「3月からの一斉休校によってさまざまな教育活動が制限される中、『断固たる決意の下オンライン授業に踏み切った』というよりは、むしろ『それが当然』という流れでした」と話すのは広尾学園中学校・高等学校 副校長の金子暁氏だ。

4月15日、全校生徒1700人が参加する双方向のオンライン授業が開始。8時25分の朝礼に始まり、1〜6時間目まで通常の時間割どおりの授業が一学期終業まで行われたという。特別なこと、変則的なことは一切行わないというのが、オンライン授業の方針だった。生徒たちの生活リズムを変えないことを第一義としたからだ。

広尾学園中学校・高等学校 副校長 金子暁(かねこ・さとる)
生徒急減期の体験を経て、2007年の校名変更と共学化に合わせた広報戦略を担当。09年からキャリア教育、11年からICT 教育兼任。13年からはそれらを統合した教務開発部の統括責任者。17年から現職

教育の機会提供と、環境づくりが学校の使命

2007年、生徒数が激減し廃校の危機に瀕していた順心女子学園が共学化。校名を改め新たに誕生した広尾学園は、インターナショナルコース、医進・サイエンスコースの設置などで教育改革を進め、今や難関大学への高い進学実績でその存在が全国に知られる人気校になっている。

そんな広尾学園では、11年の東日本大震災をきっかけに、教育におけるICTの活用を本格的に進めてきた。その中心人物が金子氏で、15年には学内全域でのWi-Fi整備とBYOD(Bring Your Own Device)による情報端末の1人1台体制を実現している。

ただ、いくらICT環境が整っているとはいえ、全生徒に対してオンライン授業を実施するのは初めてのことだった。準備期間は2週間程度しかなかったことから、「教職員は皆、相当高い熱量で新しい試みに取り組んでいました」と金子氏は振り返る。

何より驚いたのは、生徒が自発的に「オンライン授業案内ページ」というサポートサイトを立ち上げた話だ。1度も登校したことのない新入生が、いきなりパソコンやタブレットを操作してオンライン授業に参加するのは無理がある。そこで、オンライン授業に参加する手順をわかりやすく動画で解説するほか、新入生に加えて在校生、さらには先生向けに「問い合わせフォーム」まで生徒がつくったのである。

そもそも広尾学園では、生徒にICT活用におけるルールやマナーは教えるものの、端末の操作やインターネットの使用方法などについてとくに教えることはないという。ICTリテラシーは学びの中で必然的に身に付くもの、わからないことはまず生徒同士、あるいは各クラスに2人いるICT委員に相談して解決するというのが、この9年間で教育のICT活用を進めてきた同校の伝統になりつつある。

金子氏は「教職員がICTに習熟するまで待っていたら、永久にICT環境を整えることはできなかったと思います。本校のICTをリードしているのは、間違いなく生徒たち。これまでも広尾学園では、教員が引っ張るというより、生徒たちに力を発揮してもらってきました。その相互作用で、いろんな活動が生まれて、レベルを上げてきたのです。ICT環境は、そうした広尾学園の魅力の土台になっています」と言い切る。

大人顔負けのサポートサイトの開設もそうだが、広尾学園の生徒たちの活動は年齢の枠、学校の枠を超越している。例えば、医進・サイエンスコースでは年度末に「研究成果報告会」を行っているが、それは学会かと見まがうほどのハイレベルな内容になっている。また英語を得意とする有志生徒が集まって、世界のトップ大学・大学院が無償提供するオンライン講義の翻訳を公開するといった活動もある。

iPS細胞の研究ができるなど充実した設備が整う

「従来の学校教育は、勉強と部活と学校行事に一生懸命取り組めば、いい大学に進学できる。だから頑張れというものでした。しかし、この枠の中で必死になっていても、それは国内の進学校の後追いにすぎません。本当に私たちがやるべきことは、生徒たちの将来につながる体験やチャンスの提供と、学びに必要な環境づくりだと、進学校化を進める中で気づきました」

グローバルで評価は当たり前、時代遅れは許されない

そのポイントは、生徒に本物をぶつけること。中学生だから、高校生だから、と絶対に子ども扱いせずに、あえてハイレベルなものに触れさせることが大切だという。そういう環境を学校が用意すれば、想定以上の反応が生徒から返ってくるというのだ。

象徴的なのが、中学1年生から全コースの生徒が参加する「スーパーアカデミア」。国内第一線で活躍する研究者、専門家が集まり、大学生や社会人向けの内容とまったく同じ講義を行う。「中1や中2で体験させたい。高2、高3では間に合わない。たとえ中身が理解できていなくても、見たり聞いたりするだけでも違う」と金子氏は話す。そのほかにも、広尾学園は大学や企業など学外に協力を求め、キャリア教育やインターンシップなどにも取り組んでいるという。

広尾学園が目指しているのは、グローバルに評価される中学校、高等学校になることだ。特定の難関大学に合格させた学校が評価されるのは、日本独特の価値観。それだけにとどまらず今後も、独自の活動を進化させていくという。

白板に資料を投影して授業を行う。PCを開いている生徒もいれば、ノートを取る生徒もいる

その1つが15年から導入しているアドバンスト・プレイスメント(AP)だ。APとは高校の通常の時間割内で、北米の大学の教養レベルの授業を高校教員が実施し、全米統一のAP試験で高成績を収めれば大学入学後の単位として認定されるプログラムのこと。米国の非営利団体カレッジボードが主催し、高校におけるAP授業実施の可否を決定している。

「北米では大学入学者選抜の際に、AP試験の成績が重要な参考指標の1つとして用いられます。本校はAP試験の会場校になっているので、海外大学を目指す生徒たちが自分の実力評価に活用できます。生徒たちはAP試験に向けてよく勉強しています。日々の授業レベルの高さと生徒の意欲が相乗効果をもたらして、よい結果が出ています」

今般、学校のICT環境の遅れが取り沙汰されているが、「本当に遅れているのは教育に対する考え方や価値観」だと金子氏は指摘する。社会人が1人1台、デジタルデバイスを持っているのは当たり前で、企業は生き残りをかけてグローバル化に対応している時代に、学校はICT化に遅れていても教育の本質さえ追求していれば問題ないという論はまかり通らない。

「少なくとも自分たちがいる時代と、同じ時代の流れの中に学校はいなければならない。中学、高校というと大学のお下がりといった、下に置かれる感覚があるが、広尾学園はICTに限らず時代のもっと先に行ける」という金子氏の言葉が、同校の次のステップアップを期待させる。

(撮影:梅谷秀司)