いつしか「ブランド化」した学びの場

「北海道の原野で鹿の角を探してカトラリーを作る」「2日間で山手線全駅のホームの長さを測る」「氷点下20度の世界で自然にあるものだけで火をおこす」――これらはすべて、「異才発掘プロジェクトROCKET」(以下、ROCKET)で行われてきたプログラムのテーマだ。子どもの特性やニーズに合わせた国内外での企画や各界のトップランナーの講演など、さまざまなプログラムを提供してきた。

北海道で行ったROCKETのプログラム。氷をレンズにして太陽光を集め火おこしに挑戦

ROCKETは、2014年から東京大学先端科学技術研究センター中邑賢龍研究室と日本財団の共同事業として、毎年参加希望の子どもたちを募集する形で行われてきた。ディレクターとしてプロジェクトを推進してきた中邑氏は、こう振り返る。

「ROCKETを始めた目的は、学びの多様性を保証することでした。きちんと学校で学ぶのがいいことだという流れの中で、学校に行かなくても学べるのではないかということを示そうとしたのです。今は学校になじめない子を応援する場所も増えましたが、当時はほとんどありませんでしたから」

始めてみると、不登校の子や突き抜けた考え方の子など「面白い子どもたちがたくさん集まってきた」という。ところが、続けるうちに当初の目的とずれるような状況が生じてきた。

「僕自身が楽しくなくなっていきました。『東大が異才を育てるROCEKT』がよくも悪くもブランド化し、ROCKETに入ることを目的にする子が出てきたのです。そして、彼らは企業の奨学金なども勲章のように取っていく。でも、僕らも突き抜けることを求めすぎたのではと反省しています」

ROCKETは、「Room Of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talents」の頭文字を取った。ここに「志」と「Extra-ordinary(並外れた)」という言葉が入っていることもあり、「まだ意欲がない子や突き抜けていない子が、応募しにくくなったのでは」と中邑氏は考えている。

「参加者にも『君たちが志願したのだから、きちんと決めなさい』と、自己決定・自己責任を押し出してしまった。だけど、本当に困っている子はそこまで達していないんですよね。僕らも一般的な学校と同じことをしているなと気づいた頃、ちょうど日本財団との協力関係が終わるタイミングでもあったので、少し内容を変えてみることにしました」

志がない子も誰でも参加できるプログラムを

こうして21年6月、ROCKETの看板を下ろして新たに始めたのが、「LEARN」だ。Learn(学ぶ)、Enthusiastically(熱心に)、Actively(積極的に)、Realistically(現実的に)、Naturally(自然に)の頭文字に由来する。

「今の世の中は、標準的な人間像を設定して、そこに当てはまらない人を排除してしまっている。その社会の枠を崩すためのプラットフォームがLEARNです。学びはもっと多様性があっていいと思っていて、研究室で取り組んできたほかの学びの場も統合しました」

まず賛同してくれたのは、ニトリホールディングス代表取締役会長の似鳥昭雄氏だった。「似鳥会長は『僕も子どもの頃、困っていたよ。オール1でさんざん怒られたし、いじめられた。そういう子どもを救ってあげたいね』とおっしゃってくださった」と、中邑氏は話す。今、似鳥氏が支援する「LEARN with NITORI」は、「いちばん甘いサクランボを探せ!」など、教科書を離れて学びの楽しさに気づくプログラムとして進行中だ。25年度までに全都道府県での実施を目指す。

ニトリの果樹園で行った「LEARN with NITORI」。ミッションは「いちばん甘いサクランボを探せ!」

10月には宮崎県で、「自分で働いて晩ご飯を食べよう」というテーマで小中学生を対象にした労働体験の提供を予定している。農家で働いた分だけ農作物をもらうことができ、その収穫物を持ち寄って夕飯を食べる企画だ。肉は自分の収穫物と物々交換で手に入れるなどのルールも設け、サービスにはコストや対価が生じることを子どもに教えたいという。

「働いて経済的な観念を身に付けることは重要だと思っています。ビジネス系のプログラムというとピッチコンテストが多いですが、こうした労働体験を通じて、上手にしゃべれない子は地道にやればいいということも伝えたいですね」

1人でやりたいことを続けている子を応援しようと、成績不問の奨学金「LEARN ONE」もつくった。

「オール1でもいい、成績不問です。高い金額は出せませんが、例えばセミの抜け殻ばかり集めている子が、それを整理するケースが欲しいと言ったら買ってあげたり、会いたい人がいたら会う手伝いをしたり。応援してくれる人間がいることを伝えたいです」

一方で、突き抜けた子を否定するものではないという。引き続き支援は必要だと考えており、学校教育に飽き足らない子どものためのプログラム「LEARN with Porsche」も用意している。

今年8月のポルシェジャパンとの共催「LEARN with Porsche」は、北海道で実施。写真は清水町の「森の馬小屋」にて、ロープ1本で馬を捕まえて連れてくるプログラムの様子

中邑研究室では、以前からICTを活用した障害児の教育課題研究なども行ってきたが、このプロジェクトでは重度重複障害児・者とその保護者のコミュニケーションを支援する「LEARN in FOREST」や、18歳以降の進路先が限られてしまっている知的障害者の学びや働き方を支援する「LEARN with YUTAKA COLLEGE」なども行っていく。

自治体や学校との「LEARN in Public Schools」もある。例えば広島県と東京・渋谷区では、ROCKETで行うプログラムに不登校の子どもが出席扱いで参加できる体制にしてきたが、LEARNでも引き続き連携するという。特別支援教育におけるICT活用「魔法のプロジェクト(ソフトバンクとの共同研究)」も継続する。

「僕らだけでなくいろんなオルタナティブな学びと学校が連携すれば、もっと学びは多様化していくと思います。例えば数学が得意な子は、堂々と学校を休んで外で学べるようになる。今議論が始まっているギフテッド教育もそれでよいのではないでしょうか」

興味を持ったことがその子の答えだ

こうしたプログラムをそろえ、LEARNのウェブサイトから、その子に合ったものを見つけて応募してもらう。本人の志願だけでなく親の推薦もOK にした。プログラムは今後も増えていく予定だが、「思想は1つ。『学びは自由。時間や空間を超えて学べばいいし、普段生きている中で学ぼう』という方針です」と、中邑氏は話す。

もう1つの教育方針は、「目的なき学び」だ。放っておくことが重要だという。

「学校でやっているのは、答えを追い求める学びや評価を得る学びですが、そうやって目的を設定すると正しい答えが決まってしまいます。でも、目的なしにやると正しい答えがなく、たくさん答えが出てくる。例えば先日、エミール・ガレなどのガラス作品が展示されている小樽芸術村 似鳥美術館で行ったプロジェクトでは、『虫を探しておいで』というミッションを出しました。すると、作品に描かれた虫を見つけてくるだけでなく、技巧に魅了されて作品の作り方を考える子、照明のカッコよさに着目する子も出てきました。でも、それでいい。『虫を探せ』はきっかけにすぎず、興味を持ったことがその子にとっての答えであり学びなのです」

小樽芸術村 似鳥美術館で行ったプロジェクト。アールヌーボーの作品などを通じた子どもたちの反応はさまざま

今の世の中は「こうあらねば」が強すぎると中邑氏は指摘する。

「学習指導要領もガチガチに設定され、学びも点数化されている。STEAM教育だって点数で評価されがちです。ギフテッド教育もオルタナティブ教育の1つになるといいですが、人を評価する軸となっていくことを危惧しています。科学技術が進んだ今、膨大な知識を学ぶには、効率よく組織的に教わらなければトップレベルまでたどり着けませんので、そういう教育の流れがあることは理解できますし、否定しているわけではありません。しかし、そればかりでは世の中はつまらなくなってしまう。もっと自由な発想の中でいろんな事象を考えていくことを子どもの教育に組み込まないといけないと思います」

テストの点数で成績が決まり、いい学校に入っていい会社に入ることを目指すような昭和モデルの流れのままでは、「イノベーションは生まれない」と中邑氏は言い切る。

「よく平等が強調されますが、みんなが同じことをできるわけはないんです。そもそも世の中は不平等。だけど、人生を楽しむことや学ぶことの楽しさを教えることはできると思うんです。小学校まではそれを徹底的に教え、『あとは好きにやれ!』でよいのではないでしょうか。そして互いを認め合い、違うことをやっている人と手を組むという教育をしたほうがいいと思います」

子どもが笑って過ごせる場所をつくり続けたい

今後のLEARNの青写真をどのように描いているのか。そう尋ねると、中邑氏はきっぱりとこう言った。

中邑賢龍(なかむら・けんりゅう)
東京大学 先端科学技術研究センター 人間支援工学分野 教授。重度の知的障害や重複障害のコミュニケーション支援研究、ICTを活用した学び支援研究、学校教育になじめない若者の支援研究などを行っている。著書にLEARNに結び付く現代の教育課題について述べた『どの子も違う 才能を伸ばす子育て 潰す子育て』(中公新書ラクレ)などがある

「どうなるかわかりません。僕の心の中にはないわけではないけど、それを口にしてしまったらおしまい。僕が軸をつくってしまうと、『そこから外れたらダメ』と思わせてしまう。よく『引きこもりの子を何人変えるのか』など目標を期待されますが、引きこもりは悪くないし、そもそも子どもを変えようと思っていません。僕たちは、子どもが傷ついて悶々としているのが嫌なんです。子どもたちがニコッと笑って過ごせる場所ができたらそれでいい。そんな場を面白く続けていくだけです。社会から見たら理解しにくいプロジェクトかもしれないけれど、それでも応援してくださる方がいる。東大という名前があるからできる活動があり、それを活用するのが僕の今の役割かなと思っています」

子どもたちがそれぞれ個性を発揮できるよう、多様な学びの場を提供するLEARN。今後どのような展開が生まれていくのか、注目したい。

(文:吉田渓、写真はすべて中邑賢龍氏提供)