「炎舞炊き」で炊いたごはんが主役の食堂をオープン
大阪・なんばの中心街、複合商業施設の6階に店を構える「象印食堂 大阪本店」。旬の食材をふんだんに使った御膳や会席を提供している。彩り豊かなおかずも魅力的だが、主役は、なんといっても象印の炊飯ジャーの最上位モデル「炎舞炊き」で炊いたごはんだ。お米の種類や炊き方を変えた3種類のごはんは、お代わり自由。「炎舞炊きのごはんが食べたい」と、わざわざ訪れる客で、時間帯によっては行列ができるほどの人気ぶりだ。

炊飯ジャーメーカーの象印が飲食店を手がけるきっかけは、2016年にさかのぼる。以前販売していた高級炊飯ジャー「南部鉄器 極め羽釜」のプロモーションの一環で、象印の高級炊飯ジャーを使って炊いたごはんのおいしさを実際に味わっていただくイベントを期間限定で開催したことだった。製品カタログなどで、「ごはんの味の違い」を伝えることは難しい。そこで機能を説明するのではなく、「感動を体験していただく」ことで、「炎舞炊き」の価値を伝えようと企画したのだった。狙いは的中。多くの来場者に喜ばれたことから、象印で初めて常設の飲食店の開業に向けたプロジェクトが始動した。
「象印にしかできない店」を目指す
「『象印食堂』をなんばに常設するので、立ち上げをお願いします」。会社からそう伝えられた時、北村 充子氏は驚いた。それまで商品企画などを担当し、新製品の企画や開発の経験は積んできたが、飲食店については、まったくの素人だったからだ。しかし引き受けた以上、やるしかない。それから、猛烈な勉強と試行錯誤の日々が始まった。
メニュー開発から食器類選び、内装、スタッフ教育まで、一から準備しなければならないことは山のようにあった。もしただ飲食店の経営を目指すだけなら、すべてをプロに任せる方が良かったに違いない。「けれど、私たちが届けたかったのは、象印だからこそつくり出せる『おうちのように、おいしいごはんを食べるしあわせ』でした」と北村氏。それには、象印が大切にする想いを熟知する社員が不可欠だった。
「店のしつらえも高級になりすぎず、ホッとくつろげるムードを意識しました。またおかずも、奇をてらわず、どこでも手に入る食材に手間や工夫を凝らし、お客様に『すてき!家でもできるかな?』と思っていただけるメニューを目指しました」と言う。もちろん必要に応じて専門のコンサルタントや委託事業者、他の社内関係者にも協力を得て、「炎舞炊き」がデビューした2018年、「象印食堂」をオープンさせた。
「本当においしいごはん」に徹底的にこだわる
「象印食堂」では、「炎舞炊き」で炊いた「本当においしいごはん」を提供することに、徹底的にこだわっている。炊飯ジャーは、1度炊いて空になるたび、釜やフタをすべて洗って手入れし、初期状態に戻してから新たに炊く。常に炊きたてを提供するため、1升炊きサイズの炊飯ジャーであえて1度に5~6合しか炊かず、25台をフル稼働させている。「おいしく炊くコツは、米と水の量を正確に測り、取扱説明書の通りに炊くこと」(北村氏)。「炎舞炊き」に絶対の自信を持っているからこその言葉だ。北村氏は、ひんぱんに抜き打ちチェックを実施し、スタッフが説明書の手順を遵守していることを確認している。
店では、「炎舞炊き」で炊飯するだけでなく、象印の「タンブラー」で飲み物を提供。お客様にさまざまな象印製品に触れていただく場所としての役割も果たしている。「オープン以来、『このお店が一人でも多くのお客様に気に入っていただけるように』と、まるでわが子のように日々気をかけてきました。最初は、社員としての責任感でしたが、季節変わりのおかずや食器など、一つひとつを吟味するうち、どんどんお店への愛情が深まってきました」と北村氏は目を細める。

「『楽しかった』『また来たい』とお客様に思っていただけるか否かは、私たちの真心と地道な努力にかかっていると思います」と北村氏。基本業務はプロに任せつつも、象印の責任者として、客への気くばりや品質管理については、自ら率先して取り組んでいる。時には、一利用者として店を訪れ、サービスの不備がないか、他の客が食事を楽しんでいるかを肌で感じることも大切にしている。
食堂の成功を追い風に弁当専門店を開業
「象印食堂」のオープンから3年を経た2021年、象印初の弁当専門店「象印銀白弁当」が誕生した。事業の立ち上げには、当時の担当者である徳岡 卓真氏の個人的な経験が深く関わっているという。
「炊飯ジャーの開発者として試食を繰り返すうちに、ごはんの味に敏感になってしまいました。そこで気づいたのが、外で口にするごはんと、当社の炊飯ジャーで炊くごはんの味に大きな違いがあることでした」と入社以来炊飯ジャーの開発に携わってきた徳岡氏は話す。それから次第に「外食やお弁当でも、象印のおいしいごはんを味わってもらいたい」という思いが膨らんでいった。
一方では、かねてから「日本人の米離れ」にも強い危機感を抱いていた。「店舗開発に向けて調査を進める中で、もしかしたら街中においしいごはんが少ないことも、米離れが進む一因ではないかと考えるようになりました。気軽に買えるお弁当を通して、ごはんの本当のおいしさを伝えられたら、米離れにも歯止めをかけられるのではないか」。そうした気持ちが高じて、自ら新業態の事業を会社に提案。弁当専門店の運営に乗り出すことになった。
「象印食堂」の人気も追い風になり、提案は通ったものの、弁当事業は未知の領域だ。徳岡氏は「象印食堂」を手がけた北村氏にノウハウを聞きつつ、二人三脚で開店準備を進めていった。「お米マイスターと共に弁当に合うお米を探したり、ごはんが進むおかずを選んだり。何よりこだわったのが、『ごはんのおいしさ』でした」。数多くのお米を吟味した結果、冷めるにつれて弾力とみずみずしさが残るオリジナルブレンド米に決めた。
難題だったのは、象印ブランドとして、ごはんのおいしさを保ちながら人件費を抑え、事業としての採算性を両立させることだった。そこで考え出した秘策の一つが、自動洗米機の導入だ。洗米機メーカーのライステクノプロダクトの協力を得て、独自のプログラムで、大量のお米をていねいに、かつ効率よく洗える自動洗米機を開発。電子顕微鏡で見ても、象印が推奨する手洗いと同レベルの精度を実現した。
米、炊き方、握り方にもこだわったおにぎり専門店
弁当専門店「象印銀白弁当」が開業した翌年、「『炎舞炊き』で炊いたごはんのおいしさをより手軽に、多くの人に味わってもらいたい」という想いから、大阪・梅田にある阪神百貨店の地下1階に、おにぎり専門店「象印銀白おにぎり」をオープンした。ここでも「冷めてもおいしい」象印のごはんは大好評を得た。
さらには「にぎりたてのおにぎりを食べたい」という声の高まりに応え、2025年9月、イートインスペースを併設した「象印銀白おにぎり 京橋店」を新たに開店した。

近年、おにぎりブームが続き、おにぎり専門店の数は年々増加している。競合店としのぎを削る中にあって、象印が絶対的な自信を持っているのが、他店を圧倒する「ごはんのおいしさ」だ。お米マイスターに協力を得て、みずみずしく、ほどよい甘みを感じられる、おにぎりに適した米を厳選。「炎舞炊き」を使い、おにぎりに最適な炊き方を導き出した。
さらにおにぎりの「握り方」も独自開発。そこにも象印ならではのものづくりへのこだわりが発揮された。開発担当者は、街で人気のおにぎりを大量に購入し、一つひとつ詳細に分析。口の中でお米がほどける食感の決め手となる、米粒の間の隙間の割合「空隙率」を突き止めた。こうした科学的データと人が実際に食べた感覚の両方について検証を重ねた末に、ごはん一粒ひとつぶの「もっちり感」と、おにぎりにした時の「ふんわり感」を両立させた「象印銀白おにぎり」だけのおにぎりの開発に成功した。店には、この握り方を再現できるよう独自の“握り型”を導入し、誰が作っても間違いなくおいしいおにぎりを実現した。
「象印銀白おにぎり 阪神梅田本店」は順調に滑り出したものの、新店「象印銀白おにぎり 京橋店」では、「イートイン」という形式ゆえの新たな難しさに直面した。「握りたてのおにぎりをお客様に食べていただくためには、あたたかい状態のごはんを準備しておく必要がありますが、お客様の入店状況によって、ごはんをいつ、どのくらいの量をスタンバイしておけばいいか予測が難しく、オープン当初は、用意したごはんが足りなくなったり、逆に余ってしまったりすることがありました。注文を受けてから作る店内調理だからこその難しさを思い知らされました」と船越 哲朗氏は語る。
そこで同店では、キッチンにある8台の「炎舞炊き」の炊飯状況を一元管理するアプリを導入。「いつ、どれだけのごはんが炊き上がるのか」をひと目で把握できるようにした。これによりごはんのロスを削減するとともに、オペレーションの向上も図られた。
また「象印銀白おにぎり 京橋店」では、イートインならではの工夫を凝らしている。「私たちの最大の強みは、『ごはんのおいしさとの調和』です。おにぎりに入れる具材についてはまだ勉強中ですが、『ごはんを主役にする知恵と技』は、どこにも負けない自信があります」と栗原 愛美氏は力を込めた。また、「象印食堂」「象印銀白弁当」の運営を通じて蓄積してきたノウハウを生かし、他店にはないイートイン限定メニューを開発している。象印のごはんを熟知したメンバーが、ごはんのおいしさを引き立てることを最優先に考えてつくりあげた「豚汁」や、「象マーク」の焼き印がついた出し巻きなど、「象印の総力」を詰め込んだメニューとなっている。

「おいしいごはん」の可能性を広げる
コロナ禍には影響を受けたものの、今では「象印食堂」は、行列ができる人気店に成長している。「象印銀白弁当」の売上も右肩上がりで、行楽や会社の会議などに弁当を予約するリピーターも増えている。新しいチャレンジゆえの苦労はあったものの、製品とは違うかたちで消費者の生の声に触れられることに、北村氏はこれまでにない喜びを感じている。「『ほんまにおいしかった』『難波に来たら、いつもこの食堂ばっかり』『お弁当を食べた妻から、おいしかったからまた買って帰ってと言われました』など。お客様のお言葉の一つひとつが、『今日もきちんとおいしいものをお届けしよう!』というモチベーションにつながっています」
2024年からは、店舗のサービスレベルの向上を目的に、階級システム「象印食堂ごはんマイスター制度」を導入している。スタッフを対象に、ごはん、お米、「炎舞炊き」や接客に関するテストを実施。合格するたびに階級が上がり、階級を示す「象さんバッジ」が付与される他、給与にも反映される仕組みを整えた。これによりスタッフの学習意欲が養われるとともに、サービスレベルも着実に向上している。

「象印食堂」「象印銀白弁当」、そして「象印銀白おにぎり」の3ブランドの運営を通して、人と人をつなぐコミュニケーションとして「食」の重要性にも思いを馳せるようになったという飲食事業に携わる担当者たち。「これからも、人の真ん中にごはんがあり続けるよう、おいしさに磨きをかけていきます」と前を見据えている。
