新制度で低所得世帯の進学率が上昇

文科省は4月、2020年度にスタートした「高等教育の修学支援新制度」により、住民税の非課税世帯の進学率について約7〜11ポイントの上昇が確認できると推計をしていると公表した。

「高等教育の修学支援新制度」は、経済的な理由で学びを中断することのないよう大学・短大・高等専門学校・専門学校への進学を支援する制度だ。いわゆる「高等教育無償化」と呼ばれる制度で、支援の対象となるのは住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯の学生だ。条件を満たせば、授業料や入学金の免除または減額と、返済不要の給付型奨学金をセットで受けられる。

また現在、大学に在学中で貸与型奨学金を受けている学生は給付型奨学金の対象に、奨学金や授業料などの減免を受けていなかった学生は新たに支援の対象となる可能性があるなど、今までよりも充実したサポート内容になっているのがポイントだ。

初年度となった20年度は、27万人に対して支援を行ったという。文科省は、引き続き丁寧に分析する必要があるとしつつも、住民税非課税世帯の進学率推計値が、制度導入前となる18年度の約40%から導入後の20年度には約48~51%程度に上昇したと発表した。

萩生田光一文科大臣は会見で「新制度がなければ進学を諦めていた者が34.2%、新制度がなければ今の学校より学費や生活費がかからない学校に進学した者が26.2%との状況であり、新制度が真に支援が必要な子どもたちの進学の後押しになった面があるものと考えられる」と話している。

低所得世帯の教育費の負担割合は、年収の3割にもなる

高等教育の中でもお金がかかるのは、やはり大学への進学だろう。日本政策金融公庫の「教育費負担の実態調査結果(20年10月30日発表)」によると、入学費用だけで国公立大学は77万円、私立大学文系で95.1万円、私立大学理系で94.2万円かかる。ここでいう入学費用には、入学金をはじめ受験の際に支払った受験料や交通費、入学しなかった学校へ支払った納付金なども含まれ、より実態に即した費用といえる。

年間の在学費用には、授業料のほか通学費、施設設備費、教科書や教材、学用品の購入費などがあり国公立で115万円、私立文系で152.1万円、私立理系で192.2万円。卒業までにかかる金額となると国公立大学では537万円、私立文系で703.5万円、私立理系で863万円にもなる。一人暮らしなど自宅以外からの通学や、歯学部・医学部に通う場合などは、さらにお金がかかることは言うまでもない。

この調査では、世帯年収に占める在学費用の負担割合も聞いている。平均は15.9%で「10%以上20%未満」が33.9%と最も多い分布となっている。とくに年収「200万円以上400万円未満」世帯では平均負担割合が31.7%とかなり高い数字となっており、教育費の負担が年収が低いほど大きな負担となっていることがうかがえる。

こうした中、「高等教育の修学支援新制度」が低所得世帯の教育にかかる経済的負担の軽減、また大学進学への後押しとなっていることは大きな前進といえる。だが、無償化とうたってはいるものの実際には上限があり、低所得世帯でも負担が生じている家庭があること、また中間所得層は恩恵が受けられていないなどの課題もある。

家庭の経済力が学力に直結、課金と情報戦による格差広がる

さらに、コロナ禍で年収が減るなど家計が厳しくなる中、大学を中退しなければならない学生も出始めているほか、大学の進学や授業料の心配をする以前に大学受験に必要な費用の工面に困る家庭が出てきているという。受験料や模擬試験代、塾の費用、参考書代などを用意できずに「受験を諦める」選択肢を突きつけられているのだ。

キッズドア理事長 渡辺由美子
2007年任意団体キッズドアを立ち上げる。09年内閣府の認証を受け、特定非営利活動法人キッズドアを設立。「親の収入格差のせいで教育格差が生じてはならない!」との思いから、経済的に困難な子どもたちが無理なく進学できるよう、日本のすべての子どもが夢と希望を持てる社会を目指し、子どもの貧困問題解決に向けて活動を広げている。 内閣府「子供の貧困対策に関する有識者会議」構成員、厚生労働省「生活困窮者自立支援のあり方等に関する論点整理のための検討会」構成員などを務める
(写真:本人提供)

そうした状況を受けて、貧困家庭の子ども向けに学習支援などを行っているNPO法人キッズドアと認定NPO法人キッズドア基金は、「受験できない子ども」を出さないために「受験サポート奨学金」を通じたサポートを行っている。個人・企業の寄付に加えクラウドファンディングで資金を調達し、昨年は大学進学を目指す高校3年生に5万円、高校2年生に3万円の現金給付に加えて、受験情報やオンライン学習アプリ「スタディサプリ」の提供などを合計554人に実施したという。

「普通の家庭では、一生に一度の受験だから何とかお金を集められるでしょうと思いますよね。でも、受験料が用意できない、受験させられない、お金がないのはどうしようもないという家庭があるんです。いかに頑張ろうと思ってもどうしようもないことがあるというのが、社会に伝わりづらいと思っています」

こう話すのは、キッズドア理事長の渡辺由美子氏だ。奨学金申込者の8割以上は、一人親世帯。平均子ども数が2.15人と、3人以上や4人以上の子どもを持つ家庭も多く、一人ひとりの子どもの教育費が負担になっていることがわかっている。世帯年収は「200万円未満」が半数以上、年収300万円未満を含めると82%にもなる。

気になる奨学金の使い道は、受験料が4分の1の25%、参考書、テキスト代18%、入学金13%、交通費12%となっている。決して十分とはいえないであろう現金給付ではあるが、大きな価値を持つことが実感させられる内容だ。

では、実際の進路はどうだったのか。

「進学が77%、浪人が14%、進学を諦めざるをえなかったという人も含む就職が6%という結果でした。ただ、複数受験できない、かつ浪人できないため、確実に合格できるように志望校のレベルを下げた人や特別選抜入試に変更した人が多く見られた」と渡辺氏は話す。大学受験といえば、第1志望のほか複数の大学を受験する子が多いが、今回奨学金を受けた子の71%が1校しか受験をしなかったという。

しかも、そのうち一般選抜が29%、学校推薦型選抜(指定校推薦入試)が46%、総合型選抜(AO、スポーツ活動入試)が23%だった。「全体の平均は一般選抜5割、指定校と総合型を合わせて5割」(渡辺氏)というから、経済的な理由が子どもたちの進路に大きな影響を与えていることがよくわかる。

今年、初めての実施となった大学入学共通テストの受験料は2教科以下で1万2000円、3教科以上で1万8000円だ。共通テストだけで受験可能な大学ならばいいが、その後、私立大学を受けるとなると1校につき約3万5000円かかる。第1志望が国公立ならば、私立を滑り止めとして受けることも多いが、その場合は入学金を支払わなければならず、晴れて国公立に合格が決まっても入学金は返ってこない。

こうした中、共通テストを主催する大学入試センターは、共通テストの成績を利用する大学が支払っている手数料を段階的に引き上げる方針を示している。今後各大学が、この値上げ分を個別入試に上乗せする可能性もあり、受験生の負担増が懸念されている。ただでさえ、受験料の捻出に困る家庭がある中で、渡辺氏は「共通テストの無償化、できないなら困窮家庭向けに受験のための公的支援を充実させてほしい。これをやらないと格差が縮まらない」と強く訴える。

さらに困窮家庭を苦しめているのが、多様化、複雑化が進む大学受験の「情報格差」だ。経済的な理由から塾に通っていない子どもも多く、予備校などのプロの情報がない中で作戦をうまく練れずに苦戦した子もいるようだ。クラスメートとの交流が少なくなる浪人生となればなおさらで、受験を自学自習で乗り切る厳しさは計り知れない。コロナ禍の大学受験は、いっそう家庭の経済力が学力に直結するようになっており、課金と情報戦による格差が広がっている印象を受ける。

「東京都には『受験生チャレンジ支援貸付事業』という受験料や塾費用などを無利子で貸し付けしてくれて、大学に入学できれば返済しなくていいという制度があります。こうした制度が全国に広がるといいと考えています」(渡辺氏)

キッズドアでは4月から開始した今年の「受験サポート奨学金」のクラウドファンディングも、目標金額900万円を達成する見込みという。高校3年生250人に5万円、高校2年生50人に3万円を7月に支給することを目指している。

文科省の「高等教育の修学支援新制度」をはじめ、学ぶ意欲のある子どもたちを支援する取り組みは拡充されつつあるようにみえる。だが、それはまだ十分ではない。経済的な理由で進学を諦める子どもが出ることのないよう、こうした教育格差の現状をより多くの人が正しく理解し、支援の輪が広がることが大きな力へとつながっていくに違いない。

(注記のない写真はiStock)