区、子ども会などさまざまなグループで双方向のコミュニケーションが活発に行われるようになりました。『八木山南小学校にはYAGINETがあるから安心』といった空気もつくり上げることができたように思います。

これまで、学校行事のお手伝いは主にPTA役員が担っていたのですが、『YAGINET』のメッセージ機能を使って『○月×日に△△のお手伝いをお願いしたいのですが、できる方いますか?』と投げかけると、PTA活動になかなか参加できなかったお父さん方が手を挙げてくれるように。

今年の運動会は、前日が雨で校庭のコンディションが悪かったのですが、当日朝の校庭整備のお手伝いを募集したところ、突然の呼びかけにもかかわらず、50人以上の保護者が集まってくれました」(伊藤氏)

同校では、20年のコロナ休校開けから、PTA主導で学校の消毒作業を毎日行っているという。

「『YAGINET』で、毎日午前と午後3名ずつ募集しています。日ごとの集まり状況が一目でわかる見せ方にし、保護者が自分の予定と照らし合わせて参加を検討できるよう工夫しました。できる人ができるときに参加できる体制を継続できています」(八巻氏)

オンラインツールの活用がPTA同士の連携に

仙台市内の小・中学校187校が加盟する仙台市PTA協議会でも、伊藤氏の導きで「サイボウズOffice」を導入。こちらは「SHIP-NET(シピーネット)」と命名された。

「学校単位でアカウントを配り、市内の子ども向けの行事や保護者向けのイベントなどPTA協議会からの案内を共有したり、行事や会議の出欠確認を行ったりしています。仙台市PTA協議会では、毎年市内の小・中学生の親子が楽しめるイベント『仙台市PTAフェスティバル』を開催しているのですが、昨年、今年はオンラインで対応。『SHIP-NET』を活用して申し込み受け付けなどを行っています」

八巻 孝(やまき・たかし)
仙台市立八木山南小学校PTAデジタル室
19年から20年にかけて副会長を務め、21年から現職。2児の父
(写真:本人提供)

PTAによるオンラインツールの活用が、地域のPTA同士の連携にもつながった好事例といえる。

「PTAは、地域活動の登竜門だと思っています。これまで取り組んできたことをよりたくさんの方に知ってもらい、PTA活動をきっかけに、地域で活躍する人材が増えていくことを望んでいます。また、今後は『YAGINET』を利用して、学校行事のライブ配信やオンライン授業参観なども積極的に行っていきたいですね。より参加しやすい組織に進化させ、ゆくゆくは、『こんなことがしてみたい』と発信した保護者がプロジェクトリーダーになってプランを進めていけるような仕組みもつくっていきたいと思います」

こう話す伊藤氏に、八巻氏も続く。

「これまでのPTA活動に加え、GIGAスクール構想が進む中で保護者のITリテラシーを高める啓発活動なども行っていきたいですね。社会福祉協議会など地域の団体ともコラボレーションしながら、ITを使って子どもも大人も楽しめるようなイベントも企画していきたいと思います」

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:Graphs/ PIXTA)