魔がさすことから「世紀の捏造」は始まる 旧石器捏造事件を描いた『石の虚塔』を読む

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最初は魔がさすところから始まる――。本書のストーリーには、「STAP細胞をテーマとした歌舞伎の演目」を眺めるような側面がある(撮影:ヒラオカスタジオ)

「魔がさした」ーー世間を震撼させるほどの大事件を起こした人物が、このようにコメントしたことを聞けば「何を寝ぼけたことを」と思うのが普通だろう。だが、昨今のように専門や嗜好といった圏域が高度に細分化した世の中において、同質の集団による無菌状態、あるいは無法地帯を作り上げることなど容易なことである。たとえそのような状況下にあったとしても、人は清廉潔白で居続けられるのか。

本書の「魔がさす」には、空虚な自信を容易に打ち砕くようなリアリティがあった。これは僕の話なのかもしれないし、僕の周囲にいる隣人の話なのかもしれない。

旧石器を次々に発見したゴッドハンド

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2000年10月に発覚した旧石器捏造事件については、ご記憶の方も多いだろう。当時、論争の巻き起こっていた旧石器時代の存在をめぐり、在野の考古学研究者・藤村新一は次々と旧石器を発見し注目を集めていた。

藤村の行く先々で次々に前期旧石器が出土し、「神の手」「ゴッドハンド」などと持て囃されるようになる。だがそのほとんどが、予め自分で埋めた縄文時代の石器であったことがスクープされ、捏造が明るみになった。

なぜ捏造をしたのか、そしてなぜ周囲はそれを見抜けなかったのか。問題がこの2点に集約されるという意味において、本書のストーリーにはSTAP細胞をテーマとした歌舞伎の演目を眺めるような側面がある。だがその中に、人間のより普遍的なものを浮かび上がらせているのは、著者・上原善広の徹底的なアウトサイダー視点によるところが大きい。

この事件の経緯には、3人の主要となる人物が関わっていた。一人は東北大学の考古学者・芹沢長介。前期旧石器の前衛を走り続け、「旧石器の神様」とまで呼ばれた彼は、学歴のないアマチュア研究者にも権威を与えるなど面倒見も良く、多くの者が芹沢の元に通い、発見した石器を送り続けるという関係にあった。

そんな芹沢によってなされた最大の「発見」が、相沢忠洋である。教科書にも掲載されるほど有名なアマチュア考古学者。学歴もなく行商を行いながら考古学を研究し、日本に旧石器時代があったことを証明する「岩宿の発見」を成した人物である。さしずめ「神」の領域に足を踏み入れた男というところだろうか。

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