なぜ今、公立で小中高一貫教育校が誕生したのか?

「一言で言うと、新しい教育システムの構築を目指すためです」

東京都立立川国際中等教育学校附属小学校(以下、立川国際附属小)の設置理由について力強く語るのは、立川国際附属小開設準備室 校長の市村裕子氏だ。市村氏は、都立の高等学校の教員として複数の学校を経験した後、東京都立国際高等学校の副校長を務め、同校の国際バカロレアコース開設に携わった。その後、都立深川高等学校の校長を経て、20年4月から立川国際附属小開設準備室の校長として着任した。

「今の子どもたちが成長し、生きていくこれからの世の中は、答えが1つではない、そればかりか答えがあるとは限らない社会です。みんなで話し合いをしながら、納得解や最適解を見いだすことが求められます。このような社会の変化に対応するために、教育にも新たな工夫が必要です」

同校は、日本初となる12年間一貫した教育を行う公立の小中高一貫校となるが、校名に冠した“国際”という言葉には、どのような思いが込められているのだろうか。

「これからの社会では、いろいろな国の人たちと協働していくことが大切です。国境はあるけれども、それを超えて多様な価値観を持つ人同士が、よりよい社会の構築に向け共に取り組むことが求められます。汎用性の高い言語である英語をツールとして身に付けたうえで、国際社会で活躍して貢献できる人材の育成を目指す必要があります。具体的には、本校では語学力と、その語学力を支える力として言語能力の育成を重視するとともに、物事をより深く学ぶための探究的な学びに12年間一貫して取り組むカリキュラムを組んでいます。例えば語学教育に関していうと、小学校1年生から英語の授業は週に4時間あり、第2外国語を含めると義務教育の9年間で通常の学校より1000時間以上多く外国語を学びます」

語学教育においては、聞くことに敏感で、「情意フィルター」が比較的低い小学生のうちに始めることによる効果を見込んでいる。また、第2外国語として、普段なかなか触れる機会がない言語を学び、異文化への理解が進むことも期待している。

では、ほかに小中高一貫教育の12年間でどのような学びを得ることができるのだろうか。

「初等中等教育における教育課題の1つに、小学校から中学校へ、中学校から高等学校へという校種間の接続が挙げられています。ほかの小学校の校長先生のお話を伺うと、小学校卒業時や、さらにその先を見据えて、どのような人材になってほしいかというビジョンを持たれています。しかし、小学校卒業後、その先の中学校卒業後は、それぞれ異なる進路が展開されることから、直接それぞれの児童や生徒に関わりながら3年後や6年後を見届けるのは、難しいことと推察します。12年間の一貫校として設置される本校には、児童・生徒のために、そのメリットを最大限に生かす教育を行う責務があり、その1つに、校種間の円滑で、効果的な接続のあり方があると考えています」

小中高における校種間の接続がスムーズにいかないというのは、よく言われる課題だ。そう考えると、今回の取り組みは、非常に注目すべきものだといえる。市村氏はこう続ける。

「今回の取り組みは、教育に携わるもの、とくに初等中等教育学校の最終段階である高等学校の教員としても非常に楽しみですし、意義のあるものだと思います。12年間でどういう人物を育てたいかという本校の理念に基づき、目標から俯瞰して学校をつくることができるのは、すばらしいことです。教育を積み重ねていった結果こうなったということではなく、こういう人材を育成するためには、12年後の中等教育学校卒業時にはどのような生徒の姿になっているべきか、その姿に到達するためには中等教育学校でどのような教育が必要なのか。また、そういう生徒の姿に到達するためには、小学校卒業時にはどのような姿になっているべきか、その姿に到達するためには小学校段階ではどのような教育が必要かということを、共通のゴールから、『逆向き設計』でカリキュラムが作れるというのは一貫教育校の強みであると考えます」

立川国際附属小の教育、3つの特色

同校が掲げる教育内容の特色は3つ。第1に掲げるのは「探究的な学び」だ。探究的な学びには2つの側面があるという。1つは普段の教科などの授業における探究的な学びで、もう1つは探究的な学びに特化した学びだ。

小学校1年生の生活科という教科から始まり、総合的な学習の時間、総合的な探究の時間を経て、それぞれのあり方・生き方に基づく進路実現へとつなげる。教科などの学問と、探究的な学びとを往還させて学ぶ狙いがあるという。子どもたちは、自分なりの答えを得るために、どうすればいいかを考え、行動するための「メタ認知力」を高めることで“学びの方法論”を探る。そうやって、子どもたちが自立した学習者になるためのツールを、小学校1年生の時から身に付けるのだ。

立川国際附属小、校舎内のイメージイラスト

「私たちはこれを“探究の技”として設定し、児童は、“考える技” “調べる技” “表現する技”を意図的、体験的に学びます。『この疑問を解決するために、この方法を試してみよう。これがうまくいかなかったときは、違う引き出しから違う技を使ってみよう』というように、児童が自ら考える力を培います。ゴールは、児童・生徒一人ひとりが自分のあり方や生き方へとつなげていくことです。12年間の探究的な学びを経て、進路実現を目指します。高校1年生では、全員が参加する本校独自の『リーダーシップ・アクションプログラム』を予定しています。生徒は海外でインターンシップやボランティアに取り組み、その経験を基に日本語と英語で論文にまとめ、それを国内外で発表します。その経験を通じて、自分の進路実現につなげていきます」

第2の特色である「語学とそれを支える言語能力」についてはどうか。

「言語はツールであり、ツールとして使いこなせるスキルが重要であることはもちろんですが、もっと重要なのは『何を考え、何を伝えるか』です。英語教育については、小学校1年生から4年生までは、文部科学省の検定教科書がないので、東京都教育委員会が本校のために作成するテキストを使って学習します。内容と言語を統合させて学ぶことを意識したテキストになっており、他教科などでの学びと関連づけて学ぶようになっています。例えば、算数の授業で学んだ足し算や引き算の考え方を活用して、英語を学ぶというイメージです。また、論理的思考力には母国語の習熟は必須ですので、国語や日本の伝統文化も十分に学びます」

加えて、英語だけではなく異文化に触れるために、充実した第2外国語プログラムも用意されている。

「多言語教育『マルチリンガルスタディ』として実施予定です。中学校段階から、フランス語、スペイン語、ドイツ語、中国語、韓国語、アラビア語の6言語から1言語を選択して授業として学びます。その言語選択において、より主体的に、目的意識を持って、自分のあり方や生き方とも関連づけて選択できるよう、小学校段階では、その6言語すべてと、それ以外の外国語にも触れる、このマルチリンガルスタディ、“出合う”というプログラムを実施します。こちらは、大学などと連携して、主に特別活動として実施する予定です。12年間一貫してこのような多言語教育を行うことができるのは大変わくわくします。児童・生徒もわくわくを体験し、世界には英語以外にもさまざまな言語や文化、考え方があることに気がついてほしいと考えています」

第2外国語として設定した6つの言語の選定基準は、汎用性や地域バランスを考慮して選んだという。このような多様な言語と文化に触れる機会は、学校の枠を超えた準備をしている。

「本校は、『プロフェッショナル・ラーニング・コミュニティ』という“学びの共同体”として、児童・生徒の教育に当たります。この共同体の中心にいるのは学習者である児童・生徒ですが、私たち教員もよりよい教育を求めてつねに学ぶ人として教育実践に取り組みます。また、児童・生徒の教育に関わる保護者の方、外部関係者の方、すべての方とも連携しながらより豊かな教育活動を実施していきます。第2外国語のプログラムに関しては、東京外国語大学や中央大学を中心に、杏林大学、国際基督教大学や関係する機関にも協力の依頼をしています。来年度から1年生での実施に向け、今後、具体的な授業計画を作成していく予定です。また、多様な経験やスキルをお持ちの保護者の方に、『チーム立国バンク』に登録いただき、児童・生徒の教育に協力していただきたいと考えています。このような連携を通じて私たち教員も、よりよい教育の実現に向け、学び続けることができると考えています」

第3の特色となるのは、「学びを実践する、行動するための学校行事」だ。

「学校行事は児童・生徒が教室で学んだ成果を発表したり、そこで学んだことを活用して行動したりする実践の場であると捉えています。例えば、国語の時間に百人一首の内容を学んだら、その札を用いて百人一首大会を行うことで、知識と体験とが結び付き、いっそう理解が深まると考えます。本校は、教育の全体構想であるグランドデザインを策定し、育成すべき資質・能力を具体的に定めています。学校行事を実施する際は、その行事を通じて、どのような資質・能力を育成するのかを、教員だけでなく、児童・生徒自身や保護者の方にも理解していただくことが大切です。そうすることで、学校行事がよりいっそう有意義になると考えます」

では、12年間の学びを終え、学校卒業時に想定する生徒像とは、どのようなものなのか。

「より広い世界に向け、挑戦する人になってほしいということです。本校での学びを通して、自分のあり方や生き方を念頭に、より広い視野で進路を開拓してほしいと考えています。世界で活躍し、貢献できる人になることが本校の目指す人物像であり、そのために必要となる経験をし、学ぶわけですから、ぜひ、海外の大学にもチャレンジしてほしいです。実際に進学するかどうかは別として、さまざまな経験を経て身に付けたことや、探究的な学びを通して作成した論文などを、最大限に活用して自分の力を試してほしいと思います。生徒が挑戦する人になれるよう、学校も精いっぱい支援します。実は日本の高校生は、学校教育の中で多様な経験をしています。学習指導要領は先を見通した内容を取り入れ、10年をメドに改訂され、各学校は特色化を図っています。また、学校が部活動の指導を行い、体力向上や協働力を高めるだけでなく、スキルを磨き、スポーツ競技の分野や文化の分野で活躍する生徒もいます。日本語だけでなく、外国語での発信力を身に付ければ、世界へ伝える内容は十分にあると考えます」

これから入学する子どもたちに望むこと

「どういうふうに幼児期を過ごすべきか、という質問を受けることがあります。私は、『幼児の時期を幼児として全力で過ごしてほしい』とお答えしています。大人はサポートしようとして、いろいろと話したり、伝えたりしたくなるかもしれませんが、伴走者のように、寄り添って共に考え、経験することが大切なのではないかと考えます。幼児期は、周囲にあるすべてが学びに通じており、幼児はつねに学んでいます。例えば、お子様が未知のものに出合ったとき、『これは何?』『あれは何?』と聞くことがあると思います。そのとき、答えをすぐに伝えるのではなく、問いかけてお子様の考えを聞き、それから一緒に考えるということが大切ではないでしょうか。お子様にはお子様の見えている世界があり、大人が思いもしない考えを持っているかもしれません。

また、時には、お子様からの質問に答えられないことがあるかもしれません。そこで大切なのは、大人にもわからないことがある、しかしそんなときも大人は対処の方法を知っていると示すことではないかと思います。人は一生学び続けていくわけですから、『お父さん、お母さんにもわからないなぁ。一緒に調べてみよう。どうやって調べたらいいと思う?』とか、『あなたはどう思う?』などと言って、わからないときに大人がどうするかという体験を一緒に積むことが大切なのではないでしょうか。その際、お子様の答えがたとえ荒唐無稽なものだったとしても、『面白い考えだね。どうしてそう思ったの?』など、お子様の世界を認めたうえで、一緒に調べることでお子様の世界がさらに広がっていくのではないかと思います」

例えば、言語は学んでも学んでも明確にならないことがある、と市村氏は語る。ある時、わかったと思っても、また新しい疑問が出てくる。そこでもっと知りたくなって、類推したり、仮説を立てたりして学びが続く。学ぶことは、あいまいさやわからないことを乗り越えて、発見すること、知ることであり、それはわくわくする楽しいことなのだ。

だからこそ、児童が持つ知的好奇心を喚起したい、そのための刺激となる多様な教育活動を展開し、学ぶことは楽しいことであると実感してほしいという。

「今は開校前で、夢と理想に満ちあふれています。夢と理想が教育には必要です。しかし、実際に開校したときには、いろいろな化学反応が起こることでしょう。児童同士の化学反応もあると思います。仮にそこで、夢と理想の実現が難しく見えることがあったとしても、目の前の児童を見つめ、今みんなでつくっている理想の教育のよりよい実施に向け、工夫しながら、誠実に取り組み、前に進んでいきたいと思っています」

日本初となる公立の小中高一貫校の開校が、これからの日本の教育システムに希望の一石を投じることになりそうだ。

市村 裕子(いちむら・ゆうこ)
東京都立立川国際中等教育学校附属小学校開設準備室校長
1968年生まれ。91年に外国語科(英語)の教員として入都し、複数の高等学校を経験。 2013年4月~17年3月、東京都立国際高等学校副校長を務め、国際バカロレアコース開設に携わる。17年4月~18年3月、東京都立深川高等学校校長。20年4月から現職

(文:松井佐智子、写真とイラストはすべて東京都立立川国際中等教育学校附属小学校提供)
※タイトル上画像、記事内で使用しているイラストはイメージです