なぜ日本のICT教育活用はこんなに遅れたのか

―― 教育界のノーベル賞と称される「グローバルティーチャー賞」のトップ10にノミネートされた経歴をお持ちの正頭先生は、日本のICT教育活用の現状をどのように見ていらっしゃいますか。

立命館小学校教諭 正頭英和(しょうとうひでかず)氏。2019年のグローバルティーチャー賞にて、ゲームのマインクラフトを用いた独創的な授業が評価され日本人小学校教員で初となるトップ10に入賞した

グローバルティーチャー賞のトップ50に選ばれると、アラブ首長国連邦のドバイで開催される最終ステージに参加することができます。さらに、トップ10にノミネートされた先生は現地で模擬授業を行うので、僕は諸外国のトップティーチャーがどのような授業を行っているのかを実際に垣間見ることができました。

2019年度の優勝者はケニアの数学・物理の先生でした。その先生の教室では、生徒がみんなスマホを持って授業を受けているというので驚きましたね。「リバースイノベーション」という言葉もありますが、近年では途上国や新興国のほうが、最先端の製品やサービスが一気に普及するということが本当にあるのだなと感じました。

日本は教育先進国で歴史も長いし、現在のアナログをベースとした日本の教育手法は、「PISA」(OECDが実施する国際的な学習到達度に関する調査)でもつねに上位にランクインし続けてきましたが、ICTの教育活用という点では、世界と比べてかなり遅れているように感じます。

ちなみに、トップ10入賞者の中で、ICTを活用した授業が評価されたのはわずか2人。残りの8人は、授業自体の質が評価されてノミネートされているのですが、それらの授業を見せてもらって感じたのは、「日本の先生の能力はかなり高い」ということでした。

例えば、インドの先生は、砂利を使って「視点を変えると、感じ方や意識はこんなに変わる」という気づきを与える授業を披露してくださいましたが、僕自身もジャガイモやスリッパを使って同じような授業をやってきた経験があったのですよね。僕だけでなく、日本には教え方に長けた先生がたくさんいるので、誤解を恐れずに言えば「日本は教育の質では負けていないな」という感じ。

もちろん、日本とはまったく社会環境が異なる国ですから、さまざまな事情を鑑みれば、その場所でそのような授業を行っていらっしゃることは本当にすごいことで、尊敬に値するものだと思います。ただ、授業スキルということで言えば、日本の教員の能力は極めて高いと感じたのです。

先生の教える能力の高さによって、ICTの教育活用の必要性があまり高まらなかった歴史が、日本にはあるのかもしれません。実際に、ほかの国の先生に聞くと、「ICTがないと困る」という先生が多いのです。

ICT活用によって生まれる変化と、日本の教育の伸びしろとは

グローバルティーチャー賞の最終ステージで世界のトップティーチャーと交流し、日本の教員の能力の高さを改めて実感したという

―― なるほど。日本の先生の能力は、世界的に見てもかなり高いのですね。それでは、現在の日本の教育に足りないと感じるものは何ですか。

感覚的で申し訳ないのですが、日本の先生方の教育の質が高いのは、文部科学省が定めている学習指導要領というカリキュラムが、他国と比較し、とても優れているからだと考えています。

一方で、優れたカリキュラムであるのですが、近年、そのカリキュラムがカバーする範囲が膨大になってきているため、カリキュラムをこなすのが精いっぱいになっている。寄り道や遊びを通して、「想像力」や「発想力」を育むための時間を捻出することが困難な状況だと感じています。

現在の日本人に足りないのは、まさに「想像力」や「発想力」。日本の社会はすでに成熟しきっていますから、われわれは解決したい「問題」に遭遇する機会が減っています。例えるなら、問題を解決してくれるドラえもんがあふれていて、「なんとかしてよー!」と問題を抱えるのび太君が少なくなっている社会です。

このような社会の中では、見つけにくくなっている「問題」を発見できる人に価値が出てくるので、いかにして「想像力」や「発想力」を育てていけるかということが、日本の教育における重要なテーマだと僕は考えています。

―― 「想像力」や「発想力」を育むために、必要なことは何ですか。

まず、時間を捻出する必要があります。ICTを活用して個別最適化の学び方へシフトさせることで、現在カバーしているカリキュラムの内容を減らすことなく、時間の余剰をつくることができます。例えば、今まで8時間かけて学んでいた内容が、ICTを活用すると6時間で学べるようになり、浮いた2時間を「想像力」や「発想力」を育むための時間に使えるというようなイメージです。

ICTを活用して短時間で学ぶと聞くと、より「詰め込み式」の教育になると想像する方もいるかもしれませんが、そうではありません。逆に、効率と質を高めながら子どもたちは今まで以上に楽しく学ぶことができるようになると考えています。

学習効率を最も高めるのは、その子の理解度に合わせて「ちょっとだけ難易度の高いもの」に取り組ませることです。この絶妙な難易度のあんばいによって、学びに向かうモチベーションを高めることができ、主体的に楽しく学びながら時間的効率を高めることができるのです。

これを実現するためには、個々の理解度の微差を見極め、1クラス30人の子どもたちに30通りの課題や宿題を設定する必要があります。しかし、ただでさえ忙しい教員の業務に、そのようなことをプラスすることは、人間業でできることではありません。だから、ICTを活用するのです。ICTは「個別最適化」には欠かせないツールです。

次に、ICTの活用によって新たに生み出した時間を、「想像力」「発想力」を育てるために、どのように使っていくかという話になりますが、ここでもやはりICTの活用が効果を上げると感じています。

テクノロジーが壊したものを有効活用する新しい学び

―― ICTの活用で生み出される時間は、どのような学びに充てるべきでしょうか

いちばん重要だと思うのは、子どもたち自身の気持ちやモチベーションが高まるものを題材として扱うことだと思っています。実は、僕のグローバルティーチャー賞にノミネートされるきっかけとなったマインクラフトというゲームを使った授業は、僕が設計した授業ではなく、子どもたち自身から出てきた発想でした。

「京都の外国人観光客は、意外と子どもが少ない。海外の子どもたちにアピールしていくためにはどうしたらよいだろうか」という子どもたち自身の問いから生まれたマインクラフトを活用した授業

だいたいの場合、教員が授業で用意する課題は、実は子どもたちが本当にやりたいことではありません。ですが、「想像力」「発想力」を育てていくためには、子ども自身が強い興味を向けているものに寄り添いながら授業を設計することが最も大事で、そうすることで「どうしてもこれが知りたい!」という強烈な学びの欲求が生まれるのだと、僕自身の試行錯誤の中で気づきました。

それぞれの子どもたちの興味関心の「火」は、100人100通り。カリキュラム上の教科の枠に収まらないテーマもあり、教員のマンパワーや知識だけでは対応できませんが、ICTを活用して学校外の専門家などのリソースとつないであげることや、家庭と学校をオンラインでつなぐことで、1人ひとりの「火」に寄り添うことが可能になります。これは、僕たち教員が長年にわたり「やりたいけどできなかったこと」です。

僕は、テクノロジーが壊したものは2つ、「時間」と「距離」だと考えているのですが、教育においてもICT活用によってこの2つの概念が変容し、学び方も大きく変わっていくと予想しています。

(写真はすべて正頭先生提供)