紙の教科書の読みにくさを改善

紙の教科書と同じ内容をデジタル化することで、それまで教科書に読みにくさを感じていた子どもたちが救われるケースがある。「文字を拡大することで視力が弱いお子さんを支援できますし、教科書の白い背景色を薄い緑色に変えることで読めるようになった児童がいる、という報告も受けています」と森下氏。「漢字にふりがなを付けるだけで、授業についていけるようになる、といったメリットもあるでしょう」と続ける。

デジタル教科書は、こうした支援を必要とする子どもたちをサポートするだけではない。授業により集中できる環境づくりにも一役買っている。教室の大型ディスプレーに表示したページで注目させたい箇所をハイライト表示にすれば、わかりやすく当該部分を伝えることが可能だ。「いわゆる焦点化に効果があり、教室内の情報共有がスムーズになるのです」と森下氏。ほかにも、ある。例えば、消しゴムで文字を消したり、書き直したりする作業の弊害を遠ざけることができる。どういうことか。

森下耕治
光村図書出版 執行役員 ICT事業本部普及促進部長

デジタル教科書では、本文の内容を自在にコピーして貼り付ける(マイ黒板機能)ことが可能。本文の文字に線を引くマーキングも取り消しも簡単な操作でできる。教員から出された「登場人物の気持ちを表現している部分をノートに書き出しましょう」といった課題も、デジタル教科書ならばマイ黒板機能を使うと造作ない。「デジタル教科書の実証で、消しゴムを使うことが簡単、というメリットを挙げる子どもたちが少なくありませんでした。教科書から文章などをノートに書き写すとき、消しゴムを使う過程に時間がかかり思考の連続性が邪魔されているのではないかと気づいたのです」と森下氏は振り返る。

学びにくさの解消に寄与するデジタル教科書は、これまで当たり前と受け止めてきた授業中の風景も変えつつある。森下氏が指摘する。「子どもたちはデジタル教科書と対話し、教科書への没入感が高まっていくのです」。

前述した、登場人物の気持ちについての課題を例に挙げると、1人ひとりが高い集中力で自分のデジタル教科書のマイ黒板上に当該箇所をコピー&ペーストし、コメントを書き込んでいく。そして、それぞれが作成した自分だけのデジタル教科書をクラスメートと見せ合い、意見を交わす姿を見ることができるという。

「1人ひとりが端末に向かって考え、それぞれのアウトプットを持ち寄って考えを深めていく。実際に授業を見させていただくと、グループワークの際にも、隣の子と交換した端末を見入っている子や、活発に議論を仕掛けていく子、1人で思考を深めている子など、それぞれに課題に向き合う姿を見ることができました」と森下氏。

デジタル教科書を媒介として自分の考え方を発信し、他人の考え方から刺激を受ける。実際、デジタル教科書を使用した授業では、自分で考えてアウトプットする時間、グループや2人での対話の時間が増え、教員が全員の前で話す時間が極端に短くなるという。

マイ黒板機能を使用すれば、本文の内容を自在にコピーして貼り付けることができる

教科書は教える道具から学ぶ道具へ

デジタル教科書にプラスアルファされている、動画やアニメーションといった教材機能を一体化して活用することで、学びの幅も広がっていく。中学校英語教科書の会話文。複数の登場人物の会話をテキストだけで読むより、その場面のシチュエーションがわかる映像を視聴したほうが会話の内容と意味への理解が深まるのではないだろうか。

しかし、指導者用のデジタル教科書の普及は進む一方で、児童生徒が使用する学習者用デジタル教科書が浸透しているとは言いがたい。

「学習者向けデジタル教科書の導入はこれから。今は先んじて導入している学校の事例を精査している状況です。消しゴムのケースなどは、私どもが想像もしていなかった反応でした」と森下氏。こうした効果や使用事例などの共有が普及のカギを握るといえるだろう。

紙の教科書がデジタル教科書に変わることで、教員の話を一方的に聞くという受け身の授業から、子どもたちがより能動的に学ぶ授業への転換が促される可能性は否定できないだろう。

「教科書について、ユネスコは学ぶメディアと表現しているのですが、まさに、教科書をデジタル化することで、教える道具ではなく、学ぶ道具になるのです」。これからGIGAスクール構想や教育データの利活用が進む中、家庭学習を含めたさまざまな場面でデジタル教科書が果たす役割は少なくないだろう。

「だからこそ、まずデジタル教科書に触ってみてください」と森下氏は言う。「そうすれば、学びの可能性を広げる道具だということがわかるはずです。子どもたち自身もいったん使い始めたら、先生よりも早く機能を使いこなしています。デジタル教科書を使えば、いろんなことができる。ぜひそのメリットに気づいて現場の授業で生かしてほしいと思っています」。

(撮影:今井康一)