好調アパレル大手が推進する「原点回帰戦略」 「冬の時代」でもゴルフウェア事業が成長を牽引

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店内、ブランドのイメージ合成画像
「アパレル冬の時代」といわれて久しい。コロナ禍の影響も受けてかつてのようには服が売れない中、2022年2月期決算で過去最高益を上げるなど、好調を見せるのがTSIホールディングスだ。同社はかねてレディースブランドを主力としてきたが、近年は「パーリーゲイツ(PEARLY GATES)」を筆頭とするゴルフウェア事業が売り上げを牽引。さらには21年に社長に就任した下地毅氏による施策が成長を後押ししている。同社が進める「原点回帰」の戦略に迫った。

「積み重ね」が花開き、ゴルフウェア事業が成長

TSIホールディングスは、ともにアパレル企業の東京スタイルとサンエー・インターナショナルによる共同持ち株会社として2011年に設立。以降、アパレル企業のM&Aを進め、現在ではセレクトショップの「ナノ・ユニバース(NANO universe)」やレディースの「ナチュラルビューティーベーシック(NATURAL BEAUTY BASIC)」、ストリート系の「ハフ(HUF)」など、50以上の多様なブランドを擁する企業となった。

近年は、子会社の統合による組織のスリム化や不採算事業からの撤退、人員削減など、大規模な構造改革を実施。同時に、成長事業への投資を強化してきた。その旗手となったのが、21年3月に社長に就任した下地毅氏である。

TSIホールディングス 代表取締役社長 下地 毅 氏
原点にあるのは、
「お客様を裏切らない」ということ

TSIホールディングス
代表取締役社長
下地 毅氏

こうした取り組みの成果もあり、21年度(22年2月期)の売上高は1403億8200万円と、コロナ禍で大きな影響を受けた前年度から4.7%の増収となった。さらに営業利益は44億4000万円と過去最高を達成している。

この好業績を下支えしたのが、ゴルフウェア事業だ。中でも筆頭ブランドの「パーリーゲイツ」は、コロナ禍でレディースブランドなどの売り上げに陰りが見えた中でも堅調に推移。22年度(23年2月期)上期には、同社ブランドの中でトップの売上高(83億円、派生ブランドを含む)を記録した。その要因について、下地氏はこう分析する。

「コロナ禍で、密にならない屋外でコミュニケーションを図れるゴルフのニーズが高まり、追い風となりました。とはいえ、それ以前から当社のゴルフウェアブランドはファッション性の高さで注目をいただいており、顧客向けのゴルフコンペやジュニアゴルフ大会の開催などを通して、お客様と共にブランドを築いてきました。そうしたゴルフウェア事業全体で長年にわたり積み重ねてきたものが、ここへ来て花開いたのではないかと考えています」

「パーリーゲイツ」は今後、米国への進出も視野に入れているという。同社は25年2月期を最終年度とする中期経営計画で、売上高1896億円、営業利益80億円の目標を打ち出し、さらなる成長を目指している。多くのアパレル企業が以前のようにはなかなか売り上げを伸ばせない時代にあって、同社の勢いはどこから来るのか。原動力となっているのが、下地氏が指揮する戦略だ。

セール依存から脱却し、ブランドへの信頼感を高める

下地氏は、TSIホールディングスが18年に買収した上野商会の出身で、ミリタリーブランド「アヴィレックス(AVIREX)」のデザインに長年、携わった後、社長を務めた経歴を持つ。買収後、TSIホールディングス取締役を経て、21年に現職に。外部からのいわゆる"プロ経営者"が続いた同社では珍しい、社内の現場出身者のトップとなった。下地氏は就任後、前社長が断行した人員削減や事業撤退を引き継ぐ形で、改革を進めた。

中でも下地氏の想いがこもる施策が、プロパー消化率(定価で売れる割合)の改善だ。アパレル業界には、商品を大量に生産し、売れ残りをセールで販売する慣習が広く根付く。ただ、セールに頼る度合いが高まれば、ブランド価値や顧客ロイヤルティーを毀損して、より売れなくなる悪循環に陥りかねない。商品の大量廃棄にもつながってしまう。それを払拭すべく同社は、プロパー消化率を全商品で80%まで高めることを目標に、生産量の適正化と、セール依存からの脱却を進めている。

「厳選した商品をしっかり売り切る姿勢に切り替え、お客様をがっかりさせる極端なセールは極力やめる。それによりお客様にはブランドへの信頼感と、良い意味での枯渇感を持っていただける。私たちとしても利益率が上がり、販売員のブランドへの愛着も深まります。もちろんセールを減らせば当座の売り上げが下がりかねません。とはいえ、これは環境問題も含めた業界全体の課題でもあり、社会に貢献するチャンスと捉え、強い意志のもとで改革を進めています」(下地氏)

ただ、"痛み"一辺倒では、改革はままならない。そこで同社が併せて敢行するのが、事業ポートフォリオの見直しだ。中計で「ウェルネス&ライフスタイル」「ストリート&カルチャー」「ファッションキャピタル」「デジタルジェネレーション」の4つを事業領域として定義。各領域およびそれに紐付くブランドの属性に応じて、効果的な施策を講じやすくした。

「低収益事業は随時見直しを行い、成長領域には集中的にリソースを投じていく。投資に強弱のバランスをつけながら成長を目指す方針です」(下地氏)

ゴルフウェアブランド「バーリーゲイツ」のイメージ合成画像
近年業績を牽引するゴルフウェアブランドの「パーリーゲイツ」
ストリートブランド「ハフ」とレディースブランド「ナチュラルビューティーベーシック」のイメージ合成画像
左:ストリートブランド「ハフ」も売り上げが好調だ
右:レディースブランドの主力「ナチュラルビューティーベーシック」

「お客様を裏切らない」姿勢が原点に

下地氏の施策は、一見古い慣習を打破する新しいものにも見えるが、実はアパレル業としての「原点回帰」でもある。

「小売業が主幹だった上野商会時代には、『服は売り残してはいけない』との意識を徹底的にたたき込まれ、実行していました。その意識を当社でもそのまま踏襲した形です。服は生鮮食品と同じで、決して無駄にしてはならないし、つねに新鮮でないといけない。だからこそ、お客様の顔を想像し、ニーズのある商品を適量そろえる。セールも売り上げのためではなく、お客様への感謝を込めてささやかに行う。

原点にあるのは、『お客様を裏切らない』ということ。ブランドの持つ世界観を大事にしながら、お客様に喜んでいただける商品、売り場づくりやサービス提供を徹底することが大切だと考えます。だから当社のやっていることは、そうしたアパレル業の原点に立ち返る、ある意味"古くさい"ものなんです」(下地氏)

原点回帰の姿勢は、ECに対する考え方にも表れている。同社は25年2月期までにEC化率を40%以上にすることを目標に、ECの拡大に注力する一方で、リアル店舗の魅力の再興も並行して推進している。

「ECには圧倒的な利便性がある。かたや実店舗では、接客を通してお客様と私たちの双方が、ECでは得がたい気づきを得られます。どちらが良い・悪いではなく、それぞれを利用したいと思ってもらえることが重要です。ECと店舗を融合させて、トータルでお客様に最良の体験をご提供したいと考えています」(下地氏)

ファッションの持つ力でエンターテインメントを創造する

アパレル業界全体に大きな影響をもたらしたコロナ禍を機に、「『ファッションに何ができるのか』を再考した」と言う下地氏。そうして固まったのが「もともとファッションには、生活のさまざまなシーンに寄り添い、人に活力を与える力がある。だからこそ、その力を突き詰めよう」ということだ。

その想いのもと、昨年4月にパーパス「ファッションエンターテインメントの力で、世界の共感と社会的価値を生み出す。」を策定。ファッションがもたらす「楽しさ」で、商品の提供にとどまらない価値を提供する姿勢を示している。

具体例の1つが、前述したゴルフコンペの開催だ。顧客を集めて開催する「パーリーゲイツカップ」では、参加者が「パーリーゲイツ」のゴルフウェアを着て、ほかの参加者や販売員と一緒にゴルフを楽しめる。また最近では、他社との提携によるメタバース空間での新しい体験価値を視野に入れた実証実験など、「楽しさ」が得られるさまざまな取り組みも開始している。

ゴルフウェアブランドに関連したゴルフコンペのイメージ合成画像
左上:毎年顧客を招いて開催するパーリーゲイツカップ
右上:メタバース空間内でアバターが「パーリーゲイツ」のウェアを着用
下:ゴルフウェアブランド「ジャックバニー」では ジュニアゴルフツアーを開催

「好きなブランドや趣味を通じてかけがえのない体験を得たり、誰かとつながったりすることが、人を元気にし、幸せにする。それがファッションの持つ力であり、私たち売り手もそこから活力をもらえる。だからこそ、ファッションを立体的に楽しめるような仕掛けを、意識的に設けていく考えです。これからもファッションの持つ力を信じて、社員一丸となって邁進していきます」(下地氏)

TSIホールディングス 代表取締役社長 下地 毅 氏

アパレル企業としての原点に立ち戻って徹底して顧客の信頼に向き合い、価値を届けようとするTSIホールディングス。そうした姿勢が、「冬の時代」といわれる中でも着実な成長を見せる理由なのだろう。

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