専門部署が推進力となり、AIを全社員の基礎スキルに
マイナビは就職や転職、アルバイトなど仕事に関わるサービスから、ニュース、ウエディングなど暮らしに関わる領域まで、多彩な事業を展開している。幅広い事業を横断するテーマとして、同社が早くから取り組んできたのがAI活用だ。
2021年にはAIプロジェクトを立ち上げ、その活用を本格的に推進する体制づくりに乗り出した。背景には、事業を成長させていくうえでの課題意識があった。プロジェクトを牽引した谷本健次氏は次のように語る。
執行役員デジタルテクノロジー戦略本部 副本部長 AI戦略室 室長
「当社の持続的な成長のためには、社員一人ひとりの生産性を高めるとともに、お客様へ新たな価値を創出、提供する力を伸ばしていく必要がありました。AIは、この双方を加速させる可能性を持つ技術です。しかし、ツールを導入するだけで活用が進むわけではありません。いかに定着させ、生産性向上や価値を生み出す力につなげるかに重点を置いて取り組んできました」
基本方針は、社員一人ひとりがAIを日々の業務で主体的に活用できる状態を目指すことだ。その実現に向けた全社横断の推進組織が、谷本氏が室長を務めるAI戦略室だ。
2024年10月に新設され、データサイエンティストなどの専門人材に加え、事業部やコーポレート部門の出身者など、異なるバックグラウンドを持つ約40名が所属する。技術と事業の双方の視点を生かしながら、全社へのAI活用の浸透を進めてきた。
AI戦略室の取り組みは、大きく2つに分かれる。全社員の業務にAIを浸透させる「活用推進」と、各事業部と連携してAIを取り入れたサービスを生み出す「プロダクト開発」だ。この2つを両輪として進めることで、社内の生産性向上にとどまらず、その先の企業顧客やユーザーへの価値提供までを見据えている。
「業務効率化によってよりスピーディーな対応が可能になるなど、私どもの強みでもあるお客様との接点も強化することができます。さらに、厚みを増したお客様とのコミュニケーションや課題解決の過程で得た気づきやアイデアを、AIを活用した新たなサービスへとつなげていくこともできます。全国に拠点を持ち、企業顧客やユーザーと近い距離で接してきたマイナビだからこそ、その強みを2軸で生かしていくことが重要だと考えています」
その考えを具体化した取り組みの要となっているのが、2025年7月に始まった「デジタルポータブルスキル(DPS)学習プログラム」だ。全社員を対象に、ITやDXの基礎、プロンプトの基本を学ぶ基礎コンテンツ、実務への応用を想定した実践コンテンツなどを用意しており、基礎から実践まで段階的にデジタルスキルを高められる仕組みを整えた。背景にあるのは、AIを一部の専門人材だけのものではなく、全社員が活用できる基礎スキルにしていくという考え方だ。
全国の拠点訪問から管理職の意識改革まで。学びを実践に変える一手
AIリテラシーを実践レベルまで引き上げる施策として実施されたのが、3カ月間のオンライン研修「マイナビ文系AI塾」である。
全5回のプログラムの特徴は、AIやプロンプトの基礎から社内での活用事例を経て、自身の業務に合わせたAIエージェントの設計へと、段階的に学びを深めていく構成だ。最終回には、AIの使い方を学ぶだけでなく、所属部門やチームの課題を見つけ、それを解決するAIアプリを考えるワークショップも用意した。
任意参加でありながら、約900名の社員が受講したという。受講者の自己評価を見ると、日常業務活用レベル以上の「AIキホン理解能力」を持つ社員は、受講前の12.1%から62.9%へ、「AIプロンプト力」も17.5%から54.5%へと大幅に上昇した。
マイナビ文系AI塾による人材育成と並行して、社員が実際にAIを活用し、価値創出につなげられる環境づくりも継続的に進めてきた。その取り組みの1つが、ノーコードでAIアプリを開発できるプラットフォームの導入だ。全社員が使える環境を整えており、AIアプリを作成できる社員は約900名まで増加した。現場の課題から生まれたAIアプリも、すでに200件弱がリリースされている。
一方、学習プログラムを用意しただけで、AIが日々の業務に定着するわけではない。とくに企業顧客やユーザーと向き合うことを大切にしている現場では、日々の業務を進めながら新しい知識を学び、それを実務に生かす時間を確保するのは容易ではない。そこでAI活用推進を担うチームのメンバーは全国の拠点に足を運び、これまで約20拠点で対面の勉強会や相談会を実施してきた。その1人、遠藤優氏が語る。
デジタルテクノロジー戦略本部 AI戦略室 AI推進部 AI推進課
「資料やプログラムを用意するだけでなく、直接拠点に足を運び、その場で疑問に答えることを大事にしています。オンラインでも説明はできますが、顔を合わせたほうが推進する側の熱量も伝わりますし、質問も出やすくなります」
勉強会では、AIの使い方やプロンプトの書き方を教えるだけではない。その場で「資料作成に時間がかかっている」といった具体的な悩みを聞き、AIでどう解決できるかを一緒に考える。AIの知識を、それぞれの業務で実際に使える形に落とし込み、社員が自ら活用できる状態にするところまで支援するのが狙いだ。
こうした働きかけによって社員の活用が広がると、管理職側にも新たな課題が見えてきた。社内のAI活用状況を見ると、活用度が低い層には管理職が比較的多かったという。部下がAIを使うことが当たり前になれば、上司にもAIを前提とした新たなマネジメントが求められる。
「部下がAIを使ってアウトプットを出してきた際、どのように指導すべきか迷う管理職も少なくありません。AIと人間がそれぞれ担うべき役割や成果物を確認する際の観点に加え、チームとしてAIを業務に取り入れる方法を管理職が理解することで、より適切な指導や活用推進につなげられると考えました」(遠藤氏)
そこでマイナビでは、社員一人ひとりへの働きかけに加え、管理職を起点に活用を広げる「ミドルダウン」の施策も強化。個人がAIを使える状態から、その活用を部署や組織全体へ波及させる取り組みを並行して進めている。
AIの定着は通過点。次に目指すのは現場起点の「自走する組織」
社員の習熟度や役割に応じて多層的な施策を重ねることで、マイナビはAIを「学ぶ」段階から「使う」、さらに「組織で生かす」段階へと広げてきた。
その結果、2026年3月の社内調査では、業務で何らかの形でAIを活用する社員は96.1%に達した。さらに、日常業務で主体的にAIを活用したり、業務改善や高度な活用に取り組んだりする社員も67.8%まで増えている。
谷本氏はこうした数字を「ゴールではなく、浸透を示す1つの指標であり通過点」と捉えている。目指すのは「自走する組織」。これまでのようにAI戦略室が主体となって活用方法を教えるのではなく、今後は各現場が自ら課題を見つけてAIで解決し、その成果やノウハウを社内で共有しながら次の改善につなげていく循環が自発的に生まれる状態を目指している。
「個人のAI活用は一定程度進んできました。次に目指しているのは、個人の工夫を組織全体の業務改善につなげていくことです。実際に、AI戦略室に寄せられる相談も、個人の活用に関するものから、部署全体の業務フローをどう変えていくかといった内容へと広がってきました。こうした動きが各現場から自然に生まれる状態にしていきたいと考えています」(谷本氏)
AIが組織に浸透すれば、人に求められる力も変わる。AIが短時間で答えを示せる時代だからこそ、人には答えを探す力以上に、「何を問いにするのか」「企業顧客やユーザーにとって本当に価値があるのか」を考える力が求められる。
谷本氏は、こう強調する。「仕事の先にあるお客様の未来を思い、AIを活用して人と向き合う時間や質を高めていくことにこそ、マイナビらしさがあります」。マイナビのAI活用は次のフェーズへ進もうとしている。
