デジタル庁に続き「行政の縦割り打破」を目指す第2弾の目玉

新たに子育て政策の司令塔となるこども庁。日本経済の深刻な課題である少子高齢化、人口減少に対応するとともに、これまで内閣府、文部科学省、厚生労働省などに分散していた権限を一元化することで、子育て支援をはじめとした政策実行の充実を目指す。

現在、政府はこども庁創設に向けた動きを加速させているが、専門家はどのように見ているのか。東京大学大学院経済学研究科教授の山口慎太郎氏は次のように語る。

「幼児教育の無償化や待機児童の問題など、子どもに関する問題への関心が世間的に高まっていく一方で、日本ではこれまで子どもに対する支援が全般的に不足していました。今回のこども庁の創設によって、その対応が強化されるという点では評価してもいいでしょう。ただ、国としては、もっと早く着手すべきだったともいえます。それでも、今回のこども庁の創設をきっかけに、これから子育て世代の意見が反映されやすい仕組みや効果的な政策の実現が前進していくことには大いに期待しています」

子育て支援に関する取り組みについて、日本と海外を比較する方法としては家族関係社会支出をGDP比で見ることが有効だ。子どものいる家族を支えるための公的支出で、児童手当をはじめとした現金支給や幼児保育、就学援助などになるが、日本はGDP比で約1.6%であるの対し、ドイツは2.3%、フランスやフィンランドは2.9%、デンマークやスウェーデンの支援は手厚く3%を超えている。OECD平均は2.1%で、日本はほかの先進国と比べて相対的に低くなっている。なぜここまで差が出るのだろうか。

「日本は韓国同様、家族主義的な発想があり、家族の問題は家族の中で解決するという考えが強い傾向にあります。例えば生活保護が必要になっても、まず親族の誰かに頼れる人はいないかという発想になってしまうのです。北欧のように社会で子どもを育てていくという考えがありません。こうした家族主義は、親にとっての子育てのハードルを高めるため、少子化の一因でもあります」

実際、家族関係社会支出と出生率はまさに相関関係にあり、支援が手厚いほど出生率が高いことがわかっている。

菅政権では9月に発足するデジタル庁に続き、こども庁の創設は「行政の縦割り打破」を目指す取り組みとして第2弾の目玉となる。だが子育て支援は、これまでなかなか理解や支持が得られなかった。そもそも財源にも限りがある中で、私たちはどのように向き合っていくべきなのだろうか。

「子育て支援を拡大していこうとすると、日本は財政赤字を抱え、あまりお金をかけられないという意見が出てきます。しかし、子育て支援は30~40年後の日本社会に対する投資であり、支出以上の大きなリターンがあるということをまず理解してほしい。それだけ子育て支援の拡充は、将来の財政や出生率に好影響を及ぼします」

子どもに対する投資、幼ければ幼いほど費用対効果は高くなる

実際、経済学の世界では、さまざまな社会政策がどれくらい社会にリターンを生み出すのかを比較する研究が進んでいる。その中でも、乳幼児、あるいは胎児期に対する支援については、ほかの政策と比べて、金銭的にも大きな効果があることがわかっているという。

「子どもに対する投資は、単純に金銭的な損得勘定で考えたとしても効果が大きい。にもかかわらず、そのことがまだ広く認識されていないのです。現状においても、支援策としての中身以上に予算的な規模が小さく、そこを大きくしていくことが何より重要になっています」

そうした子育ての支援の効果を高めていくためにも、山口氏は乳幼児に対する支援を重点化すべきだと指摘する。

「子どもが幼ければ幼いほど、費用対効果は高くなります。それは、その後の変化が大きいうえ、残りの人生も長いためです。例えば、乳幼児期に一度健康面を改善すれば、大人に成長した後の健康リスクは大きく軽減されます。その反対に乳幼児期の健康状態がそのまま悪ければ、それ以降健康を取り戻す機会を失ってしまうのです。それは情緒面や知能面でも同様です。したがって経済的に、子どもを過酷な環境に置かないことが必要不可欠となるのです」

また、乳幼児以外の課題としては、子どもの貧困も見逃せないという。バブル崩壊以降、一般世帯の所得がほとんど向上せず、人口減少が進む中、この問題が深刻化している。

「日本では相対的な貧困が拡大しており、同世代の当たり前から極端に外れた生活を送った子どもたちが大人になったとき、社会についての必要な知識や大人として求められるマナーや振る舞いに欠けた人間になってしまう可能性があります。これは将来の出生率など社会の利益にとっても大きなマイナスとなります。そうした問題を解決するためにも、貧困解消の支援対策を充実すべきなのです」

幼保一元化は必要不可欠とまではいえない

その意味では、日本もこども庁の創設によって、本格的に子育て支援に乗り出す基盤ができる。だが、その一方で、期待される効果がそれほど見込めない分野もあるという。

山口慎太郎(やまぐち・しんたろう)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
1999年慶応義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。06年米ウィスコンシン大学経済学博士(Ph.D)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、17年東京大学大学院経済学研究科准教授を経て19年より現職。専門は労働経済学、家族の経済学、教育経済学。『子育て支援の経済学』(日本評論社)『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)など著書多数
(写真は山口氏提供)

「例えば、子どもの虐待に対する対応については、行政の縦割りの弊害があって、うまく連携を取れていないことが明らかになっています。そうした部分では一元化のメリットは、やはり大きいでしょう。他方、よく話題となる幼保一元化については、必要不可欠とまではいえないかもしれません。しかし、3歳以降の幼児教育について幼稚園と保育園はかなり重複しているので、制度自体をすり合わせて効率化と均質化に取り組むべきでしょう」

では実際、これから子育て支援が拡充されていくとして、どのような経済効果が生まれるのだろうか。その好例となるのが、米国の子育て支援「ペリー幼児教育プロジェクト」だ。こちらを分析したジェームズ・J・ヘックマン米シカゴ大教授らの研究によると、貧困家庭の子どもたちに幼児教育を受けさせた結果、高卒率が上昇し、40歳時点での就業率と所得が高まったという。その一方、重犯罪による逮捕や生活保護利用は減少。税収増と社会保障支出などの削減につながったという効果が生まれている。山口氏が言う。

「こうした効果を経済的価値に換算すると、年7~8%の実質リターンがあると考えられます。ちなみに株式市場に投資した場合の実質リターンが5%ほどですから、かなり高い経済効果があるといえます。つまり、社会的な投資プロジェクトと見なしても、かなり大きなメリットがあるのです。子育て支援から得られるリターンは政府の政策の中でも最大級のものです。そこで大事なことは次世代に対する投資と考えること。そして、すぐには効果が出ないが、そのリターンは将来、必ず大きなものになる。子育て支援を継続していくには、そうした長期的な視点が必要となるのです」

(注記のない写真はiStock)