中1から高3まで、毎週2~3時間の「探究基礎」というオリジナル授業を実施する青翔開智中学校・高等学校。その成果は生徒たちのさまざまな活躍に表れている。

例えば2020年11月に開催された「科学の甲子園」(科学技術振興機構主催)の鳥取県大会では、同校の「探究部」が初の総合優勝を飾った。他校の9連覇記録を止めての快挙だったが、成果はそれだけではない。

「理系分野の実験と筆記で総合得点を競う大会ですが、化学実験で1位の生徒2名のうち1名は文系の高2。生物実験で2位の生徒たちは、生物をまだ授業で習っていない高1だったのです。つまり、理系だけでなく文系と未履修者で編成されたチームでの優勝。最初聞いたとき私も『何だそれ?』と」

笑顔でそう話すのは、校長の織田澤博樹氏。同校の「探究基礎」を作り上げた人物だ。

織田澤博樹(おたざわ・ひろき)
学校法人鶏鳴学園 青翔開智中学校・高等学校校長。日立製作所でエンジニアを経験した後、キャラクタービジネスの世界へ転身、玩具やミュージアムの企画を担当。2012年より同校の設立準備室室長。副校長を経て20年より現職

なぜ「デザイン思考」を導入?

同校は14年の開校時から「探究」にこだわってきた。織田澤氏は当時をこう振り返る。

「理事長が、探究の授業で有名な京都市立堀川高等学校(京大現役合格を急増させた堀川高校「探究」の今)を訪れ、『こういう学校を鳥取県にもつくりたい』と思ったことが本校の始まりです。そこで、課題研究型の授業を中1に導入してみたのですが、初年度は準備不足もあり満足いく授業が提供できなかった。自分で課題を決めて参考文献を読み論文を書く、という内容が中学生にはハードルが高かったことも反省点です」

実は織田澤氏、同校に携わる前はキャラクターデザインの仕事をしていた。この経験を基に、アイデアを発想してプランニングし、企画を発表する授業に変えてみた。すると、生徒は喜んで取り組んだという。手応えはあったものの、経験則による授業は心もとない。そこで導入したのが「デザイン思考」だった。これはデザイン会社のIDEOやスタンフォード大学のd.schoolが提唱する「共感」「問題提起」「創造」「プロトタイプ」「テスト」という5段階の思考プロセスで、主に企業の商品やサービスの開発現場などで活用されている。

当時は、この思考法が海外の大手IT企業で採用されるほか、日本企業での導入も話題になった頃だった。「キャラクター業界の思考に近く、しっくりきた」と、織田澤氏。ここから、「デザイン思考を活用して課題を解決できる力」を養う独自のカリキュラムを整えていったという。

全学年、「課題解決」に取り組む

探究基礎の最大の特徴は、全学年で「課題解決」が必須であること。例えば中2の職場体験は、単に見学して終わりではなく、「鳥取の経営者に改善案をプレゼンする」ことを年間テーマとしている。実際、「らっきょうが若者に売れない」という課題を解決するために生徒が提案した「カラフルらっきょう」が商品化されたケースもある。

「カラフルらっきょう」を提案した生徒は高2となり、現在「この商品にキャラクターを作ったら売り上げが伸びるか」をテーマに、同じ企業と再び連携して論文に取り組む(左)。高校生のAIプロトタイプ実習(右)

高1ではデータ分析とAI活用の基礎を学び、「人口減少問題をテクノロジーで解決しよう」という年間テーマに挑む。19年に鳥取市役所を訪れたチームは、ゴミの分別の問い合わせが多いというコールセンターの課題に注目。Microsoftのクラウドサービス「Azure AI」でプロトタイプを作り、地元企業と連携してゴミを判別できるアプリを提案した。

毎年夏に実施する「プログラミングキャンプ」も課題解決型だ。中2は、ゲームを作りながらプログラミングが学べるサービス「ハックフォープレイ」を使ってゲームを作るが、幼稚園を視察し、園児が「あいさつをする」といった生活習慣などを楽しく身に付けられる設計を目指す。中3は、近隣の盲学校や、ろう学校へ行き、教育向けマイコンボード「micro:bit」でユニバーサルデザインの電子デバイスを作って提案するのが課題だ。

「ハックフォープレイ」(左)や「micro:bit」(右)を使い、課題解決型のプログラミングに挑む生徒たち

「意識が変わると行動も変わる」

こうした独自の探究授業の成果は、「令和元年度スーパーサイエンスハイスクール意識調査報告書」(科学技術振興機構)のアンケート結果にも表れた。スーパーサイエンスハイスクールの取り組みにより最も向上したと思う興味・姿勢・能力を3つ選ぶ質問において、「問題発見力・気づく力」「問題解決力」「独創性」を選んだ生徒の割合が全国平均と比べ高い結果になったという。

「意識が確実に変わっていると感じます。意識が変わると行動も変わる。実際、うちの生徒は学校を飛び出して社会貢献に動き回っています」と、織田澤氏。

例えば高校生では、少子化で廃校となった校舎で地元の人たちのために夏祭りを開催、小学生向けの英会話教室を運営、鳥取県eスポーツ協会に働きかけてeスポーツ大会を共催、鳥取県で面白い活動をする高校生を集めてイベントを実施……など、多くの事例がある。

公民館を借りて小学生向けの英会話教室を始めた生徒

基本的に学校外活動なので担当教員はつかない。また、こうした活動を生徒会が生徒会費で支援するというユニークな仕組みがあるが、行政に補助金を申請するなど自力で資金調達をする生徒も珍しくないという。

ICTは生徒にとって「当たり前」のもの

前述のとおり、データ分析やAI、プログラミングが授業に盛り込まれているなど、同校ではICTの活用も進んでいる。聞けば、14年の開校時にはすでに全館Wi-Fiが完備された状態で、iPadによる「1人1台」体制を始めたという。

「米国では生徒が自由にiPadやMacを学校に持参して学んでいると知り、いつでもどこでも誰でもインターネットに接続できる環境を最初につくってしまおうと思って。教員も生徒もGoogleのアカウントを持ってクラウドを活用する体制も、開校時に始めました」

校舎の設計コンセプトは、「図書館の中にある学校」。Wi-Fi完備かつ、至る所に本棚があるので、さまざまな知識や情報にすぐアクセスできる

今、英会話はオンラインで海外にいる外国人講師に教わり、中学生は授業の一部でAI教材「Qubena」を使うなど、多様な形でICTと学びが融合している。生徒たちもコロナ禍でバーチャル学園祭を実施するなど、授業以外でもICTを活用する。「たぶん、生徒たちにとってICTは当たり前のもの。大人はパソコンで仕事をするのが普通ですよね。それと同じ感覚だと思います」と、織田澤氏は話す。

「必要なのは教科横断ではなくスキル横断」

通常の教科と探究基礎の関連にも注目したい。

「『カリキュラムマネジメント』といえば、教科横断型の授業実践や学校設定科目などを作るのが一般的ですが、実践成果を基にカリキュラム全体をスピード感を持って改善できている学校はほとんどありません。

そのため本校は、教科ではなく『スキル』で横断しています。批判的思考や論理的思考といった探究の質を高める『ジェネリックスキル』を定義していて、これらのスキルを育む学びとして『探究スキルラーニング』を全教科の通常授業内で開発・実践するよう先生たちにお願いしています」

ジェネリックスキルを伸ばす授業「探究スキルラーニング」を各科目の教員、校務分掌の探究科、学校図書館司書が連携・設計して実施
(青翔開智中学校・高等学校提供資料を基に東洋経済作成)

例えば、ある英語教員はアート鑑賞の授業を行っている。感じたことや考えたことを英語で表現するので、「批判的思考」や「表現力」を養えるという。

英語の授業でアート鑑賞を行い、批判的思考や表現力を養う

「こうした通常授業により、発表や論文など探究のアウトプットの質が上がると考えています。先生側も、学校からテーマを押し付けられるとそれに縛られやりにくくなることがあると思いますが、スキルでの横断だと自分のやりたいことや独創性が損なわれることなく授業がつくれます。実際、うちの先生たちは楽しそうに授業をしていますよ」

また、評価用に作成したルーブリックを基に、各教科がどのスキル育成に取り組んでいるかがわかる表を教員全員で共有している。

「先生たちはその表を見て『学校全体でこのスキル育成が弱いので、私の授業で強化しますね』など積極的に改善に取り組んでくれます。こんなふうに学校全体の取り組み成果を基に、各授業の改善が行われる。これこそが、これからの学校に求められるカリキュラムマネジメントのあり方だと思っています」と、織田澤氏は強調する。

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「探究スキルラーニング」の取り組み表。緑の箇所が取り組んでいるスキル、白い箇所は育成が不足しているスキル。全体のバランスを見ながら探究学習をつくっていける

21年度からは、新たな実践も動き出す。オリジナルの「道徳」だ。

「新学習指導要領の改訂のポイントに道徳教育の充実があります。道徳の学習を進めるに当たり『自分自身』『人とのかかわり』『社会とのかかわり』『生命や自然など崇高なものとのかかわり』という4つの視点がありますが、21年度からはこれら視点の学びをさらに深め、多角的・多面的に物事を捉え思考する力を養いたい。デザイン思考の最初のフェーズは他者への共感ですから、道徳を深く学べば共感力が格段にアップし、探究の質も向上するのではと考えています。

また、最近の子どもはレジリエンスが弱いといわれますが、私もそう感じる場面があります。探究を進める中では失敗もたくさんしますし、しなやかに立ち直れる力を養う手助けも道徳の中でできたらと思います。今、大学院で臨床心理学を勉強してきた先生が中心になって、新たなカリキュラムを作っているところ。脳科学や心理学をベースとしたものになる予定で、私も楽しみながら取り組んでいます」

従来の道徳とはまたアプローチが異なるようで、実に興味深い。新学習指導要領が示す教育にマッチしつつ、独自の実践を展開する同校の取り組みは、今後も注目を集めそうだ。

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、写真はすべて青翔開智中学校・高等学校提供)