日本の子どもの読解力が急落している理由

東北大学大学院情報科学研究科 教授
堀田 龍也

1964年熊本県生まれ。1986年に東京学芸大学教育学部を卒業し、1987年に東京都公立小学校の教諭として勤務。2009年、東京工業大学より博士(工学)授与。文部科学省参与、玉川大学教職大学院教授などを経て、2014年より現職。

新学習指導要領で、各教科の基盤として位置づけられた情報活用能力。これを具体的に言うと「パソコンで必要な情報を得て、それらを比較して正しい情報を見極め、わかりやすく発信したり、保存・共有したりできる」といった能力です。ここには、パソコンの操作やプログラミング思考、情報モラルやセキュリティー、統計に関する知識も含まれています。

今年から小学校で全面実施された新学習指導要領は、2021年から中学校で全面実施となります。中学校では当たり前のようにパソコンを使って社会科の調べ学習をしたり、理科のグラフを作成したりすることになるでしょう。だからこそ、小学校のうちにパソコンの基本操作を身に付けなければなりません。国語以外の教科でも言語能力が必要なように、各教科でアクティブラーニングを実現するには、情報活用能力が必要なのです。

実は、1980年代にはすでに情報活用能力は学校教育において育成すべき能力だと位置づけられていました。それが今、改めて重要視されているのには理由があります。その1つが、経済協力開発機構(OECD)が3年ごとに世界各国の15歳の生徒を対象に実施している国際学習到達度調査(PISA)の結果です。PISAで調べられるのは、読解力と数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野。日本の成績は総じて上位なのですが、2015年、2018年の調査で読解力が急落しています。

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出典:文部科学省 国立教育政策研究所 OECD 生徒の学習到達度調査(PISA)
2018年 調査国際結果の要約

さらにPISAでは各国の学校内でのデジタル機器の使用状況も調査しており、日本はほとんどの教科においてOECDで最下位という結果となりました。

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出典:文部科学省 国立教育政策研所 OECD 生徒の学習到達度調査(PISA)2018 年調査補足資料 
生徒の学校・学校外におけるICT利用

さらに詳しく見ると、日本の子どもはスマホでSNSやゲームを利用しているものの、学校でも家庭でもコンピューターを学習の道具として使用していないことがわかりました。学習の場面でコンピューターを使って情報収集し、それらを組み合わせ、比較する。そうした情報活用能力を伸ばす機会が少ないことが、読解力の低下に表れたのでしょう。これは非常に深刻な問題です。

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出典:文部科学省 国立教育政策研所 OECD 生徒の学習到達度調査(PISA)2018 年調査補足資料 
生徒の学校・学校外におけるICT利用

冒頭で述べたように、情報活用能力とはパソコンを操作できる、ということだけではありません。膨大な情報から適切に欲しい情報を探して読み解き、加工して議論を行ったり、発信者となってプレゼンテーションを行ったりできるようになる、といったことが肝になります。これらは社会に出るうえでも必須の能力でしょう。

そして、これから高齢化社会に突入する日本では、労働人口が減少します。一人ひとりの生産性を上げると同時に、人が担っていた仕事をテクノロジーに任せることになるでしょう。技術立国を目指すという意味でも、子どもの情報活用能力の育成が重要なのです。

コロナ禍で浮き彫りになったICT教育格差

しかし、学校のICT導入はなかなか進んでいません。この話題になると必ず出るのが「日本の教育はダメだ」という批判です。しかし、PISAの結果からわかるように日本の子どもの学力は高く、先生たちは頑張っておられます。学校のICT化が進まない理由は、先生方が原因ではなく、「学校にICT環境がないから」なのです。そして、ICT環境を整えるのは現場の教員の役割ではありません。

これは学校設置者、つまり地方自治体の教育委員会の管轄なのです(私立の場合は学校法人)。とはいえ、税金を投入して実施するものですから、失敗は許されません。そのため導入をためらう自治体も多く、地域によってICT環境の整備に差が出ています。また、この時代にまだクラウドの利用を禁じている自治体も残念ながら存在します。

ICT環境による教育格差をなくそうと、政府が打ち出したGIGAスクール構想は2019年末に閣議決定され、2318億円の補正予算がつきました。GIGAスクール構想とは、高速通信環境や学習用パソコンの導入など、学校のICT環境の整備にかかる費用を国が補助するというもの。コロナ禍で休校となったのはその直後です。すでにICT整備が終わり、スムーズにオンライン授業ができた地域がある一方、大量のプリント配布でしのいだ地域もありましたね。コロナ禍によって、ICT環境による教育格差が可視化されたわけです。

こうした事態を受け、2019年度から23年度にかけて進める予定だったGIGAスクール構想を前倒ししようと、さらに2292億円の補正予算がつきました。このような背景から、多くの自治体が真剣にICT導入の検討を行っていますが、ICTを整備すれば即、教育的効果があるとは限りません。大切なのは、パソコンを使ってどんな教育を行うのか明確にすること。そのうえでどんなデバイスを使うのか、デジタル教科書も一緒に導入するのか、といったことも検討しなければなりません。

教室でみんながネットに接続でき、授業でパソコンを活用できるように台数をしっかりとそろえることも重要です。ですから私は「民間企業並みのICT環境を目指しましょう」とお伝えしています。

情報活用能力の有無で進学や就職に差が出る

ICT環境が整ったら、まずは子どもたちがパソコン操作に慣れることを目指しましょう。そのために必要なのは、たくさん経験させることです。

では、具体的に授業でどう使うか。例えば、「なぜ梅雨にたくさん雨が降るか」をネットで調べて発表する、という場合。子どもたちが自分で調べ、どの情報が正しいのかという比較や議論を行い、レジュメにまとめて発表する。これらを子どもたち自身がすべてやるとなると、時間がかかります。先生が教えたほうが効率はいいでしょう。しかし、新学習指導要領が大切にしているのは、教科の内容だけではありません。学び方、議論や発表の仕方といった、社会で生きるうえで基盤となる能力を育てることが求められているのです。

とはいえ、これまでも、子どもたちに考えさせる授業を行っていた先生は多いはず。そうした先生が紙で労力をかけて行っていたことを、これからはパソコンを使ってやりましょう、ということなのです。

子どもたちが1人1台パソコンを持っている状況に、先生も初めは緊張するかもしれません。しかし、先生は普段から子どもの様子を見て教え方を調整しているはず。2〜3回経験すれば、「ここは子どもに任せて、ポイントは自分が教えよう」といった具合に自然に授業を進められるようになるでしょう。ICT導入について、先生はそれほど心配しなくても大丈夫だと私は考えています。

だからこそ、自治体の担当者の方にはぜひ、ICT整備を進めてほしいですね。教育の情報化のために国から総額約4600億円もの補正予算がつくのは、おそらくもうないでしょう。もちろん自治体の負担は生じますが、この機会を逃せばすべて自前で用意することになるでしょう。

今後は資格試験や大学入試などでもCBT(コンピューターで受験する方式のテスト)の導入が進むはず。大学ではすでに受験の出願や履修登録などをパソコンで行うようになっており、パソコンスキルは必須です。

ICT整備を先送りにすれば、その地区のお子さんたちは新学習指導要領で目指す能力が身に付かず、落ちこぼれる可能性もあります。情報活用能力の有無は、進学や就職の際に大きな影響を与えるのです。

そして、コロナ禍によって民間企業ではリモートワークが進みました。今後は住みたい街に住み、必要なときだけ出勤や出張をするというライフスタイルを選択する人が増えるでしょう。そんなとき、教育サービスの充実度は街選びの重要ポイントになるはずです。各自治体は、より積極的にICT整備をはじめとした教育サービスの充実に力を入れていく必要があるのではないでしょうか。