好きが高じてアジア初の「プロマインクラフター」に

「デジタル版積み木遊び」ともいわれる「マインクラフト」(以下、マイクラ)。仮想空間の中で1辺1メートルのブロックを組み合わせ、建築やサバイバルなどを楽しむことができるゲームだ。幅広い世代に人気で、月間アクティブユーザー数は1億3100万人を超えたといわれるが、タツナミシュウイチ氏もそのユーザーの一人である。

オフィシャルマインクラフトパートナー、マイクロソフト認定教育イノベーターのタツナミシュウイチ氏 (写真:梅谷秀司撮影)

マイクラとの出合いは、マイクラを手がけるMojang Studios(当時Mojang)がマイクロソフト傘下となる前の2010年ごろ。ゲーマーの間で人気が広がり始めた時期で、ブロックの種類もまだ少なかったが、すぐにのめり込んだ。その魅力について、タツナミ氏はこう語る。

「マイクラは、ストーリーが用意されたゲームではなく、自分の発想で世界を創造していくゲーム。いわばマイクラの空間はキャンバスで、何を描くのかは自分次第というところが大きな魅力です」

タツナミ氏は、「24時間365日マイクラをやっていても苦ではない、むしろ楽しい」と、笑う。好きが高じて18年1月、自作のコンテンツを売買できるマインクラフトマーケットプレイスに「睦月城」という作品を発表。厳しい審査を見事クリアし、日本初かつアジア初の出品者となったことで一気に注目を浴びた。以来、プロのマインクラフターとして活躍している。

世界遺産のアンコールワットを再現したタツナミ氏の作品

一方、マイクラを通じた教育活動にも情熱を注ぐ。プログラミング教室のマイクラ教材のワールドやカリキュラムの制作を担うほか、大学の研究所に籍を置いてマイクラの教育活用を共同で研究。18年にはマイクロソフト認定教育イノベーターとなり、さらに活動の幅を広げている。

「ただのブロック遊びではないと思った」

なぜ、タツナミ氏は教育活動に力を入れるのか。もともと科学が好きだったが、マイクラにレッドストーン回路やコマンドが実装されたときに「これはただのブロック遊びではない」と思ったという。

「レッドストーン回路は電子工学の論理回路だし、コマンドブロックはプログラムが組めるので、やろうと思えばマイクラの中にコンピューターやゲームを作ることもできる。つまり、自動扉付きのダンジョン(地下牢などの迷宮空間)を設置したりゾンビを出現させたりと、自動の仕掛けを作って楽しみながら科学を学ぶことができるのです。これは学校の授業で活用できると思いました」

そんな確信とともに教育活動を始めて間もなく、くしくもマイクロソフトから教育版マイクラの発表会に誘われる。そこで改めて教育的価値の高さを再確認したタツナミ氏は、マイクラのさらなる教育活用を模索。そんな中、ある海外事例が目にとまった。

「カナダでASD(自閉スペクトラム症)を持つ子どもたちと保護者がチームとなり、プレーヤーの安全性が保たれる設定をしたマイクラの中で共同生活をしたところ、子どもたちのコミュニケーション能力が向上した、というニュースを見たのです。日本も絶対に取り入れたほうがいい活用法だと思いました」

(写真:梅谷秀司撮影)

タツナミ氏はすぐに、つくば市立春日学園義務教育学校の特別支援学級でマイクラを活用していた山口禎恵氏(現在、つくば市立学園の森義務教育学校教諭)にコンタクトを取った。そして、「サーバーもワールドもすべて準備するので、特別支援学級の小学生に協力してほしい」と提案し、教育版マイクラによる1週間の実践を実現した。

その結果、普段は会話が苦手な児童たちだが、全員にコミュニケーション能力の向上が見られたという。詳細は「特別支援学級におけるコミュニケーション能力及び協働能力向上支援のためのMinecraft:EducationEdition マルチプレイワールドを使用した実践の内容と報告」にまとめられているが、クラスメート同士でも異学年でも協力し合う様子が見られ、相手を思いやる声がけなども多くあったという。

「マイクラはチュートリアルがないので、自力で探求して解決する力が求められます。しかも協働作業は、コミュニケーションを取らないと物事が進まないどころか、途中で命を落としたり掘り出したダイヤがなくなったりします。要は協働力の育成が期待できるわけですが、今回の実践で通常学級だけでなく特別支援学級でも役立つことがわかりました」

この実践は、つくば市内だけでなく、他の地域の学校でも導入されるようになってきているという。また、今もタツナミ氏は明治大学サービス創新研究所で研究を続けており、中学校の特別支援学級を対象とした実践の発表を近々予定している。

マイクラは好奇心のきっかけをつくるプラットフォーム

タツナミ氏は慶應義塾大学SFC研究所にも籍を置き、小中高生が自作のワールドを発表する「マインクラフトカップ」のアドバイザーと審査員を務めるなど、「デジタルものづくり」をテーマとした研究活動も行う。そのほか、全国のプログラミング教室や学校で出張授業を行うなど子どもたちと関わる機会も多いが、つねに心がけていることがあるという。それは、リアルとの接続だ。

「僕は、マイクラは好奇心のきっかけをつくってくれるプラットフォームだと思っています。例えばマイクラには鉱石がたくさん出てきますが、実際の玄武岩も黒いことやその理由を知っている子はあまりいません。教科書を使ってそこをわかるようにしてあげると、『すごい!』とみんな大盛り上がり。そのときの目の輝き方は半端ないです。

出張授業の後に保護者の方からも『子どもがよく自分で調べるようになった』といった連絡をよくいただきます。マイクラはリアルの再現に非常にこだわって作られているので、リアルとつなげやすい。そこを利用し、マイクラで動物を育てている子に動物園の飼育員に会わせるなど、現実社会とつなげて好奇心を育ててあげることが大切だと思います」

それが、子どもたちの未来の選択肢にもつながるとタツナミ氏は考える。おそらく、自身が好奇心や「好き」という気持ちを大切にして天職を確立できたからだろう。タツナミ氏は、これまでの道のりを「自分のライフワークは何なのかと悩み、探し続けてきた人生だった」と振り返る。

まずは北海道札幌市で音楽や映像のコンテンツ制作に従事し、高校や専門学校などで国語や映像技術の講師も務めた。その後ドワンゴでマイクラを中心にゲームプロモーション番組やイベントなどのステージ制作を手がけ、声優や作詞にも挑戦。30代前半にして「自分は、エンターテインメントを通じて誰かに何かを知ってもらうことを楽しくできる人間」だとわかったという。

「中でも苦もなくできる得意なことが、マイクラでした。早い段階から教育効果があると気づいていましたし、小さい頃の夢が理科の先生だったことや講師の仕事に喜びを感じていたことなども改めて思い出し、マイクラを通じた教育活動を考えるようになりました。僕の仕事を通じて子どもたちが、勉強が楽しくなったり、本当に好きなことを見つけてくれたりしたらいいなと思います」

タツナミ氏のマイクラ作品。広島県の厳島神社(左上、右上)。エジプトのピラミッド(左下)。ナスカの地上絵(右下)

こうした経歴も注目され、最近では高校からの依頼でキャリアをテーマに話をする機会も増えている。先行き不透明な社会ムードの影響か「夢も希望もない」と考える高校生も少なくないそうだが、得意なことを生かすことの価値や、「本当にやりたいことを必ず見つけるのだ」という気概を持つことの大切さを伝えるようにしているという。

「日本はICT教育が10年遅れている」

ICT教育が推進される背景もあり、教育版マイクラの導入例は増えてきている。総合的な学習の時間で探究学習やプログラミングなどで活用する教員が多いが、炎色反応の実験などもできるので理科系の授業で使う教員もいるという。「仮想空間の中ですべてが完結するので、実験道具などの片付けが不要。授業時間をまるまる使える点もマイクラの利点」と、タツナミ氏。また、教育版は通常版と基本機能は同じだが、子どもたちの位置把握や行動制限ができる「クラスルームモード」があるので教員は授業を進めやすいという。

GIGAスクール構想で端末整備が進み、教育版マイクラの普及には追い風が吹いているようにみえるが、タツナミ氏はこの1年のGIGAの現状を残念に思っている。

「現場の先生たちのお話を聞いていると、端末のスペックが低すぎるし、それ以上にネットワーク整備はひどいと感じます。僕も出張授業でマイクラが立ち上がらなかったり固まったり、授業ができなかったことがある。今の2~10倍のお金をつぎ込まないと満足な授業はできないでしょう。米国の小学校の教室を見てきてほしいです」

タツナミ氏は以前、シアトルで教育現場を視察している。小学2年生がブラインドタッチでプログラミングしている姿はもちろん、公立幼稚園で子どもたちが1人1台のデスクトップパソコンでタイピングをしている光景に衝撃を受けたという。

「日本はICT教育が10年遅れていると思いました」と、タツナミ氏。それ以来、幼稚園からキーボードやマウスの使用を経験させることを推奨するようになり、2歳と5歳のわが子にもパソコンを触らせているという。

「これからの時代、子どもたちを導く立場にある教員にこそ、新しいものに対する好奇心や学びが必要です。ICTに関しては、少なくとも『Javaならわかる』など、何か1つ得意な領域を持っておくことは必須であり、ネットワークづくりも大事だと思います。

例えば、僕はマイクロソフトの教育イノベーターで、わからないことがあればその仲間に相談できていますが、彼らの9割が教員です。教育意義のある取り組みについての審査はありますが、登録は無料なので挑戦してみてはどうでしょうか。アンテナの高い先生方ばかりなのでいろいろな情報が得られます」

今後は、ICT活用に悩む教員や管理職との橋渡しなどもしていきたいという。子どもたちの明るい未来を願い奔走する「マイクラおじさん」の役割は、まだまだ広がっていきそうだ。

コンテンツ制作や講師などを経て、ドワンゴ(現カドカワ)でゲームプロモーションの番組やイベントのステージ制作を手がける。 2018年マインクラフト公式マーケットプレイスにて「睦月城」を発表し、日本のみならずアジアで初のオフィシャルマインクラフトパートナーとしてプロマインクラフターとなる。プログラミング教室などでもマインクラフト教材のアドバイザーを務め、マイクロソフト認定教育イノベーターとしてマインクラフトを活用した教育教材の制作や特別支援教育での活用を研究中。明治大学サービス創新研究所研究員、慶應義塾大学SFC研究所所員
(写真:梅谷秀司撮影)

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真はタツナミ氏提供、© 2021 Mojang AB. TM Microsoft Corporation.)