「教科」か「総合」か

実際の授業での展開を考えるとき、まずはどの時間に組み込むかを考えなければならない。問題となるのが、算数や理科など「教科」の中に組み込むのか、「総合的な学習の時間」(以下、総合)で行うのかということだ。実は、文部科学省の「小学校プログラミング教育の手引」(以下、手引)や学習指導要領では、明確に規定されていない。

はたしてどちらを選ぶべきか、これは取材した識者の中でも意見が分かれた。「教科」に組み込むことに否定的なのは、小学校の校長として全国に先駆けてプログラミング教育を実施した合同会社MAZDA Incredible Lab CEO 松田孝氏だ。

「2020年4月に必修化へ移行するまでにプログラミングを教科の授業で実施した学校では、苦労して教科に組み込んでいましたが、子どもたちの反応は芳しくなかったところが多かったようです。学習指導要領で例示されている5年生の算数『正多角形の作図』に取り組む学校が多いですが、算数の正解を導き出すことにプログラミングの必然性はありませんから、無理が生じてしまうんですよ。分度器と定規とコンパスを使って教えたほうが、ずっと子どもたちも理解しやすいんです。未来に役立つ力を養うためにも、私はまずコンピューターを介して、楽しい、面白い表現ができることを体感させたほうがいいと思いますので、『総合』の時間で取り組むことをオススメします」

一方、東京学芸大学の加藤直樹准教授は、数多くの学校で研究授業を見てきた経験から、年次に合わせて「教科」と「総合」を使い分けることを推す。さらにその前段階として、前回記事でも紹介したように低学年からプログラミングに親しむことが有効だと説く。

「1・2年生は比較的課程外の時間があるので、そこでコンピューターの使い方やプログラミングの初歩的な部分を理解しておけば、3年生以降で教科にプログラミングを組み込んでも、長い時間をかけなくてすみます」

東京学芸大学 ICTセンター 教育情報化研究チーム 准教授 加藤直樹
東京農工大学大学院工学研究科博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て2004年より東京学芸大学准教授。博士(工学)。ペン入力を採用したインターフェースのデザインやシステムの開発および教育の情報化に関する研究、教員養成へのICT活用、教育の情報化に対応できる教員の養成に取り組んでいる。著書に東京学芸大学プログラミング教育研究会が編集した『小学校におけるプログラミング教育の理論と実践』(学文社、共著)がある
(撮影:今井康一)

コンピューターに親しんだところでより具体的に、ということだが、すべての単元がプログラミングとひも付けやすいとは限らない。加藤准教授も「単元との相性はある」という。

「考え方としては、使うことのできる環境から単元を選ぶ方法があります。例えば、3年生から始まる理科では、実際の社会ではデジタル機器を用いるであろう活動をさまざま行いますので、micro:bit※1などのワンボードマイコンの利用が考えられます。基礎的なコンピューターの使い方ができていれば、3年生でもデジタル温度計などを1~2時間程度でつくれます。そうやって体験を積み重ねていけば、6年生の『電気の利用』と絡めて『総合』の時間で『便利な電気製品を考えよう』といった探求活動をすることも考えられます。そうすると、時間も多めに確保できるので、さまざまな工夫を凝らした電気製品モデルのプログラミングに取り組めます」

「教科」の単元とプログラミングを結び付ける必要性を説くのは、全国の教員・教育機関にプログラミング教育の研修や教材を提供するNPO法人「みんなのコード」の代表理事、利根川裕太氏だ。

「大前提として、全国約2万校、約637万人(2019年)の児童すべてに、セーフティネットの意味を含めたプログラミング教育をするのが、公教育のあるべき姿だと思っています。でも、約40万人いる先生たちはプログラマーでもエンジニアでもありませんし、コンピューターに苦手意識を持つ方もいらっしゃるでしょう。そうした先生方でも取り組みを始めるためには、先生方がすでに慣れ親しんでいる既存の教科の単元でプログラミングを活用することに一定の必要性はあると考えています。ここを起点に先生も子どもたちもコンピューターの可能性に気づき、子どもたちがSociety 5.0時代を生き抜く力を養えるようになっていくことが大切だと考えます」

※1 micro:bit(マイクロビット):英国BBCが中心となって開発した教育用小型コンピューターボードで、英国ではすべての11~12歳に配布している。センサーが搭載されており、明るさや温度の変化に応じた動きをプログラミングできる。日本では2000円程度で入手可能。

実践では難しさが際立つ「アンプラグド」

授業への組み込み方に関しては、3氏それぞれ考え方が異なることがわかったが、裏を返せば、各学校の現況に応じて当てはめやすい方法を選べばいいともいえる。では、教材となるツール選びに関してはどうか。

3氏の意見を紹介する前に、プログラミング教育のツールについて簡単にまとめておこう。ツールの種類は、大きく以下の3つに分かれる。

「アプリ系(プログラミング学習ソフト)」
「ロボット系」
「アンプラグド系」

「アプリ系」には、絵やブロックを使ってゲーム感覚でプログラミングができるビジュアルプログラミングや、テキストによってプログラミングをするものがあり、前者で有名なのがScratch※2やViscuit※3。後者はIchigoJam※4などだ。「ロボット系」は、組み立てたレゴなどのロボットキットをプログラムで動かすことができる。「アンプラグド系」はパソコンなどの電子デバイスを使わず、カードなどのアクティビティーを構成することでプログラミングの考え方を学べるツールだ。

※2  Scratch(スクラッチ):MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボで開発されたビジュアルプログラミング言語。カラフルなブロックを感覚的に操作するだけでアニメーションやゲームなどをつくることができ、そのままオンラインで世界に公開することも可能。無料。

※3  Viscuit(ビスケット):原田康徳氏によって開発されたビジュアルプログラミング言語。文字は一切使われておらず、お絵かき感覚でプログラミングできる。無料。

※4  IchigoJam(イチゴジャム):プログラミング専用子どもパソコン。モニターとキーボードをつないでプログラミングする。LEDボードやロボット、ドローンなどさまざまな拡張機材があり、多彩な学びが可能。2200円。拡張機材は1000円から1万3000円程度。

合同会社MAZDA Incredible Lab CEO 松田孝
東京学芸大学卒業、上越教育大学大学院修士課程修了。早稲田大学大学院博士後期課程在籍中。東京都公立小学校教諭、狛江市教育委員会主任指導主事(指導室長)、小学校校長を3校歴任後辞職。現在総務省地域情報化アドバイザー、群馬県ICT教育イノベーションプロジェクトアドバイザー、金沢市プログラミング教育ディレクター等も務める。著書に『学校を変えた最強のプログラミング教育』(くもん出版)、『プログラミングでSTEAMな学びBOOK』(フレーベル館)がある
(撮影:今井康一)

こう見ていくと、PCを使わない「アンプラグド系」がプログラミング教育の入門編としては適していると考える人も多いかもしれない。実際、ICT環境がなくてもプログラミング教育を導入できることもあって、いち早く導入した教育委員会や学校も少なくない。しかし面白いことに、授業の組み込み方では意見が分かれた3氏はアンプラグドの意義を認めつつも、そろって消極的だ。それぞれの意見を紹介しよう。

残念ながら失敗することが多いです。ロボット役を児童がやると、指示どおり動いてくれなかったり、正しくプログラミングできているかの確認に時間がかかったりと、いろいろなことを想定しなければならないので先生の準備が非常に大変です」(加藤准教授)

「アンプラグド自体は、すばらしい手法だと思います。しかし、子どもたちは大人が思うよりも創造的で、予想外の行動をするんですよね。それに対し、『コンピューターとしてどう反応するか』を先生が理解できていないといけないので、難易度は非常に高くなりオススメしていません」(利根川氏)

「今は1人1台情報端末が配備されることが決定しています。プログラミングはコンピューターを使わないとできませんし、今後子どもたちはコンピューターがつくる新しい社会を生きていくんですから、それを使う授業を優先するべきではないでしょうか」(松田氏)

わかりやすさなら「ロボット」、導入しやすさなら「アプリ」

では、「アプリ系」「ロボット系」に関してはどうか。「ロボット系」はプログラミングソフトを用いるため、「アプリ系」の発展形ともいえるが、プログラムの結果がパソコンのモニター画面ではなく具体的なモノの動きとして見えるのが特徴だ。その効果を加藤准教授は次のように説明する。

「とくに低学年の場合、抽象的な考え方ができないので、目に見えて動くロボットやランプといった具体物があったほうがいいと思います。子どもたちの“食いつき”もいいですし、理解もしやすくなります」

「ロボット系」を活用した学び方を絵本の形で著したのが松田氏だ。その絵本である『学校・家庭で体験ぜんぶIchigoJam BASIC! プログラミングでSTEAMな学びBOOK』は、LEDライトやロボット、ドローンなど、小学1年生から中学生まで学年に合わせた学びがわかりやすくまとめられている。特徴的なのは、テキストプログラミングへ自然に移行できるようになっている点だ。

「1・2年生はカード型ビジュアル言語を使い、3年生からはテキストに移行し、6年生ではサイバー空間のプログラミングができる設計にしています。IchigoJamを用いていますが、これはプロも使うプログラミング言語『JavaScript』ともコマンドや構文が似ていますので、中学・高校で学ぶ高度なプログラミング教育にも対応しやすいと思います」(松田氏)

他方で、「ロボット系」はどうしても有償となってしまい、導入までに手続きと時間を必要とするのが難点だ。「セーフティネットとしての公教育」でプログラミング教育をあまねく展開する観点で、即導入可能な「アプリ系」のプログラミング教材を提供しているのが、利根川氏が代表理事を務める「みんなのコード」だ。

NPO法人みんなのコード 代表理事 利根川裕太
慶應義塾大学経済学部卒業後、森ビルを経て、ラクスルへ。その後、特定非営利活動法人みんなのコード設立。著書に『先生のための小学校プログラミング教育がよくわかる本』(翔泳社、共著)、『なぜ、いま学校でプログラミングを学ぶのか-はじまる「プログラミング教育」必修化』(技術評論社、共著)がある
(撮影:今井康一)

「Scratchなどは非常にすばらしいソフトですが、苦手意識のある先生から見ると、自由度が高いゆえ、単元に即した教え方がしにくいのが難点です。そこで、先生にとってより教えやすく、子どもたちにとっては迷いにくい教材を提供したいと考え、ドリル型プログラミング教材アプリ『プログル』を開発しました。『みんなのコード』の研修を受けて高度な授業を展開している先生からも、『同僚の先生へプログラミング教育の魅力を伝えるのに適している』と評価いただいています」(利根川氏)

無料でログインもインストールも不要な「プログル」は90万人以上が利用。理科は「電気」、算数は「多角形」「公倍数」「平均値」「最頻値」「中央値」のコースを用意している。特徴的なのは、課題をクリアしたタイミングで次のレベルの課題が出てくるように設計されているところだ。

「児童一人ひとりのペースで進められますし、先生がいちいち課題を提示する必要もありません。どこでつまずいているかも一目でわかるため、教室を迂回して必要に応じて教えることもできます。まず入口として自由に使っていただき、慣れたらより自由で多様なロボットや高度なプログラミングの学びにステップアップしていただければと思います」(利根川氏)

数多くの授業を経験してきた3氏でも、それぞれアプローチが異なるプログラミング教育。だからこそ、学校やクラスの状況に応じて使い分けられるともいえる。連載4回目で紹介する「実践でのトラブルとその対処法」とも併せてぜひ参考にしていただきたい。

第1回独学?習う?プログラミング授業の準備と現実<教員のスタンス編>
第2回中高を視野に「プログラミング授業」は小1から<授業設計の基本思想編>
第4回 「プログラミング授業」意外な落とし穴と対処法 <ICT支援員編>
第5回 プログラミング「理解ない管理職」の巻き込み方 <コミュニティ編>

プログラミングをどのような授業で扱うか
【総合をオススメ】

「算数の正解を導き出すことにプログラミングの必然性はありませんから、無理が生じてしまう」松田孝
【教科と総合の使い分け】
「理科の『電気の利用』と絡めて『総合』の時間で『便利な電機製品を考えよう』など」加藤直樹
【(どちらかというと)教科をオススメ】
「公教育であるなら、既存の教科の単元でプログラミングを活用することに一定の必要性はある」利根川裕太

(注記のない写真はiStock)