著作権の基本と改正前のルールをおさらい

「教育というものは著作物で成り立っている部分が、非常に大きい」と、一般社団法人 授業目的公衆送信補償金等管理協会(以下、SARTRAS/サートラス)理事・事務局長の野方英樹氏は話す。試しに教科書を開いてみよう。小説の一部や楽譜・図表・挿絵・写真などが載っているはずだ。専門書であれば、論文が掲載されているだろう。これらはほとんどが著作物だ。

当たり前だが、著作物には作った人(著作権者)がいる。著作権者は第三者によって自分の著作物が勝手に使われないよう制限する権利(著作権)を持っている。「他人の自転車を、所有者の断りなく第三者が勝手に乗り回してはいけないのと同じ理屈です」と、野方氏は説明する。よって、著作物を利用したいときは、著作権者に許諾を得なければいけない。それが著作権法の大原則だ。

野方英樹(のがた・ひでき)
一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会(SARTRAS)理事・事務局長。一般社団法人日本音楽著作権協会にて音楽著作権管理に従事。2018年10月退職後、公益社団法人日本複製権センター事務局長代理を経て19年1月SARTRAS事務局長、 20年6月より現職。著作権法学会・国際著作権法学会会員
(写真提供:野方英樹氏)

また、著作物には「著作隣接権」というものもある。著作物の普及に重要な役割を果たす実演家(俳優・舞踏家・歌手・演奏家など)、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者に認められた権利だ。例えば、音楽CDの音源をほかの媒体に複製する場合は、著作隣接権者の許諾も必要になる。現在は著作権も著作隣接権も、著作者の死後70年間継続する。

ただし、例外がある。例えば「私的複製」だ。個人が家庭内などで楽しむ場合に限った複製は、許諾不要とされている。これと同様に、「学校その他の教育機関」における授業目的の複製等も例外扱い。これらを法律で定めているのが「著作権法第35条」だ。「黒板に教科書を書き写す行為も複製です。これを当たり前のように行うことができるのも、第35条があるからといえます」と、野方氏は説明する。

この著作権法第35条が、20年4月に改正された。いったい何が変わったのか。そのポイントは「授業目的公衆送信」、いわゆる「オンライン授業」に関する許諾にある。改正前は、以下の4つの条件の下、無許諾・無償で、対面授業で使う資料としての紙での複製や同時中継の「遠隔合同授業等」のための公衆送信を行うことができた。

① 「非営利目的の教育機関」であること
② 「教育を担任する者(教員等)」 および「授業を受ける者(児童・生徒・学生等)」による利用であること
③ 「授業の過程における利用」に「必要と認められる限度」であること
④ 著作権者の利益を不当に害しないこと

大ざっぱに言うと、学校での授業中、授業目的なら無許諾・無償で資料を配付するためにコピーをしてOK、他校と同時中継の遠隔授業をするときに限っては資料のオンライン送信もOKということ。ただし、子どもたちの購入を想定したドリルやワークテストなどのコピーや送信など、著作者への配慮が欠けた利用はやめよう、というものだ。

オンライン授業での無許諾利用が可能に

だが、これではスタジオ型のリアルタイム配信授業を行ったり、オンデマンド型授業で講義映像や資料を送信したりすることはもちろん、対面授業の予習・復習用の資料をメールで送信したり、対面授業中に資料を外部サーバー経由で送信したりといった行為は、すべて著作権者の許諾が必要になる。つまりコロナ禍で行われていたようなオンライン授業が、許諾なしでは一切できないのだ。

1つひとつ許諾を申請していたのでは、著作物の利用者側も著作権者側もパンクしてしまい、国が目指すICTを活用した教育は普及しない。そんな不都合に対処するため、オンライン授業でも無許諾で著作物を利用できるようにしたのが、「改正著作権法第35条」なのだ。これにより、原則要許諾だった下図の赤線部分の行為がすべて許諾不要となった。

著作権法第35条改正前の図。赤線部分は要許諾だったが、改正後はすべて許諾不要に
(出所:野方氏の資料に基づき東洋経済作成)

しかし、利用者側の利便性が拡大するということは、一方の著作権者は権利をさらに制限されるということ。紙に比べオンラインは意図する範囲を超えて著作物が拡散してしまうリスクも大きく、著作権者であるクリエーターは疲弊してしまい、それが著作物の質の低下にもつながりかねない。

そこで、両者の利益バランスを取るため、オンライン授業における著作物の無許諾利用には、文化庁長官が認可する「授業目的公衆送信補償金」の支払いが必要となった。これが21年度から本格的に始まった「授業目的公衆送信補償金制度」の概略だ。

本来この補償金の支払いは法改正とセットで始まる予定だったが、20年度はコロナ禍の影響を配慮し、緊急的かつ特例措置として無償となった。このこともあまり知られていないので、有償化を青天の霹靂(へきれき)と感じる教育現場も多いかもしれない。

補償金の分配の流れ
(出所:「文化庁『授業目的公衆送信補償金制度の概要』令和2年12月」を基に東洋経済作成)

しかし、補償金を支払うのは、学校や教員ではない。教育委員会や学校法人といった「学校など教育機関の設置者」だ。補償金は野方氏が理事・事務局長を務める「SARTRAS」がいったん受け取り、日本音楽著作権協会や日本文藝家協会といったこれまで著作権者への分配実績のある著作権管理団体などに分配され、そこから作家や作曲家、写真家など個々の著作権者に支払われる仕組みとなる予定だ。ちなみに「SARTRAS」は、文化庁が認可した指定管理団体で、19年1月に設立された。補償金制度の下で行われる教育における「著作物利用のワンストップ窓口」といった位置づけだ。

公衆送信の回数を無制限とした場合の補償金額は、学校種別に応じて年間利用料が決められている。例えば、小学校なら児童1人当たり年間120円。これに5月1日時点における授業目的公衆送信を受ける児童数を乗じ、別途消費税等を加算して補償金の総額を算出する。いわば補償金はコンテンツの定額利用サービス料、いわゆるサブスクリプションと考えればわかりやすいだろう。支払いを怠った場合に罰則はないが、損害賠償請求の対象になるという。

授業目的公衆送信を受ける者1人当たりの補償金額(年間)
(出所:SARTRAS「授業目的公衆送信補償金規程」を基に東洋経済作成)

「意外な著作権侵害」のケースも!

教員も把握しておきたいことがある。それは「利用報告」と、改正著作権法第35条から逸脱する利用についてだ。

まず、著作権者に補償金を適切に分配するためには、授業のためにどのような著作物が利用され、公衆送信されたのかをSARTRASが把握しなければならない。判断材料は学校設置者による「利用報告」になるが、その根拠となる記録を残すのは、実際に授業を行う教員たちだ。野方氏は、こう説明する。

「20年度はオンライン授業の実施に伴い1万7000校の届け出があり、今年度は21年4月からSARTRASサイトを通じて申請登録受け付けが始まっています。国による学校設置者への財政支援もありますし、補償金は集まっていくと思いますが、大事なのはその分配。6月以降、全国の学校設置者を対象にサンプル方式により利用報告をお願いする予定です。

教員の皆様がお忙しいことは承知していますが、著作権者に対して精度の高い補償金の支払いをするためにご協力いただきたい。ご負担にならないよう利用報告の項目数も最小限にしているので、日頃から著作物を利用した際にはご自身で作った資料に情報をできるだけ明記されておくと、ご対応いただきやすいと思います」

著作物の利用が、改正著作権法第35条の規定内かどうかについては、教育関係者、有識者、権利者で構成する「著作物の教育利用に関する関係者フォーラム」が「改正著作権法第35条運用指針(令和3〈2021〉年度版)」を作成し、事例を公表している。

一方、改正著作権法第35条の条件の対象とならず、教育現場にとって許諾手続きが負担になるようなケースもある。例えば、職員会議や教員研修、保護者会などで使用する資料に、著作物を用いて複製や公衆送信する場合。大学などでLMS(学習管理システム)にアップロードされた教材も、履修が終わってからも継続利用する場合は許諾が必要だ。教員が「え? これも要許諾?」と驚いてしまいそうなのは、ある教員が著作物を利用して作った資料をほかの教員に複製するなどして共有する場合だろうか。いずれも条文が定める「授業の過程における利用」ではないなどの理由から、無許諾だと著作権侵害になるという。

しかし、これらは教育に直結する活動であり、その都度許諾を取るのは多忙な現場の実態にそぐわない。そこで、こうした場合でも著作物の複製や公衆送信などが楽に行えるよう、21年度中にこれまでの各著作権者の窓口に加え、SARTRASを新たな窓口とした包括ライセンス制度も準備中だという。ライセンス料や利用方法などについては、今後SARTRASから関係団体への意見聴取が行われた後、詳細がアナウンスされる見通しだ。野方氏は、こう強調する。

「授業目的公衆送信補償金制度も、新しいライセンス制度も、ICTを活用した教育を推進するためのもの。著作物の利用をむやみに恐れないでいただきたい。ただ、教育での利用に値する質の高い著作物と、それを作り出した著作権者らに思いをはせ、著作権制度をご理解いただき、著作物の利用に際しては十分なご配慮をお願いしたいと思います」

今回は、法改正や補償金制度の概要把握に重点を置いた。詳細は、文化庁著作権課とSARTRASが主催する「授業目的公衆送信補償金制度のオンライン説明会」のアーカイブで内容の視聴と資料の入手が可能だ。後編では、教員が授業で著作物を利用するに当たり、押さえておきたい注意点などを紹介する。

(注記のない写真はiStock)