今も主流の「片廊下型」の問題点

新学習指導要領やGIGAスクール構想の実施に伴い、新たな学びに適した学校施設を検討する動きが出始めているが、現状の環境では何が問題なのか。多くの学校設計を手がけてきた赤松佳珠子氏は、こう説明する。

赤松佳珠子(あかまつ・かずこ)
シーラカンスアンドアソシエイツ代表取締役、法政大学デザイン工学部教授、神戸芸術工科大学非常勤講師、日本学術会議連携会員、新しい時代の学校施設検討部会委員。主な作品は、流山市立おおたかの森小中学校・おおたかの森センター・こども図書館など。渋谷ストリームのデザインアーキテクツも担当。日本建築学会賞(作品)など受賞歴多数
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「日本の教育は明治以降、一斉授業が主流。それに合わせ、1950年に文部省(現・文科省)と日本建築学会が作成したのが『鉄筋コンクリート造校舎の標準設計』です。廊下に沿って教室が並ぶ『片廊下型』の設計で、子どもの数が急増した高度成長期に全国で量産されました。今もこの標準設計の学校が主流ですが、時代の変化とともに求められる主体的な学びや教科横断的な学びに対応するには、そぐわない仕様のままである部分も多くあります」

例えば総合的な学習の時間では、少人数で調べものをしたり、学年単位で発表したりと、必然的にさまざまな動きが伴い、活動人数も適宜変化していく。1つの教室で学びを完結させるタイプの標準設計では、柔軟な対応が難しいのだ。

そのため、80年~90年代、一部の小学校では教室と廊下の壁を取り払い、廊下の幅を広げた「オープンスクール」という設計の導入が広がった。廊下が単なる通路ではなくワークスペースとしても機能するため、多様な学習展開に対応できる。同時期、中学校では教科ごとに教室がある「教科教室型」も登場。資料をふんだんに置けるなど各教科の世界観をつくることができるので、学習の可能性が広がりやすいというメリットがある。

オープンスクールの例。熊本県宇土市立宇土小学校(左)。千葉県千葉市立美浜打瀬小学校(右)
(提供:CAt)

一方、課題もある。オープンスクールでは音が気になる人がいる。活用の仕方がわからなかったり、家具がうまく選定されていなかったりして空間を使いこなせないケースも。使いこなせていても、とくに公立校は教員の異動によって活用が途絶えてしまうことも多い。教科教室型では、子どもたちが各教室に移動するのが大変だと感じる学校もあるという。

こうした中、新型コロナ禍の影響でICT化が広がり、改めて学校施設を見直す流れになった。そもそも学校は全国的に老朽化が激しく、建て替えに当たっては少子高齢化に伴う自治体の財政問題や地域連携などの視点に立つ必要性も以前から指摘されており、「これらの複合的な理由から学校施設の見直しの議論が進み始めている」と赤松氏は言う。

とはいえ、文科省の「新しい時代の学校施設検討部会」は2021年2月に第1回の会合が開催されたばかりで、本格的な議論はこれからだ。そこで今回は、赤松氏が委員長を務めた長野県の「県立学校学習空間デザイン検討委員会」がまとめた最終報告書「長野県スクールデザイン2020~これからの学びにふさわしい施設づくり~」で提案された学習空間の内容を紹介したい。

新しい学びに必要な空間設計とは?

内堀繁利(うちぼり・しげとし)
長野県教育委員会事務局 高校改革推進役。4高校で教諭を務め、長野県教委事務局指導主事、軽井沢高校校長、県教委事務局高校教育課長などを経て、上田高校校長、県高校長会長。SGHを核とした学校改革に取り組み、2018年3月定年退職、同年4月から現職。中央教育審議会「新しい時代の高等学校教育の在り方WG」委員など
(提供:長野県教育委員会)

長野県教育委員会がいち早く18年に学習空間の検討を始めた背景について、同検討委員会の委員も務めた同教委事務局 高校改革推進役の内堀繁利氏はこう語る。

「長野県は今、学校や教員が主導する『教育』から子どもたち主体の『学び』に転換しようとしています。すべての教科・授業で探究的な学びを取り入れ、ICTも必須の文房具として位置づけていく。3人に1台の端末整備と普通教室を中心としたWi-Fi環境の整備を20年度末までに完了しており、21年度からBYODも進めます。高校改革では、こうした学びの改革と新たな学校づくりを一体的に推進することとしていますが、そうなると当然『学習空間』という捉え方が重要になる。そこで、検討委員会が設置されたのです」

同教委事務局 高校教育課施設係 担当係長の村澤史浩氏は、これは今までになかった取り組みだと話す。

村澤史浩(むらさわ・ふみひろ)
長野県教育委員会事務局 高校教育課施設係 担当係長。建築職として長野県入庁。2017年度から現職。県立学校の施設整備等を担当。「県立学校学習空間デザイン検討委員会」では、事務局担当者として立ち上げから最終報告「長野県スクールデザイン2020」まで携わる。同報告内容を県立学校で実現するよう、庁内での検討を推進中
(提供:長野県教育委員会)

「全国的に学校は老朽化しており、その修繕などは当県でも取り組んでいますが、空間として学校がどうあるべきかという議論はされてきませんでした。そこについて、赤松先生をはじめ各界の専門家に集まっていただき、県立学校全体として総合的に検討できたのは本当に画期的なことです」

では、具体的に同報告書で提案されたのはどのような学習空間なのか。

「これからの学びに必要なのは、1人から大人数まで柔軟に学習展開していける空間。1人で静かに調べものをしたい、友達と議論したい、先生に見てもらいたいなど、何か思い立ったときにすぐに動けて実現しやすい空間です。とくに、調べものや資料作り、オンラインでの対話など多くのことができる端末が『1人1台』となる時代は、端末を持ってパッと次の活動に移れる環境が大事。そのため、いろいろな使い方を可能にする『重ね使い』を意識し、活動に応じて開いたり閉じたりできる緩やかな空間のあり方を議論しました」(赤松氏)

内堀氏も自身の経験を踏まえ、こう語る。

「私は高校の校長時代に『探究』を推進していましたが、探究をやると廊下で立ち話が始まるなど、あちこちで議論が発生する。『建物が学びを支え切れていない』とずっと感じていました。また、長野県の高校は大職員室がなく、教科単位で先生の部屋があり、先生の居場所が校内に分散しているため緊急時に対応しにくいなどの課題があった。今回の報告書では、こうした問題がクリアされているのはもちろん、10年後、20年後に教育トレンドが変わったとしても対応できるような機能的かつ柔軟な『未来志向』の空間が提案されています」

例えば、下のスケッチを見てみよう。一見「教室と廊下」に区切りがないが、集中したいときは引き戸を閉めて空間を分けることができる。廊下は通路でありながら、家具の工夫などによりロッカースペースとラウンジの機能も持たせてある。奥は建具を開けば外と室内が一体化し、気軽に行き来ができる。

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昔からの「教室+廊下」の概念を覆す空間デザイン

次のスケッチは、「アクティブラーニングルーム」。ディスカッションしたり、壁をスクリーン代わりにして発表したり、フレキシブルな活動が可能だ。

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「アクティブラーニングルーム」のイメージ

調べものとディスカッションを往復できるよう、「図書・メディアラーニングセンター」の脇に「小教室」を設ける設計も提案している。

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「図書・メディアラーニングセンター」と隣接する小教室

空間を開閉する建具は、引き戸のほか、折れ戸やカーテンなどいろいろ考えられるという。ガラス張りにするとよりオープンな雰囲気となる。

折れ戸の例。写真は熊本県宇土市立宇土小学校
(提供:CAt)

「職員室は、『執務空間』と捉えながら、児童生徒が日常的かつ気軽に先生に話をしに行けるオープンな形が望ましい。また、オフィスでもちょっとしたミーティングスペースが増えていますが、職員室にもそういったコミュニケーションスペースがあったほうがいいでしょう」(赤松氏)

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大職員室。カウンターで左側の教員エリアと空間を分けつつ、生徒が訪れやすい雰囲気に

通路にも大教室にもなる「階段教室」の提案も面白い。授業や発表会など工夫次第で多様な使い方ができる。例えば、発表会の最中に通路としても解放しておけば、他学年が立ち止まって見学するかもしれない。学年を超えて子どもたちの興味を広げることも期待できるのだ。

階段教室イメージ。写真は岩手県釜石市立釜石東中学校
(提供:オカムラ 写真:Nacása & Partners)

「ハードとソフト」のリンクが課題

こうした学習空間を実現するうえで、赤松氏は次のような問題を指摘する。

「当然、プロジェクターなどICT機器が使いやすい環境がいいですが、機器類は日々進化し続けているので、それにどう対応していくかは課題。現時点では機器交換や配線類の交換のしやすさなども考慮して設計する必要があります。

また、『ハードとソフト』、つまり建物と使う人をつなぐことが非常に重要。学校は、設計者が教育委員会・先生・地域・児童生徒と議論を重ねたうえで設計しますが、委託される業務自体は完成して引き渡しまでなので、実際に使う人たちに設計経緯やよりよい使い方を伝える機会がなかなかつくれない現状があります。

そこで、私たちは千葉市立美浜打瀬小学校が使われ始めた後、設計経緯やオープンスクールという学校施設のあり方、そのメリットをワークショップ形式で先生方にお話しし、ワークスペースの活用方法を議論しました。こういう機会があれば先生は積極的に考えてくれます。大切なのは、建築が完成した後、設計者と先生が一緒になって空間の活用方法を考えていける体制づくりです」

このほか、同報告書では、多様な学びを促進して地域と学校が共創する「地域連携協働室」の必要性や、今まで見過ごされてきた「生活空間」としての快適性なども強調されている。また、学校は公共建築であり簡単には建て替えられないため、長期的な視点も重視する。

「今後、子どもが減っていき、教室が余ったら間仕切りを取り大きな空間にしてもいいし、地域の高齢者が使えるようにしてもいい。少子高齢化による行政の財政縮小の観点からも、学校機能以外での利用も可能な設計をすることが大事になります。基本的に地域の気候風土に合わせ、通風や採光、断熱、耐震などを担保した快適な場所になっていれば、空間の応用は利きます」(赤松氏)

村澤氏は「文科省が推進する個別最適な学びと協働的な学びの実現には、『ツールの進化によるICT化』だけでなく、多様な活動を誘発する『物理的な環境としての空間』が必須。ここは本来セットで議論していくべきで、それが全国でできたら学校はもっと面白くなっていくと思います」と、期待する。

「県知事も同報告書を大事にしたいと発言しており、現在、実現に向けて各学校の築年数やコストなども含めさまざまな観点から検討が進んでいる」(村澤氏)という。新時代の学びや学習空間のあり方について多くの示唆を与えてくれるこの報告書は、同県教委のホームページで見ることができる。

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、スケッチの出所:「長野県スクールデザイン2020~これからの学びにふさわしい施設づくり~」)