中村文則「僕は小説家だからこそ恐れずに言う」 安倍政権に疑念投げかける芥川賞作家の信条

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芥川賞作家・中村文則は「コロナの前に書いた小説が、ちょうど当てはまってしまったなという感じはありました」と語る(撮影:高橋浩)
純文学でありながらサスペンス的手法も取り入れる現代小説の旗手であり、近年は『教団X』の大ヒットで知られる芥川賞受賞小説家・中村文則(42歳)は、努めてニュートラルな口調でアフターコロナをこう予言した。
「このコロナウイルスはこれから少しずつ世界が悪くなっていく速度を劇的に上げてしまうのだろうと思っています。見せかけの好景気の正体が暴露され、差別や格差が助長され、人と人の断絶は進み、より内向きになっていく。コロナは天災ですが、アフターコロナに起こるのはおそらく人災です」。
そして言葉を継いだ。「今回出版される小説の中にも書きましたが、いまの空気は戦前戦中のそれとよく似ている。もともとは世の中が悪くなって行くのを見据えて書いた新聞連載でしたが、ちょうど当てはまってしまったなという感じはありました」。
4月16日に発売された新作『逃亡者』(幻冬舎)で中村が挑戦したテーマは、心理学用語である”公正世界仮説”、そして「歴史が現代に深く関わる物語を書くならこれだと決めていた」と語る第二次世界大戦だ。安倍政権批判発言でも知られる中村が描く近現代日本とは。(文中敬称略)

”公正なはずの世界”で、社会の悪化は加速する

「人に迷惑をかけたくないと思うので、人前ではスイッチを入れて明るくしているだけですね。小説のほうが本当の自分です」。ダークな作品世界とは異なり、中村は明朗に歯切れよく話す。だがその目は、決して人間に警戒心を解かない野生動物のようだ。

コロナ感染拡大を受け、7都府県における緊急事態宣言が発令された直後。インタビュー取材は広い会議室の中で社会的距離を保ち、全員マスク姿で行われた。今回のコロナ禍では初期にインフォデミックという象徴的な造語も出たほど、ネットを介した社会不安と憎悪の増大が特徴的だ。コロナ社会は中村の目にどう映っているだろう。

「僕自身は、このウイルスは世界全体が悪いほうへ向かう速度を劇的に上げてしまうと考えています。世界的な経済好景気という流れはまやかしだとずっと思っていたんですが、コロナによって差別や格差というものがまた浮き彫りになり、しかも広がってしまった」。差別とは公衆衛生や快不快と関わった途端に激烈になるものであることは、人間の歴史が証明してきた。「究極的には、自分か自分以外かということになってくる。断絶は進むでしょう。人と人との距離は離れ、より人は内向きになっていく」

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