Classroomで課題を出すと、生徒の学習意欲がアップ

酒田光陵高校の開校は2012年で、普通科、工業科、商業科に加え、目玉として山形県内初の情報科が併設された。情報科の湯澤一先生は、当初の取り組みをこう振り返る。

湯澤 一先生
2012年の開校時より酒田光陵高校で勤務。情報科 教諭、2年次情報科担任、2014〜16年のSPH指定校の際は研究主任を務める
(提供:酒田光陵高校)

「情報科なので当然、ICT教育には力を入れて取り組んでいます。新校のため積み上げてきたものがなく、導入当初は手探りが続きましたが……。開校3年目に文部科学省のSPH(スーパー・プロフェッショナル・ハイスクール)事業の指定を受け、本格的にICT教育を推進することになりました」

SPH事業を機に導入したのは、Chromebookだ。以前は、プログラミングなどの実習事業は校内のPCのみで行っていた。授業時間内に課題を終えられなかった生徒は放課後に残って取り組まざるをえず、部活の後に夜9時ごろまで実習をするケースもあった。「保護者からお叱りをいただきましたし、教師としても何とかしてあげたい気持ちが強かった」(湯澤先生)ことから、2015年にChromebookを1学年分42台導入。学校の許可があれば、生徒が家に持ち帰ることも可能とした(現在は「Surface Go」も導入)。

(提供:酒田光陵高校)

同時にG Suiteの導入も決めている。Classroom機能を使うとオンライン上で課題や提出物などを双方向でやり取りできる。ただ、G Suiteを利用するには、生徒が自分でG Suiteにログインする必要がある。当時は県のフィルタリングが厳しく、学校内の授業用ネットワークでGmailを閲覧することすらできなかった。「それではあまりに不便すぎるので県と交渉を重ね、特別に本校のみ、学校の授業用ネットワークでもGoogleサービスを利用できるようにしました」(湯澤先生)

櫻井 敬士先生
2012年開校時より酒田光陵高校で勤務。情報科 教諭、情報科 学科主任
(提供:酒田光陵高校)

ICT環境が整った効果は大きかった。情報科教諭の櫻井敬士先生は、導入後の変化を次のように明かす。

「家で実習ができるようになっただけではありません。Classroomで課題を出したら、多くの生徒は面白がって取り組むようになりました。また、授業の効率や質も高まりました。対面での授業中にG Suiteで質問を出すと、その場で回答を集計して把握できるんです。これによって『ここは理解が深まっていないからもう少し説明しよう』『みんな理解しているから飛ばして先に進もう』と、リアルタイムで授業内容を変えることができるようになりました。紙に答えを書いてもらい、それを集めて授業後に見ていた頃と比べると、より生徒の理解度に合わせた授業が可能になりました」

学校全体を巻き込んで、ICT教育を推進した

情報科ではスムーズに浸透していったICT教育だったが、課題も残った。酒田光陵高校では週に一定時間、ほかの科の授業を自由に選択できる総合選択制を採用している。普通科や工業科、商業科の生徒が情報科の授業を選択することもあるが、他科の生徒はG Suiteを使えず、別の方法でケアしなければならなかったのだ。これを解決するには、オンライン授業を全校に横展開することが理想だった。

(提供:酒田光陵高校)

「教師の中にはITが苦手な人もいますから、いきなり全部の授業でICTを導入しようとしても、頓挫することは目に見えていました。『使うかどうかは先生ごとの判断で構いませんから、生徒の登録だけは全員分させてください。部活動の連絡にも便利ですよ』と説得して、まずは生徒側の環境を整えることから始めました」(湯澤先生)

全生徒のアカウントを登録したのは2018年だ。情報科の授業を取る生徒や部活動をしている生徒は、すぐに利用し始めた。さらにほかの生徒にも慣れさせるため、いじめに関するアンケートなどの各種調査に、G Suiteで回答してもらうようにしたという。生徒のほとんどは、自分のスマートフォンからログインしている。

一方の教師側は、若手を中心に利用が広がったものの、やはり温度差はあった。状況が一変したのは、新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年2月末だ。
「当校の校長は『教室の風景が100年間も変わらないのはおかしい』が口癖。コロナ禍で休校が決まったときには、『これを機に全校でオンライン授業を!』と方針を打ち出して、一気に動き始めました」(櫻井先生)

生徒側の準備は整っていたので、混乱は少なかった。これまで利用していなかった先生も休校期間に研修を受けて、Classroomで課題を出すようになった。

(提供:酒田光陵高校)

「Google Meetを使って、ビデオ授業も試しました。実際にやってわかったのは、高校生がビデオ授業で集中力を50分間キープするのは難しいということ。その反省から、課題を配信して15分だけビデオで解説する方法に変えました」(櫻井先生)
「数学の教師は、Classroomで課題を出し、生徒が解いたノートを写真に撮って送らせていました。オンライン授業というとビデオ授業のイメージが強いかもしれませんが、これも立派なオンライン授業です。オンライン授業の役割は、生徒の個々の力に合わせて適切な課題を出すこと。ビデオ授業という枠にこだわらずに、試行錯誤する姿勢が必要ではないでしょうか」(湯澤先生)

緊急時にこのような対応ができたのも、コロナ禍以前からICT環境を整え、少しずつ浸透を進めてきたからだ。現場に立ちはだかる課題を1つずつ潰してきた努力が、いま実を結んだのだ。

コロナ禍で「学習の質はむしろ高まっている」

もちろんオンライン化自体が目的化してはいけない。肝心の生徒の理解度はどうか。
「オンライン授業は、授業前に各自が予習をして、授業で確認をする“反転授業”に適しています。この流れができたので、生徒の理解度は問題ありません。コロナ禍で、授業の進捗はさすがに遅れていますが、学習の質はむしろ高まっている印象です」(櫻井先生)

(提供:酒田光陵高校)

コロナ禍を経て全校のICT教育レベルは大きく底上げされたが、もともとその先陣を切っていた情報科は、さらに先を進んでいる。以前からSPH事業の一環で遠隔地の大学と連携して課題研究を行っていたが、今年もICTを活用して、校外と積極的に連携を進めている。例えば湯澤先生は、大阪芸術大学などと共同で、ARに関する課題研究を担当。櫻井先生は岩手県立大学の指導のもと、情報科がある新宿山吹高校、京都すばる高校などと「コロナ感染の広がりのシミュレーション」の共同研究をサポートしていて、生徒同士がSlackで情報交換するしているという。

全国でも先頭を走っている、酒田光陵高校情報科のICT教育。同校がICT教育によって目指すのは、「新しいことにチャレンジして世界でリーダーシップをとれるような、とがった生徒を育てること」(櫻井先生)。そのツールとしてのICT教育に、ますます期待が高まる。

(注記のない写真はi-stock)