教育だけが、なぜかICTを敬遠する

今や、ビジネスでPCなどのIT機器を使わない企業はほとんどないだろう。しかし、学校はどうか。教室で日常的に使われていないのは「1人1台PC」のGIGAスクール構想が「ようやく進んでいる」現実からも明らかだ。なぜ学校のICT化がここまで遅れたのか。どうやら、予算だけの問題ではないようだ。全国に先駆けて公立小学校でのプログラミング教育を行うため、当時校長を務めていた学校で「1人1台PC」の環境を実現させた合同会社MAZDA Incredible Lab CEO 松田孝氏は、自身の経験を次のように語る。

「1人1台という最先端の学びの環境が整ったので、教員はもろ手を挙げて歓迎してくれると思いましたが、逆でした。プログラミングの授業をすることを拒否されるだけでなく、『意味がわからない』と公の場で非難されたこともあります。保護者や地域の議員からも批判され、説明会の開催を要求されました。『学校は豊かな人間関係を形成する場所なのに、それを阻害するようなICT活動はやめてくれ』という趣旨の批判をいちばん言われたように思います。インターネットによって世界が変わり、交流の幅が圧倒的に広がったことは誰もが知っているはずなのに、保護者は教育となるとなぜか別物と考えてしまうように感じています」

保護者にしてみれば、PCに向かう姿が、ゲームに没頭する様子と同様に見えてしまうのかもしれない。インターネットで好ましくないコンテンツにアクセスするのではという不安もあるだろう。ただ、これらの問題はフィルタリングや機能制限、MDMを導入することで容易に解決できる。むしろ、こうした周囲の不理解の本質は「変化を嫌う」ところにありそうだ。東京学芸大学ICTセンター教育情報化研究チームの加藤直樹准教授はこう話す。

※MDM:Mobile Device Management(モバイル端末管理)。アプリケーションや機能の利用制限・監視を一元管理できるシステム

東京学芸大学 ICTセンター 教育情報化研究チーム 准教授 加藤直樹
東京農工大学大学院工学研究科博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て2004年より東京学芸大学准教授。博士(工学)。ペン入力を採用したインターフェースのデザインやシステムの開発および教育の情報化に関する研究、教員養成へのICT活用、教育の情報化に対応できる教員の養成に取り組んでいる。著書に東京学芸大学プログラミング教育研究会が編集した『小学校におけるプログラミング教育の理論と実践』(学文社、共著)がある

「プログラミング必修化もGIGAスクール構想もそうですが、文部科学省は国語や算数と同じようにしっかり教えなくてはいけないというメッセージを伝え続けています。しかし、教育委員会や学校まで下りてくると、なぜか消極的になってしまうことがあります。必修化が決まった頃、拒絶はされないものの、同僚の先生や管理職の先生に『よくわからないから』と煙たい顔をされることがあったと聞きます。そうすると、いくら意欲を持つ先生でも、相談や指導案の提出がしづらくなってしまいますよね」

児童の反応の共有が不理解克服のコツ

そのような状態では、いくら「1人1台PC」の環境が整ったとしても、形だけの授業をして終わりということになりかねない。何せ、本連載の第2回、第3回でも紹介したように、文部科学省の「小学校プログラミング教育の手引」や学習指導要領では、学年も教科も時間数も規定されていないのだ。そんな事態に陥るのを回避するにはどうしたらいいのか。全国の教員・教育機関にプログラミング教育の研修や教材を提供するNPO法人「みんなのコード」の代表理事、利根川裕太氏は「子どもの反応を見せるのがいちばん」とアドバイスする。

「『みんなのコード』の研修にも、必修化するから仕方なく受けに来た、という先生は少なからずいます。そういう先生も、子どもがものすごい食いつきを見せて、頭を使って取り組んでいる様子を目の当たりにするとやる気を出します。とある熱心な先生は『子どもの姿が校内展開の何よりの推進力』と言っていました。とくに『いつも落ち着かない子が45分間しっかり座って取り組んだ』というのは非常に響きますね。教頭先生や校長先生が乗り気ではないという話は確かに多いんですが、授業での子どもの反応を見せると変わるようです」

NPO法人みんなのコード 代表理事 利根川裕太
慶應義塾大学経済学部卒業後、森ビルを経て、ラクスルへ。その後、特定非営利活動法人みんなのコード設立。著書に『先生のための小学校プログラミング教育がよくわかる本』(翔泳社、共著)、『なぜ、いま学校でプログラミングを学ぶのか-はじまる「プログラミング教育」必修化』(技術評論社、共著)がある

つまり、教科部会やブロック部会といった集まりと同じように、コミュニティーを形成していくことが効果的だということだ。それだけでなく、校内で1つの流行を生み出すというやり方もある。直接プログラミングの授業とは関係していないが、加藤准教授は興味深い事例を紹介してくれた。

「東京学芸大学の近くの小学校の話ですが、コロナ禍である先生が、毎日子どもたちに向けたギターの弾き語り動画をYouTubeにアップしたんです。そうしたら『私もやりたい』という先生が徐々に増えて、最終的には学校の取り組みとして全クラスが『朝活』をZoomを用いて行うようになったんですよ。もしかしたら中には乗り気じゃない先生もいたかもしれませんが、子どもたちの楽しそうな姿や、先生全員で参加する状況が背中を押してくれたと思うんです。そうやって楽しく取り組んでいくと、新たな取り組みでも自然に広がっていきますね」

校内で仲間を探すのが難しい場合は、校外でつくればいい。利根川氏によれば、オンラインのコミュニティーも登場しているという。

「例えば、2020年4月にスタートしたType_T(https://typet.jp/)は、プログラミング教育にチャレンジしている先生方の集まる場として機能しています。毎週悩みを共有する場が用意されていて、『フィードバックをもらえるのでいい振り返りになる』との声があったり、兵庫と福島の先生がオンラインで交流プログラミング授業をしたりと、単なる交流コミュニティーではなく実践につながっているのが特徴です。校内で孤軍奮闘するだけでは心が折れてしまいますので、こうした地域や学校のしがらみにとらわれないコミュニティーに参加し、『巻き込み力』を磨いていくのも1つの方法でしょう」

不登校児童のコミュニケーションにも効果的

Type_Tが優れているのは、以前から定着している校内研究と同様に「振り返り」ができるところだろう。第三者からフィードバックを得ることでプログラミング教育の価値が再確認できるとともに、取り組みのブラッシュアップにもつながる。松田氏は、児童が効果的にこの「振り返り」ができるのもICT活用のメリットだと力説する。

「活動を自分自身で振り返ることが、新たな学習指導要領にも盛り込まれた『学びに向かう力』の源泉となります。それを学級の中で共有することが効果的なのはもちろんですが、ICTならばそれが実に容易なんです。アナログでやろうとすると、紙で書かせたものを先生が集めて、別の紙にまとめ直して印刷して配るといったいくつもの工程が必要で、忙しい先生方はとてもそこまでできません。でも、PCを活用すれば、それらの手間がいっさい不要となるんです」

しかし、授業の感想を児童に書かせるのはそれほど簡単ではないはず。同級生にその内容を見られたくないという意識も働きそうだ。しかし、松田氏の経験では、そういうことはなく多くの生徒が指定の場所に入力するという。

合同会社MAZDA Incredible Lab CEO 松田孝
東京学芸大学卒業、上越教育大学大学院修士課程修了。早稲田大学大学院博士後期課程在籍中。東京都公立小学校教諭、狛江市教育委員会主任指導主事(指導室長)、小学校校長を3校歴任後辞職。現在総務省地域情報化アドバイザー、群馬県ICT教育イノベーションプロジェクトアドバイザー、金沢市プログラミング教育ディレクター等も務める。著書に『学校を変えた最強のプログラミング教育』(くもん出版)、『プログラミングでSTEAMな学びBOOK』(フレーベル館)がある

「確かに、ノートに書かせようとすると、友だちに見られたくなくて隠します。恥ずかしいんですね。ところがPCだとみんな回答してくれるんです。私もなぜ書いてくれるのか不思議でしたが、実は子どもたちは自分の字を見られたくないんですね。『下手な字・汚い字』だと思い込んでいるんです。でもPCなら字の巧拙は関係ないじゃないですか。私がずっと使ってきた授業支援システム『schoolTakt』ならば、コメントに対してコメントをつけたり、『いいね』をつけたりもできます。そうすると、クラス内の感情の交流が盛んになっていくんですよ

この機能は児童たちの関係性構築に役立つのではないかと考えた松田氏は、毎日実施できる時間として「朝の会」に目をつけ、「朝ノート」という取り組みを実施した。これが驚くべき効果を生み出す。

登校はできるけれども、教室に入れない子がいたんですが、『朝ノート』を通じてクラスとつながっていたんです。その子もコメントをしますし、他の子から『いいね』やコメントも寄せられます。直接的ではなくても、デジタル環境によって豊かな関係性を生み出せる可能性を感じました。不登校の子が自学していく仕組みとしても活用できると感じています」

これはプログラミングを学んでいるわけではないが、ICT機器の有効活用が子どもたちの成功体験を生むいい例だ。そして、それらを芽として育てていけば、子どもたちが大きくなってから自分がやりたいことを実現するためのきっかけになる可能性を秘めている。だからこそ、未来を生きる子どもたちが新しい時代をつくるためにも、今の大人たちは周囲を巻き込みながらでも、プログラミング授業を進めていく必要がある。

第1回 独学?習う?プログラミング授業の準備と現実 <教員のスタンス編>
第2回 中高を視野に「プログラミング授業」は小1から <授業設計の基本思想編>
第3回 プログラミング授業の作り方と教材選びの要諦 <教科・ソフトの選び方編>
第4回 「プログラミング授業」意外な落とし穴と対処法 <ICT支援員編>

プログラミング授業、ICT活用で管理職に伝えるべきこと
「子どもたちの楽しそうな姿や、他の先生が参加する状況」加藤直樹
「クラス内の感情の交流が盛んになっていく様子」松田孝
「子どもがものすごい食いつきを見せている様子」利根川裕太

(撮影:今井康一)