信州大学教育学部では、教育の情報化に対応できる人材育成にいち早く取り組んできた。例えば、情報リテラシーやコンピュータ関連の内容を学ぶ、2年次の必修科目「コンピュータ利用教育」。教育職員免許法で2000年入学生から必須化された「情報機器の操作」に該当する内容だが、それ以前の1996年入学生から導入を始めたという。まさに先進的な取り組みだったわけだが、特徴はそれだけではない。同大学教育学部助教の佐藤和紀氏は、ほかの大学との違いを次のように説明する。

「現在、『情報機器の操作』に該当する科目にはICT専任の教員を置く大学が多いのですが、本学では当初から、国語や算数など各教科コースの専任教員が『コンピュータ利用教育』を教えています」

同大学の学校教育教員養成課程14コースすべてにおいてこの体制をとっているが、教員たちは初めからICTに関して高度な知識を持っているわけではない。教員たち自身が努力してICTについて学び、不明な点については、佐藤氏も所属する「信州大学教育学部附属次世代型学び研究開発センター」のICT教育の専任教員たちから助言やサポートを得ながら、授業の精度を上げているという。

佐藤和紀(さとう・かずのり)
信州大学教育学部助教。1980年長野県生まれ。2006年に上越教育大学大学院を修了後、東京都公立小学校教諭、常葉大学教育学部専任講師等を経て、20年より現職。この間、東北大学大学院情報科学研究科を修了、博士(情報科学)。文部科学省「教育の情報化に関する手引」の執筆協力者、同「情報活用能力調査の今後の在り方に関する調査研究 企画推進委員会」委員、同ICT活用教育アドバイザーなど

「現在の教職課程では『情報機器の操作』のほか、『各教科の指導法』や『教育の方法及び技術』に関わる科目でICTを活用することが必修とされていますが、とくに『各教科の指導法』とICTとの接続が課題となっている大学は多いのではないでしょうか。本学は、教科の先生を巻き込み、ICT教育を“自分事”にしてもらう仕組みをつくることができたため、このあたりもうまくいっているのだと思います。

昔から教育の世界は、知識などのコンテンツを重視してきましたが、今は学び方や思考力といったコンピテンシーをベースにした教育が求められています。ICTはまさにコンピテンシーの育成に貢献する要素。例えば、学校で調べたことを発表する際、模造紙にまとめる国と、パソコンでプレゼンテーション資料にまとめる国では、社会人になってからの成果の出し方に差が出てくると思いませんか。こうした観点からも、教育の情報化は、各教科の指導法とICTの接続が大きなカギになると考えています」

「今のままでは子どもたちに恨まれる」

政府は今、教職課程におけるICT活用に関する内容の修得促進に取り組んでいる。2021年1月には、中央教育審議会 初等中等教育分科会 教員養成部会の第120回会合において、ICT活用に関するコアカリキュラム案「情報通信技術を活用した教育に関する理論及び方法(仮称)」が示された。現在の「教育の方法及び技術」に含むとされていた「情報機器及び教材の活用」を切り出して新たな事項を追加し、1単位以上の修得を求める内容となっている。これについて佐藤氏は、「とてもいい方向性」だと評価する。

「ICT活用に特化したカリキュラムが新たに追加されるということは、それくらい今の日本は教育の情報化においてまずい状況にあるわけです。ただ、今後これに伴い、各大学では人材確保も課題になってくるでしょう。単なる技術屋ではなく、教育をちゃんと理解しているITの専門家を採用で見極めることが成否のポイントになると思います」

一方、現状としては教育現場にも課題があるようだ。

「本学では教育実習で必ずICTを使うことを課しており、学生たちのICT活用指導力が向上したという結果が出ています。しかし、本当の成果が出てくるのは数年後でしょう。なぜなら、現時点では教育実習先や教員になったときの赴任先がICTを生かす環境になっておらず、せっかく身に付けた力が発揮できないというケースも多いからです」

そこには端末整備という環境要因だけでなく、教員のICTリテラシーにばらつきがあるという問題もあるようだ。例えば佐藤氏が最近、iPadを導入した学校に研修講師として訪れた際、iPadを初めて触ったという教員が半分を占めていたという。中にはいまだに“ガラケー”を使っている教員も。

携帯電話のアップデートができていない教員が一定数いるという話は取材でもよく聞くが、教員がICTへの関心を高めるにはどうすればよいのか。佐藤氏は、「現状認識」がカギになるのではと考えている。

「現場の先生たちは、直ちに子どもたちが置かれている状況をきちんと認識したほうがいいと思います。OECD(経済協力開発機構)の『生徒の学習到達度調査(PISA)』では、パソコンを使った試験方式のCBT(Computer Based Testing)になってから日本の子どもたちの読解力が落ちました。将来的には大学入学共通テストや通常の学力調査にも、CBTが導入される流れにあります。つまり、パソコンを活用して思考できないと入試が突破できないのです。ICT教育を放置したままでは、将来子どもたちに恨まれるでしょう」

ちなみに大学教育の現場にも、ICT教育に力を入れてこなかった影響が及んでいる。今も多くの文系学部では新入生のパソコンスキルが低く、ワード、エクセル、パワーポイントの使い方から指導しなければならない状況にあるという。スマホは持っているものの、パソコンを所有していない学生も多い。

「本学では入学時に学生にノートPCを購入させていますが、それができていない大学も多い。保護者負担が大きいという問題があるようですが、私が学生だった20年前から状況がほぼ変わっていないのは驚きです。しかし、コロナ禍によってGIGAスクール構想が前倒しとなり、大学ではオンライン授業が増えました。これを機に、教育現場の意識改革が進むことを期待しています」

コロナ禍を経験した初任者を活かしてほしい

信州大学では、各教科の専任教員が日頃からICT教育を行ってきたこともあり、コロナ禍でもZoomを使ったオンライン授業にスムーズに移行できたという。佐藤氏も、20年度は自身が受け持つ「現代教育コース」において新たな取り組みを行った。

オンデマンドで現職教員の授業を視聴し、各自の授業分析を対面で発表して議論。その後、双方向オンラインで現職教員の話を聞き、クラウド上で整理分析を行うなどした。ほか、ICTを活用した指導法や教材の研究、模擬授業なども実施

「前期は全授業がオンラインになったこともあり、オンライン授業での指導法や教材作りなどに関する研究を徹底的に学生に取り組んでいただきました。後期はGIGAスクール構想を踏まえた授業ができるようになることを目指し、オンラインと対面を生かしたハイブリッドな学びを意識した授業を行いました」

このほか、授業外の活動になるが、GoogleやAppleなどのIT系スキルの認定資格取得も学生に推奨しているという。勉強になるのはもちろん、教員採用試験でこうした資格が加点されるという議論も出始めているからだ。こうした大きな環境変化の中で奮闘する学生を見守ってきた佐藤氏は、こう願っている。

「コロナ禍に入学した教職課程の学生がこれまでの学生と大きく違うのは、オンラインとクラウドを駆使した授業を経験している点。現場の先生方には、そんな彼らの長所をうまく生かしながら、GIGAスクール構想を一緒に乗り越えていってほしいと思っています」

(写真はすべて佐藤和紀氏提供)